FC2ブログ

片側顔面痙攣でも桜・咲く☆

片側顔面痙攣の憎むべき煩わしい、痙攣症状を
どうにかしてでもやっつけたい!という思いの方がいらして。

小さなご縁を得て、何度かお手紙のやり取りなどを
頂戴して。
同じ、苦しみの症状キャリア同士として、
ときに慰め合ったり、
ときに愚痴をコボし合ったりなどをして、
片側顔面痙攣のことを、お話しして来ています。

そんな中、何人かの方から、
手術に立ち向かって、見事!痙攣から解放された方や、
あるいは、辛く過酷であるけれども、
再手術に挑んで、念願叶って完治!という方がおられ、
ご連絡を下さっています。

それはもう、感動です(涙)
感動以外の何物でもないです(大涙)☆

本当に良かった!☆(感涙)

片側顔面痙攣の症状打破のために、する手術は、
全身麻酔で、頭蓋骨に穴を開けての開頭手術しかありません。
これは本当に決断するには、大きな勇気が必要です。
残念ながら、様々な諸事情によって、
手術に挑んでも完治しないこともあります。
(私はコレでした:慟哭)

それでも。
それでも、手術をすれば、片側顔面痙攣は治るかもしれない。
このことは、本当に大きな希望の光です。
治るかもしれない手段がある。
このことは、本当に生きる希望の灯だと思います。
辛さにふらふらになって、
いつだってよろめいているけれど、
暗い日々に、明るい光がさすかもしれないのです。

その光を掴めた幾人かの方々が、輝いたご連絡を下さいました。
本当に、
本当に良かった!☆(感動)
大手術ですけれど、
勇気をもって挑まれて、素晴らしい結果を得られて、
本当にほんとうーに良かったあ!☆

私も、同じ苦しみの者として、真実、嬉しく思います!☆(涙)

そしてここから。

どうぞ私のことは、この先お忘れになって下さい。
どうぞ遠慮なく、するっとお忘れになって下さい。
それが最高の時の流れだと、思います。

私の、再手術先の主治医が、退院時、
「片側顔面痙攣だったこと、
それ自体、いつかお忘れになりますよ」

そう言って下さいました。
感動で泣きたくなるほど、美しく優しい言葉だと思いました(涙)
そうありたい。
そうなりたい、と、そのとき強く願いました。

私は再手術のより、
幸いなことに、痙攣症状は消えています(感動)
今のところ、痙攣や引きつりはまったく有りません。
あれほど苦しめられたものから逃れ、自由を得ています。
ただし、手術前から説明を受けていた、耳鳴りだけは残っています。
気にしなければ気にならない程度のものですが。

私は、片側顔面痙攣に深く囚われています。
私の人生の中で、ずいぶん大きな存在になっています。
痙攣が消滅した今でも、です。
これはひとえに、
私が<クドい>粘着質性格だからだと思います(苦笑)
異常な<心配性>だからだとも思います。
でも。
少しだけ変わって行っていることがあるとすれば、
先日、思ったのです。
<夕暮れの空を、いつまでも眺めていない>

片側顔面痙攣の痙攣が酷いときは、
なぜだかずっと空を見上げていました。
いつも持ち歩いているデジタルカメラでも、
夕暮れの写真ばかり撮影していました。
これらの写真たちは、悲しみというか、
悲壮感がにじみ出ています。
ただのきれいな空ではないのです。
それはたぶん、私の暗い心が反映して写ってるから。
そう思います。
今でもそのころに撮った空の写真は、
見ると切ない。
ものすごく悲しくて、やり切れないです。
でも、先日、ふっと気付いたのです。
「あたし最近、鬱屈した夕暮れ写真、撮ってないな」と。
純粋に美しいなあと感じた時にだけ、撮っています。
たなびく雲を連れてゆく、飛行機の姿だとか。
夜明けのような日暮れの空だとか。
だから、写真が素直に、美しい。
これがちょっとだけ、変わった、私の変化だと思います。

明るい光を掴まれた皆様。
どうか、私のは忘れて下さい。
お忘れになって、光の中をどんどん行って下さい!☆
朗らかなお気持ちと、
満面の微笑みで、どんどん進んで行って下さい!☆


桜が満開です。
桜・咲く。

皆様、ご無事なご退院、おめでとうございます。
そして何より、
何より
何より、
片側顔面痙攣の消滅、おめでとうございます!☆

桜・咲く☆
未来永劫、どうぞお幸せに☆!
お元気で!!!



