FC2ブログ

少しだけでも優しく

この前、実家へ戻っているときのこと。

バスに乗って、発車時刻を待っていた。

郊外のその辺りは、少し開発が進んで、
バスの路線が込み入って来てて、
たまにしか使用しないあたしには、
実家近辺であるとはゆえ、もう、分からない場所になって来ている。

駅のロータリーで始発な、そのバスに、
ひとりのおばあさんが乗って来た。
杖をついている。
そして、バスの運転手に道を尋ねていた。

〇〇病院へ、このバスは行きますか。

運転手は若い人で、
ぶっきらぼうに、こう返答した。
「さあ、ちょっと分からないっすねえ」
そして、こう。
「これもう出るんで。
次のバスで聞いて貰えますか」

なんだよそれ。
と、思ってムムっとしてたら、
おばあさんがすみませんでしたね、と
下車しながら、
車内に向かって、援助をこうた。

すみませんが、どなたかご存知ないでしょうか。
この路線で、〇〇病院へ行くか。
ご存知ないでしょうかしら。

車内乗車の誰からも返答無し。
あたしはますますもって、ムムムン。。。
このエリア住民なんでしょうから、
ちったぁ知ってる情報、
何かでも答えてあげなよー!と。

どうもすみませんでしたね、とおばあさんが
バスから去ったから、
あたしは、ついバスを飛び降りて、おばあさんのとこに行った。

あの。
〇〇病院っておっしゃってましたけれど、
確か、〇〇病院って同じ系列病院で、2軒あるんですよ。
ひとつは入院施設もあるけど、
ひとつは確か、外来診察だけだったと思います。
場所も、B病院ならこの路線では近くまで行きますが、
A病院なら、ぜんぜん逆方向だから行かないです。
そっちなら、この駅の反対側のバス停から乗らないと。。。

杖のおばあさんは、暗号みたいなこと言われた。
駅に着いたら、適当にたどり着けると思っていたらしい。
病院の電話番号すらも、持っていなかった。
そこそこ大きな病院だから、どうにか行けると思ってて、と。

入院している友達のお見舞いに行きたいのです。
(だったら入院施設の有る方か)
高速道路みたいな大きな道路のそばにあるそうです。
(どっちもそうだなあ…)
赤いバスに乗ればいいって。
(どっちも赤いバスは走ってる…)
大きくて急な坂道の近くにあるんです。
あ!
だったらやっぱり、入院施設のあるA病院だワ!☆
でも、乗車するバス停は、駅向こう。

「ご一緒しましょうか。
そのバス停は駅向こうに有ります」

そう言うあたしに、おばあさんはとても恐縮されて、
そんなご足労とんでもない!と。
あんまり恐縮されるから、
じゃあそこまで、と、
駅向こうにつながるエレベーターまで案内した。

これを出られて、道なりに駅構内を進まれたら、
向こう側に出ますから。
出ればすぐ目の前にバス停が有ります。
赤いバスは、たしか本数が極端に少なかったと思いますから、
病院到着まで、お時間かかるかもしれませんね。

そう言うと、おばあさんは、
もし時間がかかるようなら、
タクシーにでも乗りましょう、と答えた。

ご親切にどうも本当にありがとう。
あなた、せっかくバスに乗っていらしたのに、
わざわざ降りて下さって。
本当に申し訳ない、ごめんなさいね。
でも、
本当に有難うございました。
これで無事お見舞いに行けそうです。

さよなら、とご挨拶をして、
杖のおばあさんを見送った。

おばあさん。
連絡先のメモくらい、持ちましょうね今後は、と思い。
そして、
バスの若い運転手に、
もうちょっと親切な物言いしたらどう、とムッとした。
バスの車中にいた結構な人数の乗客にも、
落胆した。
みんな忙しい世の中で、このバスの始発時間だけが
気掛かりだったんだろうけど。
ほんの数分バスが遅れたからって、地球はそれでも平気に回ってるぜ。

イタリアのローマに、若い頃一人旅したことをがある。
気ままな旅だったから、
適当に到着した市内バスに飛び乗った。
ら。
バスが発車したとたん、車内から怒号が飛び交った。
イタリア語なんて、もちろんあたしには分からなかったけど、
とにかく車内から大きな怒鳴り声がした。
何事?!とドキドキしていたら、
ひとりのおばあさんを、抱えるようにして、
若者男性がバスに乗車して来た。
そして、何人かの男性が、
バスの運転手に罵声のような声で文句を言っていた。
おばあさんの方を向きながら、
両手をバサバサさせつつ、運転手に文句をブウブウ!
周辺乗客も誰もがうなずいている感じ。

たぶん、答えはこうだったに違いない。

「あんたには、あのばあさんが
バスに乗りたくて駆け寄っていたのが、見えなかったのか!
いや、見えてたはずだ!」
「お前にだって、ばあちゃんいるだろう!」
「なんて不親切なんだ!信じられない!」


そのおばあさんをぐるり、乗客は囲み、
ひとりが席を譲って座らせ、ようやくバスは発車した。

電車は時刻表通りには、1度も来なかったし、
ホテルでは頼んだタオルがなかなか届かなかったし、
市場では、お釣りをチョロまかされそうになったけど(苦笑)
それでも、この一件に遭遇したことで、
ローマはあったかい記憶だけが残ってる。
今でもそうであって欲しい。


片側顔面痙攣の症状で、
辛く過酷な日々を数年間過ごしたことや、
いろいろ考える入院生活を2度も送ったことで、
あたしは、ほんの少しだけ、
人に優しく出来るようなヤツになってる気がする。

耳鳴りは、残っている。
でも、
たいへん有難いことに、
煩わしい悪夢のような痙攣は、
2度目の術後以降、発症していない。

医師を始め、看護師さん、両親、家族。
あらゆることに感謝する気持ちも、忘れないでいたい。
このままで有り続けますように、と願いながら。
ほんの小さな優しさも、忘れないでいたい。



DSC_6478gg.jpg





スポンサーサイト
2018-10-12 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

プロフィール

lou.c

Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

カウンター

ランキングに参加しています

ランキング参加中です。宜しくお願いします。