FC2ブログ

男・女としての分岐点

『下着の分岐点(苦笑)』に登場して貰った(笑)
勤め先の、仲良し年下主婦パートさん。

「可愛い下着、買っちゃいました。
お正月用にって、家族みんなの分と一緒にですけど」と、
やたら、妙な言い回しで言うので、はてな?と
思ってたら。

今度の、お正月もお正月。
ご主人とお子ちゃんたちが、
ご主人の実家へ、先に戻ってて、家族不在の間に、
どうやら<浮気>をする予定らしかった。

主婦さん。
「可愛い、赤い下着を買いましたよお☆」と、ご満悦。
ははあ、そうですカそうですカァと。
分かりやすい~(苦笑)

で。
<浮気>

「何も無かったから、こうして言えるんじゃん」と、
半年程前、ご主人が会社年下同僚女子(独身)と、
二人きりで食事に出かけていた。
事前報告もなく、もちろん事後報告も無かったそう。
だけど何となく偶然に人づてで、主婦さんは、そのことを知ったらしい。
それが、たぶん、今回の、コトのきっかけ。

「主人に問い詰めたら、
”何もないんだったら、おまえだって別に
誰とでも出かけたっていいよ”って言ったから。
ああそうですかそうですかって思って」
と、主婦さん。
行動に出た。
やれるもんならやってみろ的な、ご主人の言い方もどうよ(苦笑)
意地が出りゃ、やりたくなるってのが、人情でしょう。

宴会で知り合った、
友達の友達、だという、1歳年下男性(独身)と、
二人きりで、プチ・市内観光と食事に出かける約束をした、と。
でも「主人には、相手が男性とはまだ言ってません」
そして「可愛い赤い下着、買いました」
そして。
「いけないことしたいなって思ってます」

<おんな>としての、分岐点。
あたしの勝手な個人的見解だけど、
今まで生きて来て、見聞きしてて思うに。
結婚している女で、
こんなふうに言い出す年齢は、
だいたいみんな、40歳前後だ(断定)
子供がいるとかいないとか、関係ない。

以前の職場で<浮気>をしていた、既婚・先輩社員は、
「あたしだって、まだ女なんだから」と言っていた。
そういうことなんだろうと思う。
まだ女。
セクシャルな対象の女として、認識されるということは、
よほど彼女のアイデンティティに関わるんだなあと、知った。

思い起こせば、もっと昔。
あたしがまだ学生時代の、うんとうんと若いころ。
優雅な画廊でアルバイトをしていた。
そのときの女性社員さんたち3名が、
(既婚子供なし・既婚子供1あり・バツイチ独身子供1あり)
特定の年下男性と、それぞれが、頻繁に出かけているのを見た。
「ぎゅっっっっっと、抱き締められたいよねえ」
ひとりがそう言ったとき、残りふたりが、
ものすごく強く「そうそう!そうなのよね!」と言っていたことが、
とても印象的で、覚えてる。
そのときあたしは、なにせまだ10代だったから、
四十路辺りのおねえさんたちのその意見や考えには、
そういうものなのかあ、としか、思わなかったんだけど。
でも、生きて齢を重ねてくうちに、だんだん分かって来た。
彼女たちだけが特別なんじゃないんだなあ、と。
そんな風なこと言う女が、結構いるってことを、知るようになった。
そして、そんな風なことを言う女は、
たいがい、35・6歳から40、1,2歳だってこと。
つまり、イマドキでいうところのアラフォー。

この辺。
女の道の、何かが潜んでそうだと思う(苦笑)

でも、男も同じ。
男の場合は、50歳絡みって辺りで、何かありそう。

知人男性が、経営してる個人デザイン事務所を立て替える前、
しょっちゅう「ああ。熱い浮気がしたいなあ」と、
社内で言いまくっていたらしいけど(苦笑)
社屋立て替えが本当に決まって、動き出したとたん、
ぱたっ!
「パタッと浮気がしたいって、社長、言わなくなったよ。
大金がガバーッと無くなるからねえ。
お金にまつわる心配で、もうエロ心なんかさ、
精魂尽き果てたんだよ(大笑)」

社長、当時50台半ばだったと思う。
資産の大金ブっ込む勢いも、
熱い浮気がしたいという性の欲望も、
えいやーっ!と思って行動に移せるのって、
いろんなパワーが必要だろう。
だから、余程バイタリティの保持なツワモノ以外、
50台はイイトコなんだろうなあって、思う。
その後の成り行きで不足の事態が起きても、
人生、どうにかまだまだ対応出来そうだし(笑)

しかし。
世の中の多くは、
きちんと”男”と”女”してるなあって思う。
感心する。
男であるからには、とか
女としているからこそ、とか。
真面目に性差に取り組んでて。
えらいもんだと思う。いやマジで。


英国作家ヴァージニア・ウルフの小説
『オーランドー』があたしは好きだ。
細かいことを言えば、
この小説を下敷きにした映画『オルランド』が、ラブ。

  「決して老いてはならん。
  その若さを持ち続けたなら、おまえとおまえの子孫に
  この屋敷を授けよう」

主人公は、エリザベス一世の寵愛を受けた、眉目秀麗なる青年貴族オルランド。
彼は、彼であったけれど、あるとき女性に転生する。
そして女王の言葉通りに400年の時を超え、生き続ける。

しれっと、説明もなく、
なぜかある日を境に女性性に生まれ変わって、話はどんどん進む。
それも勿論スゴイところなんだけど、
400年近く生き続けるってのも、これまたスゴイわけで。
しれっと女になって、恋も仕事もじゃんじゃんしてく。
結婚もしたり、出産もしたり。おかあさんになってく。
でも、最高にスゴイところは、
オルランド自身「男でも女でも、自分は自分。
何も実のところ、変わらない」と言うところ。
そこが、一番、スゴイ。
スゴイ感動した。ゴイゴイス!(←ダイアン。わかる人には分かるギャグ;笑)

映画の最後の場面で、
かつて男だった頃の、少年オルランドが過ごした、
懐かしい邸宅を、
女王がオルランドへくれてやろう、と言っていたその邸宅を、
遠くから眺めている。
400年近く生き続けている、女性オルランド。
彼女の横には、小さな娘がひとり。
オルランドが、バイクにまたがり、
外からじっと、今の邸宅を、静かに眺めている。
そのときのオルランドの姿は、一見すると、
男性なのか女性なのか曖昧なのだ。
男性のように見える女性なのだ。
その場面は、それはそれは本当に美しい。
物語としては、かつ、とても、切ない。

その場面を見たとき、その静謐なる美しさに感動しながら、
「ああ。
男でも女でも、どっちでもいいやっていう生き方は、
すごくいいな」って思った。
オルランドには、性差においても、年齢においても、
分岐点がひとつもなかった。
それが、すごく心地よかった。
すごく昔の映画なんだけど、
若い頃観といて良かったなあと思う。
そんな、大事映画の、ひとつ。

分岐点を決めるのは、自分。
こだわって何かに範疇を決めちゃうのも、自分。
分岐点を決めるのは、自分。
それはたぶん、男でも女でもなく。
年齢だけでも、立場だけでもないと思ってる。



020z.jpg





スポンサーサイト
2016-12-19 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

プロフィール

lou.c

Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

カウンター

ランキングに参加しています

ランキング参加中です。宜しくお願いします。