私は5月下旬に、術後1年後検診があります。
MRI撮影などする予定です。
再手術からもうじき1年。。。
早いような、でもまだそのくらいなのかあと思うような。
不思議な気持ちで今を過ごしていますー



DSC_4516zq.jpg





スポンサーサイト
2018-03-31 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 3 :

手術をすると決める覚悟

親戚のおねえさんが近く、入院・手術をするという。

何でも<胆石>なるものがあって、
それがしばしば悪さをしている、のだとか。

ちらっと数か月前、
親戚宅でおねえさんとすれ違ったときは、
体調不良がある、とだけ言っていた。

随分前から、
おねえさんはソレを承知していて、
結構強めの腹痛が起きたり、吐き気があったりだとかで、
病院にかかっていた。
掛かりつけのお医者さんにも
「まあゆくゆくは手術して取った方がいいでしょう」
などと言われていたそう。

それでもまあまだ、
早急には問題なし。
放置しておいて、様子見で推移してたと。
けど、それがこの半年くらいで、
じゃんじゃん痛み出したのだという。

仕事へ出かける前、急にお腹が痛み出して、
それもあまりの激痛で、出勤不可能。
2時間は横になってウンウン唸った、とか。
そういうことが、しばしば、になって、
お医者さんから手術を勧められたという。

「そのときは、もう、手術を覚悟した」おねえさん。
でも。
<喉元過ぎれば熱さを忘れる>で。
またケロッとした状態に戻り、
平静さを取り戻したら、気持ちも変化。
「だって手術って、怖いじゃないー」

それがついには、先日のこと。
今まで以上の、あまりに壮絶な腹痛に襲われ、
どうにもこうにも自力では動けず、
救急車を呼んで、救急搬送して貰ったという。
そして、おねえさんは、本気で覚悟を決めたと。
「もう決心したわ。
手術することにする」


でも、そう言いながらも、
物凄く怯えていたおねえさん。
入院は出産以外ではしたことがなく、
手術は人生初体験だという。
そりゃコワイと恐れる気持ちも十分分かる。
だけど、この先もう、
救急搬送されるほどの激痛とおさらばできるんだから。
あたしだったら、よっしゃあやってやるー!と思う。
って、これ要するに、
驚くべき小心者ゆえの、逆切れ設定か(苦笑)
おねえさんの方が、一般的だよね、と思い直す(苦笑)

手術は怖い。
手術は恐ろしい。
手術はしたくない。
手術はイヤだ。

もちろんそう。
誰だってそう。
でも。
でも、痛みなり不都合なり不愉快なりが、
もしかしたら手術で解放されるかもしれないのだ。
今回のおねえさんのような<胆石>手術だと、
年間執刀数が多くある病院は、
比較的全国中に、沢山あると思う。

おねえさんは、地元で評判の腕の良い医師探しと同時に、
病院リサーチに燃えたと言っていた。
短期間の入院だから、
うんと最新的できれいな病院がいい、と、
むちゃくちゃ研究したという(笑)
どうあれ、
手術をするという決意が揺るがず、
前向きな気持ちがあって、良かったと思う。
手術を決意する覚悟って、難しいから。

頑張れ、おねえさんー☆

追記
お見舞いに行こうと思う。
ほんとに数日間だけの短期間入院らしいから、
都合が合えば、になっちゃうけども。
どんな瀟洒で素晴らしい病院を選んだのか、
あたしも一度見てみたい(笑)



DSC_4405qq.jpg





2018-03-26 : よしなし雑記 : コメント : 1 :

あたしにだけは分かること

家族と野暮用で出かけたときのこと。

用事の合間にサササッと食事が済むようにと、
お昼ごはんを食べに入った、簡易レストラン。

あたしの隣のテーブル席に、着かれたご夫婦一組。
60代くらいだと思う。
メニューを広げながら、
ふと着席されるそのご夫婦の、女性の顔が目に入った。
あたしは、ああと思った。
片側顔面痙攣の症状をお持ちな方だ、と。

その方の症状は、
あたしの思う限りで言うけど、
かなりお辛い状態ではないか。
そう思った。

右側の目が、ほとんど閉じられたままでらした。
ときおりぱっと、両目揃って開いたりしているご様子だったけど、
でも基本的には、もうほぼ右眼側が引きつっていて、
右眼は塞がれたままのようだった。

あたしは、ランチメニューを見ながら、
気持ちがその場の空間にとどまってしまった。

さぞかし、お辛いだろうな。。。

大きなお世話だけど、
あたしはそんな思いが浮かんで浮かんで、消えなかった。

あたしのそういうぼんやりした感じを見た家族が、
不思議そうに「どしたの?」と聞いて来たので、
あたしはそっと返答をした。
片側顔面痙攣の症状の方がいるの、と。
家族もたちまち「ああそうなの」と、小さくそっとつぶやいた。
家族内に、ささやかな沈黙が生まれた。
家族は、各々胸に秘めた思いがあるような顔を一瞬して、
また各々ランチメニューに目を向けていた。

