悩ましいでしょう、と同感する

縁戚のおねえさんと、久しぶりに会った。

おねえさんは、あたしの片側顔面痙攣での
入院・手術のことを知っていて、
今さら感があるけれど~と退院祝いに、花束をくれた。
(ほんとにどうもありがとうございます:感涙)

おねえさんは、この片側顔面痙攣という症状のことを、
生まれて初めて知った、と言っていた。
そりゃそうだと思う。
あたし自身だって、わが身がこうなっていなかったら、
きっと知らない病名だったろうと思う。
なにせ、1万人に1人いるかどうかだしね。

と、思っておしゃべりをし始めたら、
意外な展開に。
おねえさんが通う、とあるお教室の先生(中年女性)が、
「たぶん、あなたと同じ症状だと思うの」と言い出した。

聞くと、その先生は最近お教室の開催が
間延びしているらしく。
不思議に感じた縁戚おねえさんが、
先生に「何かご事情でも?」と聞いてみたら、
答えが「実は、顔半分がものすごく痙攣しちゃって」だったという。

お教室を開催されているくらいだから、生徒さんがたくさん来る。
来るということは、会うということ。
だんだん顔半分の痙攣が酷くなって来ていて、
「もう何だか、人と会うことが気が滅入って来ちゃって」と言われたらしかった。
それでお教室を閉鎖しがちになったのだという。

「先生の話を聞いているとき、
もしかしたら○○ちゃん(←あたしのこと)と同じかな?って思ったの」
と、おねえさん。
だから、ちょっと症状の詳細を教えて、と言って来たのだった。

その先生は、すでに脳神経外科を受診しているようだった。
MRI撮影をしたりしたと聞いているみたいだったから。
でも。
その先生は、脳神経外科を受診しているにもかかわらず、
悩んでいるのだという。
なぜなら。
「死を覚悟しなきゃ駄目な手術らしいのよ。
痙攣を無くすために、死ぬかもなんて。
もう、怖くて怖くてとても決断出来ない…」と。

「でも、○○ちゃん、割と
くっそー!痙攣めーっ!
やっつけてやるー!って感じで決断したんだよね?って
先生の話を聞きながら思い出して。
先生にも、私の親戚で
手術した子、いますよって話はしたんだけどね。
すごく驚いてたけど。
もし何か質問でも受けたら、また聞いても良い?」
そう縁戚のおねえさんが言ったから、
もちろんどうぞどうぞ!と、あたしは答えておいた。

情報が無かったり、
知識も希薄だったりすると、本当に不安だろうと思う。
だって、本当に周囲によくある症状例じゃあないから。
おねえさんも、症状名を何度も聞き返していた。
「なんて病名だっけ?
カタガワ痙攣???」

おねえさん、正式にはヘンソク顔面痙攣というのです、と。
何度か真面目に答えたけど、たぶん覚えてないと思う(苦笑)

せっかくひとさまに、何かを教える・導くことが出来る人が、
顔半分が痙攣をするから、ということで、それを断念してしまう。
そんな残念なことって、ないと思う。
けど、顔がずっとピクピク痙攣をして、
まぶたがぎゅうぎゅう閉じてしまう様子は、
生徒さんたちも、そりゃ気になるだろうなあ、と推測する。
ひとによっては「先生、大丈夫ですか?」と聞くと思う。
体は悪くないのに、すごく痙攣する顔半分。

本当に、滅入る。。。

先生という立場で、大勢の生徒さんと接触のは、
本当にお辛いだろうと、思う。

でも。
きちんとした医師に出会えれば、
なんとかなるはず。
この片側顔面痙攣という症状は、
幸いなことに、
まぶたや顔の痙攣を放置していても命に別状はない。
だから、自分の納得出来る医師に会えるように、と、
何軒かの病院を、外来受診してみる時間はある。
だから、この症状のことをもっと知り、
<探す>ということを、とにかくまずしてみられては、と思う。
手術を選択するかどうかは、それからの、話として。

