Happy go Lucky

久しぶりに、友人とランチを食べた。

あたしが外出したついでに、
出先近くで個人事務所を開設してる友人へ、
気まぐれに、電話。
都合が合って、
会えればハッピー。
会えなければ、まあ、それもそれ。
そんな軽い感じで、電話をしたら、快くO.K.☆

本気で予約とかして、食べに行くよなレストランは、
急なことだし、もったいない。
だから、そこらのカフェテリアでの、ランチにした。



okjko (1)



この友人には、
片側顔面痙攣の発症についてと、
2度の開頭手術のことは、話している。
けど、
この友人は、至極サッパリした性格だから、
片側顔面痙攣の症状について、
今までの間だって、
特段質問も無かったし、
今回2度目の手術の成功についても
(今のところ!この先も継続、どうか頼むぞ!)
特別、改まった賛美や歓喜、賞賛も無し。
まあとにかく、そんなふう。
とにかく至極、何事においても、あっさりとしてる人物。

久しぶりに会ったもんだから、
簡単なランチでも、ずばーっとおしゃべり。
くだらない話ばかりに終始して、
「いつもあとから思い出しても、
何あれだけ長時間、話したか、
内容まったく思い出せないよねえ!(大笑)」と、言い合う。

片側顔面痙攣の痙攣で、
顔が歪んでいたときでも、
この友人は、気にしないでいてくれた。
あたしは、だから、
いつでも、それまでのとおり、
バカ話ばかりをすることが出来たし、
もしかしたら、
家族以外で、痙攣や引きつりのことを、
気にせず会えていた、唯一の人かもしれない。
かもじゃないな。
唯一の人だ。
だから、あたしには、とっても有難い存在なのだった。

その日は季節外れの大雨の午後で、
街中あちこちが、雨水で溢れ返っていた。

こんなときに誘い出されて、面倒だったねえ!
悪かったね!
最悪の日だね!
あたしだったら、電話あっても断ったよ(笑)
最悪の日に外出なんて、
そもそもこんな日に、あたし、用事自体、
最悪だったな!

そう何度も最悪と意味なく言っていたら、
自分でも何だか最悪な気分になった。
普段なら、最悪だとか最低だとか、
そういうワードは、思い浮かばないんだけど。
でもとにかくその日は、最悪のドシャ降り、
最悪の大雨の日だった。
だからたぶん、つい出まくったんだと思う、最悪ワードが。

あんまり悪い言葉を使いたくない。
と、思ってる。
言霊。
悪い何か、引き寄せそうだから、
発しないようにしてる。
けど、出るときゃ、出る。
くさくさしてるときには、どうでも、出ちゃう。

けど、この友人は、
あっさりしてる分だけ、そういうことも、無い。
「こんな日もあるわさ」

そうそう、と。
友人がバッグから、何かを取り出した。

「誘いの電話のとき
大雨の日の、用事の外出になって、
もー最悪ー!って言ってたからさ。
これあげる」 と。

「Happy go Lucky☆」

世界的名作の児童小説
『チャーリーとチョコレート工場』を模した、
板チョコだった。

ちょっと前に、イベントで大量販売されてるときに、
大量購入してたんだ。
残ってたからさ、1枚あげる。

Happy go Lucky : 
  のんきに。 楽天的に。 成り行きまかせに。


あたしには、こうだ。
今無いものに、思い憂いても意味が無い。
今無い痙攣に、いつかまたかもと、思い憂いても、意味が無い。


おもちゃみたいなチョコレートだったけど(笑)
案外これが、美味だった。

有難う、友人。


Happy go Lucky



okjko (2)





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2018-05-27 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

手術後1年目検診結果・ 2

来年同日同時間に、術後2年目の
MRI撮影をして、診断しましょう。

これを決めて、診察終了という近くのとき、
真横の診察室から、ひょこっと、
この病院での再手術覚悟決意を
させて下さった医師が、顔を出してくれた。

「どう?その後。元気?☆」

こちらの医師は、本当に朗らかな方で。
この朗らかさが、
どれだけ患者の救いになっているか、分からないと思う(感動)

あたしは診察を終え、
この先生とお話がしたい、と思い、
この機会を逃すとお会いすることが難しい!と、
先生の診察が終わるのを、外の待合で待機した。
患者さんが退室されたそのときを逃すまいと。

で。
10分程待ったとき、患者さんが出て来られ、
扉が開いたその瞬間、あたしは先生に手を振った。
すると先生は、快く「どうぞ~」と
患者さんのいない診察室へ手招きして下さった。

