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ゲスの極みでO.K.

年末近くだから、テレビで音楽番組が多い。

何気なく観るでもなく眺めてたら、
ゲスの極み乙女。なるバンドが演奏してた。

芸能人の世界に、
あたしはたいして注目してないけれど、
それでも、このバンドのボーカル男性が、
数年前に、人気テレビタレントの女性と、
不倫だか不誠実だかで、大騒動になってた、のは、知ってる。

で。
初めて、きっぱり、きっちりと、楽曲を聴いた。

びっくりした。
何に、というと、ボーカル男子君の、言葉の感性に。
ちょっと、グッときた。
しみじみ聴いたら、ときとして、泣いてたかもしれない。

<私以外私じゃないの あたりまえだけどね>

すごい。
この真っ直ぐさに、くらっとした。
そして一番パンチを食らったのは、

<だから報われない思いを整理して 生きていたいと思うのよ>

こういうとなんだけど。
ワイドショーで散々取り上げていた恋愛で、
辛い思いをした人々もいるであろう中、
ナンだけど。

こんな言葉を駆使出来る人物だったら、
恋愛に深い陰影があって、
ある意味ときに不義理となっても、しょうがない気がする。
こんな繊細な言葉をつむぐということは、
ふつうの感性じゃ無理だと思うから。
惚れた側の負けだろうなあ。
切ない恋愛になりがちだと思う。
でもコリャしょうがないだろうなあ、と。

歌詞の最後に、
<息を吸い込んだ> って。
息を”吐いた”じゃなくて<吸い込んだ>

前進前向き、ではないけど、それでも何とか、
まあ折り合いをつけて、
どうにか、やってこ。
たとえため息交じりであったとしても、
そういう、自分なりの小さな奮起がある気がして、
ほんのわずかだとしても、生きてく救いを感じる。

ボーカルの男子君も、
若いなりに今まで生きてきた中で、
何か報われない思いを、整理しながら、
まあ生きてくしかないな、とか、
思うような体験を、経験してるんだろうな。
でもそれをきちんと言葉に出来る。
これはほんとにすごいセンスだと思う。
それこそもう、ゲスの極みでも何だってもう良い。
感性に脱帽で、もう、ゲス、あたしなら許しちゃう(苦笑)

ジョン・レノンが、オノヨーコに出会った画廊で、
ヨーコの作品を見たときの逸話を、ふと思い出した。

画廊に展示していたインスタレーションで。
1台の脚立が部屋にあって、
天井から虫眼鏡がひとつ、鎖でぶら下がっている。
脚立に上り、虫眼鏡で、天井に書かれた小さな文字を見る。
〝YES〟

「そこに書かれていたのがNOだったら、
僕はヨーコと恋に落ちてなかったと思う」
そんなことを、ジョンはコメントしてた(と記憶する)

虫眼鏡で見なきゃ見えないような文字でも〝YES〟は、
ジョンの心を揺さぶったわけで。
でもそれはあたしにも、ちょっと分かる気がする。

<息を吸い込んだ>り、
<YES>と肯定したりすることは、
たとえばそれが弱腰であったとしても、後ろ向きではない。
全力で前向きかどうかは分かんないけども。
それでも、後ろ向きではない。
否定から生まれる暗い感覚より、断然、いい。

感受性の優れたひとの、表現には、
いつもハッとさせられる。
そうして、
あたしも<生きていたいと思うのよ>




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2017-12-28 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

病・人生行路

あたしの姉の亭主。
つまり義理の兄が、来年年明け早々、
入院手術をする。

昔もむかし、大昔。
義兄、うんと若かりし頃。
高校3年生だったか大学1年生だったか、そんな頃。
大きな事故にあい、太ももの血管をつなぎ合わせるだとか
筋肉をどうかするだとかの、かなりな大手術を経験してる。
(※姉と義兄は、高校のときから、
 くっついたり離れたりの恋人で、結婚してるから、
 妹であるあたしも、義兄の過去を何でも知ってる:笑)

その箇所が、どうも、悪化したらしい。
最初は、最近始めたジョギングのし過ぎで、
筋肉疲労かと、義兄は思ってたそうだけど、
どうもそうではなさそうだ、と気付いて、病院へ。
歩くと激痛が走ると、医師に相談した。
結果、大過去の古傷が、よくない状態になっている、と。

先延ばしにしても、症状は悪化するだけ。
もとより自然治癒なんてあり得ないし。
だったら、若く体力も十分あって、
回復も早い今のうちに再手術を、ということになった。