悩ましいでしょう、と思う。
悩ましいでしょう、と、心底同感する。
でも、医師に話を聞くだけでも、
ずいぶん得ることがあると思う。
人と会うことを避けて生きて行くことを選ぶ前に、
悩ましい中からも、何か一筋の光を感じられたらいいなあと思う。

お会いしたことの無い方だけど、
縁戚のおねえさんを通じて、少し知った方。

どうか、片側顔面痙攣に隠れ、引きこもられませんように、と
ただ静かに願っている。
あたしの、痙攣がこのまま未来永劫消滅したかどうかは、
もちろん分からない。
けれど、消滅を願い、手術に挑戦する気持ちを持てたことは、
確かにあたしの中の光だった。
そう思ってる。




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2017-07-28 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 6 :

少しだけ意識変化

コンタクトレンズを作りに、眼科へ行った。

4年以上振りになると思う。

若いころはずっとレンズ愛用していた。
若いからね。
眼鏡で恋愛するより、レンズでおめめパッチリ☆
の方が断然イイと思っていたし(笑)

面倒くさがり屋だから、1日の使い捨てレンズ使用。
でもコスパを考えたらなあ、と2週間での使い捨てにチェンジ。
最初の最初は、煮沸消毒するレンズだった。
とか、しながら、日々着用していた。

けど。

片側顔面痙攣を発症して、
手術をして。
そして、痙攣止まらず治らずで、
とにかく顔面がギュウギュウするもんだから、
もうコンタクトレンズ使用をやめた。
眼鏡、で、痙攣を誤魔化すように、した。

もともと眼鏡は、好きなアイテムだった。
〝おしゃれ〟の観点からね。
結構な本数を持ってる方だと思う。
全部で8本。
古ーく若いころから使ってるものも、もちろん有る。
全部、その日の気分次第で使い回してる。

街のちょっと個性的な眼鏡屋さんで、作ってる。
眼鏡のファストフード的ショップでも、
作ったこともある(すっごいお安さでビックリっ☆!)

個性的なフレームだと、
純粋にファッショナブル気分になるうえ、
痙攣に人目が行きにくい、と感じていたから。
眼鏡をお洒落アイテムだけの存在で、いさせたかったけどねえ。
でも、あたしの場合、しょうがなかった。
個性的フレーム眼鏡のおかげで、
ずいぶん、気持ちが救われて来たと思ってる。
だから、値段を気にするより、求める気持ちの方を大事にして来た。

でも、今。
再手術を経て、今のところ、痙攣は消滅している。
おかげさまで(感涙)

で。
久しぶりに「眼鏡でない日をまた味わいたいなあ」
そう思うようになった。
だから、4年振りに、度を合わせて、購入した。

コンタクトレンズを入れて見る世界は、
ふつうの暮らしの世界だったけれど、
それでもやはり、揺れていない全部は、素敵だった。
揺れていない。
歪んで見えない。
勝手にまぶたを閉じ気味にならないで、見える世界。
眼鏡を通して見るより、まぶしく見える気がした。
これは、本当に。
不思議なことだけど、きらきらしていた。

1日使い捨てレンズを、1箱だけ、買った。
お店の人に「1箱だけで大丈夫ですか?」と聞かれたけど、
結構ですと答えた。

これまた不思議なことなんだけど、
「眼鏡が大好き」な自分に、仕上がっていた、のに気付いた。
へんなの(笑)
でもほんと。
服装を決めた後、今日の眼鏡を合わせる。
それでその日のあたしが仕上がる。
そんな感じがする、ようになってた。
だから、ひとまずは、1箱あれば、じゅうぶん。
ものすごくアイメイクを懲りたいときとかに、使おうと思う(笑)
そしてまた、眼鏡を1本新調しようと考えてる。
新しく作るとき、基本、持っていない雰囲気のものを、と
選んで考慮して来たけど、それでもそのときは、
<痙攣隠し>の意味が確固たるものとしてあったから。
それが消滅している今、
今こそ眼鏡を純粋なお洒落アイテムとして、選択したい。
今のあたしの気分を表すような。
ってそれがどんな、なのかは分からないけど(笑)
ああそうだ。
老眼鏡にも使えそうなヤツにしたら、よりいいかもな(笑)


