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長く長くゆるやかに

片側顔面痙攣の、再手術をしてから、
3ヶ月が過ぎた。

医師に。
「3ヵ月後辺りで、ふわっと痙攣がまた
出る患者さんもおられますが、想定内のことですから。
慌てず落ち着いていて下さいね」


そう、優しい口調で、説明を聞いている。
だから、心の準備は常にしていて。
だから。
痙攣のことを、
完璧に完全に忘れ切った、という日は、まだ、ない。

もちろん、幸いなことには、
術後、痙攣は消滅しているから、
何かの作業に追われているときなんかは、忘れている。
残念、耳鳴りは残ってしまったけれど、
でも、静かな室内にいない限りは、
外音に紛れ込んで、差ほど気にならない。
それほど大きくは<痙攣>に、気持ちは囚われていない、
けれども、だ。
ただまあ、
それだけだって、再手術前に比べたら
あたしの中の、幸福の最高峰。

「いつか、片側顔面痙攣だったことを、
忘れてしまう日が来ますよ」

医師は、微笑みながら、
退院間近のあたしに、そう言ってくれた。

そんな日が来ますように。
あたしにも、そんな日がどうか、いつか、来ますように!☆


友達や、職場の同僚等と、食事なんぞしているとき、
おしゃべりに花が咲いて、
あたしももちろん大爆笑で話をする。
楽しいひととき。
でも、その瞬間の奥底で、
あたしは、今はまだ常に心のどこかで
「痙攣出てない。
痙攣、消えてる。
あたし。
痙攣がないのだなあ」 なんて、小さく、思っている。
何度も言うけど、
大きくは囚われていない、けれども、だ。

知らない人と話すときも、そう。
たとえば何かのショップ店員さんと話すとき。
道を尋ねられたとき。
銀行で振込みをするとき。
宅配業者さんから荷物を受け取るとき etcetc…
「このひとは、
あたしが片側顔面痙攣で、開頭手術をしたヤツだなんて、
知らないんだよね。
あたしがまぶたの痙攣が酷過ぎて、
辛い辛い日々を9年間過ごして来たことなんて、
知らないんだよね」

なんてね。
他人にはどうでもいいこと、というか。
分かりやしないで当然、のことなんぞを、
心の奥の奥の奥のところで、
思いを浮かばせては、また消したりしてる。
誰も知らない。
誰も知らないあたしだけの、心の奥だ。

片側顔面痙攣の手術をして、完治した方に、
もしも、あたしが、
もしも偶然でも、出会っていた、としても、
分からないんだよね。
そういうことも、ふっと、思ってみたりする。

顔が痙攣して、まぶたをぎゅうぎゅう閉じてしまうから、
他人は「あらこのひと、お顔、どうかしたのかな?」
なんて風に、気付く。
でも、幸いなことに、治れば、ふつうの顔の人。
だから、誰にも、分からない。
それは、同じ症状で苦しんだあたしであっても、
治られた方は、分からないのだ。

分かれば、あたしはきっと、
辛抱堪らず、
「あなたもお辛い日々を過ごされたのですね!
あたしもなんですよ!」と、
号泣して、
見ず知らずのその方に、抱きついてしまうと思う。
あぶない(苦笑)
でも、そうなるのは、おそらく、必定(苦笑)


若い担当医師が、こんなことを話してくれた。
「僕の聞いた話なんですけれどね」と。

「この片側顔面痙攣の執刀医で、
伝説みたいに語られている話がありましてね。
とある医師が20年前に手術をした、
片側顔面痙攣の患者さんが、
20年後にまた来院されて、
また同じ医師が執刀したという例があるんですよ」

医師はすごいですよねえ、と感心されていた。
その<すごい>の中身は、いったいどういう意味なのかは、
あたしには分からなかった。
医師からの立場で思う<すごい>と、
患者側のあたしの立場で思う<すごい>は
たぶん、違うと思う。
良いとか悪いとかじゃあ、もちろん、それはなく。

