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感謝しかない

関西地方で、大きな地震があった先日。

報道で見るにつけ、
日頃、当然のように、
水道から自由自在に水が出て、
ガスをひねれば料理でもできることが、
どれだけ幸いなことなのか、と改めて思わされる。

大変なご苦労に見舞われた方々を思うと、
胸が辛くなるが、
地震大国のわが国、日本。
どこに住んでいようと、もはや、他人ごとではない。
小さなリュックサックに、懐中電灯と軍手。
ビスケットと水を収め、ひとまず枕元に置き直した。
辛い中にも学ぶことを得ようと思う。


気持ちを離すことが出来なくて、
地震の当日は、ずっとテレビ報道を観続けた。

時間が経過して、各地の現状も分かりだし、
ふつうの番組も放送し始めた。
それでも、地震情報関連として、
画面の上に、テロップで、
電車の在来線や新幹線の運行事情等が流れていた。
そのとき。
関西エリアの、大きな主要病院の情報が
ついで、流れ始めた。

≪○○病院・○○大学病院・○○救急センター
  明日 通常診療
  ただし 緊急を要しない方は ご配慮下さい≫


また、大病院は、緊急手術以外、
手術を数日延期するとも、コメントされていた。

それは当然そうだろうと思った。
物凄く繊細な手術をせねばならないときに、
大きな揺れ等あってはならない!
患者さんにとっても、執刀している医師等にとっても、
大変なことになってしまうに、違いないもの!
どうか無事にすべて執り行われますように。
そう願う。

≪○○医院 通常診療≫
≪○○医科大学病院 通常診療≫。。。


それらの流れるテロップを見ながら、
あたしは、心底ほっとした。

こんな、不安定なときでも、
助けて貰える医療機関がある、ということに。
患者に向き合う医師等が、いて下さることに。
サポートして下さる看護師さん等がおられることに。

極端なことを言うと、
乱暴かもしれないけど、
一般的な会社の仕事だったら、もうド級緊急時には、
会社を休みに出来る。
社員だって、自宅待機にしたり、早退したりすればいい。
けど、
医療現場はそうはいかないと思う。
絶対的に、医師や医療従事者は、災害時、必要だから。

東北でのあの大震災のとき、
医療関係者の方々の中でも、
それはもちろん、問題になっていた。
わが家庭をかえりみず、災害現場に居続けておられた方々は、
それはそれで、悩まれていたらしい。
大惨事のときに、
家族をほっといてまで、他者を救っているのか、と。
また、
当時、独身者の方々が中心になって、
連日連続勤務なさっておられたようだった。
独身者に大きな負担を強いてしまいがちな環境。
必要とされる医療関係者の方々の中でも、
色んな問題が、実は、実に、ある。
震災時について書かれた本を読んだとき、そうあった。

そうだろうと思う。
ぜんぜん部外者なあたしでも、
それはそうだろうなあと思う。
こちら患者側にしたら、辛い話…

でも。
でもでもでも。
たいへんなご苦労と、たいへんな事情を抱えながらも、
たくさんの医師や看護師さんや、医療関係者の方々が、
緊急時、災害時、避難先、被害現場で。
多くの人を救って下さっている。

感謝しかない。
いろんなことに、感謝しかない。
あたし側としては、思うことは、それしかない。

片側顔面痙攣の手術で、
開頭手術を2度、あたしは体験している。
入院中、あたしはずっと感謝しっぱなしだった。
入院手術に関しては、
真実を言うと、
人生の中で無いのに、絶対的に、越したことない。
でもただ、その中でも、学んだことは有る。
強がりで、悔し紛れみたいなもんだけど、
それでもあると言いたい(苦笑)

ご苦労様を本当に、有難うございます!(感謝)


通勤の帰り道。
救急車が走ってゆく。
たいへんな事情になっている、どなたかを、
医師等、どうか救ってあげて下さい。
そう願いながら、見送った。

感謝する。
これは、あたしが辛い体験の中で得た、
たぶん、貴重な感情。




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大変なことになられておられる皆様、
一日も早いご回復をお祈りしております。





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2018-06-21 : よしなし雑記 : コメント : 6 :

人を見抜くチカラ

あたしの直訴的希望によって行われた、
部署異動から約3か月。

もともと覚えの悪いタチなところへ、加齢も加わり、
へっぽこを繰り出しながら(部署には申し訳ない)
何とかかんとか、続けて勤めている。

そんな中で、最近思うことが、
自分の<人を見抜く力>について。

あたしは、これまで漠然と、
まあまあそういうセンスはある方だと思ってた。
けど、実際は違ったんだろうなあと、気付いた。
そりゃ、あたしの、
根拠なき自信ってヤツだったんだなあって(失笑)