別件。

片側顔面痙攣は消滅で現在推移しているけど、
2年振りにした視野検査で、
左目に”緑内障”の疑いアリ、と診断が出た。
眼科医によると、今のところ疑いだけで、
もしかしたら、ただのあたしの
検査表現の失敗によるものかもしれないから、とのこと。
また半年後くらいに、視野検査をしましょう、と。
でも、姉が若いころから緑内障だから、
あたしもたぶん、同じ道だろうなあとあきらめてる。

って。
こうやって、いろんな体のガタピシが出て来る年齢になった(泣笑)
自分ではどうにもできない。

ちょっと年上や同じ頃合の友人等は、
みんなもう立派に老眼鏡愛用者になった。
更年期に突入して、高血圧になった友人もいるし、
五十肩で笑えないほど、日々苦労している友人も。

いろんなことが、
少しずつ変化が、起こってる。
あたしは、それらを今から、
少しずつ受け入れようと思ってる。
意識の変化。
少しずつ。
少しずつ、ね。





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2017-07-23 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 4 :

再手術後・2ヶ月目

片側顔面痙攣の再手術をして、約2ヶ月目。

「術後3ヶ月くらいに、
ふわっとまた痙攣が再発される患者さんがおられますが、
慌てないように」

そう、主治医に言われている。
また時間をかけて、痙攣が沈静化してゆく・はず、と。

こればかりは、神のみぞ知る、だ。

今のところ、あたしの痙攣は、完全に止まっている。
術後、1度も痙攣していない。
耳鳴りを残してるけど。
痙攣は、消滅している。
すごく、うれしい。
ホッとしてる。
今のところ。
って。
言葉を口にするのは<言霊>だから、気持ち、はばかる。
声には出さないで、そっと心の中だけでつぶやいてる。
言葉が痙攣を誘発するわけないんだけど。
分かってるけど、ちょっとね。
痙攣に振り回されて9年間、過ごしたからね。
痙攣の有り無しは、言葉にしたくない。
まだ、ね。
まだ、落ち着き切ってないあたしがいるから。

朝、メイクをするとき、毎朝いまだに感心してる。
感心というか、うーん。違うかな。
感動という方がいいかなあ。

再手術をするまで、
痙攣で、ぶるぶるまぶたが震えて、
アイラインが、ちっともきれいに線が引けなかったのが、
今では、それが嘘みたいに、すっすっすーと。
さあーっと、1本の線が、引ける。

ビューラーをするときにも、痙攣のせいで、
「イテッ」と、しょっちゅうまぶたを挟んでいたけど、
それももちろん、なし。
ぱっぱとくるり。
マスカラだって、痙攣する隙間にババッと付けていたことも、
今では落ち着いてきちんと、塗ることができる。

すごいなあ。。。☆
あたし、ほんとに痙攣が消滅してるんだなあ。。。☆

と、これ、ほぼ毎朝、感動してるという、毎日。

ただ。
怯えだけはなっかなか消えないもんだから、
そして、前回の酷いヤブ医者の言った、
「顔の表情をいろいろすると、
また痙攣を誘発するかもしれないから、気をつけて」
という間抜けたコメントに、若干今も囚われている。
顔面神経は、表情筋と密接だから、それはそうなのかもしれない。
間抜けたコメントだと思いながらも、
容易には脱却出来ない。
心底ヤだけど、でもそれくらいトラウマ。

マスカラを塗るとき、
鼻の下をにゅーんと伸ばし気味で、付ける。
そのとき、微弱ながら、
ときどき、ごくごくときどき、まぶたの下が揺れる。

これまた、前回のへっぽこ医者が言っていたことだけど、
片側顔面痙攣の患者の、痙攣の特徴は、
まぶたの下側も痙攣することだ、と言っていた。
ただの眼精疲労だけなら、まぶたの上側だけしか痙攣しないらしい。
知識薄いナンだよ医者の言ったことだから、ホントかどうか、知らないけど。
再手術のときの主治医には、質問してないから。
主治医には、治して貰うという気持ちだけで、接していたからね。