「その後調子、どう?
痙攣、ぜんぜんわかんないね☆」 と朗らか先生。


ご無沙汰しております、その節は本当にお世話になりました。
とあたしは誠心誠意、真心込めて、そう申し上げた。

先生のあのひとこと。
MRI画像を観ながら、
「僕は、再手術をしてみる価値はあると思います」
そう言って頂いて、覚悟を決めた。
だから、今あるあたしは、先生のおかげともいえる。
本当に有難う、先生!☆


でもね、先生。
今ね、1年後の画像観て頂いてね、
術後より幅が狭くなってる。
そう診断受けたんです…(涙)

そう、落胆めいた口調で言うあたしに、
先生はやっぱり、
朗らかな声で、
おおらかなことを言って下さった。

「でも離れてるんでしょ?
触れてないんでしょ?
だったら、いいじゃん☆!」


先生…
明るく存在していて下さって有難う…!☆

症状や病気に悩んでいる患者にとって、
凹んだり落ち込んでいたりする患者にとって、
医師の大らかさは、
本当に真実、救われる。
何よりも、何にも交換できない、救いになる。

さらにもう1年後、また診察して貰うことになりました。
また、その時はお世話になります、と、あたし。
先生はうんうん、と笑顔でうなずいてくれた。

そして、あたしは続けた。

先生の大らかな言葉の後押しで、
私はこちらでの再手術を決意しました。
本当にありがとうございました!
そして、この片側顔面痙攣で悩んでいる人は、
本当に大勢います。
先生の明るさは、大きな勇気になると思いました。
本当にどうもありがとうございました!(感謝)

「悩んでいたり、不安なことがあれば、
いつでもおいで。
毎週この日は、必ず診察してるから☆」


相談出来る、
信頼申し上げることの出来る脳神経外科医師が
ここにおられる。
そう思うことで、あたしの心は助けられる。
感謝しかない☆(涙)


本当は、
心底真実を言うと、
本当に、医師から<卒業>のハンコを貰いたかった。
「バッチリ距離が保たれ、
空間が大きく保持されていますよ。
何の心配も問題も不安も、
これにて一切無くなりましたね!
おめでとう、
これであなたの片側顔面痙攣は消滅しましたよ!
ご卒業おめでとうございます!」

そう言って、病院とさようならしたかった。
でも、そうでないところで、病院とまた繋がっていく現実が出た。
こればかりは仕方がない。
でも、引き継いで下さった医師と、
朗らか先生とが言って下さっている、
「神経と血管は触れていない。
空間は有る」

この言葉を頼りに、
もう1年、
頑張ろうと思う。

って言いながら、帰宅後、やる気がまったく出ず、
居間で壁に向かって、寝転んだまま何時間も過ごした(苦笑)
疲労困憊したようで、グーグーそのまま寝込んでしまった。

でも。
病院の診察の後、
会いに行った母が「良かったわね」と、
感動して泣いたので、
あたしも悲しまないでいようと、思うようにする。

母と父には、医師からの言葉をそっくりそのまま伝えた。
心配性の権化な父は、正直、落胆していた。
正直「全部バッチリ完了だったら、なお良かったのにな…」と、
思ったことを、つい出た、という感じで、言っていた。
素直なわが父(苦笑)
もっとオブラートに包んでよ(苦笑)

母も、おそらくそう言いたかったに違いない。
けど母は、グッと堪えた(苦笑)
そして、こう言った。

「今ある現状を喜ぼうよ!ね☆
痙攣は出てないんだから、
良しとしようよ、ね!☆」


精一杯の、母の思いやりだと思う。
母、有難う!☆
父も、サンキウ(苦笑)



診察の翌日のあたしは、
片側顔面痙攣のことについて、
はっきり言って、1日中囚われて過ごした。
これが本当に、無事卒業証書を受理していたなら。
本当に、見るものすべてが輝いたと思う。
空気も澄み、
この世のすべてに感謝して歩いたと思う。
けれど、心に曇りがひとつ残った診察には、
また心配と不安が付きまとうことになった。
けど、医師の離れている、触れていない、にも思いを寄せる。

あたしのこの片側顔面痙攣への、ぐるぐるした感情は、
いったいいつになれば完全消滅するんだろう。

気持ちの大きな人は、もうこれで十分消滅してるんだろうけど、
とにかくあたしは、世界屈指、有数の小心者。
苦労と悩みを、すぐに手放さない。
これ自体、あたしの悪いところ。
分かってるけどねえ…