あたしは、その話を聞いて、
単純に、
20年という年月が流れても、
また、その方の人生に、
片側顔面痙攣というヤツが降りて来たのか、
いいえ、
降りて来やがったのか!
20年だぞ!20年!
せっかく自由だったのに!
くそーテメエこのヤローめ!
てめえ、ひつっこ過ぎるンだよ!!!
と、思った。
あたしだったら、そう思う、中身の、
そんな<すごい>(苦笑)



あたしは、再手術の前日。

担当医が、夕方、
病室へ、応援とねぎらいの言葉をかけに、
来てくれたとき、
医師に、お願いごとを、言った。

「先生、頼みごとがひとつあるのです」と。

先生は、笑顔で「どうぞどうぞ、何でも」と。
じっと、真摯に耳を貸して下さった。
あたしは、こうお願いをした。

先生。
世の中には、
あたしみたいに、
片側顔面痙攣で、日々苦しい思いをしている患者が
いっぱいいるんです。
だから、先生。
今以上に立派なお医者さんになって、
片側顔面痙攣の手術なら、
あの医師に手術をして貰ったら、
必ずきっときっと、絶対に、治してくれる。
そういう、片側顔面痙攣のキャリアの、
心の支えになるお医者さんに、
なって欲しいのです。

今はまだ先生は、お若いから。
10年後、15年後くらいに、
テレビやメディアで、
絶対治すゴッドハンドドクターって、世に出て欲しいの。
それを見て、治っているあたしは、
ああ、あたしの先生だ!
やっぱり世界一になられたんだあって喜んで。
悩む患者さんたちは、
あの先生に、きっと治して貰おうって思える。
そう、患者の希望の医師になって頂きたいのです。

あたしは、そう医師に伝えながら、
胸が詰まって、泣いた。
それはそうだったと思う。
再手術の前夜だもの。
あたしは、自分で選んだ道だったけれど、
本当に、
本当に再手術は、怖かった。
1度目よりも、むしろ、断然、怖かった。
治らないかもしれないという恐怖を、知っている分、
”希望”がどうしても、必要だった。

数年後。
もし。
もしもまた再・再発をしたとしても、
あたしはきっとまた、手術を選ぶと思う。
無念だと、自分の運命の過酷さに、絶叫する。
どん底の絶望に、全身でのたうつことは、目に浮かぶ。
けど。
あたしはそれでも、手術を選ぶだろうと、思っている。
そのとき、
きっとこの医師なら、きっと治してくれる!
そう希望が持てる医師が、世界中に、いて欲しい。
その中のひとりとして、
あたしの担当医に、突出していて欲しい。

先生は、満面の笑顔で分かりましたと、言って下さった。
「そうなれるよう、うんと、頑張ります」と、言って下さった。
担当医と、再手術の前夜の病室で、
ぎゅっと握手をした手を、あたしは、離したくない。
離さないで、ずっと、心にとどめておく。

1年後にも、2年後でも。
5年後だって、
10年後であっても、
あたしは再手術前夜の、
その医師との握手を、忘れない。
ただ、
その記憶が、
長く長くゆるやかに、流れてゆく月日の時間の経過で、
少しぼんやり、輪郭がぼやけてゆくといいな。
先生は、スーパードクターになっているけど、
あたしの記憶は、
長い時間の流れで、あいまいになっていると、いいな。


長く長く長く、ゆるやかに。
あたしなりの、穏やかな人生を送れますように。
片側顔面痙攣から、
遠く遠く遠く、このまま、遠ざかってゆけますように。




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2017-08-30 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :

人間関係の淵

数年前に知り合った、年の近い知人が、
しんみりしながら話して来た。

「人間不信になりそう…(涙)」

聞くと。
そりゃね、なりそうだねえと。

中身はこう。


常に、何かの習い事をしている知人。
何にでも興味があって、
習い事を体験した数は「星の数ほど」だという。
誰しもの、思い浮かぶものなら「ほとんど習った」

活花、お茶、着付け、は当然のこと。
ベリーダンスにフラダンス、インド舞踊。
ヨガに、ホットヨガも。
水泳教室。
刺繍に編み物。
各国のお料理教室に、パン教室にお菓子教室。
語学もたくさん。
英語、フランス語、ドイツ語。
結構見境なさそう(苦笑)

そして、
いずれもあまりの短期間で辞めるもんだから、
家族から「無駄!」と断罪されているらしい(苦笑)

