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片側顔面痙攣のこと

長く長くゆるやかに

2
片側顔面痙攣の、再手術をしてから、
3ヶ月が過ぎた。

医師に。
「3ヵ月後辺りで、ふわっと痙攣がまた
出る患者さんもおられますが、想定内のことですから。
慌てず落ち着いていて下さいね」


そう、優しい口調で、説明を聞いている。
だから、心の準備は常にしていて。
だから。
痙攣のことを、
完璧に完全に忘れ切った、という日は、まだ、ない。

もちろん、幸いなことには、
術後、痙攣は消滅しているから、
何かの作業に追われているときなんかは、忘れている。
残念、耳鳴りは残ってしまったけれど、
でも、静かな室内にいない限りは、
外音に紛れ込んで、差ほど気にならない。
それほど大きくは<痙攣>に、気持ちは囚われていない、
けれども、だ。
ただまあ、
それだけだって、再手術前に比べたら
あたしの中の、幸福の最高峰。

「いつか、片側顔面痙攣だったことを、
忘れてしまう日が来ますよ」

医師は、微笑みながら、
退院間近のあたしに、そう言ってくれた。

そんな日が来ますように。
あたしにも、そんな日がどうか、いつか、来ますように!☆


友達や、職場の同僚等と、食事なんぞしているとき、
おしゃべりに花が咲いて、
あたしももちろん大爆笑で話をする。
楽しいひととき。
でも、その瞬間の奥底で、
あたしは、今はまだ常に心のどこかで
「痙攣出てない。
痙攣、消えてる。
あたし。
痙攣がないのだなあ」 なんて、小さく、思っている。
何度も言うけど、
大きくは囚われていない、けれども、だ。

知らない人と話すときも、そう。
たとえば何かのショップ店員さんと話すとき。
道を尋ねられたとき。
銀行で振込みをするとき。
宅配業者さんから荷物を受け取るとき etcetc…
「このひとは、
あたしが片側顔面痙攣で、開頭手術をしたヤツだなんて、
知らないんだよね。
あたしがまぶたの痙攣が酷過ぎて、
辛い辛い日々を9年間過ごして来たことなんて、
知らないんだよね」

なんてね。
他人にはどうでもいいこと、というか。
分かりやしないで当然、のことなんぞを、
心の奥の奥の奥のところで、
思いを浮かばせては、また消したりしてる。
誰も知らない。
誰も知らないあたしだけの、心の奥だ。

片側顔面痙攣の手術をして、完治した方に、
もしも、あたしが、
もしも偶然でも、出会っていた、としても、
分からないんだよね。
そういうことも、ふっと、思ってみたりする。

顔が痙攣して、まぶたをぎゅうぎゅう閉じてしまうから、
他人は「あらこのひと、お顔、どうかしたのかな?」
なんて風に、気付く。
でも、幸いなことに、治れば、ふつうの顔の人。
だから、誰にも、分からない。
それは、同じ症状で苦しんだあたしであっても、
治られた方は、分からないのだ。

分かれば、あたしはきっと、
辛抱堪らず、
「あなたもお辛い日々を過ごされたのですね!
あたしもなんですよ!」と、
号泣して、
見ず知らずのその方に、抱きついてしまうと思う。
あぶない(苦笑)
でも、そうなるのは、おそらく、必定(苦笑)


若い担当医師が、こんなことを話してくれた。
「僕の聞いた話なんですけれどね」と。

「この片側顔面痙攣の執刀医で、
伝説みたいに語られている話がありましてね。
とある医師が20年前に手術をした、
片側顔面痙攣の患者さんが、
20年後にまた来院されて、
また同じ医師が執刀したという例があるんですよ」

医師はすごいですよねえ、と感心されていた。
その<すごい>の中身は、いったいどういう意味なのかは、
あたしには分からなかった。
医師からの立場で思う<すごい>と、
患者側のあたしの立場で思う<すごい>は
たぶん、違うと思う。
良いとか悪いとかじゃあ、もちろん、それはなく。

あたしは、その話を聞いて、
単純に、
20年という年月が流れても、
また、その方の人生に、
片側顔面痙攣というヤツが降りて来たのか、
いいえ、
降りて来やがったのか!
20年だぞ!20年!
せっかく自由だったのに!
くそーテメエこのヤローめ!
てめえ、ひつっこ過ぎるンだよ!!!
と、思った。
あたしだったら、そう思う、中身の、
そんな<すごい>(苦笑)