何十年も前に負った、傷。
その当時、バッチリ治して貰っていたはずだのに、
高齢化に伴い、やっぱり、どっかが、劣化する。
劣化をして、悪影響を及ぼして来る。
きちんと処置をして、治したはずだのに、だ。

あたしは、しみじみ思った。

1度、折った折り紙は、きっぱりと折り目がつく。
まっさらの紙より、扱いにくい。
1度、ひびの入った壁は、修復しても、強度は弱い。
補正跡も、どうあっても残る。

1度、手術をした体は、もとの、
生まれたときのままの、何もなかった体とは、違ってる。

乳がんで乳房を片方摘出したという、会社の元先輩が、
「手術をしてもう何年も経ってるけど、
まだ傷口が引き攣れる感じがする」と言っていた。
あたしの母も、父も、
幼い頃に盲腸から腹膜炎を起こして、
どえらく大きな開腹手術をしている(昔の医療だからねぇ)
その傷が、どちらもやっぱり、
いまだに、体調不良のときには、
チクチクする、だとか、チリチリするだとか、言っている。
もう、それこそ半世紀以上過去のことなのに、だ。

眼鏡やコンタクトレンズで、矯正視力のひとと、
裸眼で視力抜群のひととは、根底から、違う。
矯正視力のあたしなんて、夜道のデコボコだけでも、
足元がよく見えてなくてヨロめく。
雨の日なだけでも、見え方が弱くなる。

そういうもんなんだろうな、と思う。
ほんと。
しょうがないんだと思う。
そういうもんなんだと、思う。
1度傷んだものは、完全無欠とは、違う。
そういうもんなんだよねえと、つくづく思う。

無念でもあるし、そらもちろん残念でもあるけど、
でも、そこはもはや、諦めというか。
そういうことで、乗り切るほかないよなあ、と思って。

人生行路って言葉が、ふっと頭をよぎった。
どんだけ古臭い言葉なんだ、と自分でも苦笑したけど、
あたしも、じゅうぶん中年だから、もうどんだけ使ったって平気(笑)

人生行路。
漫才師でいたのは、ご夫婦ぼやき漫才☆
あたしの指すのは、人生行路。
意味としてはだいたい、こんな感じか。

【人がこの世を生きて行く道のり、ひとの一生涯。
困難や苦難の人生を旅のようにたとえたもの】
 ※あたしの解釈入り

病の行路、の変遷だなあ、としみじみする。
あたしや、義兄や、父や母や。会社元先輩も。
病や手術体験のなかった頃とは、
違う別の道を歩んで生きてる。
元来た道には、戻れない。
2度とだ。
戻ることは、2度と出来ない。
何だか、寂しいけど、こればかりはもう、しょうがない。

あたしの片側顔面痙攣の再手術から、
半年とちょっとが、過ぎた。

「術後半年くらいで、
また痙攣がふわっと再発する方もおられますが、
だいたいの方がまた徐々に落ち着いていかれます」
そう、担当医師が説明してくれていた。

2度目の手術後、痙攣は一度もまだ出てない。
けど、12月の半ば頃から、
「ん???」とね。
ごくごくごくごく、微弱な電流が右目まぶたの上を走るような。
そんな感じがある。
1日中、それを感じるときもあれば、
ほとんど感じない日もある。
(ほんと、不思議。なんで???)

微弱痙攣らしきものを感じるとき、
バッババッと、鏡の前に走れるときには、走ってみる。
手鏡があるときは、それでじーーーっと観察してみる。
時間が許すなら10分くらい、じーーーーーーっ。
すると、
「今まさに揺れ感がある!(ドキドキ)」のときでも、
まぶたは、ほとんど、というか、ほぼ痙攣していない。
手鏡を、もうどんだけ!というくらいにまで、
極限近づけて注視に注視をして、
ガン見していると、
ごくまれに、まつげの先が”ピクッピクッ”と、揺れる。
でも、以前のように、激しくまぶた全域痙攣する、でもないし、
頬や口元まで及んだ痙攣&引きつりは、無い。
あくまで、まつげ辺りの微弱な揺れが、
見えるかどうか、くらいの、揺れを、目撃することはある。

これが、再手術後5年後くらいとか、
10年後くらいだとかだったら、良かったのになあ…が、
本当に真実、正直な、あたしの気持ち。

こんな微弱な、微弱にも程があるほどの、
微弱な痙攣?にでも、
心が反応する。
怯える心や、恐れる心や、
うちのめされる心や、絶望の心や。
いろんな<負>の心に、気持ちが引っ張られて、
暗いものに覆われる。