そんな中、ずいぶん長期間習い続けている
習い事があった。
「健康にも良いし、何より清々しいのよ」と。
さんざんあたしも「一緒に習おうよ!」と、
そりゃもう誘われ続けていた。
(同じだけ断り続けてたあたし:苦笑)

お教室の大勢と仲良くなり、
中でも特に、数人とは自宅にも行き来をし、
休日を合わせて旅行だって、何度も一緒に出かけていた。
「素晴らしい皆さんなの。本当に出会えて嬉しい」

四十路もブンと越えて、
そこまでぐっと深く仲良しになれることって、
あんまりないと思う。
だから、ホントに楽しい出会いで良かったね!☆と
あたしも何度も言って来た。

それが一体全体どうしちゃったの?!

答え。
妙な”恋愛イザコザ”が原因。

とある男性をめぐって、
親しくなった人々内での、関係性が
ドロンドロンの泥沼化。
その男性は妻子もち。
女性側も、家庭のある主婦もいるし、独身者も。
とにかく、男性の家庭から、誰彼をも巻き込んでの、
大騒動になったから、だという。

それだけなら、別段落ち込むことはない。
自分自身はその渦中には無関係なのだから。
知人が落ち込んだ最大の理由は、
それらの関係性が露呈してしまったのは、
知人が何らかのきっかけだったと言われたことだった。
知人に言わせたら、完全なる濡れ衣らしいのだけど。
でも、あなたのせいでこんな事に!と、
方々から、吊るし上げられてしまったのだ、と。

そうだったのね、と。
そりゃ凹むね、と。
でも。
あたしは、正直なことを言った。

何年間も、一緒に過ごして来て、
とても深い友情関係を結んで来た人々だと言っていたのに、
そういう<人のせい>にする人たちだったということを、
「見抜けなかった自分の、
人を見る目の無さに、一番何より落胆するよね」
と。
そう、言った。
結構、かなり、きっぱりと。

キツかったか、と思ったけど、正直な感想だったし。
でも、意外なことに、知人もすごくスカッと
「そうなのよ!
そこがそう、一番悔しいし、ガッカリしてるところなのよ!(号泣)」と。

分かってたのね(苦笑)
そりゃね、もうじゅうぶんおとなだもんね。

って。

中学生同士の、友情の仲たがいとか、
恋愛感情のモツレだったりなら、
まだまだ人生成長過程だもん、
辛いけれど、そういう体験もアリだよ、と。
そう思うけど、
もはや、半世紀近く生きて来てても、
なおまだこうか、と。
人間不信になりそうになるまでの、体験があるのかあ、と。
学ばせて貰った。

<淵>って、いろいろあると思う。

覗きたいような。
近くまで寄って、感動するものもあるし、
覗き込んだら危ないようなものだって、ある。
それは景色だけでなく、
人間関係でもそうなんだろうと思う。
見極めることは、なかなか難しい。
<淵>のきわ。
<淵>の中身。
<淵>までの、距離。

たいそう落胆している知人だけど、
自身が言っていた。
「そう言われてしまった、
私にも問題があったんだろうなと思う」と。
ちょっと、身に覚えがあるのかもしれない。
正直、割とおしゃべりな人だから(苦笑)
思い当たることが、無いこともないのかもしれなかった。
あたしもおしゃべりだから、十分、危ない(苦笑)
気をつけよう、と、思う。

人生、いくつになっても、勉強だなあ。

追記。
落胆して、人間不信になりかけている、その知人。
「友達に誘われて、今、
座禅の教室に通い始めたの。
すっごいイイから、一緒に習わない?!」

タフ(笑)
素晴らしいことだと思う。
それも、ちょっと、勉強させて貰おう(笑)




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2017-08-24 : よしなし雑記 : コメント : 5 :