メイクのとき、とにかく、微弱ながらも、
ごくごくまれに、まぶた下が、揺れるときがある。
そのときは、心底、ヒヤッとする。
ほんの0.0何秒の瞬間に、ヒヤッとする。
誘発してるのか?!って、ヒヤヒヤっとする。
痙攣に対してだけ、感度が異常に高いあたし。
鈍感なあたしに、早くなりたい。

再手術から約2ヶ月。
入院していた日々を思うと、不思議な気がする。
ほんのたったまだ数週間しか経ってないんだな。
不思議な感覚。
手術前と、まったく同じ暮らしをしている今、
違っていることは、ただひとつ。
痙攣だけが、消えていること。
同じでないことが、嬉しい。

このままずっと、でありますように。
星に願いを☆




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2017-07-19 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :

気づかされる感謝

片側顔面痙攣の入院・手術のちょっと前に、
美容室へ行っていた。

髪の毛がボサボサ伸びて来たなあと思って、
手帳を見たら、2ヵ月半経ってた。

美容室のスタイリストさんとは、もうずいぶん
長い付き合いになる。
だから、
あたしの前回の片側顔面痙攣での手術のことも知ってる。
でも、今回の再手術を受けることは、事前に話はしてない。
話したら驚かれるだろうなあ。
そう思いながら、お店で、
シャンプーをして貰う前に、話した。
またあのデッカイ術痕見たら、ゲッてなるだろうし(苦笑)

ものすごく吃驚されちゃったけど、
でもご無事で何より、と、退院と、
あたしの元気そうな様子を見ながら、
良かった良かったと、何度も言ってくれた。

「術後の経過は順調なんですか」
そうにこにこ、聞いてくれたスタイリストさんに、
あたしは、正直に答えた。

うん。
痙攣の方はおかげさまで、今のところまったく無し。
消え去ったみたいで、ピクリともしないの。
ただね。
「耳鳴りは、戻っちゃったみたい。
耳鳴りは再手術でも、治すのは難しいかもしれないって、
えらい医者に言われてたから。
まあ、しょうがないのかもなーって。あきらめてます」

そう話をしたら、スタイリストさん。
「耳鳴りですか」と。
そしてさらっとこう言った。

「私、耳鳴りがずーっとあって。
右耳、ほとんどもう、聴こえないんですよ」

えっそうなの?!
今度はあたしが驚く番だった。

「子供のときから、耳鳴りはずっとあったんです。
どんどんそれが酷くなってって、
今ではもう耳鳴りの音自体、聴こえない感じですねー」と。

左手で、左の耳を塞ぎながら、
「こうすると、こもった音ってするじゃないですか。
耳の奥で、音がしてるでしょう?
右耳だともう、それも聴こえない感じなんです」と。

あたしは、またまた改めて、しみじみ、感じ入った。
ひとの中身の具合なんて、他人にはぜんぜん分からない。
ひとそれぞれ、もしかしたら、
さまざまな事情を抱えているのかもしれないんだなあ、と。


そしてさらに。
スタイリストさんは、素晴らしい人だった。
もともと人柄の良いひとだけど、感服した。

「私ね。
右耳はもうほぼ聴こえなくなっていますけど、
音にだけ頼るんじゃなく、
他の感性が柔軟になって、豊かになってる。
そう思ってます」


あたしの、耳鳴りくらいなんだっての!

スタイリストさんの、輝く感受性をおもえ!
物事のとらまえ方の美しさ知れ!