正直、しんどい(苦笑)

だけど、これも、もうしょうがないとも、分かってる。
だって。
1度折り目のついた紙は、元の真っ新品の紙とは違う。
くっきりついた折り目はもはや、消えない。
しょうがないことなんだもんな。。。(遠い目)

片側顔面痙攣の再・再発、とは、違う(と思う:願う!)
けれども、これが、
この微弱な電流が走るような、コレが、
その兆しのきっかけだったら、嫌だ。
そう、思う。

けどけどけど。
担当医師は「再手術の出来はバッチリですヨ☆!」
太鼓判を押してくれて、退院させて頂いたし!
「バッチリ出来たから、この先もっと
安定すると思いますヨ☆!」
とも、言って下さってたし!
ここはもう、落ち着いて冷静に、
心静かに、心穏やかに暮らすほかない、と思って。

この前から文字にしてるけど。
片側顔面痙攣で、手術をされた方でも、
その後の経過に、おおらかな人は、
すこぶるご機嫌で暮らしておられる。
「手術後、痙攣はまだ多少出るけど、
手術前に比べたら、こんなの断然マシ☆」とか、
「たまに痙攣するけど、
前みたいにずっと痙攣じゃないし、楽☆」だとかって。
すっごい前向きにとらえておられる(素晴らしい!:感動)

あたしみたいに、いちいち怯えて暮らす人間ってのは、
ほんと、心底面倒くさいヤツだな!と、自分でも思う。
思い切って言ってしまうけど、
こういうグジグジした人間は、
手術で治す、ということは、向いてないのかもしれない。
もし、手術を選択したのなら、
みずから気持ちを強く律して、
「軽度に症状が軽減したから、オッケー!」
そのくらいの大きな気持ちを持たねばならん、と思う。
それには、内実、涙や悲しみがあったとしても、だ(くすん)
強がる気持ちででも、だ。
負け惜しみででも、何でも、そういう方向へ、
気持ちを作らねばならん、と思う。
そうでなければ、一生涯、この先の
先の先の最後まで、
自分は自分の病に、打ち負かされたことになってしまう。

それは、嫌だ!

涙目でも鼻水滲ませてでも、
嘘っぱちでも、何でも、
片側顔面痙攣に負けた人生は、送りたくない!


とね。
書いとく(苦笑)
ため息しながら、コーヒーとか飲んでるのが、
現実の真実だとしても、ね(苦笑)

痙攣は、してない。

感じたとしても、とにかく目視が、ほぼ出来ないくらい。
これでもし、担当医師のところへ、
相談受診に伺ったとしても、
何もすることはないと思う。
このくらいの感覚なら、
本当に〝完治〟の状態だと思う。
ただ、それをあたしがどうとらえるか、なだけ。
100%パーフェクトな、完品なあたしの体は、
もはや取り戻せないのだから、
どこかで納得するほか、ない。

多少痙攣するくらいなら、オッケー☆!
前よかぜんぜんマシ☆!

このくらいだって、個人差次第では〝完治〟感覚なんだもん。
あたしも、もっとおおらかにならねば。
努力してでも、そこは性格、作っていこうと、思ってる。
これも、あたしの、人生行路だ。
これが、あたしの、病・人生行路だ。




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2017-12-24 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 4 :

なんとなく甘酸っぱいの心

クリスマスカードと年賀状での、やり取りだけに
なってしまっている、イギリス人の友人がいる。

彼女とは、電子メールでの連絡はしてたけど、
用件のみの連絡ばかりだったから、
お互い近況<映像>は、特に気にしてなかった。

で、先日。
彼女から、たいへんめずらしく、家族写真付きで
電子メールが届いた。

引越しをしたから、簡単な家写真と、
そこでくつろぐ2匹の猫ズ写真と、
そして、どっかで撮った家族集合写真。
友人・亭主・長女・長男、の4人家族ショット。

あたしは、なんか、すごく、感慨深かった。
長女ちゃん。
まだオムツをしてるときに、何度か日本国内で会い、
その後は、ときどき電子メールで
成長過程を写真で見せてくれていた。
けど、最後に見た姿は、日本で言うと
小学2,3年生くらいだったと思う。

金色のきれいな髪の毛を、おかっぱにしてて。
夏のころだったかな。
キャミソールに、ショートパンツ姿の、
可愛いカワイイ、おきゃんな女の子姿だった。
それが。

「彼女は今、音楽に夢中で、
暇さえあれば音楽に触れています」と。
そんな一文が添えられていた写真の中の、少女は、
髪の毛がショッキングピンクに染まり、
ガッツーン!と両サイド、刈上げている、
ハードでパンキッシュないでたち、だった。