さよならの向こう側

親戚の、
結婚相手の
そのおとうさんのごきょうだいの息子さんの、、、と。

ずいぶん遠い遠戚の男の人が、亡くなった。
あたしと同い年。
だからなんとなく、男性というより、男子という感じがしてる。

その男子とは、
親戚の誰かの冠婚葬祭のときに、1度だけ会ったことがある。
色白の、なかなか男前。
とっても物静かで、穏やかな青年だった記憶がある。

それから、もう1度。
何年前だったか。
ある、親戚のおにいちゃん夫婦の
車に乗っているときのこと。

すれ違った対向車を見て、
親戚のおにいちゃんが「おおっ!」と。
素っ頓狂な声をあげた。
なになになによ?!と、親戚のおねえちゃんが言うと、
「○○○が、車運転してた!」と。
なによ、別にいいじゃないのーと、おねえちゃんがあきれていうと、
「となりに、可愛い女の子が乗ってた!
ぬぉお!ありゃきっと彼女だー!」と言い、おにいちゃん。
「追いかけて、デート現場に踏み込んで、
うんと冷やかしてやろうっ!」って。
でも、うまい具合に、追跡出来ず
車の中の笑い話で済んだできごとが、あった。
物静かな男子君でも、
恋人いるんだなあ~
告白とかあるんだなあ~とかって、
なんだか、青春。
にまにました思い出がある。

そんなふうに、ふつうの暮らし。
恋も仕事もふつうにしてた、男子くんだったのに。
あるとき辺りから、親戚の話題から消えてった。
ちょっと遠い遠戚だから。
そうあたしは思ってたけど、そうじゃなかった。

男子くんは、心の病で苦しんでいたらしかった。
それはもう実は、
実に長い長い月日。
入退院をくり返しするようになっていたらしかった。

それでも、会った親戚のおねえさんは、
「私の子どもたちにもすごく優しかったから、
いまだに子どもたちは、あのおにいちゃんのことが
大好きだったって言うのよ」と言っていた。
それに、犬猫が大好きで、
家にいるいきものたちの面倒を、とてもよくみてたらしい。
とにかく、心の優しいひとだった。

あたしと同い年のその男子くん。。。

そこのおうちのおとうさんとおかあさんは、
亡くなってしまったことを、ずいぶん隠していたらしかった。
隠していたから、亡くなっていた事実を知った親戚たちも、
その思いを慮って、誰も大きな声で
彼についての話は、しないままでいるという。

あたしの親は、そっとこのお盆に
お供えのお花をおくった。
あたしもそのとき一緒に、御仏前をおくった。


誰にも知らされない、このさよならは、
何ともいえない悲しさがある。
切ない。
1度だけしかまともに会ったことのない、
男子くんだったけど、
ほんとに、ほんとうに、柔和な青年だった。


さよならの向こう側へ行って、
あなた。
楽になれたかい?
苦しかった何かから、
あなた。
解放されたかい?

さよならの向こう側についた今、
彼が望んだ自由を、手にしていますように。
きっと、安らかでありますように。

あたしの願いは、ただただ、それだけ。




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ご冥福を。
心のそこから、合掌。





2017-08-20 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

恐るおそる小さく動く

髪の毛が伸びて来た。

というか。
気持ち、伸ばし気味で、ここ数年、いた。

ホラー映画『リング』の有名人・貞子さん、ほど、
顔はおろか、上半身を覆いつくすまでのロン毛、では
もちろんないけど、でも、
片側顔面痙攣を発症してからというもの、
お得意だったベリーショートヘアは、しないようになった。
なんでかというと答えは簡単。
痙攣を、おおっぴらにしたくなかったから。

顔にかかるかかからないか程度の毛で、
あたしの右側半分の痙攣を誤魔化せるようなほど、
生易しい症状じゃなかったけれど、
それでも、気持ちの問題で。
ぱかーっと、前髪も、耳元の毛も、
清々しくは、切り揃えることが、出来なかった。
勇気がなくなっていた。

頭蓋骨を切って開けたときの、手術痕が
見えようが、それは、あたしはまったく気にならない。
前回の1度目の開頭手術のときは、
割と短い感じのボブヘアだったから、
術後は、かなり、傷口が、見えた。
たぶん、バスなんか乗ってたときには、
後ろの座席の人は、ガン見してたと思う。
「ちょっ!このひと、すっっっごい縫い傷!!!」って。
結構、ドン引きされたと思う。
でも、それでもあたしは気にならなかった。
その傷のおかげで、治ると信じていたあのころ。
ああ遠い昔のようだけど、違うな。
数日前のことみたいに、鮮明に覚えてるな。
遺恨は深く大きく根深いからね。