今まで違う部署にいたときには、
その先輩は、イイ感じだった。
ちなみに、あたしよりものすごく年下。
お昼のランチ休憩時に、一緒になって、
くだらない話をしたりしていたし、
メールアドレスだって交換し合っているから、
何度かどうでもイイ内容だけど、
メールのやり取りだって、してる。

それが。
同じ部署になって、
うーんと年上のあたしへの対応が、
どういえばいいんだろうな(苦笑)
なんだか、どうかと思うくらい、素っ気なくて(苦笑)
同部署の先輩として難しいんだろうなあー
ということは、分かる。
うんと年上ですまない、と思う(苦笑)
けど、新しく知ったことは、それだけじゃなかった。

挨拶のないひとだった。

おはようございます、
の無いのは、あたり前。
勤務中に、まああってもいいような場面での
お疲れ様です、
も、無し。
ゼロ。
あたしは割と挨拶魔なのかもしんない。
まあ、こちらが言えば応えてくれるだけ、まあいいか。
そんな感じ。
そして強いていうなら、
誰に対してでもそんな風で、
あたしにだけじゃあないから、まあいいか、と(苦笑)
まあいいか、の連発(苦笑)

挨拶は元気よくしましょう☆

保育園や幼稚園で習ったみたいに、
社会に出たら、そうとばかりは言ってらんない。
そんなもんです。
また、そうハツラツと言える性質のひともいれば、
したくたって、それが難問のひとだっているだろうと思う。
けど、この先輩は、
そういう苦難なこととして無理、なのではなくて、
ただ単に”面倒くさい”から、というモンな気がしてならん。
休憩時間のとき、
自分の当時進行していた恋の話なんかは、
延々してたんだけどね。
”面倒くさい”から、愛想無し。
あたしは、その先輩のそういうの、
あんまり、分からなかった。

あたしの部署異動に伴い、
”とばっちり異動”に巻き込まれた、と
思われていたであろう、
かつての同部署にいた、主婦パートさん。
(こちらも10は年下)

同じ部署にいたときは、かなり親しくして貰ってた。
理不尽な直属上司の苦労に、手に手を取り合い、
共に立ち向かう同士でもあった(苦笑)
とても朗らかなひとで、いつだって元気いっぱい。
あ、挨拶は、だからサイコー。
彼女の「おはようございます☆」は、いつだって素敵だった。
あたしも、もーめいっぱい真心込めて、ご挨拶。
「おはようございます!
今日もよろしくお願いしまあっす☆ねっ」

けど。
部署が離れたら、そんなでもなくなった。
「あー…おはようござァーまァーす」のしれーっと感。
あたしはこの主婦パートさんの中で、
もう職場で、無関係なヤツになったんだろうなあって思う。
どうでもいいのに、そうそう素敵な接触することないもんねえ(苦笑)

職場の人々は、友達じゃあないし、
別にどうでもいいっちゃいいんだけど。
でもまあ何となく。
日々会ってるんだし、まあねえ。
ふつう程度に気持ちいいのがいいよなあって思う。

ランチ休憩時、よくご一緒してくれる同僚等。
みなさん、ふつうーによい人々。
テレビで話題のバカ話しに盛り上がったり、
お子さんがいるひとは、お子さんの話をされたり。
親の話をしたり、友達とのことを話したり。
ああそれとか。
それぞれのご近所の悪口を、みんなでちょっと言い合って
「そーそーそれめっちゃヤダよねえ!」とか(笑)

でも、そういうみなさんとでも、
同じ部署で勤務したりしたら、また違ってしまうんだろうなあ。

あたしから見れば、
きちんとした人物に見えてるんだけど、
同じ部署のひとからは、
「あの人だらしがないから、しょっちゅう書類紛失させるんだよ!」
なんていうような、怒りみたいなことを聞いたりする。
「それをこっちが探すんだから。
手間取らせないでよ!って!」

そう苦情言ってる人もまた、
別の人に、
「あの人、何にだって必ず文句言ってるんだよねえ」とか、
「文句だってさ、言い方ってもんがあるよね、言い方」だとか言われてた。
これも、あたしは、それほど気にならないんだけど。

ただ。
そういうことってのも、人それぞれ、なんだよなあ。
どう感じるか。
どう受け取るかってのも、人それぞれなんだよなあ。
それぞれの<人のことを見抜く力>
あたし、最近それ、自信無くなって来たなあ(苦笑)

