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片側顔面痙攣のこと

負けないという強い気持ち

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片側顔面痙攣の2度目の手術をしてから、
1年と2ヶ月が過ぎた。

幸いなことに、再手術以来、
憎々しく煩わしい痙攣は消滅している(感謝)

あたしは、痙攣に〝負けない〟という
強い気持ちでもって、
頭蓋骨に穴を開けるような、
大手術への再手術に挑んだ訳じゃない。
そりゃもちろん、煩わしさには負けたくない!気持ちはあったけど。
(この複雑な心情説明は難しいんだけども;苦笑)

病気に〝負けない〟という、
ものすごく強い強い気持ちで、立ち向かっていた方を
あたしは忘れない。


あたしが、片側顔面痙攣の手術で入院したのは、
脳神経外科病棟。
一般病棟の相部屋で、あたしはその方と出会った。

とてもとても朗らかな、チャーミングな女性で、
母と近い年齢の方だった。
毎日、
本当にほんとうーうに、毎日お見舞いに来ていた娘さんは、
あたしと同い年だったし。

先日、その娘さんに電話連絡をした。
ちょうどあれから1年経ち、
経過観察の診察で、病院に行きました。
お母さん、いかがお過ごしですか、と。


これは、
正直に言うと、
かなり覚悟と勇気のいる行動だった。

あたしは、退院してから、
秋口に一度、葉書と、12月初めには
クリスマスにカードを、送っている。
けど、
お返事はどれもなかった。
返事が欲しくて出してたんじゃない。
けど、
娘さんからの代筆葉書か、
或いは、短文メールのひとつだけでもと、願っていた。

連絡することが、怖かった。
でも、術後と退院後、双方1年経ったことで、
区切りよしと決意し、
何度か入院中・入院後、やり取りをしていた
娘さんの携帯電話へ、電話をした。


お葉書やカードや、頂いていたのに、
連絡せずにいて、本当にすみません。

退院して程なく、
その方は、旅立たれていた。

「母の死を、
私は今も全然受け入れられていなくて。
身動きが取れないんですよ」
娘さんは、笑いながら泣かれていた。



入院中、
あたしは、本当にその方と親しくさせて頂いた。
4人の相部屋だったから、他の2名の方々とも
心地よい関係を、作って頂いていたけど、
その方は特別だった。

朝ごはんもお昼ごはんも晩ごはんも、
いつも、出来るものならご一緒していた。
「一緒に食べると、病院ごはんでも美味しいね」と。
その方が何度も言って下さっていたから、
単純なあたしは、すごく嬉しかった。
何よりあたしだって、楽しかった。
病院食ははっきりって、そこまで美味しくない。
けど、確かにふたりで食べると、美味しかった。
だからあたしは、出来る限り、ご一緒した。

ただ、その方の体調が、思わしくない日が多く、
ベッドに横になられている時間がほとんどだった。
だけども、その方は本当に心底、朗らかな方だったと思う。
辛く酷い具合のときでも、
愉快なおしゃべりをなさっていた。

ベッドの向こう側から、起きてらっしゃるときには、
あたしの気配を感じ取られては、
おずおずと話しかけて来られて、
「娘からおやつを貰っているんだけど、
一緒にどうです?」と、しょっちゅう誘って下さった。

その方は、脳神経外科系統のことよりも、
他の病状で、重篤なものがおありだった。
本来ならば、そちらの専門病棟での入院が
先決だったけど、病室が当時満床で無理。
脳内にも、宜しくない腫瘍が出来ているという状況もあり、
まずはそちらからの処置、ということでの、
脳神経外科入室だったんである。

症状は日々刻刻、お辛そうだった。

でも、
「食べないと体力つかないしね」と、
ものすごく努力をして、食事を召し上がっておられた。
主治医や、看護師さん達皆さんからも、
「とにかく、何でも構わないし、
いつでも構いませんから、
食べられそうなときに、食べて下さいね」と
頻繁に言われてらしたから、
それを忠実に守ろうとされていた。

