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片側顔面痙攣のこと

不安がよぎる痙攣感

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2019年この2月8日。

ボヤボヤだらけて夜中まで起きていたときのこと。
右目瞼の下が、ピクピクッ。

痙攣してる…!

片側顔面痙攣の再手術をしたのが2017年5月。
去年2018年5月に、1年後の経過観察受診を受けた。
そのとき、MRI撮影をして、結果。
「手術直後のときのMRI画像と比較すると、
血管と神経の幅が狭まっています」

こう、医師より画像診断で説明を受けた。


じゅうぶんな距離を作り、
血管と神経を引き離したと聞いていたのに…(涙)

診察室で、顔の血の気が引いていくのを感じた。
でも、医師からは「だけども、触れてはいません」とも言われた。

脳内はいわゆる水で満たされているようなものなので、
血管を固定したとしても、流動性がやはりある。
術後直後は、がっちり固定されていても、そこは脳内。
血管も元の定位置へ戻ろうともする力を出す。。。

「なので、さらにもう1年後、MRI撮影をしましょう。
そうすれば、
この位置で本当に固定されたのかどうかが、
分かると思うので。
その方があなたも安心でしょうし、納得も出来るでしょう」

そう言われて、1年近く。
再手術から2年目の、MRI撮影を
この5月末に控えていた。

2月7日までは、ただ単純に
「再受診まで、あともう3か月後だな。
早いような長かったような1年だな」
なんて。
ただただ単純に、受診日を静かに待つ身なものだった。
2月7日までは、痙攣を1度も確認していなかったから。

それが2月8日の夜更けのそれ。
とにかく、右眼瞼の下側が、ピクピクしたんである。
この感じ。
この感覚。。。
嫌な思いだけが浮かび上がる。
もう、泣きそう。。。

幸い痙攣は、長くは続かない。
ただ、ときどき、ピクピクッとする。
鏡で見ると、やっぱり、ピクピクしている。
当然だ。
この感覚だもの。
ただ、長くは続かない。
だけれども、痙攣が、起こった。
また、起こってしまった。

引き離したはずの血管が、もっと一層
神経の方へ近寄ってしまったのか。
糊で固定した血管が<剥がれる>ことは、
まあまず無い、と当時の担当医師が言われていた。
でも、まあまず無い、という言葉の奥には、
無いことも無い、がある。
イレギュラー。
イレギュラーなことは、どんな場合でも存在する。

再手術をして、今まで、
本当に痙攣を体感していなかった。
小心者なあたしは、
小心者ゆえ、つねに心の中で、不安だった。
「いつかまた痙攣が起きたりしないかな…」
痙攣が無い毎日でも、この気持ちはいつだって消えなかった。
片側顔面痙攣の体験者様方が、何人か
ブログ記事をUPされているけれど、
そのほとんどの方が、数年内に
「完治しました!☆」で、その後の経過がほとんど無い。

皆さん、痙攣の再度の体感は、なさっていないのだろうか。

私のこのブログに、
何人かの手術体験者の方がお越し下さり、
そして
「術後〇年経った今でも、ときどきふと痙攣することがあって、
そのときにはビクッー!となります」

などとお聞かせ下さっているコメントを、いつくか頂いている。
それらの痙攣は、本当に単発的な発症なのだろうか。
それとも…

家族に地味に、ちらっと翌朝、告白してみた。
「瞼の痙攣なんて、よくあるさ」

気になる部位だが、
瞼の下の方も、痙攣することもあるという。

片側顔面痙攣の痙攣確定には、
瞼の下側
というものは大きな要素だと私は認識している。
1度目の、今ではどこへ行ってしまったのか
分からない脳外科医が、そう言っていたように記憶してる。
「瞼の上側は、眼精疲労のケースが多いが、
瞼の下側は、片側顔面痙攣の可能性がある」と。
この見解が正しいのかどうかは、分からないけれど。
今度受診したときには、確認しようと思ってる。

MRI撮影予定日を、早めて貰う連絡をしようと思う。
5月末ではなく、可能なら、可能な限り出来るだけ早期に。

家族が「大丈夫だよ」
「気にしないで行こう」と言ってくれたけど、
ぽつっとこうも言った。
「戻ろうとする力って(血管の)凄いんだな」

再手術したのに。。。
壮絶な決意で再手術したのに、
痙攣の消滅が、
たったの2年しか持たなかったなんてことになったら、地獄のどん底。
だとしたら、
どこまで私は、この片側顔面痙攣の痙攣に
絡まれている人生なんだろう。
いったい、どういう人生なんだろう。
一生痙攣と切り離せない人生なんだろうか。
1度で完全完治する人がほとんどなのに…(慟哭)

家族が言った。

「でも、どうにも自分では出来ないんだから。
考えたってしょうがない」

応援の気持ちで言ってくれたと思うけど、
それは本当に言う通りなんだけど。
私の人生って一体何なんだろう。
この不安や苦しみを知らない、
世界中の人口のほとんどの人々には、
この気持ち、分かりっこない。

脳内の血管と神経が、触れていないことだけを
今は切に願う。
一層幅がもしも、狭くなっていたとしても、
せめて触れていないことだけを、願う。

手術をした以外の場所が触れ合ってしまっていたのなら、
もう、
私に願うことは、そこにはない。
私の知らない範疇だから。

これが何度も言うが、私の人生なのか。
嫌になる、という言葉だけでは、もう満たされない。





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