そう、改めて気づかされた。
気づかされた、と、自分で気づくこと。
それが、大事なんだろうと思う。

世間のだいたいの人々は、だいたいが健康。
人々の大半は、すこやかに生活している。
でも、それは<ように見える>が、
正解なのかもしれない。
基本、元気に暮らしているけど、
橋本病で、季節の変わり目はちょっとつらい、という同僚がいる。

投薬だけで完治するんだって言うから、
開始した、という肝炎の友達がいる(←先日無事終了)

日光に当たると、カユカユになっちゃう、という母の友達。
アレルギーが酷いのだという。
外出するときは、完全防備で全身布カバーしている。

縁戚の90歳近いオトウサンは、右目を失明している。
理由は子供のころの何か、らしかったけど。
80年も90年も前の医療には、
治すすべなんてなかったんだろうと推測出来る。
あたしはほんの数年前まで、その事実を知らなかった。
文字を読むとき、左目だけで追っていた姿を
何度か見ていたけれど、
それはバリバリの高齢者だから、
片方だけで見るのが見やすいんだろうなー。
そんな風にしか思ってなかった。
けど、親戚から「右目は失明してるんだよ」と知らされて、驚いた。
両眼とも<ふつうの目>にしか、見えないから。

「思い切って再手術されて、良かったですね☆!」

そう、満面の笑顔で言ってくれたスタイリストさん。
右耳の聴覚を、ほぼ失っていたスタイリストさん。

こころの健全さは、何にもかえられない、
得がたい宝物だ。


年下の友人がくれた、ひまわりの花束。
退院祝いだと言って、贈ってくれた。
どうもほんとに、ありがとう。

感謝をするということが大事。
ということに気づいた、あたし。
まだまだ未熟だけど(すぐ忘れちゃうし)
いろんなことに気づく、という感性のある、あたしで、ありたい。



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2017-07-14 : よしなし雑記 : コメント : 1 :

いつか忘れ去りたい

つるり、と勤めに戻って働いてる。

頭蓋骨に穴を開ける手術をして、入院をして。
自宅療養をして、社会復帰をして。

最初、戻ったとき、
あたしを見て泣いてくれた女子が3人いた。
若いバイトの仲良しちゃんたち。
泣かれてビックリしたけど、あたしも相当
その姿に感激した。
心底思ってくれていたことに感謝した。

2,3日の間は、直属の上司やら同部署内の先輩やら
同僚やら、とても配慮や気遣いをしてくれた。
けど。
4日もすりゃ、まーったく元通りに戻った。
早いな(笑)と、あたしも勝手ながら思ったりした。

でも。
甘やかして貰う期間の終焉を、感じながら、
こういうのが気楽でイイんだよな、と思っていた。
ていうか、それがイイんだと分かってた。
あたしのことを、勤め先のみんなが
<何か分かんないけど、
何ンか病気だったか、症状だったかの
何ンかがあったらしいよ。
見た感じ、何も分かんないね>
そう思って、だいたいのことを忘れてくれたら、いい。
それが一番、気楽だと、思う。

あたし自身も、片側顔面痙攣のことを、忘れたい。
完全に忘却したい。
あたしの人生から、消去するくらい、
記憶から、削ぎ落としたい。
心底、そう、切望する。

右顔面の痙攣は、
まぶたの上下はもちろん、頬・口元。
全部、消滅している。
手術の直後から、ぴたり、消えた。
何もかもの痙攣のすべてが止まった。

ただやっぱり、というか。

右耳の奥の、耳鳴りは、残っている。
手術直後は、耳鳴りも消えた!?☆と思ったんだけど。
甘かった。
手術直後は、体調不良というか、
あたしの想定外だった<顔面麻痺>なるものが
登場していたもんだから、
耳鳴りよりも、
そっちに大幅に気を奪われていたと思う。
(だってまぶたが閉じにくいんだもん!
口元も麻痺して、水分なんか漏れるんだもん!)