片側顔面痙攣の、痙攣症状は、
1度目の手術でちっとも治らなかった。

そのあとからが、髪の毛で、なんとなく、
顔を隠すような気持ちが出て来たように思う。

まゆげの上で、前髪を切ることが好みだけど、
片側顔面痙攣の術後の再発後は、
やや長くしていた。
痙攣のせいで、まゆげの位置がずれていたから。
こればかりは、メイクでどれだけ手入れをしても、無理だった。
まぶたが揺れたり、ぎゅうぎゅう閉じたりしているうち、
右側のまゆげが、上がり気味になった。
表情筋も歪んでいたんだと思う。
だから、そんなの、メイクでどうにも出来なかった。

2度目の、再手術後は、まゆげの位置は同じくらいに戻った。
顔面運動のリハビリはしてない。
ただ、術後、顔面麻痺が出てしまったから、
筋肉を固まらせないために、
ソフトタッチでの、マッサージは、したけど。

2度目の再手術をして、あと数日で3ヶ月になる。
痙攣は、今のところ、手術以後、止まっている。
耳鳴りは戻っても、痙攣は消えてる。

この事実と、
この現実を、
少しずつ、恐る恐る受け入れている。
大丈夫だよね。
大丈夫なんだよね、と。
こわごわ。
へっぴり腰に、受け入れている。
信じていいよね。
お願いします。
どうかどうか、ずっとこのまま痙攣よ、消滅していて!
と、どこかに懇願する思いで。
頼みます。
信じる。
信じよう。
信じてみる。


伸びて来た髪の毛を、
うしろでひとつに、まとめてみた。

両耳に毛をかけた。
後れ毛がまだまだたくさん出る。
けど、両耳に毛をかけて、ひとまとめにした。

顔が、丸出しになる。
鏡を見ながら、
妙に、自分の顔に、どきどきした。
シワも増えた。
シミだって増えてる。
けど、それがいったいなんだというの。

痙攣が止まっている。
今のところ。
術後3ヶ月。
消滅している。

顔面を出すことが、こんなに勇気がいるなんて、と思う。
思いつつ、
思いつつ、
やっぱいるんだよこれが、とも思う。
自分自身、うろうろする気持ちに、失笑しながら、
髪の毛を束ねている。
ぱぱっと、する行動。
これが、じっくり、鏡を見ながら、
ゴムの色や、ヘアアクセサリを考えながら、
髪の毛をおしゃれに整える日が、来ると思う。
あたしにも、戻って来ると思う。
そう、信じてる!

恐る恐る、今、こんなふうに、
小さなアクションを起こし始めたあたしがいる。
少しようやく、前向きになって来た気がする。
ようやく。




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2017-08-17 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :

どうしてと思うこと

今芸能界でときめいているひとりだと思う。
神田 沙也加さん。

うんとうんと昔。
ネットかどこかでその文字を読んだ記憶がある。

「どうしてわたしだったのかなって。
そう思うことがありました」

この意味は、大スターの両親を持って、
この世に生まれた”理由”が分からないと。
嫌だとかそういう中身ではなかったと思う。
ただ彼女が言っていたのは、
「どうして自分だったのかな、と思う」ということ。

育って来た過程では、
一般人には想像しかねる、特殊な環境があったと思う。
複雑な感情を持っておとなになられたんだろうなあと、
その言葉を聞いたとき、思った。
同時に、深い言葉だなあとも、思った。
だから、あたし、今までよくよく覚えて来てる。

どうして自分が?

これは、生きてゆくなかで、
過酷だったり、非情だったり、壮絶だったり。
とにかく、総じていえば、
幸福でないときに、ふっと。
いかん、と気づきがらも、ふっと出る考えだと思う。

どうして自分だったんだろう?