かっワイイ~っ♪☆


あのオムツをしていた赤ちゃんが~
すくすく育って、夏を遊び、冬にたわむれる少女になって。
そして今、15歳になった。
キリキリと自己主張を彼女はして、
夢中になるものに、無我夢中になっていた。

甘酸っぱかった(笑)
ほんとに、あたし、甘酸っぱい、
いい気持ちでいっぱいになった。

カメラの方には視線を向けず、
空のほうを見上げている、パンクロック少女。
すごく、微笑ましかったと同時に、
「こんなにも時間が流れたんだなあ」と思った。
いろいろ、感慨深い思いがした。


親戚の娘ちゃんだってそうだ。

この前、親族の家で久しぶりに出会った。
1年に1度くらいはすれ違ってはいたけど、
ほんとにごく短い間だけ、挨拶程度だけで来てた。

それがたまたまお茶をちょいとすする程度、
一緒にいることがあった。

今年で26歳になってて!(ビックリ!)
来年位に、今交際してる彼氏と結婚するかもといってて!(仰天!)
めったやたら、美人ちゃんになっていた!(驚愕!)
いや。
小さいころからカワイコちゃんだったのは、間違いないんだけども、
すっごい美人になっていたから、
うわーっ☆きれいな子になってるー☆とね。
すっごい、感心しちゃって。

そうして、あたしはまたもや、甘酸っぱくなってたのだった。
可愛いヒナ鳥だった子が、
今や華やかな白鳥になったーと(笑)
そうして、あたしはまやもや、
時間の流れにも、感慨深くなっていたのだった。

両親は立派な高齢者になりつつある。
紅葉を見に出かけたら、
「美しい紅葉だわねえ~」などと鑑賞していると、
足元がおろそかになり、
「おわっ!」とか「ふはっ!」だとか。
砂利や小石にもつれて、
しょっちゅう素っ頓狂な声をあげていた(苦笑)
見たことのない親の姿を、見るようになってきた。

お伴していた、あたしの姉も、最近、
更年期障害的な生理不順が、始まり出しているというし、
あたしも、髪に白いものがじゃんじゃん混じり始めた。
こっちサイドは、
ちっとも、甘酸っぱくないやつばっかし(苦笑)
時間の流れについてだけは、
等しく、感慨深いけど(失笑)

友達の息子くんが、中学受験だという。
友達の娘さんが、反抗期でくちをろくにきかないという。
おじいさんが89歳でボケが酷くなってしまった。
おばあさんが80歳で亡くなった。

甘酸っぱいものも、そうでないものもある。
甘酸っぱいサイドの皆さんに、声援を送る。

しかしまったく。
時間の流れってば、感慨深いなあ。




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2017-12-13 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

落としどころの見つけ方

片側顔面痙攣のことを思うとき、
胸がぎゅうぎゅうする。

こうして文字に起こすときも、
もちろんぎゅうぎゅうする。
血圧に悪そう(苦笑)
だから正直あまり書きたくない。
けど、書く。
大袈裟な物言いは嫌だし、
こんなあたしが何かを”担う”みたいな感じは、
おこがましい。
けど、書くのは
<片側顔面痙攣の手術をして、
その後の様子を、ブログ記事にしている人が、
ほとんどいないから>


皆さん、本当に素晴らしいことだと思う。
本当におそらく、皆さん〝完治〟されたんだろうなあ。
そう思う。
〝完治〟してしまえば、何もない。
何てことのないふつうの暮らし、を送っているだけだもの。

と同時に、
≪どこまでが完治の感覚なのか≫
このことについても、思いが及ぶ。
これは個人差が大きいだろうなあ。

ねっとりじっとり、過去の色んな方のブログを拝読すると、
「完全に治ったあ!嬉しい!」という方が、
たくさんおられる一方、
「時々ふとしたときに、痙攣が出るけど、
手術前に比べたらぜんぜんマシ!」と言われている方も
結構お見かけする。

はっきり言って、完全に治ったあ!という方々のことではなく、
この後者の「時々痙攣は出るけども」という方々の、
その後、が知りたい。
そして、その<今>の状態を聞きたい。
少なくとも、
1度目の手術の失敗のあと、
あたしは再発の憂き目に嘆きながら、
目がどうかするほど、ネット検索をしまくった。