痙攣は、1年間出ていない。
手術後、ひやりとしたことは何度か有ったけれど、
でも、実際問題として、
痙攣は1度も発症していない。
引きつりも無い。
この事実をのみ、
あたしは信じて生きていくようにしよう。
この決意は、
なかなか小心なあたしには、厳しいものなんだけどね(泣笑)


片側顔面痙攣の症状で、悩んでおられる皆様。

私個人の個人的意見で、ご承知頂きたいのですが、
片側顔面痙攣の症状は、
手術をすることで、
かなりの高確率で完治出来ると思います。
再手術の私より、1度目の方なら相当の完治率だと思います。
手術する以外は、完治は有りません。
幸いなことに、この片側顔面痙攣は、
命に別状は有りません。
なので、どうぞご自身のご納得行く
病院と医師をお探しください。
必ず治して下さる医師はいます。

東洋人の中年以降の女性に、
発症する確率が高いそうです。
事実はいろいろ有ります。

医師に診察をして頂く前に、
事前勉強をお勧め致します。
知ることで、質問もでき、
納得いく範囲が広がるからです。
どんどん医師に相談、質問なさってください。
真摯に医師は応えて下さると思います。
またそういう医師をお選び頂きたい。
手術は、信頼関係が心底重要ですから!☆

多くの、悩まれておられる方々に、
私のこのブログが少しでもお役に立てば、幸いです。

私のライフワークみたいになって来ました、
この片側顔面痙攣。
本当に憎い憎い、
この世のすべての罵詈雑言を当てはめたいくらい、
憎むべき存在です。
どうにかして、消滅させてやりたいです!(憎悪)

強く、前向きな気持ちで、
この片側顔面痙攣に立ち向かう、
というものではなく、
泣きべそかきながら、
私は弱腰で、
しくしく涙目で、取り組んでいます(涙)
でも、これも私の人生なのですもの。
しょうがない。
こればかりはしょうがないです(涙)

真実のことを言うと、
母が生きているうちは、
再・再手術はもうしたくないです。
母の辛い顔を見るのが辛いから(涙)
母の心配する姿をもう見たくない(涙)
なので。
もしももしももしももしももしももしも、
再・再発となってしまったとしたなら(ヤだけど!)
何年先になってもいいから、
母がこの世にいない世界で、決意し直したいです。
それだけが、今の私の願いです。
(母のさよならもヤですけど!!!)

片側顔面痙攣の症状に悩める皆様。
一緒に頑張りましょう!
私は目一杯涙目ですけど!!!



青空は、のんきに、美しい青空です。
あたしの真に平穏な心で、
いつの日か、
こんな青空を満喫したい。

1年後の再検査は、
こんな感じで過ぎたのでした。

今のあたしに必要なもの、
それは朗らか先生みたいな、
大きな、明るさ!




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2018-05-22 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 5 :

手術後1年目検診結果・ 1

1年前の今日のこの日の頃、
片側顔面痙攣の再手術をした。

入院した日の朝も、素晴らしい晴天だった。
術後1年目の検診に向かった朝も、同様。
目が細くしないと開けられないほど、
眩しい日差しの朝。

病院へ歩いてく道のりも、1年前と同じみち。
大きな大きな公園を抜けて行った。
鮮やかな新緑のころ。



180522 (1)



病院側の別院にて、MRI撮影。
その後、順番を待って、脳神経外科医師に受診。
あたしの主治医だった医師は、
急な転勤となり不在になってしまっていたけれど、
十分細やかに引き継いで下さっていたので、
何もかもあたしの事情を掌握して下さっていた(安堵!)

先に結論から言うと、
今回の再手術結果経緯は、順調。
痙攣の再発も無く推移している1年間。
これにて晴れて<卒業>


でも良いけれど
「どうされたいですか」と、
初めて出会う医師よりお言葉
が。


「現在痙攣も出ておられない。
経過はたいへん順調。
ですがと言いますか。
念のために画像診断の詳細を申し上げますと」 と、医師。

診察室の真上にある、MRI画像を貼り出しているモニターの、
あたしの脳内写真を何枚か、指示して、こう言われた。

「これが、術後翌日のMRI写真で、
こちらが本日のMRI写真。
ここが痙攣の原因だった箇所です。
分かりずらいと思いますが、
術後翌日の方は、
このように大きく空間が開いていますが、
1年後のこちらは、
その幅が狭まっています」


あたしはそのとき、瞬間にして、
全身の血流がざわざわとざわ立った。
顔も一気に紅潮したと思う。

えええっ…!!!
また再発が近く見えているのか…!?