片側顔面痙攣になって、
この症状について、初めていろんなことを知った。

頭蓋骨の一部位が、一般的サイズより小さいこと。
だから、顔面神経と聴覚神経と、血管が触れ合いやすい
環境にあるということ。

あたしは、これが、すべての根源だと思う。
<血管壁が硬くなって、接触後、振動が伝播しやすくなって起こる>
もちろんそういう事情等は、当然わかる。
原因と結果。
ものすごく明瞭に分かる。

けど、それ以前のもっと。
もっともっと最初のもと。
根源的なこと。
それは、やっぱり、
一般的な人の頭蓋骨の(一部分)大きさよりも、
小さいサイズで生まれていること。
これだろ、と思う。

どうして、なんだろう。
どうしてこう生まれたのかな。

親きょうだいは、ふつうに生まれているのに?
あたしだけ?

DNAは関係ないのか?
因果関係なし?
親戚にも縁戚にも、誰一人としていない。
片側顔面痙攣キャリア。

どうして自分だけだったのかな。
なんで、あたしだったんだろう?

<どうして?>

答えは永遠の、謎。
というか。
たぶん、答えはそもそも無いんだろうな。
それでも思ってしまう、この、どうして。

ひがんでいるとか、スネてるとかじゃもうなくて。
ただただ単純に、
なんであたしだったのか。
それが知れたらいいのにと思う。

再手術をした病院の、
立派な脳外科医の最高位医師に、
もし、こんなことをつぶやいたら、
またどやされるんだろうな(苦笑)
「無意味なことで、悩まない!」そう言われるだろうな。
これは間違いなく当たってるはず(苦笑)
先生はご立派だし、お気持ちもお強い方だもの。
立ち位置が別枠…(苦笑)

あと10日程すれば、
再手術をして3ヶ月になる。

「3ヶ月後くらいに、またふわっと痙攣が
再発する患者さんもいます」の医師からの言葉が、
心から離れない。

「でも落ち着いて。想定内のことですからね」
この言葉を慌てて引っ張り出して、心に付ける。

右側の頬が微弱に引きつると、どきっとする。
右まぶたが微妙に揺れると、心臓が凍りつく気がする。
わきの下にじわっと、嫌な汗がにじむ。
そして、じーっと、耐える。
様子を伺う。
たぶん、大丈夫。
たぶん、違う、痙攣じゃない、と思う。
と、思う。

どうして自分だったのか。
どうしてあたしが、
この片側顔面痙攣のキャリアになったのか。

ネット検索をして、
幾人かの方々の記事を拝見して来たけど、
ほんとに、見事なほど、
術後快調に痙攣が治まったら、記事の更新は途絶えている。
本当に、うらやましい。
一切、術後、片側顔面痙攣に、囚われていない。
そこが、信じられない。
そこまで忘却出来るのか。
それほどまでに、完璧に完治されたということなのだろうか。
ひやっとすることなど、ただの1度もないまま、
もうずっと暮らしていっておられるのだろうか。
半年後なだけでも?
1年後でも?
2年後でも?
5年後なら、さらに?
いいなあ。
ほんとに。


あたしはどこまで、どうして、と思うんだろう。
どうしてあたしが片側顔面痙攣になったのかって、
思い続けるんだろう。

瞬きをすると、耳鳴りがする。
これは元に戻っている。
術前よりは、おとなしいけど。
これも、すごく不思議。
手術直後は、確かに治まっていたのに。

ただ、手術前の説明時、
脳外科代表医師から、
「耳鳴りは完全に治らないかもしれません」
そう言われていたから、心の準備はまだ出来てる。
それでもの不思議は、
手術後に消えていたものがまたじわり、戻ったこと。
不思議。。。

〝痙攣は治まるかもしれないけれど、
耳鳴りは難しい〟

こう医師より言われたということは、
痙攣は今、消滅しているから、
再手術内容は、
耳鳴り消滅とは、リンクしていないのかな。
この耳鳴りは、痙攣を誘発しないものなのかな。
いろんな、
どうして?と思うことが、ふつふつ浮かぶ。
これらがすべて浮かんで来なくなったら、
あたしも片側顔面痙攣のことを、
完全忘却の元・患者、に、なれるんだろうか。




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あんまり気になるようだったら、
術後受診予約前でも、
病院診察に行こうかなぁ…

どうしてこんなになっちゃったんだろうなあ。。。
考えてもしょうがない、メビウスの輪。





2017-08-11 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 4 :

心が動くポイント

勤め先の直属の上司(女性)が、
仕事の最中、ふと、言い出して来た。

あたしの顔を、しげしげと眺めながら、
こう言った。
「お顔、ずいぶんスッキリしたよね」と。

一瞬あたしは何のことだか、分からなかった。
顔がスッキリした?
はて?
ん?!
まさか片側顔面痙攣のこと?!