病気に〝負けない〟という、意志。
これが、その方には、
すごくすごくすごく、おありだった。

くちが渇く、とよく言われていたから、
あたしは気付く限り、
給湯室に向かい、お白湯を汲んで運んだ。

娘さんの用意で、
フタ付きコップはもちろんのこと、
小ぶりのおやかんや水筒等、
お白湯を貯めて置けるものが、ベッド脇にはいくつもあった。
あたしは、つねにそれを満たしてあげていたかった。
医療のことは、医師や看護師の皆さんが、
十分手厚いケアをなさっている。
でも、親しくして貰っているあたしにも、
何か出来ることはないか、と思えば、
お白湯を盛大汲んで運んで、常に満たしておくことと、
そして、
ごはんを一緒に頂くこと、だと思った。

寄り添っておやつを食べたり、
ごはんを一緒に食べているとき、
よく、回診の看護師さん達に「いいですね☆」と言われた。
ときには「楽しそうでいいですね☆」とも言われた。
あたしの、今回の2度目の入院生活において、
その方の存在なしには、
入院中の豊かな思いは、ない。
(勿論仲良くして下さった看護師さんのこともあるけど:感涙)

ある日の深夜。
お手洗いに目が覚めて、
洗面所へ向かったとき、
その方のベッドも見た。
いつも大概個別カーテンは開けておられたので、
見る癖がついてた。
さすがに就寝のときには、
閉めてらしたけれど、それでも隙間から見えた。

窓の方を見ながら、
ベッドの上に座り、もぐもぐ。
何か、召し上がっておられた。
お白湯は寝る前に、たっぷり補充してあるから
心配ない。
あたしは、そのうしろ姿をそっと見つめるだけにして、
あたしはあたしのベッドへ、静かに戻った。
こんな深夜にでも、食べる、ということを、
出来る限り努力をして、
頑張っておられた、そのお姿に、あたしは泣いた。

翌朝、朝ごはんをご一緒した。
テーブルの上に、銀紙のゴミがあった。
「昨日深夜に目が覚めましてね。
今なら何か食べ物くちに出来そうだなって、気になってね。
娘が持ってきてくれてた、
クリームチーズ、半分食べたの」
嬉しそうだった。

「食べないとね。
体力出ないし。
病気にも負けちゃうわよね。
だから、夜でも何でも、
食べられそうなときには、食べるの。
元気になったら、
こんなことして太るなあなんて、思うわね」

〝負けない〟という気持ちは、
本当に大事だと思った。
と同時に、とても、切ない、とも思った。
ほんとに、なんていうか。
この感情、うまく言えないけど。

〝負けない〟と、固く強く大きく思うことで、
しんどくなっちゃうことも、有るんじゃないかと思う。
だから、少し逃げ場を持つ。
だから、あたしは、小さな気持ちだけで、いこうと、思う。
なにせ、ヨワヨワだから、何事に関しても。
でも、その方は、ものすごく確固たるものとして、
〝負けない〟気持ちがあった。
気持ちの振り幅は、人それぞれ。
それでいいと思う。
人それぞれ。
個別の別人だから、当然だもん。

片側顔面痙攣という病状について、
幸いがあるとすれば、命に別状はないということだ。
(憎むべき病状だけど!)
この病状に対して、何度もいうけど、
あたしは〝負けない〟強い気持ちで手術に挑んだ訳じゃない。
煩わしさと鬱陶しさに、もう心底、疲弊してしまった。
痙攣に、引きつれに振り回される生活に、
ホトホト精魂尽き果てた。
だから、手術を2度もした。
だけ
だけ、だ。

あたしも、もしかしたら、いつか、
その方のような、重篤な病気になるかもしれない。
生きることに、関わってくるものに。

そのとき、あたしはきっと、
その方のことを思い出すに違いない。
あの、深夜、病室のベッドの上で、
窓の外の夜明けを見ながら、もぐもぐ。
あの後ろ姿のことを、思い出すとおもう。
そして、
その〝負けない〟スピリッツも、思うとおもう。
果たして、あたしにそんな強固な精神力があるか。
そこが別問題であるにせよ。
かつ、そのさじ加減も、また別問題だけれども。
それでも、その方は、
永遠にあたしの〝負けない〟先生になった。
その方の足元にも及ばないけれど、
あたしもほんの少しだけ、
ほんのほんの少しだけ、
片側顔面痙攣に囚われずいく
〝負けない〟気持ちを、作りたいと思う。


その方と過ごした2週間に、思いを馳せる。
朗らかな笑顔を忘れない。
新盆になられるこの夏。
心からのご冥福をお祈り申し上げたい。



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