ただ、医師はあたしの動揺を抑えてくれるかのように、
落ち着いてこう続けてくれた。

術後写真は、手術直後の撮影と言ってもいってもいい。
そのくらい、手術直後。
でも。
どんな傷口でもそうなのですが、
例えば手でもどこでも切ったりしますと、
回復するとき、皮膚の肉が隆起したり、
薄皮のようなものが重なったりして、
回復しようとします。
それは、脳内でも同じことなのです。
手術中、脳内のあちこちを切ったり、
傷ついたりしているので、回復しようとします。
そのせいで、原因血管が押し出されていく。
そういうことも有ります。
また、脳内は水で満たされているので、
多少移動することも有ります。

そもそも、血管の位置自体、
流動的とまでは言いませんが、
定位置での固定とはいえません。
血管は動きます。


あたしは、複雑怪奇な脳内のことを、呪った。
不安定にも程がある脳内のことを、憎んだ。
あたしは、術後1年経ち、
画像診断をして貰ったとき、
医師から、
「バッチリもう、原因血管と顔面神経は、
手術したかいあって、
バッチリもう、ガバーッと引き離れています」
そう、大きな安心太鼓判を貰いたかった。
この先、何ら一点の曇りも無く、
大安心のハンコを押して貰いたかった。
でも、現実は過酷。
そこまでうまくは行かないみたい。


術後1年経って、
引き離した箇所が、狭まっていた。



あたしは、診察室で、何度もつばを飲み込んだ。
緊張して、喉はカラカラになっていた。
またいつか再発するのかもしれないな。。。。。。。。
あたしの人生って、
ほんとにこの片側顔面痙攣の支配下に置かれちゃったんだな。。。

絶望的な気持ち、
というような明確な感情ではなく、
何というか。
なんていうのかなあ。。。
とにかく。
ため息が、出た。

あたしは医師に、言った。
愚痴みたいなものだけど、ついつい出てしまった。
「あたしの人生、
片側顔面痙攣のせいで、変わってしまいました。
この先もずっと、囚われるんですね」 と。

すると、医師はこう言ってくれた。
「いいえそうではないと思います。
念のために現実の詳細を申し上げましたが、
幅は狭くなっているようにようですが、
触れていない。
空間は有ります。
触れていない。
事実、痙攣は出ていないですよね。
それがこの手術結果の良い結果だと思います
」 と。

「おそらく、
この位置で、固定はされているだろうと思います。
糊付けされた血管が剥がれて来ているとは、思いません。
ただどうしても自然なことで、血管は動きます。
なので。
来年もMRI撮影をして、
画像を術後、1年後、2年後と比較してみたら、
あなたの中での安心も得られると思います。
来年撮影をして、比較してみたとき、
今日のこれと同じなら、
本当にこれが固定された定位置になったと、
確信できると思います」

医師は、とても穏やかで優しい感じの方だった。
お若いけれど、あたしの不安をすごく察してくれていた。

「再手術でおられる分、
本当にご不安だろうと思います。
でも、幅は狭くなってはいますが、
離れています。
なので、今の痙攣が発症していないことがすべてです。
僕はそう思います」
 
そう、丁寧な口調で言って下さった。

あたしも、そうあって欲しいと、
心底懇願してる。
医師の暖かい思いやりに泣いた。


涙目になりながら、
せっかく診察して貰っているんだから、質問もした。
箇条書きでメモしてたことを聞いた。

何年間か痙攣が出なければ、
この片側顔面痙攣から逃れられたと、いうことは有りますか。
「だいたい大まかな目安としては、1年間でしょうか。
1年間痙攣が出なければ、手術で良くなったと言えるかと思います」


日々の暮らしで、
痙攣の再発を誘発してしまうようなことは何か有りますか。
例えば、睡眠不足だとか疲労だとか。
「特にこれ、というものは特定出来ません。
ただ強いて上げるとすれば、
高血圧・糖尿病・動脈硬化あたりでしょうか。
なので、気を付けるとしたら、
健康的な暮らしが大事。
でもそれはこの片側顔面痙攣だけではありませんよね。
高カロリーの食事や糖質、脂質に留意することでしょうか」