あたしの座席からは、ちょうどその女性のお顔が見えた。
食事中、あたしは、だから、
何度かその方のお顔を見つめた。
あたしのかつての痙攣症状より、厳しいものを感じた。
でも、それらはすべて、どう感じるかは、
個人の感情の問題だ。
だけど、ただ言えることは、
お辛いだろうな、ということ。
あれだけ強い片側顔面痙攣の症状が有って、
平気で、何も気にも留めないでいられることは難しいと思う。

あたしはひとりで勝手に、寂しくなった。
悲しくなった。
この理不尽で意味のない、
回避しようのない病の症状に、腹が立った。
ひとの穏やかな気持ちをかき乱すだけの症状に、
心底な怒りを思い起こしていた。
でも、どうしようも出来ないんだけど。
それはあらゆる意味で、どうにも出来ないことだった。

片側顔面痙攣を発症してしまうことも、どうにも出来ない。
事前予防も出来ない。
言ってしまえば、
事後予防だって、出来ない。
痙攣はあるがままに、あるのだ。

寂しい。
そして、悲しい。
辛くて、嫌になる。

けど。
けども。
それをどうにか改善してくれる医師は、
どこかにいる。
命までは、幸いなことには、
この片側顔面痙攣では、どうこう及ばない。
だから。
もし、悩んでいる方がおられるなら、
どこかに相談してみては、と申し上げたい。
改善の余地はある。
と、あたしは信じて医療の手に助けを求めた。
その手を受け止めてくれる医師はいた。
確かに、いてくれた。
確かに、いてくれた。

家族はオーダーしたランチを食べ始めた。
あたしも食べ始める。
家族の会話は、お調子者ばかりだから楽しく愉快。
あたしもバカなことを言いながら、笑い合う。
ただ、
あたしは、あの女性の苦しみを、
あたしは、誰よりも分かる。
あたしにだけは分かることって、ある。
こと、この片側顔面痙攣につていは。
だって2度も頭蓋骨に穴を開けた手術をしてンだもの。
そう思いながら、食べた。

右眼をほとんど閉じたままの女性にも、
どうか気楽でのんきなときがありますように。
辛いばかりの時間でありませんように、と、
勝手に小さく思いながら食べた。



DSC_4341zqa.jpg





2018-03-15 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

他人には分からないこと

母よりはもっと年上な、十分高齢女性の方のこと。

愛犬の散歩のとき、しばしば出会う。
ご近所のゴミ捨て問題の話をしたり(苦笑)
お天気の話をしたりするだけのものだけど、
でも穏やかに、親しみをもって、あたしはご挨拶申し上げている。

あるとき、遠くにその女性が見えた。
向こーうの方からこっちへ歩いて来られていたので、
あたしは「こんばんは~」と、
おちゃらけながら、大きく大きく手を振った。

女性はまっすぐこちらを見ていたけど、
なかなか気が付かれなかった。
あたし自身、超近眼だから、
矯正視力ではそんなモンふつうのこと。
あたりまえ。
目の前くらい近くならなきゃわからん。
それで、ちっとも気にしなかった。
すぐ目前まで、お互いが寄って、ようやく女性は
「ああらあ~☆こんばんは~」と。

そういうことが、思えば、何度かあった。
てか、違うな。
何度もあるようになった。

そしてある日の朝のこと。

愛犬と朝の散歩に出ていたとき、女性に会った。
てくてくてく。
こちらへ向かって歩いて来られていた。
「おはよーうございます~」と、あたしは声をかけながら、
毎度の道化で、大袈裟に手を振り振り、近寄って行った。

ら。
ちっとも気が付かれない。
真っ直ぐな1本道を、こちらへ、
真っ直ぐ前を向いて歩いておられるから、
大袈裟に手を振るあたしの姿は、目につきやすいと思う。
朝だし、世界は明るいし。
でも、気が付かれない。

愛犬がわわわっと駆け寄って、
女性の足元まで行って、ようやく「あっ」と。
気が付かれて、そして、こう言われた。
「気付かなくてごめんなさいね。
私、目が本当に見えにくくなってしまって」と。

目が見えにくくなった基礎的な原因は、
加齢だそうだけど、だけども、
もっと初期段階で処置をしていれば、
もう少し見え方はマシだったらしかった。

1年程前から「目が随分かすむなあ」から始まって、以降、
電柱が歪んで見え出したのだという。
「それも最初の頃は、ちょっと歪んで見えるかなあ、
程度だったんだけど。
あれよあれよという間に、もうある時から、電柱が
グニャグニャに見え始めたの」