ご挨拶がふつうーに出来て、
ふつうーにいつもフラットな感じのひとって、
案外見抜くの、難しいことなのかもしんないなあ。
かくいう自分自身が、ふつうーにそういうヤツだといいんだけど!(汗)




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2018-06-17 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

心の持ちよう

ブログ記事UPが停滞している。

正直言って、片側顔面痙攣について
囚われている、あたしの暮らしっぷりが、
もうイヤになったんである。

再手術のことを少し知ってくれている、知人と先日会い、
少し話をした。
その後どう?と、
知人はあたしの具合を気にかけてくれていたので、
簡潔にさくっと説明をした。

再手術をしてこの間、MRI撮影に行って来た。
術後直後の脳内の状態より、
1年後の今、神経と原因血管の距離が狭まってた。
けど、空間は有る。
触れていない。


こうさくっと話したら、
知人もさくっとこう、言った。
「触れてないんならいいよね」と。

「こんだけ離れていようと(指の幅をガバッと)
こんだけしか離れていなかろうと(指の幅をちょびっと)
要は、触れていなかったら同じだよね」


診察してくれた脳神経外科医も、そう言われていた。
あたしが再手術を決意することへ、
気持ちをうんと後押ししてくれた医師も、そう。
同じことを言われてた。

痙攣が術後出てないこと、
それが良いことのすべて。


片側顔面痙攣の手術をして、
成功した患者さん達のブログを拝読していると、
ほとんどの方々が、ブログ記事更新をなさっていない。
2か月後の様子。
3か月後の調子。
半年後の具合。
あっても、1年後の状態。
これくらいまでで、ほぼ記事更新は終了してる。

「ごく微弱な痙攣は、まだ若干残ってるけど、
こんな程度ならもうぜんぜんO.K.☆」
こういう方が圧倒的。
そうして片側顔面痙攣のことを忘れて行く。

これが、最高の<正解>だと思う。

人生に、正解も不正解もないとは思うけど、
そりゃ一般的な問題のことで。
この片側顔面痙攣の症状について、
手術をして、消滅、あるいは軽減されてO.K☆だと思うなら、
こんな<正解>は無いと思う。
何度も言うけど。
こんな<正解>は無いよね☆って思う。

心の持ちよう。

あたしは昔々の若かりし頃、美術を学んでいた。
制作しているとき、
あたしはよく、その作品の制作完了時について、考えたもんだった。
この作品は、これにて完成。
その感覚があたしには、正直、よく分からなかった。
毎回、制作提出期限が来たから、止めて、提出した。
こんな感じばかりだった。
完璧な完成ってものを、
世に出ている芸術家たちは、見極めているんだろうか。
あたしには、分からない感覚だった。
それでも、完璧を求めたいという願望だけは、残っていたから、
何となくいつも、消化不良の気持ちが、長く残ったもんだった。

あたしは、
止めどきが見つからなかった。
これでよし、を見つけにくかった。
つまりは。
ぐずぐずといつまでもしつこく、
往生際も悪く、
ねちねちと執拗に固執したヤツなのだった。

もっと言うと。
もう少し時間をかけたら、
もう少しマシな作品に仕上がったかもしれん。
それで提出出来ていたら、評価も違ったかもしれん、と。
要するに珍妙な、見栄。
完璧であれば良かったのに、という、歪んだエゴだったと思う。

そんな感じの延長な気がする。
片側顔面痙攣のことだって、そんな気がする。
自分の中の〝完治の完璧〟を求めすぎてる。

術後1年後の今、
たとえ、神経と問題血管の間が、
狭まったとはゆえ、空間は有る。
触れ合っていない。
痙攣症状も、術後まったく発症していない。
手術経過は順調。
どこにも問題が無い。
そう。
どこにも問題が無いんである☆
この今の、どこに気が沈む要素があるというの???

楽天家の真横に、幸福はあるんだそうだ。
あたしは自分で自分の幸福を、遠ざけてる気がして来た。
自虐にも程がある気がして来た。
ようやく気付いた(苦笑)
だから、もうよす。
片側顔面痙攣について、
囚われていることを、よす。

もちろん忘れることは出来ないし、
もはや、あたしの人生の一部だ。
これはしょうがない、間違いない現実。
だけれども、囚われていることとは、別問題。
そう、ようやく気付いた。
遅いけど(失笑)
あーしんど☆(苦笑)