私の場合、瞬きと同じに、小さな耳鳴りを起こすのですが、
これが痙攣の再発へのトリガーになる、というようなことは
ありますか。
「耳鳴りで痙攣を誘発する、という症例は
今のところ僕は知りません。
なので、それがきっかけということは別だと思います」


家族や友人が、
眼精疲労でまぶたがピクピクするとき、
私に「ほらこれ見て」と
私の病状を知っているので、示してくれたのですが、
この先私もそういうことが起きたとき、
片側顔面痙攣の再発とは、別物、なのでしょうか。
「別だと思います。
眼精疲労などでのピク付きなら、
長くても1か月もすれば勝手に消滅します。
けれど、片側顔面痙攣の痙攣は消えません。
根本的に別物です」



今回初めて会った、以前の主治医から
引き継いで下さった医師は、
本当に穏やかで、丁寧に話をして下さる方だった(感謝)

あたしの不安や心配を、とても気遣って下さり、
とにかく来年同じ日にMRI撮影をして、
比較検討しようと、提案してくれた。
「もちろんそれまでの間に、
何か不安な出来事や、心配ですとか。
あるいは、痙攣らしきものが、など
気掛かりなことが少しでも有れば、
いつでもいらして下さい」と言ってくれた。
そしてこうも。
「それは僕らとしても、望んではいないことですけれど。
この痙攣が治まっている状態が
ずっと安定しますように、僕らもそれが
一番の望みです」 とも言ってくれた。

「僕はおそらく、
この位置で定着しているだろうとは思います。
いい意味での癒着です。
でも、
どの手術にしても、
絶対に100%の成功というものは、
残念ながら無いのです。
数十%の残念は、どうしても有るのです。
だけども、今、痙攣の再発は無い。
だから、安心感を増すためにも、
来年も撮影しましょう」

先生、有難う…☆(涙)
この先生に引き継いで貰えて良かった(涙)
あたしとの診察は45分程度はして下さった。
感謝したい(涙)


1年前、
あたしがこの病院での手術を決意させてくれた、
朗らかな脳神経外科医は、まだというか、
病院に在籍しておられた。
その日も診察医師として勤務されていて、
診察室が真横だったから、
診察室同士がつながっている後方の通路から、
ひょこっと顔を出してくれた☆!
先生、ご無沙汰していますー!☆(感動)

そのときの話は次へ続けます。


病院から家に戻って、
あたしはまた1年前のように、
片側顔面痙攣 で、ネット検索の検索魔王になった。

いろんなキーワードを打ち込んでみたけど、
あたしの知りたいと願ったものは、まったく出て来ない。

大勢の事例をあたしは知りたい。
手術後のことを、あたしは知りたい。
1年後、2年後、3年後、5年後だっていい。

けど本当に皆さん、
術後の経過が順調だったら、
本当にどなたもほぼ、その後の記述がなされていない。
皆さん、お幸せに暮らしておられるんだろうなあ。
これっぱかしも片側顔面痙攣に囚われてない。
完全に過去の事として忘却されている様子。
不安なんてからっきし無いんだろうなあ。
羨ましい限り…(涙)

そして、ふと思って、知りたかったもうひとつは、
術後1年とか2年とかで、
MRI撮影はなされていないんだろうか???

手術後半年とか1年とかで<卒業>という形で、
ブログ記事等書かれている方でも、
MRI撮影をして、結果、という記事に、
あたしはうまく出会えないでいる。
どなたか記載されておられるだろうか。

手術をされた方々で、
再診を受けられても、
顔面を医師の指示の元、動かしてみて
イーとかウーとか発声してみて、
「動いていませんね」で確認&終了されていることは、
お見かけするけれど。。。
MRI写真での比較までの再診は無いのかな???

撮影されて比較されたとき、
もしかしたら、あたしのように、1年後視たら、
原因血管がまた移動していたり、
広げた空間が狭まっていたり、と、
似たような状態の方がおられるかもしれない、と思うんだけど。。。


手術をされて、大成功された大勢の方々のように、
「これにて私の片側顔面痙攣についての記事は
ひとまず終わりとさせて頂きます」とか、
あたしも書きたい。
あたしもぜひともそう、書きたい。
けど。
あたしの道のりは続くみたい。
こりゃもうあたしの人生の使命なのかなあ?