いい加減医者へと思って、近所の小さな眼科で受診したら、
即刻、市内の大病院に回され、
そして即刻、大きな治療に突入。
眼科医からは、
「もっと早く来ていればよかったのに」と、残念注意を受けたらしい。
でも、
「10年前だったら良い治療法がなく、失明してましたよ」
とも、言われたという。
それが片方の目。
もう片方の目も、相当かすんでいるうえに、
視界のど真ん中の視野欠損をしているのだという。

「新聞をね、真っ直ぐ読めなくなっちゃったの」と、女性。
視線を正面に捉えるのではなく、
微妙にずらして見ると、見えるのだそうだ。
だから、新聞も斜めに読むのだと言った。

「斜にかまえてるのよ」などと、
女性は寂しそうに、失笑された。

はた目には、まったくそうとは、分からなかったし、
お話を説明聞いていても、分からなかった。
だって視線はお互いにばっちり合っていたし、
そこには何の違和感も不自然さも無かったから。
目と目を合わせてふつうにお話し合えていたから。
でもたぶん、
女性の見える世界でのあたしは、
半分に見えているとか、
半分歪んで見えているとかなんだろうと思った。
はた目には、まったく分からない世界だろうと思う。

「もうおそらくね、良くならないと思うの。
でもなんとかね、まだ見えているから。
身の回りのことはどうにか出来ていますよ」と女性は言った。

女性のご亭主は、もうずいぶん昔に亡くなったという。
一人息子さんがいるそうだけど、
家庭をもって相当遠方に暮らしているらしい。
この場所に越して来て、あたしももうはや十数年になるけど、
あたしは今まで1度も、息子氏とその家族を見たことが無い。

女性のおうちは、あたしもよく知ってるから、行ける。
立ち話の別れ際、
何かご不自由でもあったときには、
どうぞ遠慮なくご連絡下さい、と伝えた。
どんな些細なことでも、どうぞ遠慮なく、と伝えた。
女性はとても喜んでくれて、
深くお辞儀をして下さった。

愛犬とあたしは、また散歩へ戻った。
振り返ると、女性は遅い歩みではあったけれど、
よろめいているような歩きではなかった。
でも、目がよく機能していないのだ。
目がはた目には分からないけれど、
十分見えていない方なのだ。
どうか、誰も女性にぶつかりませんように。
大きな音で、急ブレーキなどかけて、
女性を心底怯えさすことなどありませんように。
そう願いながら、女性の後ろ姿をあたしは見つめた。

あたしの母も、腰が悪い。
とても悪い、と言っても言い過ぎじゃない。
けど、母は見た目が若くはつらつとしている雰囲気だから、
バスや電車に乗っても、席を譲ってもらうことがあまりない。
十分高齢者でもあるし、シルバーシートや
優先座席にあたしは常に座れるようであって欲しいんだけど。
でもなかなか世間はそううまく行かないわけで。
母はほとんど混雑時には、外出はしないけど、
でもそれでも立っていろんなものに乗車をしている。
友人は「杖を持てばだいたい、まともな人なら
席を譲ってくれるよ」と提案してくれた。
母にそれを伝えたら、
世間にはもっと本当に困っている方がいるから、と笑った。

目がよく見えなくなった女性は、
たぶんあたしに、連絡はして来られない。
母は杖を持つことがない。
昔のひとって、そういうものだ。
女性も母も、そういうひとたちなのだ。

他人には分からないことを、
少しでも察知出来る人間になりたい。
そうかな、とかね。
想像でもいいや。
小さくても米粒くらいでも、
配慮出来るやつになりたいと思う。



DSC_3624 xq





2018-03-10 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

謙虚と卑屈と。

この10日間程の間で、
新しい部署へ少しずつ勉強しに行き始めている。

今までいた部署での直属上司は、
当会社の大・大・大古参。
新しい部署での直属上司も、なかなかの古株で、
なかなかの手厳しい指導を受け始めてる。
(ので、帰宅後ヘットヘトになっているから、
 ブログ記事書く気力なんてゼロ…;苦笑)

あたしは十分もう中年で、物覚えも動作も
たぶんもう、不出来。
遅いと思う。
それは自分でも承知していて、
それでも自分なりに尽力してみようと。
そう思ってるけど。
けどもだ。