”術後、○ヶ月後位で痙攣が再発したけど、
○ヵ月後位にはまた治まった”だとか、
”手術後○年経って、ものすごくすごく緊張すると、
痙攣がしばしば復活するが、気にならない程度だ”とか。
そういう、日常の痙攣具合というか。
日常の片側顔面痙攣の手術体験者としての、
その後の日常の瑣末なことが、聞きたいし、知りたかった。

だけど、そういうことを書く方が、誰もいない。
皆さん、痙攣はふとした拍子にあるにはあっても、
それらはもはや大きな不安からは、遠いものになっているんだと思う。
羨ましい。
いいなあと、本当に羨ましいと、心底思う。
でもたぶん、これ、性格の関係なんだろうな。
あたしは、本当に気が小さくて、心配性で悩み好き。
(たぶん悩むことが好きなんだと思う:失笑)

昔々、蜘蛛が倒れそうなほどに大嫌い!という人物がいて、
そのくせやたら、蜘蛛について詳しい人がいた。
こんな場所に蜘蛛はよく潜んでいて、
こんな行動を蜘蛛はとる、と。
あんまりにもいろいろ詳しいもんだから、
「嫌いなのに誰よりもよく知ってるじゃん」
そう言って茶化したら、マジな顔でこう言った。
「誰よりも嫌いだからこそ、誰よりも詳しく知っときたいんだよ!」と。

あたしは、今、片側顔面痙攣について、
まさにこれだな、と思ってる。


先日のこと。
居間でパソコンをカタカタしてるとき、ふと。
本当に、ふと、
右側顔面が、
右まぶたの上部が、小さくピクピクした。

あたしは、すーっと、
あたしの世界が透明になっていく感じがした。
もしかすると、この感覚が強まれば、
失神する、ということなのかもしれない(苦笑)
血の気が引く。
大袈裟に言えば、それだったろうと思う。
小さく、極々微細に、ぎゅーっとした、気がした。

手じかに鏡も無かったし、
連続でそれが起きた状態でもなかったから、
「落ち着けあたし」と、そのままで、いた。

そのあと、洗面所近くで、またそれを感じたから、
今度は鏡で、うんと顔を寄せて見てみた。
目に見えるほどには、痙攣してなかった。
表面まで出て来ない、顔面の皮膚の下で、
もしかしたら微妙に揺れていたのかもしれない。

心配性のあたしは、たちまち、不安に陥って、
嫌な脇汗を、真冬なのに、かいた。

あたしは、耳鳴りが戻っている。
これは、再手術前に、脳神経外科医長から、
「耳鳴りは治らないかもしれません」と聞かされているから、
じゅうぶん承知している。
痙攣さえ消滅してくれたら、この世の春です。
何も文句も無念もありません。

でも。
耳鳴りが戻り、
地味に皮膚の下であっても、
小さなぎゅーっが感じられ始めたら、
これって再・再発への何かか?!とか、
妄想し出して、止まらなくなった。
そうして、片側顔面痙攣の手術をして、
その後をまったくブログ記事に書かれない方々のことを、思った。

本当に、完全に完璧に、一点の曇りも無く、
皆さん痙攣とおさらばされたんだろうか
と。

再発の定義は、医師から聞いた事がある。
「手術前とほぼ同一の状態になったか、
あるいは手術前より酷くなったか」だと、確か。
<若干でも手術により軽減されているなら、よし>
言い換えれば、ざっくり言っちゃうと、
手術成功の基準は、そういうことなのかもしれない。

だったら、あたしのこんな状態は、
完全に完治した、の部類に現在なら収まるだろう。
事実、痙攣していないのだから。
まぶたをぎゅーっと、不随意に閉じてしまうことも、
完璧にゼロ。
痙攣も、閉じも体感皆無。

家族も「疲れたとき、目がピクつくことくらいあるさ」と言う。
よく聞いた台詞。
けど、実際それは当たり前のことだ。
あたしのソレも、これかもしれない。
単純に、パソコンの見過ぎとか。
だけども、の不安だけが、あたしにつきまとう。
この、だけどもの、不安がり症は、
本当に個人差なんだろうなあ。

「ちょっと痙攣するけど、気にならなくなった☆」と、
高らかにブログ記事にされている方々を見るにつけ、
そうして、その後ぱったり更新がないことを見るにつけ、
本当に痙攣から解放された暮らしに、戻られたんだなあ、と思う。
ほんと、羨ましい(泣笑)