厄介な人生になったもんだと、
また涙目になる。

まだまだ続く→


公園に咲いてた薔薇。
1年前も咲いてた。
でも今年は咲き始めが早かったんだろう。
くたびれていた感じ。
終焉を近く感じさせた。

いいな。
毎年始まって、
毎年時期が来たら終焉を迎える。
片側顔面痙攣には終わりが無いのかな。
もうほんと、ヤ。



180522 (2)





2018-05-22 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

再手術からちょうど1年

英国王室プリンス、ヘンリー王子が今日、
米国元テレビ女優メーガンさんとご結婚。
ロイヤルウエディングかあ~☆
おめでたいことだなぁ~・・・

・・・ってちょい待ち。
あたしの再手術していた日ではありませんの、と。

いや。
忘れていた訳ではなくて、日を勘違いしてた。
19日に入院した、と思ってた。


片側顔面痙攣のことは、再手術をして1年経っても、
まだまだ忘れることは出来ていない。
日々の些末なことどもに追われて、
気に留めないで済むようにはなった。
それは確実に。
そして、その時間も、少しずつ伸びてると思う。
本当に有難いことだと思う。
でもそれでも、
再手術で入院・手術をした日のことを思うと、胸がつらい。
しつこく、つらい。
複雑な気持ちになる。
おかげさまで本当に、おかげさまで、
痙攣は再手術後、1度も出ていない。
病院と医師等には、心底感謝している。
看護師さん達にも心から感謝している。
現代医学というものにも、ありがとう。感謝している。
だけども、それでもまだ、あたしは
1年前の再手術のことを思うと、つらい。

1年前の、2度目の開頭手術に挑むとき、
あたしはひとり切りで病院へ向かった。
2週間分の荷物を背負って、ひとりで入院した。
これが何もつらかったんじゃない。
特別なことは何もない。
ただ、
再手術を決意をして、挑んだ。
このことすべてが、つらかった。

良くやったよなあ、あたし。
良く頑張ったよなあ、あたし。

泣けては来ないけれど、
とにかく、つらい。
まだ、時間がかかる。
つらくなく、思い出せるまで、まだもう少し時間がいる。

病室では、手術まで、事前検査をしたら、
何もすることがなくて、
ぽーっとした時間を過ごした。
ベッドのうえで。
入院患者用のオープンエリアのテーブルで。
一般病棟内にある、カフェテリアで。

ひとりで入院したもんだから、
丁寧にも主治医が明後日する手術について、
詳細説明をしたい、と連絡を下さったとき、
家族の誰もいなかった。
主治医に、明日の午後には家族が来ると伝えたら、
明日も再度ご説明しますと言って下さった。
だから、
入院当日時、あたしの部屋の担当看護師さんが、
家族の代わりに同席して下さった。
1時間は説明を聞いたと思う。
同席して下さった看護師さんは、
ほんとうのあたしの家族のように、
ずっと、じっと横で一緒に話を聞いて下さった。
つらい思い出の中にも、ぱらりぱらり、
こういう優しい素敵が、散りばめられてる。
こういうことには、素直に、泣けて来る。
有難うございました☆(感涙)



DSC06094 2z (1)



2度目になる、再手術だったから、
手術時間は大幅に長かった。

前回の手術の失態のために、
大きな癒着が出来ていたせい。
痙攣を引き起こす、
原因箇所の特定はすぐ出来たのだそうだけど、
その大きくがっちりべったり癒着してしまっていた、
顔面神経と血管を、切り離す作業に、
ものすごく時間がかかったのだという。
言ってもしょうがないことだけど、
この病院で1度目の手術をしていれば、
こんなつらい思いはせずに済んだんだ。。。
後悔しても何もよいことは生まれないけど、
無念で悔しい思いは募る。

術後、酷い床ずれが左半身に出来た。
脳挫傷が、1ヵ所(割と大きい:涙)1度目の手術の際に、
何らかの不具合により出来てることが分かった(落胆&不快)
2日間程、視点というか、
焦点が今一つ、噛み合わなかった。
右顔面半分に、軽度の顔面麻痺が出た。
(これは完全に消滅するまで、1か月半程要した:疲労困憊…)

痙攣は、今のところ消滅している。
再手術をした甲斐が有ったと、しみじみ感動してる。
耳鳴りは残った。
これが何かの名残りのように、
何かのトラップみたいになりませんように(懇願)

再手術に挑んだ、手術当日の朝のこと。
再手術を無事終えてからの、2週間の入院中のこと。
いろんなことを、いつか落ち着いて書きとめたいと思ってる。

病室の窓の外の、夜の摩天楼。
あの日から1年経ったんだなあ。

術後1年の、MRI撮影まであと数日。
1年前、ひとりで入院手術へ向かった病院へ、
またあたしは、近く、向かう。



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2018-05-19 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