「1度目の手術のあとより、ほんと、スッキリしてるよね。
おめめもパアッと、ぱっちりしてるよね」 と。

「手術やり直して、良かったねえ」

いや、吃驚した。
この上司とは、仕事上の話はするけど、
私的なこと。
特に個人的感情のまじった話は、ほとんど、しない。
きっぱり言ってしまうが、
この上司は、常に、感情に任せて言葉を使い過ぎてて、
ときに、パワハラを想起させるほど、強烈。
個人的攻撃、はないからそういう性格なんだと思う。
ただ、会社全体、社内の部下たちからは、好かれていない。
もちろん、あたしだって、好きじゃない。
けど、あたしは残念、直属の部下だから。
「ほんと、大変だよねえ。ご苦労なことだよねえ」
なんて。
あたしはいつも、ほかの部署の同僚たちから、
同情さえされてる(失笑)

その上司が「手術して、良かったね」と言って来たんだから、
そりゃもう吃驚なのは、自分でも当然だと思った。

でも。
ここで、ふつうなら、
「うわぁ…☆どうも有り難うございます(感動)」と。
感動する、と思うけど、
あたしはこのポイントでは、正直、ぜんぜん心が動かない。
「ああハイどうもあざーす」
言葉は良くないけど、でもまあそんな感じ。
だってさ。
だって、本当にこれで<完治>で<根治>完了したのかなんて、
分かんないんだからさ。
もろ手を上げて、高らかな声で、
「そうなのですー!
ほんとに再手術で完治(あるいは根治)したんで、
もー最高に人生ハッピーなんでーすーっ!!!☆」
みたいに、言えない。
言えたらどんなに、幸福だろう!(涙)

”ええおかげさまで、今のところたいへん順調な
術後経過を推移しておりますはい”

こんなところが、ぴったりする気持ち。
屈折しとる。
でも、しょうがないだろうと思う。
これ、自己弁護。
だけど、この繊細な感情の揺れは、
何かの病状、あるいは、症状を持った人々でないと、
あんまり分かんないだろうな。
そう、思う。

ただ、上司が続けて言った、こっちの言葉。
これには、すごく、感じ入ったのだ。

「言ったら悪いかもしんないけど。
いつも目が閉じ気味だなあ、とかさ、
顔の痙攣が酷いなあとかって、
ずっと思ってた。
だから、すっきりしたし、良かったなあって思って」

やあ!
ずっと、思ってたんだ、上司。
そうだったのね、と。
気づいてないのかと思ってた。
だって。
用件だけしか話さないから、お互い顔を
つき合わせている時間なんて、ほぼ無いし。
あたしも、痙攣が酷いときには、
すれっと顔を背けたりしてたし。
でも、分かってたんだなあ、と。
そして、そこに、心が動いたのだった。

分かってたけど、
顔、どうかしたの?と、上司は一度も、聞いて来なかった。
どうかしてるのに、決まってるもんな。
右側のまぶたが、ぎゅうぎゅう閉じちゃったりしてんだから。
それなのに、何も聞いて来なかったのは、
おとなの配慮、思いやり、だったんだな。
そう、思った。

分かってたけど、見過ごしておく。

これって、なかなか上手に出来そうで、出来ない気がする。
心配だから、という簡単な言葉で、
たちまち行動して、あとからちょっと残念。
そんなことは、山ほどあるシチュエーションだから。
この好かれてない上司は、
少しだけ、そういうことが出来る人物だったのかもしれないな。
そう、思い、
ゆえに、ちょっと、そこに、
心が動いた、という。
「治って良かったね」ではなく、そこに。
あたしは、うん、やっぱりたぶん、
ちょっとひねくれてるんだと思うけど。
これが悪い言い方だけど、
病気になった側が、しばしば囚われる
「どうしてあたしがこんな目に」のマインドが、
若干頭をもたげて顔を出すからだろうな。
いかんなーとは、思うけど。
人間が出来てないから、まあ、しょうがない(←やはり自己弁護:失笑)