そういう方々は、いったい
どういうところに<落としどころ>があるんだろうか。
そういうことを、しみじみ、思う。


今は異動されているけど、
同じ勤め先の先輩で、数年前に乳癌になった方がいた。
片方の乳房を切除され、抗がん剤治療も完了で、無事完治。
その後結婚もされ、お子さんにも恵まれて、
幸せに過ごしておられる。
その先輩が、1度目のあたしの片側顔面痙攣での
手術入院前に、エールを送ってくれた。

「誰も恨んだらダメだよ」と。
「病気になったことは、誰のせいでもないよ。
自分のせいでもないよ。
他人と自分を比べたらいけないよ。
他人は他人、自分は自分だからね。
何も、恨んだらダメだよ」

あたしは、そのときものすごく感服した。
感動、というより、感服した記憶がある。
「この先輩ってば、すンげえ出来た人物だなあ!」と。
ものすごく感服した。
そして、言われたシリから、
「ゲスなあたしとは、違うなあ!」とね。
もう速攻、その瞬間で、
先輩と自分との、人格の出来不出来を、比べちゃってたという(失笑)

あたしには、ムリ。
断言しちゃう。
あたしには、無理。

一休禅師だったと思う。

裸みたいなボロをまとった子供がいた。
親がいないことは、一目瞭然。
その子供を見て、一休禅師はこう書いてる。

「親を恨むな。
世間を恨むな。
おのれの運命を恨め」


なんとも無慈悲な言葉にも思えるけれど、
あたしは、これが一番、心に染む。
誰も何も憎んだり、羨んだり、恨んだりしちゃいけないよ、という
上出来に出来に出来た、人格者先輩の言葉より、
あたしには、いつだって、魂に響く。
この言葉のほうが、
厳しいけれど、突き放しているけれど、
実は実に慈悲深いとあたしは、思ってる。
そして、あたしには<恨む先>が、絶対にいる。
<恨み>を向ける先が、絶対に、あたしには、必要。

あたしは、あたしのこの運命を<恨む>
なんでこんなことになっちゃったんだろう。。。
あたしの人生を元に戻せこの野郎!
なんでこんな、痙攣に気が奪われなくちゃならんのか!
この先も、あたしは、囚われて生きてくのだ!
怯えたり、不安になったりしながら生きてくんだ!
あたしは、この運命を<恨む>!

で。
あたしは、とにかく小心者極まりない。
だから、書く。
この気持ちを、いつだって、書き、
書き続けることに決めてる。
朗らかな片側顔面痙攣の手術体験者の皆さんとは、
たぶん<落としどころ>が違うから。


きゅうきゅうしながら、生きてゆく。
しつこく囚われながら生きてく。
あたしのこの片側顔面痙攣の<落としどころ>は、
こんなもん。
だけど。
だけど、これが誰かの慰めにでもなったら、と思ってる。
おこがましいけど←再度。

もう、あたしは、
片側顔面痙攣を発症する前のあたしとは、
違うと思ってる。
事実、現実として、脳内を物理的にも、手術でいじってるし。
それも2度も。
もちろん手術には心底感謝している。
手術をしなければ、今の状態も得られてないもの!
ただ。
ただ、
なんともなかった頃の、あたしとは、もう違う。
再手術をして一応、良好な状態に戻ったけど、
完全無欠に痙攣の何も無かった頃の、あたしじゃない。
このことについての、
あたしの気持ちの<落としどころ>は、
正直、まだ、見つけられない。

この体とこの脳みそで、生きてくしかない。
これだけは、分かってること。



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2017-12-10 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 8 :

時間に身をゆだねる

片側顔面痙攣の、再手術から約半年が経った。

主治医の予約にのっとって、
経過観察受診を受けに、病院へ向かった。

病院は相変わらずの大混雑だった。
1階受付も、各科の診察待合も、大勢の患者で
どこもかしこもいっぱいだった。

あたしは、胸が詰まる思いがした。
このどなたもが、病の悩みに耐えつつ、
症状の辛さに苦労しつつ、ここへ来ているのだ。
あたしも、もちろん、そのひとりだった。
病院で、診察を待っているどなたもが、
あたしの家族のような気がした。


予約の診察だから、順番待ちは無し。
前の患者さんが退室されて来るまで、は、待ったけれど、
ほんの15分押しくらいで、あたしの番が来た。

半年振り(正確に言うと、術後1ヶ月検診を受けているから、
5ヶ月振りの診察)に会う主治医は、
ものすごく、優しく、穏やかに、応対してくれた。

ご無沙汰しております、とあたし。
先生にお会いしたかったです、とあたし。
主治医もにこやかに微笑んで、僕もですよと言ってくれた。

恋人でも無いから(当然:笑)
では一応傷口を見せて下さい、と言われ、
髪の毛を持ち上げて、医師に確認して頂く。

うんうん。
とても綺麗ですね。
再手術ということもあって、
傷口の陥没は若干残ってしまいましたけど、
髪の毛で隠れていますから、
気にならないで大丈夫だと思います。