春・夏・秋・冬、人生

昔々のむかし。
あたしがまだ中学生とか、そんなときの頃。

雑誌の対談だったか何かで、
作家森瑤子氏が「白秋の意味を初めて知った」とあった。

あたしも白秋で知ってるのは、勿論というか、
詩人・北原白秋の白秋
でも森氏の言われていたのは、違って。
人生における春夏秋冬での、ことだった。

春=青春 16歳~20歳代
夏=朱夏 30歳代~40歳代
秋=白秋 50歳代~65歳ごろ
冬=玄冬 60代後半~
 

一生を、季節で表現しているらしい。
(これにあてた色彩もある)
なるほどなあ、と、ませたあたしは感動した記憶がある。
(それ以上に、大人気作家の森氏が、
率直に知らなかったことと説明していたことに、
もっと感動してた)

で。
あたしがふっと思ったことなんだけど。

青春期以外は、健康面で、
だいたい一様に皆、心配になっちゃうんだな、ということだ。

ご近所の、ときどきご挨拶しながらすれ違う若い奥さん。
愛犬の散歩で、しょっちゅう町内を歩き回ってるあたしの姿が、
ちょっと見えないな、と以前気にかけていてくれたらしい。
片側顔面痙攣の手術で入院していた、と当時、
思い切って話をした。
(髪の毛も剃られて、衝撃的な傷口丸出しだったしね:笑)
すると、奥さんの弟さんのお嫁ちゃんが、
先日、再度、くも膜下出血で緊急入院、手術をしたのだという。
幸い術後の経過が大変良く、じき退院だと言われていた(よかった!)
お嫁ちゃんは朱夏世代

5つ年下の友達のお母さん。
白秋世代
「実はお母さんが今、入院してて」と、告白を受けた。
2月下旬の頃。
お父さんが家に仕事から戻ったら、
リビングルームでお母さんが倒れていたという。
意識は有ったけど、どんどん呂律が回らなくなって、救急搬送。
脳出血を2度起していたらしかった。
命に別条が無かったことと、半身麻痺の症状も相当軽かった。
けれど、記憶力が随分今、低下しているのだという。
「リハビリでどうにか回復出来ればいいんだけど」と、友達。
「でも、他が元気だから、母自身も家族も、良しと思ってる」とも。
皆さん前向きで良かった。

勤め先の先輩(年下だけど;笑)のお母さん。
こちらも白秋世代
1度目のあたしの片側顔面痙攣の手術と、
まったく時期を同じくして、
膝の人工関節置換術手術をされている。
今から4年前になるのか。
ずいぶん足の調子も元に戻って、
長時間歩き回る自信もついて、
先日数年ぶりに、家族旅行へ出かけた。
壮大な自然を観に。
で。
足元が悪い場所で、転倒。膝を思い切りグキッ。
十分気を付けて、家族も手を引いたりして歩いていたらしいけど、
それでも起こってしまった不慮の事故。
また同じ箇所を痛めてしまって、旅行中止で帰宅。
病院へ向かうと即入院。
近日中に再手術することになったという。
がっかり落胆するお母さんと、意気消沈する家族、だという。

2つ年下の友達のこれもお母さん。
玄冬世代
日頃の無理がたたり、腰痛が激悪化。
身動きが取れなくなって、深夜緊急入院。
内臓系統の悪さではないから、
ただ安静入院だそう。
でも、ベッドからのビリビリ動きも禁止中。
元気なお母さんには、少々過酷そう。
それに、別枠。
家族で入院患者が出ると、
精神面でも生活面でもいろいろなことが、起きる。

この手の話は、もう、日々、
聞こえてこない日は無いくらいに、なって来た。

あたしは今、朱夏。
でも、もうギリギリ。
夏の終わりのころ。

宿題を早くやっつけなくちゃ、とか、
スイカももう食べ収めだ、とか。
海で泳いだら、クラゲに刺されるよ、だとか。
そんな、キラキラした真夏の終わりの頃ではない。
遠くに夏の終焉を予感させる、
青く曇った遠雷が見えるような。
気が滅入る、ため息のつい出てしまうような、
夏の終わり。