耳鳴りは、術後ちょうど1ヵ月後辺りで、戻ってしまった。
まぶたを強く閉じると、耳の奥で「ゴー…」と鳴る。
口元も、強くぎゅっと閉じるとこれまた「ゴー…」
ただ、救いは、以前より幾分音が静か、だということ。
救いがある、ということは、救いだ、と思う(ようにする)

主治医より格上の脳外科医部長医師と、
手術前面談したとき、
「耳鳴りは以前からありますか」と聞かれた。
ある、と答えたら、
即答で部長医師は、
「再手術をしても、耳鳴りは治らないかもしれません」
そう、ずばっと言っていた。
あたしはそのとき、そうですか、としか答えていない。
なぜでしょうか、とは聞き返していない。
そのときのあたしは、
とにかくこの煩わしい右半分の痙攣から
おさらばして貰えたら、それだけで十分!と思ってたから。
これは、もう、本当に、そう思ってたから。

耳鳴りの消滅は、相当厄介なんだろうなあ、と
素人推察する。
顔面神経と、聴覚神経はものすごく至近距離にあるらしいから、
ちょっとの振動でも伝播するんだろう。
それに、耳の奥はとても込み入った構造だし。


あたしが入院したとき、
相部屋になった方が、教えてくれたことを思い出す。

「あなたと同じ、症状で、同じ再手術の方が
数日前退院されていましたよ。
その人は、耳鳴りはこの手術でも治らなかったって、
おっしゃってましたよ」


その人は、今、どこでどう暮らしておられるんだろう。
なんだか、事情があって離れ離れに育った、本物の姉妹みたい。。。
なんて。
どうでもいい空想に浸ったりしている(苦笑)


あたしの今の耳鳴りは、
たとえて言うなら、新幹線だとか飛行機だとかに乗っていて、
気圧の変化のせいで、
耳の奥で音が<こもる>ような。
プールやシャワーなんかで、
耳に水がうっかり入ってしまって、
ボコンと音質が<こもる>ような。
そんな感じと似てる、と言えば、分かって貰いやすいと思う。
自分の体内の血流の音が<こもって>聞こえる。
ゴーって、薄く遠く、聞こえる。
そんな感じの。
そういう、耳鳴りが、している。

正直、術後には、消えていたと思う。
ただ、入院中、ほどなくしてうっすら「鳴ってる?」という
気がしていた。
うすうすの予感として、
あたしのこの耳鳴りは、人生の長い付き合いになるんだろうな。
そう、うすうす、想像してた。
でも、せっかく再手術をしたんだから、
これもまとめて完全消滅して貰いたい、が本音だった。
けど、
首尾よく万事うまくいく、ということに、ならないところが、
コレまた、人生。
しょうがない。


つねに、術後、家族はあたしのことを
気にかけているもんだから、
あまりきっぱり正確に告白するのも、はばかられる。
またまたの心配をかけちゃうと悪い。
ごめんね、と思う。

でも、ふと家族のひとりに、
「耳鳴りが戻ってしまった」よ、と言ってみたら、
「それがなに?」と言われた。
えっと驚いて顔を見たら、
また「それがナンなの?」とさらに、言った。

「耳鳴りは残るかもしれないって、言われてたんでしょ。
だったらそりゃ医者にしたら、術後の想定内の範囲じゃん。
何にも問題ないじゃん」 と。

まあ、確かにそりゃそうだけど。。。

「だったらナニ。
耳鳴りは残るんだったらって再手術は、止めてたの?
その耳鳴りは、あの痙攣のピクピクやギュウギュウを
上回るほど、悩んでたの?
そうじゃないでしょ?
一番断固消滅させたかったものは、痙攣でしょ?
だったら、いいじゃん。
もういいじゃん。
第一番の目的だった痙攣は、止まってるんだから。
一番の願いは、叶ってるんだから!」


確かにそうだね、と思う。
確かにそうだ。
あたしがもっとも、根絶させたかったのは、
四六時中ピクピクしていた、右顔面の痙攣。
不意打ちにまぶたがギューギュー閉じてしまう、右顔面の痙攣だ。
耳鳴りじゃあない。

