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よしなし雑記

青信号主義。

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報道で最近よく見かける文言。
≪日本 死ね!≫

激しい言葉だなあ。いったいなんのこと???
と、ようやくネットで事情を知り、
記事全文をようやく読んだ。

なるほどなるほど。ふんふんふん。
言いたい怒りは分かる気がする。
私は、家族に子どもはいないけど、分かる感じがある。
でも。
正直言って≪死ね≫とあることで、気持ちが遠のく。


テレビでお笑い番組なんかを観ていて、
漫才でもコントでも、
ときどき、ボケだかツッコミだか。
どっちでもいいけど、
合いの手みたいに、
ときどき≪死ね!≫と言ったりする。
それまで大笑いしていても、やっぱり気持ちが遠のく。
ひゅっと、遠のく。

クソババアでも、クソじじいでも平気。
口が悪いなあとは思うけど、気持ちは、そこにいることは出来る。
でも≪死ね!≫は、だめ。
だめだわぁ。


片側顔面痙攣の開頭手術で、入院していたとき、
私のような、脳神経外科での入院患者と
同じ病棟フロアになっていたのが、がん治療の患者さん達だった。

放射線治療や投薬。
日に何度も採血もおありだったし、点滴も頻繁。
何より、治療のための入退院を、繰り返しておられた。
それは≪生きる≫未来につなぐための、治療でらして。

ふつうに、目前に、いつも≪生死≫が、行き交う。

≪死≫という言葉は、出来るだけ、気配を消して、消して、消して。
遠くへ、遠くへ。
遠くへ追いやるには、本当に、重い、重い、重い、言葉だ。
身動きがとれないくらいに、重い言葉だ。


私の、この片側顔面痙攣は、命には別状がない。
痙攣が不随意に出て、でまくって、不愉快ではあるけれど、
痙攣だけで命を脅かすことは、通常、ない。
でも、滅入る。
≪死にたくなる≫ほどまでは、滅入らないけれど、
でも、それでも、
暗黒のため息と、深い悲しみで、
グーッと、ガバーッと、
地面を軽く、100mくらい、掘れる気がするときもある。
地面を掘っているような、気持ちのときは、
≪死≫の友達みたいなものを、身近に感じる。
それらは≪無念≫だったり≪残念≫だったり。
≪憔悴≫だったり≪煩悶≫だったり。
≪怒り≫でもあり≪絶望≫でも、あったり、する。

だから、たぶん、私は
≪日本 死ね!≫と書いたひとより、
ふだんから≪死≫は、親しい。
だから、たぶん、私は≪死ね!≫という言葉は、遠くへおいやる。

子どものころ、大好きで大好きで大好きだった
仲良しの家族、愛犬が死んじゃったときの、死から。
大切にしていた、インコが死んじゃったときから。
おじいちゃんが死んでしまって。
おばあちゃんも死んでしまって。
おばちゃんも、おじちゃんも。
大おばさんも。みんな、死んじゃって。
悲しかったから、遠くへ追いやりたいと、思って来た。

片側顔面痙攣で、手術・入院したときも。
怪我ひとつなく生きて来てた私が、死を思うようになった。

両親の死も思う。
家族の死も思う。
自分自身の死も。
でも、だからこそ≪生きる≫ことも、いろいろ思うわけで。
だからこそ≪死ね!≫は、よくない言葉だと思うわけで。
私は、この世で一番のダーティワードだと、思ってる。


ブログ用に、というほど写真撮影はしていないけど、
小さなデジカメは、いつも持って歩いてる。
で、パチパチパチ。
気まぐれに写真を撮る。

そのとき。
私は、
くだらないことだけど、
信号機が写真に写るときがあれば、赤信号では撮らない。
撮らないことにしてる、と言っちゃおう。
赤信号では撮らない。
青信号でしか、撮らない。
なんとなく。
青信号って、いいなと思って。

青信号 → 進んで良し GO O.K. 

そんな、感じが好きだ。
許されてる感じが好きだ。
ちょこっとだけの、
ほんの数十秒だけの、前向きな感じが好きだ。

片側顔面痙攣で、日々、うつうつとなることもあるけど、
出来るだけ。まあ。
青信号主義で(笑)





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