そのあたしの態度は、もしかすると、
<謙虚>とは違って、
<卑屈>なんじゃないか。

何となく薄っすらそんな気がしてならない。

思えばあたしは、こんなじゃあなかった。
割と面の皮厚かましく生きて来てた気がする。
おまけに、
今まで勤めて来たどの職場でも、
周囲の上司や同僚、先輩達にもたいへん恵まれ、
随分甘やかして貰って、伸び伸びさせて頂いて来た。
だから、あたしは自分のことについて、
おおらかなヤツだとだけ、思って生きていた。
今の会社の、先の大古株直属上司に出会うまでは、だ。
って、人のせいにするけどね。
でもそうだと思う、半分は。
残りの半分は、片側顔面痙攣を発症したこと。
これも、あたしの人生後半の、大打撃な出来事だった。

転職をして、
定年が見えている古株上司のもとに配属されたとき、
あたしは、
こんなにも、人のことをコテンパンにノックアウトする、
高圧的な口調や威圧的態度で接する人間に、初めて出会ったと思った。
その荒々しさに、心底ホントに、吃驚した。
と同時に、
今までの自分を全否定されてゆく感じが辛くて、
それを受け入れていく気持ちの整理も、大変だった。

ダメダメダメダメ全然ダメ!
出来てない出来てない、どうして出来ないの!
理解力が乏しい!
動作が遅い!
同時にふたつみっつと作業しなさい!

自分が何十年と、長年同じ部署で
同じ仕事業務を毎日して来ている者と、
同じ土俵に乗るまで、いや、乗れるまで、
どれだけ時間が必要か。
もっと言うと、あらゆる個人差もあるはず。
そういうことを、想像出来ない上司の元につくのは、
ほんとにツラいことだと思う。
あとはそれを、どう表現するかのセンスの有る無し。
こればかりはもう、古株に指導出来る人物なんていない。

人格否定みたいなことを、日々されてゆく中、
あたしは片側顔面痙攣を発症していた。
これも、ほんとにツラかった。

顔面の右側半分が、いつも、引きつり痙攣していて。
片目をつぶったり、顔がぎゅうぎゅう歪んでいるんだから。
恐れをなして業務に必死に当たりながら、
顔までも揺れてぴくついているんだから。
世間の大半の人々は、顔なんて痙攣してないし、歪んでない。
これで<卑屈>にならない訳ない。
これで<卑屈>になるのも自然だと思う。

卑屈 :必要以上に自分を卑しめること。
    自分をいやしめて妥協し、服従するさま。
みたいな(あたしまとめ)

あたしは、古株上司に<卑屈>にあたり、
そして、片側顔面痙攣にも、囚われ負けていた。

この二つのせいで、十分中年になった今のあたしは、
自分の人生が、何となく変わってしまった気がしてる。
ネガティブの方へねえ。
なんか、全体的に、暗い方へ変わってしまった。
出来るだけ意識をブライトサイドへ、と
思うには思うんだけどねえ。。。(←遠い目…)
だから、なかなか新しい部署でも、暗め。
また不慣れだらけになったからなあ。。。
望んだ配置換えなんだから、
もっと前向きにならにゃあ、と分かってるんだけど。
おしゃべりで、のん気で、バカ野郎なあたしは、
仕事場を離れた場所でしかもういない。
1日の大半、自分じゃないみたいに暮らしてる。
ってねえ。
人生の終盤が見え始めてきて、こうかぁ…と
何だか寂しく思う。
けど、これは
あたしがして来た生き様の結果なんだろうなあ。
誰のせいでもない。

姪のひとりがこの春、
高校を卒業して、大学へ進学する。
姪のひとりは、大学生で
数年後に就職するであろう、お年頃になった。

自転車で走っていたら、
晴れやかな顔で、卒業式を終えて
校門前で写真を撮り合っている若者たちが目に入った。

彼らの未来に、たくさんの幸福がありますように。
そう、心の底から願う。
真心込めて、そう願ってる。
明るく、輝く、素晴らしい将来がありますように。
おばちゃんみたいに、
何となあく、人生失敗したかなあ、なんて思う
中年どきが来ないようにねとも、追加で思いながら。
避けようがない、片側顔面痙攣みたいな出来事にも、
もし遭遇したとしても、
毅然とした態度で乗り切ってゆけ!とかもね。
<謙虚>と<卑屈>に悶々としてる
おばちゃんより。
桜の花はまだ咲いていないけど、
華やかになるつぼみの、若者たちへそう、願った。



DSC_4061mnb.jpg



ああ人生って、ときに、過酷ー(涙)





2018-03-02 : よしなし雑記 : コメント : 4 :
ホーム

プロフィール

lou.c

Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

カウンター

ランキングに参加しています

ランキング参加中です。宜しくお願いします。