梅雨の晴れ間の夕暮れ。
真っ赤に染まる空を見上げながら、
「ああ空が揺れないで、見えるなあ」と思う。
ものすごく、嬉しい。
涙が出ちゃうほどに、嬉しい。
足かけ7年間以上苦しかった、
あの痙攣のピクピクと、視界の歪みのことは、
あたしの心を今も捕えて離さない。
けど。
あたしは現実、今、自由になった。
痙攣の悩みから解放され、自由になってるんである。
だから、もうよそうと思う。
にっくき、片側顔面痙攣に振り回される人生から、
離れてやろうと思う。

心の持ちよう。

大らかに行こうと思う☆



再手術の入院中の経過についてなど、
あたしは気持ちが落ち着いたら、
記事にしようと思ってた。
けど、なかなかどうして。
それが心がキワキワした感じで、書くことが出来ないでいる。
でも、いつか書き記そうと思ってる。
それが、お会いしたことのない、
見知らぬどなたかの、悩ましい気持ちに、
少しでもお役に立つといいなあ、と思っているから。
これは、真実の気持ち。

ブログタイトルを、少し変えようと思う。
あたし自身のために☆

ご相談やご質問がもしも、
お有りな方がどこかにおられましたら、
それはいつでもネバマイン☆どうぞ!
たぶん、地球上で一番、
片側顔面痙攣のことで、
ヨロヨロのヨワヨワで、
泣きべそかかされた人物なので(苦笑)
このへっぽこ度は”使える”と思いますので(失笑)


人生って面倒くさい。
いろんなことが、起こる。
希望通りにはなかなかいかない。
悩みは尽きない。
小さな苦悩は、限りが無い。
反面、
幸福は、記憶に残りにくい。
あたしの性格上の問題かもしんないけど(苦笑)
幸せなことは、一瞬のかげろうのよう。
でもそれを持続させられることだって、
きっと出来るはず。
その答えは、
心の持ちよう、だと思う。
だからあたくし。
頑張って、大らかな人になろうと思う☆!(笑)



梅雨の晴れ間。
紫陽花を見て「きれいだなあ」と思う気持ちがある。
あたしは、
だから、
案外、イケると思う☆(笑)



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片側顔面痙攣の症状で、悩んでおられる皆様。
一緒に乗り越えましょう!
大らかで、参りましょう!☆





2018-06-15 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

反骨ギャルソン

いー歳をしてるけど、
あたしはときどきこういうのを、着る。
ふだんの服は、いたってシンプルなものばかりだけど。

これ、コムデギャルソン

このブランドの服は、
あたしはそれほど持ってるわけでもない。
ギャルソン愛好家でもないし、
デザイナー川久保玲氏の、
ファッションへの思想を理解してるわけでもない。
けど。
けども。
ギャルソンを着ると、ちょっとだけ、気分が高まる。
気分の中身は、しいていうなら<反骨>なのかなあ。
自分の心のことだけど、なんかよく分からん(苦笑)
でもたぶんそんな感じ。

なんか、
何かに、
負けないでいられるような。
負けないようにしたいと思うような。
そんな感じになる。
たぶんこれは、デザイナー氏のマインドからすれば、
反対側の方向での感性なんだろうけど(苦笑)
でも、ちょっとだけ、張り切った気分になれる。
そういうスイッチを持たせてくれる服って、
最近あんまりないと思う。
だから、コムデギャルソンは、
ときどきのあたしに、少し、大事。


面白かったことがある。

この前、このTシャツを着て、
町内にある、ご近所・保育園の前を歩いたとき、
お子ちゃんの送迎に来ていた、
若いママさんが「おはようございます」と
ご挨拶してくれた。
あたしも慌ててご挨拶しかえした。

ママさんは、とても若い。
娘さんのよう。
初めて見た方。
ってか、あちらもたぶん(というか絶対)
あたしのことなんて、初めて見た人物だと思う。
でも、なぜ朝の挨拶をしてくれたか。
ただの歩いているだけのいー歳に(苦笑)
と、考えたとき、
答えはこのT-シャツのおかげだろうなと(笑)
同類の匂いを感じてくれたからなのかもしれない、と。

その若いママさんは、
目にも鮮やかな、
美しい、ま緑色の髪の毛をしていた。
PUNK (パンク)
最近ではそういういでたちの若者でも、
パンクとは言わないんだろうな。
そんな風に言うのは、中年を超えてもはや老人か(苦笑)
でも、あたしの中では、
そのママさんは、パンクだ。
あたしの若い頃には、割といたんだけどね。
みんないったいどこ行っちゃったんだろ。。。

。。。の中に、
居続けるのが、コムデギャルソン。
だというのが、あたしの感覚。


<反骨>って、
使い方次第で、ときに、
生きるときの、小さな希望にもなると思う。




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2018-06-01 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
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Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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