ただそのう。
ねえ。
人って欲張りだから。
ひとつの願いが叶うと、つい、他にも願ってしまう。

あたしは、他の片側顔面痙攣の症状キャリアな方々より、
ひとつ、荷物が多かったんだと思う。
それが、この耳鳴りなんだと、思ってる。
痙攣だけじゃなく、これも深く、あった。
けど。
けど、家族の言うように、
痙攣が止まっているんだから、御の字、と。
御の字どころか「ハッピーでしょう!」と。

ひとと、比べないこと。

これがあたしの中で、結構、難関。
難問だったりする。
けど。
あたしの家族は、これをハナからぶっ壊していて、
ハナからこれっぱかしも、持ってない。
うらやましい。
ってあっ!
またひとと比べてるよオイ!っていう、
浅はかなあたしなのだった。


しばらく外来受診は、予定ない。
医者は「何かあったらいつでも来て下さいね」と言っていた。
けど、この耳鳴りがその何かにあたるのかどうか。
診察に行っても、どうなんだろ。
別にもうしょうがない、だけの気がしてる。
ただ、気が向いたら相談に行ってみようかな。
そんなふうに、思ってるところが、今の、あたし。


ネットで<片側顔面痙攣>なる文字を、
検索しまくる日々は、今のあたしには、ない。
痙攣は、平和に穏やかにぴたり、止まっている。
あれだけ揺れ、あれほど歪んでいた、
見えるものすべての世界が、
また数年前のように、まっすぐに、そこにある。
まだ、信じ切ってないけど。
なにせ9年間歪んでいたんだから。
再手術までの道のりの、煩悶も、壮絶だったんだから。
そうやすやすとは、気持ちが切り替われない。

でも。
勤め先に復帰して数日後。
エスカレーターに相乗りした、年下同僚女子が、
あたしの顔をまじまじと見ながら、こう言った。
「あの。
何か、印象が変わったというか。
うまく言えないんですけど、でも、何か変わられましたよね」

そう、しみじみ言って来たから、感じ入ってしまった。

たぶん、あたしは、痙攣をしていたから、
ふっと顔をそむけたりしてたろうし、
不自然に視線をそらしたりしていたろうと、思う。
そして何より、表情全体が暗かっただろうと思う。
昔はこんなあたしじゃなかったよな。。。
そう自分自身思っていた。
バカみたいにおっぴろげで何でも、
何時間でもひととおしゃべりをするヤツ。
それがあたしだったから。


あたしは、今、その他者の顔を、直視出来る。
真正面に腰掛けて、真正面で対峙して話が出来る。
親から幼いころに教わって育った、
「ちゃんとひとの目をみてお話なさい」に、
あたしは、戻った。
なんだか、人格までまっとうなヤツに戻った気すらする。
まあもとの基礎がどうだか、までは、自分では分かんないけど(笑)

アイメイクも数年ぶりに、きちんとし始めている。
マスカラも、朝出勤前、面倒くさいと思いながらも、してる。
近く、コンタクトレンズも復活する。
眼科に取り寄せ願いしているところだ。
さらには、眼鏡も新調したいなと思ってる。
この何年間の間、痙攣を誤魔化す道具として、
いくつも作ったけど、そういうのじゃあなくて。
ちゃんと、おしゃれ心にそぐう、洒落たやつを。


いつか、忘れ去りたい。
何もかもを。
片側顔面痙攣の、何もかもを。
片側顔面痙攣にまつわる、すべてのことを。


揺れない、
歪まない日暮れを眺める。
痙攣のない世界は何だって、美しいと心底、思う。




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2017-07-11 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 3 :

すこやかであればそれだけで。

片側顔面痙攣で、
あたしが再手術をした、ということを、
告げていない友人数人と、久しぶりに会った。

ひとりの友人が、こう言い出した。
「今度、人づてに紹介して貰った<ヒーラー>に会って、
<セッション>して貰うことにするの」と。

紹介して貰った<ヒーラー>は3~4人いるらしくて、
出来るなら全員と会って<セッション>をして貰い、
一番相性の合う<ヒーラー>を見つけたい、とも言った。

あたしは、スピリチュアルな関係のことに、
まったくうとい。
興味がない。
関心もない。
だから<ヒーラー>とか<セッション>とか熱弁されても、
なんとなーーーくあたしなりに、想像はつくけれど、
それがきっぱり正しく正解、なのかは、わかんない。