医師の説明のあと、
あたしも指で、傷跡をなぞる。
陥没は、酷くある。
けど、これは1度目の手術の失敗のせいだ。
主治医とは別の医師が、この傷を見た初見で、
小さな声で「もちょっと、縫合が上手ければ…」
みたいな声無きつぶやき、みたいなのが、
もれ聞こえたことがあったから。
たぶん、そういうことなんだろうと、あたしは思ってる。

それに、再手術のときの縫合で、
もしもあまり上手く縫えないようなら、
人口骨を足して縫合する、と事前説明を受けていた。
けど、それは結局無しで縫い合わせてくれたから、
この陥没は、しょうがないものなのだと、
あたしは受け入れている。

「その後お加減は如何ですか」 と主治医。
「おかげさまで、痙攣は術後以降、
今のところ1度も体感していません」 とあたしは答えた。
主治医は満面の笑みで、それは本当に良かった、と
とても喜んでくれた。
あたしも嬉しかった。
ただ、耳鳴りは1ヶ月後検診のあと、
程なくしてまた聞こえるようになってしまった、と告げた。

それは残念です、と主治医。
でも、とあたし。
「でも、私の一番の悩ましかったことは痙攣ですので、
それが治まっていることが、最大の喜びです」
主治医は、深くうなづいてくれていた。

耳鳴りは、ここまであると、
「正直言って、原因はよく分からないです」と言われた。
あたしは質問として、
痙攣は手術によって、治まっているのに、
耳鳴りだけがまた復活してしまった。
痙攣と耳鳴りは、神経がごくごく近くを
走っているという説明で、位置関係は理解しているけれど、
片方は治まって、片方は戻ってしまった。
この理由が知りたい。

そう質問をしたら「原因はちょっと分からない」だった。

耳鳴りがする、という現象は、
ものすごく込み入っているものなのだという。
そこはもはや、耳の奥の神秘の領域。

耳はあらゆる<音>を拾う。
それらは、体の持ち主である、
あたしが願う<音>ばかりでは、なく、
血液の流れの<音>でも、
鼓膜が何らかの理由で震えるせいで
起きる<音>でも、耳は働いて<音>を拾う。

あたしの耳鳴りは、もはや神の世界だな。
主治医の話を聞きながら、
そんなことを、ぼんやり思って、
ある意味、感心していた。

耳鳴りの原因は、何かはあるらしいけれど、
もはや片側顔面痙攣から派生した症状ばかりとは言えない。
ものすごく気になるようならば、と、
耳の専門、耳鼻科の受診を勧める、と説明を受けたくらいだった。
脳神経外科として、あたしへの治療アプローチは
すべてした。
そういうものなようだった。

そしてあたしは、次の質問をした。

「顔をたくさん動かしたら、
また痙攣を誘発してしまう、とかいうことはありますか」と。

たとえば、お笑いの寄席等を何日も連続で見続けて
大爆笑につぐ大爆笑の日々を続けていたら、
また痙攣を誘発してしまう、とか?
にらめっこみたいなことを延々していたら、
これまた痙攣を誘発してしまうとか?
そういったことは、何かありますでしょうか、と。

主治医は朗らかに笑いながら、
「うーん、そういう大爆笑程度でどうこう、ということは
無いと思います。
ただそうですねえ。
ロックコンサートとかに毎日連続で行って、
激しく頭を振り回し続ける、とかは、
ちょっと、良くないかも、ですかね」と答えてくれた。


診察は、5,6分で終了した。
次の受診は、術後1年後検診になる。
来年の、5月下旬がそれにあたる。

医師の横にいる看護師さんが、
てきぱきと、次回診察の予約日を指定、確保してくれた。
今度病院へ行くときは、MRI撮影がある。
脳内の状態を再確認するのだという。
「これで何も無ければ、
当院は卒業ということになります」と主治医。

そうありたい。

そうでありたい、と強く心の中で思いながら、
診察室をあとにした。

病院のそばにある、大きな公園を突き抜けて
帰りの駅まで向かった。

入院するときは、
ここの公園の緑は、一面の、緑色だった。
それは5月末の、新緑のころ。
今は、木々の枝も裸木のように透けて見えた。
葉っぱはみんな、赤や黄色に変わっていた。