あたしは、再手術の前日。

担当医が、夕方、
病室へ、応援とねぎらいの言葉をかけに、
来てくれたとき、
医師に、お願いごとを、言った。

「先生、頼みごとがひとつあるのです」と。

先生は、笑顔で「どうぞどうぞ、何でも」と。
じっと、真摯に耳を貸して下さった。
あたしは、こうお願いをした。

先生。
世の中には、
あたしみたいに、
片側顔面痙攣で、日々苦しい思いをしている患者が
いっぱいいるんです。
だから、先生。
今以上に立派なお医者さんになって、
片側顔面痙攣の手術なら、
あの医師に手術をして貰ったら、
必ずきっときっと、絶対に、治してくれる。
そういう、片側顔面痙攣のキャリアの、
心の支えになるお医者さんに、
なって欲しいのです。

今はまだ先生は、お若いから。
10年後、15年後くらいに、
テレビやメディアで、
絶対治すゴッドハンドドクターって、世に出て欲しいの。
それを見て、治っているあたしは、
ああ、あたしの先生だ!
やっぱり世界一になられたんだあって喜んで。
悩む患者さんたちは、
あの先生に、きっと治して貰おうって思える。
そう、患者の希望の医師になって頂きたいのです。

あたしは、そう医師に伝えながら、
胸が詰まって、泣いた。
それはそうだったと思う。
再手術の前夜だもの。
あたしは、自分で選んだ道だったけれど、
本当に、
本当に再手術は、怖かった。
1度目よりも、むしろ、断然、怖かった。
治らないかもしれないという恐怖を、知っている分、
”希望”がどうしても、必要だった。

数年後。
もし。
もしもまた再・再発をしたとしても、
あたしはきっとまた、手術を選ぶと思う。
無念だと、自分の運命の過酷さに、絶叫する。
どん底の絶望に、全身でのたうつことは、目に浮かぶ。
けど。
あたしはそれでも、手術を選ぶだろうと、思っている。
そのとき、
きっとこの医師なら、きっと治してくれる!
そう希望が持てる医師が、世界中に、いて欲しい。
その中のひとりとして、
あたしの担当医に、突出していて欲しい。

先生は、満面の笑顔で分かりましたと、言って下さった。
「そうなれるよう、うんと、頑張ります」と、言って下さった。
担当医と、再手術の前夜の病室で、
ぎゅっと握手をした手を、あたしは、離したくない。
離さないで、ずっと、心にとどめておく。

1年後にも、2年後でも。
5年後だって、
10年後であっても、
あたしは再手術前夜の、
その医師との握手を、忘れない。
ただ、
その記憶が、
長く長くゆるやかに、流れてゆく月日の時間の経過で、
少しぼんやり、輪郭がぼやけてゆくといいな。
先生は、スーパードクターになっているけど、
あたしの記憶は、
長い時間の流れで、あいまいになっていると、いいな。


長く長く長く、ゆるやかに。
あたしなりの、穏やかな人生を送れますように。
片側顔面痙攣から、
遠く遠く遠く、このまま、遠ざかってゆけますように。




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Comments 2

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まゆ  

ここへ来て読むと

こんばんは。ここへ来てブログを読むととてもスッキリします。言いたいことを思っている事を読める。
今体調が悪くて自分のブログに書きましたが言いたいことの半分も書けません。なんて伝えれば良いかが、苦手です。だからここへ来ると貴方なら私の気持ちをどうやって文章にしてくれるのだろうと思ってしまいます。
またスッキリしにきますね!!

2017/09/01 (Fri) 00:51 | EDIT | REPLY |   

lou.c  

Re: お立ち寄り下さり有難うございます☆

まゆ様、

お立ち寄り下さり有難うございます☆
そしてお褒めのお言葉も頂き、恐縮しております。
でも、私も思いついたことを
だらだら書き散らかすばかりで、
自分の真実心底の感情を、
本当に表現しているのか、はてなーです(苦笑)
ただ、文字にしてゆくと、気が治まってきます。
考えていたことが、多少は見えて来る気にもなります。
なので、これからも書き続けると思います。

またお気が向かれましたら、お立ち寄り下さい。
有難うございました☆!

2017/09/01 (Fri) 20:20 | EDIT | REPLY |   

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