その、とある友人は、
あたしのように何かの症状が長年あって、
肉体的にも精神的にも疲弊した、とかではなく、
親族間で、
込み入ったトラブルが生じて、疲弊したと言っていた。
信じていた身内の裏切りや、
親身になってくれていた人物の横暴などなど。
とにかく、へとへとに疲労困憊した数ヶ月を過ごしたという。

そんな友人の憔悴に気づいた、とある人から、の、
<ヒーラー>さん紹介、だという。

あたし以外の友人等も、
おしなべてだいたい、あたし同様、
そのテのことに、関心を持ってない。
だから「ふーん。いいんじゃない」だとか、
「へえ~またそれ、どんなだったか聞かせてねー」
なんて、適当な相づちを打っていた。
またある友人は、
「ヒーラーにセッションして貰うと、
人によっては数万円料金かかるんでしょ?
3,4人も会ったら、すごい金額になるじゃん。
ちょっとした旅行行けるじゃんー」と言って、
少々、半笑いな顔をして見せてた。

適当に話を合わす友人。
あるいは、高額料金支払うくらいなら、旅☆と
考えている友人。
オモシロ話のひとつとして、とらえている友人。

あたしは、それらのどこにも、属さない。
もはや。
ええ。
もはや、と言ってしまおう。
片側顔面痙攣という症状を発症してから、というもの。
もはや。
思うことは、ただひとつ。

「すこやかなら、それだけでもうすべてO.K.なんだよ」

もっと言うなら、
ほどほどのすこやか、であっても、すべてO.K.
ほどほどであったとしても、本当にそれは、もう
何にも置き換えられない、素晴らしいこと。

悩めることも、悩まないことも。
何かに関心を持つことも、持たないことも。
親族の暗いトラブルに疲弊することも、
高額の料金を支払い<ヒーリング・セッション>を
何度か試す決意をすることも、なにもかも。
なにもかも、
すこやかであるからこその、出来る<こころ>があるのだ。
行動出来る<こころ>に、
もっと言ってしまえば、何かに巻き込まれる<こころ>までも。
だから、あたしは、もはや、ひとから
たいがいの愚痴や相談事や悩みのような話を聞いても、
正直
「どーってことないよー」と思う。
そして、さまざまなことについて、
肯定もしなければ、否定もしない。

あたしの、この片側顔面痙攣のように、
自分自身、持って生まれた”さだめ”を、
医療のちからで乗り越えようと思う、勇気とか、
乗り越えられなかったらと思う、絶望とか。
そういう、どうあっても逃れられない運命から比べりゃ、とね。
自由意志が、そこにはある。
自分で選択出来る余地が、多いにあるのだから。
だから、
「まあまあそう、カッカしなさんな」と、思う。
「まあまあそう、落胆しなさんな」と、思う。

それもこれもすべてが、あなた次第。
何ごともご自由に。
どうだってご随意に。

そしてね、あたしは言いたい。
それもこれも、みんなみーんな、
すこやかだからこその、得ている自由なんだよ、と。
すこやかであれば、それだけで、御の字なんだよ、とね。
言いたいなあと、思う。

年下の女の子が、こう言って来た。
「わたし、今年で30歳になるんですよ」
あら、そう。
「彼氏もいないんですよ」
あら、そうなの。
「将来、このままでわたし。
ちゃんと結婚出来るか不安で泣けて来るんですよ」

いやいやいや。
大丈夫。
てか。
ぜんぜん平気。
それがどうだというの。
それがいったい何だと言うの。
すこやかなんだから、問題なし!☆

今のあるその幸福を、喜んでよ。
それは、本当に実は、実に実に、
生きているなかで、最高の幸福なんだよ。


何の症状にも囚われていない暮らしの、素晴らしさを、
あたしはきっと、友人の誰よりも、知ってる。




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2017-07-05 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
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Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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