主治医は変わっていなかった。
この病院で、再手術を受けてよいものかどうなのか、と、
待合室の長椅子で、煩悶していたあたしに、
声をかけて下さった、
心優しいベテラン看護師さんも、同じく。
どこも何もお変わりなかった。
「お元気そうになられて、良かった」と、
退室するとき偶然出会えて、そう言って下さった。

大混雑の病院。
大勢の患者さん。
不安気な付き添う方々。
大忙しの看護師さん達。
大忙しの、各科の医師達。
半年前と、何も、何も、変わらないものがあった。
けれど、公園の木々たちは、変わっていっていた。

時間が、流れている。
時間が、流れて行っていた。
あたしも、半年前まで悶絶するほど
悩ましかった痙攣が、おかげさまで、消滅してる。
時間が流れてゆく。
あたしに出来ることは、
時間の流れに身をゆだねることだけ。
片側顔面痙攣のことを、忘れ去ることは出来ない。
痙攣の再発の再度の再発に、
怯える小さな気持ちも、拭い去ることは出来ない。
過去も未来も、あたしはこの片側顔面痙攣と、ある。
嫌だけど。
ものすごく嫌だけど(涙笑)
でも、時間は流れてゆく。
どうあれ、あたしはそこに、身をゆだねて生きてく。
ただただ願いは、
この穏やかな時間だけで、生きて行けますように。




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主治医をはじめ、第二主治医。
脳神経外科の責任者である、医師。
すべての病院看護師さん達。
すべての病院関係者の皆様方。
半年間、平穏に暮らせて来れたのも
皆様のおかげ、と、感謝。
(また半年後も、こう、思っていますように!)





2017-12-05 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

知ることの有益

≪緑内障の疑いあり≫につき、
半年後にまた視野検査をしましょう。
そう眼科医に言われていたから、診察に向かった。

眼科でも”検査”となると、なんだかな。
気がウキウキして向かうようなものではない(ため息)
病院というところは、
本当に有難いものではあるけれど、
気が滅入る最高潮の場所でもあるよなあ。。。
などと思いながら、検査の順番を待っていた。

結果は、緑内障の疑いは、ま、晴れた。

あたしは、視力が非常に悪い。
極度の近視。
特に父親はものすごく悪いし、
親戚一同、見渡す限り眼鏡。

で。

子供の頃の成長過程で、
極度の近眼の場合、
網膜が成長と共に引っ張られて
薄くなってしまうことがあるという。
これは、以前通院していた眼科でも
言われていたことだから、そうなんだろう。
その網膜の極端な薄さが、
緑内障の発症具合と、近似だそうで。
それで<緑内障の疑いあり>になった模様。

ただ、何度も言うけど、
以前にもそう眼科医に指摘されたことがあるから、
検査結果には、たいへん納得した。
そういうもんなんだろう、と。

眼科医からは、
「緑内障のせいでの、この網膜ではないであろうと
思われますが、状態としてはよく似ているんで。
まあ気に留めるつもりで、検査はした方がよいでしょう」と。
なので「1年後位にまた調べましょう」と。

あたしは、
長らくコンタクトレンズを使用して来たし、
3ヶ月ごとにレンズ購入、という具合から、
しょっちゅう眼科へ行っていたから、
こんな風に検査することがあった。
けど、
眼科に用の無い暮らしの人なら、
視野欠損とか、気がつかないだろうと思う。
「年取ると、モノが見えずらくなるもんだよねえ」
そんな程度で話は終わってしまうと思う。
だから、良かったと思う。
病院行くストレスは、あるけど。

先日の、
あたしの、妙な1日程度の高血圧数値のときだって、
実はそう感じていた。

勤め先の、同じ年くらいの同僚たちは、
誰一人として”血圧計”を持っていなかった。
そりゃそうだと思う。
あたしは、たまたま身内に高齢者がいて(苦笑)
計測可能なだけ。
でも、もう早い人なら、
更年期障害での高血圧だってあるだろうし、
体調不良のときにの、高血圧だってあるだろう。
けど、血圧測定器が無いんだから、測りようが無い。

あたしと似た年齢の同僚女性は、
「血圧計、あたし、買う!」と言っていた。
もう測っていて、無駄は無い年齢になってる。

知ることは、有益だと思う。
なんにせよ、手立てを考えることが出来るから。

面倒だし、
不安にもなるし、
憂鬱でもあるけど、でも、まあ、
へっぽこであったとしても、
立ち向かえる準備が出来る。

知ることは、うん。
有益なことだと、思う、ようにする(苦笑)




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2017-12-01 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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