森瑤子氏の名作『情事』
冒頭の一文はこうだった。

〝夏が、終わろうとしていた。〟

女性の作家作品は、
あたしはほとんど人生で読んでないけど、
この作品だけは、とても大事な記憶になってる。
この先に起きる出来事を想像させつつ、
抒情的で感傷的な気分にさせる、
秀逸な幕開けの一文だと、今も思ってる。

人生って、なんか、ちょっと悲しい。
老いるって、ちょっと辛い。
そういうことどもを、
受け入れていくことを、ちゃんと、学ぼうと思う。



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2018-05-18 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

サンキュウ眼鏡

片側顔面痙攣を発症してからは、
ほぼ、眼鏡着用で暮らして来た。

それまでは、何度か記事にもしたけど、
ずっとコンタクトレンズ愛用者だった。
でも、
痙攣の引きつりや、右眼がギュウギュウ
勝手に閉じてしまうから、
それを人に見られることがイヤになって、
眼鏡をすることで、気持ちを紛らわせて来てた。

ただ、もともと眼鏡は
ファッションアイテムのひとつとして、好きで、
今、合計8個保有。
個性的なデザインのものや、
フレームの色などを意識的に選んで、
気分をいっそう変えて、毎日使っている。

勤め先でや、友達から、
しばしば「眼鏡いつもお洒落だね」だとか、
「たくさん眼鏡持ってるんだね」だとか言われて、
おかげで、顔のピクピクを、
直接指摘されることはほぼ無く過ごして来た。
だから、
眼鏡の愛着と、
片側顔面痙攣の記憶は、つながってる。
それは、ちょっとだけ、切ない現実だ。

2度目の開頭手術をする前、
眼鏡をひとつ新調した。
その眼鏡屋さんから、葉書が届いた。
眼鏡のその後の調子は如何ですか、の
まあアフターフォローという意味合いと、
新作宣伝広告を兼ねたもの。

あたしは、2度目の開頭手術後、
幸いなことに痙攣の再発はしていない。
目が勝手に閉じてしまうこともない。

お化粧をするとき、
痙攣が酷くて、皮膚が揺れに揺れるもんだから、
アイラインが真っ直ぐに引くことが出来なくて、
毎朝心底憂鬱になっていた、ことも、再手術前までのこと。
今ではシュシュッとスムーズに1本線が、引ける。
だから、コンタクトレンズ生活に戻せば、
両目を強調するような、
アイシャドウを乗せ、マスカラも塗り、の、ばっちりな、
キュートなメイク(←厚顔:笑)がまた出来る。

けど、もはやその気分は抜け落ちたみたい。
あたしの立派な中年化のせいだと思う(笑)
もう面倒くさいや、みたいな。
女子大生時代でなくて良かった(笑)

と同時に、眼鏡の魅力に、
素直に惹かれている。
いくつあってもいいな。

片側顔面痙攣のときは、有難う、という気持ち。
眼鏡のうしろに隠れて過ごした。
お世話になった感謝の思いに似た気持ち。
これからは、純粋にファッションアイコンとして、
正面から眼鏡と付き合いたい。

この先、近い将来には”老眼”という
症状が出て来るだろうから(苦笑)
そのときはまた、
それ専用の眼鏡をあつらえよう。
年上の友達らは、
「すぐ失くすから、もう100均でいいよ!」
なんて言ってるけど(笑)
でもそれって、
眼鏡を若い頃からしてない人達の意見だと思う。
馴染みが無いからすぐ失くすだけ。
あたしみたいに、
眼鏡なきゃ見えないと、失うわきゃない。

新しい眼鏡を、見に行ってみようと思う。
片側顔面痙攣に縛られていない、
自由な気持ちで、
見に行ってみようと思う。

片側顔面痙攣の再手術をして、
もうじき1年、になる。
術後1年の経過観察として、
近く受診する。
MRI撮影をして、主治医が診察してくれる。

片側顔面痙攣のことを思うと、
今も心臓がバクバクする。
天下一の小心者だからね(苦笑)
ドキドキする。
けど、主治医に会いたい気持ちも少しある。
正しき術後1年後、みたいな経緯が、
もしもあるならどうなのか、聞いてみたい。
そして、あたしも、この先のことを質問してみたい。

その日の、診察予定のその日までに、
ちょっと真面目に考えようと思ってる。
片側顔面痙攣のことを、また少し掘り下げて、
自分の中で考えたりしようと思ってる。
付きまとうヤツめ!
片側顔面痙攣ってやつはもう!(怒)
けど、
これもあたしの人生なんだよね。




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2018-05-06 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 4 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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