職場でも、友人でも、いろんな人がいる。

この上司みたいに、
分かってたけど、聞いて来なかった、派さん。

単純に「どーしたの?眼精疲労?
それともパソコンのしすぎ?
あたしもしょっちゅうなるなる~」
素直に未知の勘違い派さん。

ずばり、まっっったく気づいていなかった、
ちっっっとも他者の変化を察知出来ない、
超・おおらか、あるいは、激・のんき派さん(笑)

どれもこれも、その人をよぉく体現してるもんで、
そこは、すごく勉強になった気がしてる(笑)
改めてその人々の一面を知った。
うん。
良い体験だと思う。


病気をしたり、症状を抱えたり。
手術に挑んだり、入院体験をしたりすると、
ほんとにいろんな感情が、巻き起こる、と知った。
<自分自身の身に>ということがくっついて来ると、
それはもう、ほんとに、ものすごく、巻き起こる。

辛くて、悲しくて、やるせないから、
ほんとに嫌なことだ。
ただ、起きてしまったことは、もうしょうがない。
引き受けるほか無い。
自分の人生での出来事だもんねえ。
しょうがない。
ただ、その中ででも、
少しだけであっても、何か、得るものがあれば、と。
貧乏性(苦笑)

今回、あたしは、
心が動くポイントを、改めて、自分自身、知った。
なんか。
あたし、
繊細なおとな、っぽくなった気がしてる(失笑)

ついでに言うと。
苦手上司に、顔をしげしげ至近距離で見つめられて、
痙攣が再発するか、と思うくらいに、緊張した。
緊張はなんか、痙攣誘発しそうで、イヤーっ
緊張しない人生を今後、送って行きたい&生きたい!(願望)




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2017-08-06 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

まっすぐ見つめる

用事で出かけるとき、コンタクトレンズを入れた。

ひととたくさん会うから、ちょっとだけ
いつもより気合のある格好をするつもり。
だから、ちょうどいいと思った。
数年ぶりの、レンズ着用。

正直言って、緊張した。
なんというか。
痙攣の消えた感覚に、まだ完全に慣れていないというか。
痙攣の無かった自分の感覚に、
まだ戻り切れていないというか。
ドキドキの受け入れ最中、地味に引き続きというか。

片側顔面痙攣の、再手術をして、
まだ2ヶ月ちょっと。
もう、というより、まだ、という気持ちの方が大きい。
3ヶ月目を越えたくらいに、もしかしたらまた痙攣が
再発するかもしれない。
通常の想定できる事象らしいけど。
心の準備は怠らない。
動揺するのは明らかだからね。
前もって気持ちを整えておく。

でも。
痙攣が消えている今。
ひとと大勢会うであろう、その日。
レンズを着用するには、いい機会だと、そう思った。

コンタクトレンズを眼に入れたとき、
ちょっと、感動した。
ほんと。
ちょっと、感動した。

視界が広い。
眼鏡のように、左右に見えて来る世界の切れ間がない。
ぜんぶ、見える。
すかっと見渡せる。
揺れない視線。
歪まない世界。

出会うひとの、誰とでも話せる気がした。
いつも以上にあたしは、おしゃべりになった。
自分でそう思う。
いっぱい、しゃべった。
外で、楽しい時間を過ごすと、
耳鳴りのことも忘れる。
一人きりになって、静かな空間にいると、
耳鳴りの存在を思うけど。
でも、痙攣は今のところ消滅しているから。
この幸福の享受を、と思ってる。


バスが来るのを、
道の向こうを見つめているときも、
何も世界は歪むことがない。
まっすぐ、バスが向かって来るのが見える。
窓の外の世界も、まっすぐ。
歩いている人々も、まっすぐ。
揺れない。
揺れて見えない。

コンタクトレンズで見渡すものは、
何もかもが、広々としていた。

このまっすぐ見える世界がずっと、このまま続きますように。
あたしの願いは、ただこれだけ。




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2017-08-02 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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