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病について正直な言葉。

職場の元気ハツラツな若い主婦さんが、以前、
こうキッパリ言い切っていた。

「病気がちな人って大嫌い。
そもそも病気になるって、根性とか
気合とかが足りないからなんですよ!」
この主婦さんは、バリバリ健康優良人。
子供のころから体育会で、運動力に体力に自信ありあり。

それを遠くで耳にしていた若いフリーター女子。
「厳しいですね。
悲しい」
この女子は、かつて会社勤めをしていたけれど、
いろいろあって、結構重いうつ病になって、
退社した経験を持つ。
心療内科には、ときどき今も通院しているらしかった。


とね。

こういうことがあったのよねえ、と、
今年43歳独身女友達(両親と同居)に、言ってみた。
この女性とは、うーんと昔に勤めていた会社が同じで、
どっちもとっくに退社してるけれど、
プライベートで、ずっと仲良くしてる。

とても気立ての優しい子で(年下だからね)
思いやりもいっぱい。
気遣いも心配りもたっぷり。
そんな子。

だからあたしはきっと、こう言うと思っていた。
<そんな言い方ってないですよね>と。
断言するだろう、そう思ってた。

ら、違った。
言った彼女の感想は、こうだった。

「実際、病とか体調不良とかに、
自分自身なってみないと、わかんないですよね」


ちょっとあたしは、びっくりだった。
へえ、そう来たかあ!と。
とにかくあたしは、彼女だったらきっと
弱ったことがある側につく感想を、言う。
そう思ってたから。

「その病気がちな人が大嫌いって人は、
大病を一度も経験してないから、
なった人の気持ちが分からないでしょうねえ。
病気になったその人は、病気になったから、分かる。
他人の痛みとか。
けど、なってなかったら、その人も
分かんなかったかもしれない。
だから、
なってみないと、分かんないですよね」


あたしは「病気勝ちな人って大嫌い!」と言った
主婦さんのことは、
正直、ちょっとなあ、と思っている。
病や体調不良って、誰も好き好んでなりゃしない。
唐突になったり、不慮でなったり、そのほかいろんな事情があるはず。
そして、何より、つらい。

あたしの片側顔面痙攣だって、そう。
好き好んでなったわけじゃない。

だから、ちょっと、43歳の友達の感想は以外だったし、
彼女に、同感して貰えなかった微妙な残念さに、
ちょっと、落胆した。

でも。

自宅に戻って、家族にこの話をしたら。
「すごいね」と言った。
第一声がコレだったから、てっきりあたしは
「でしょう?!だよねえ」と答えたら、違った。
あたしの思いと、違っていた。

「彼女は○○(←あたしのこと)に、本当に心を開いてるね」
そう言ったから、あたし「は???」

「病気になった人にしか分からないって、
それはほんとに、正直な言葉だと思う。
病気だって体調不良だって、骨折だって、介護だって。
体験してない人には、
大変さを想像は出来ても、心底理解は、難しいと思う。
けど、
そんな言葉は、まっすぐ過ぎて、
なかなか誰にでもは言えないよ。
だからさ。
○○に、本当に心許してるんだな。
そう思うよ」



いろんな人の考えや感情を越えたところで、なにか。
何かこう、助け合える何か、
みたいなことが、出来ないかなあ。

そんなことを、あたしは今回の入院中、
ずっと考えていた。
パラマウントベッドの上で(笑)

何か、
分かり合える人たちと一緒に、
助け合い、な、こと。
どうにか出来ないものかなあ。

43歳の彼女も、つねに、すこやか。
ご両親もご健康。
超ご高齢のお祖母さんがいらした。
100歳近くで、川を渡られたけれど、
その瞬間までお達者で一人暮らしをなさってた。
それくらい、お祖母さんも、体調不良には縁がなかった。

そう。
縁がなかった。
病とか体調の不具合だとかに、縁がなかった。
縁がないと、彼女のいうように、
<分かんない>と思う。

そういうところを越えた、ところで、何か、ね。
うまく何か、出来ないもんかなあ。

正直な言葉は、何かを生み出す。
それは、友達の言葉であり、
そして、あたし自身の言葉からでも、ある。
あたしは、つらい体験をした経験者だ。
あたしの持つ正直な言葉も、
きっと、
たぶん、強いはず。




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2017-06-29 : よしなし雑記 : コメント : 1 :

再手術後・初病院

先日、再手術をして以後、
初めて病院へ行った。

退院してからを数えると、まだ3週間弱だったけれど、
”1ヵ月後検診”ということで、外来受診。

診察外来の病院フロアは、
知っている通り、大勢の診察待ち人々で溢れていた。
初診察受付をしている人。
通院の人。
あたしのように、術後外来の者。
いろんな診察待ち人がいる。
そして、その中にも、数ヶ月前のあたしみたいに、
何かの症状を抱えて、悩み苦しみながら、
入院や手術の相談をしに来院している人もきっといる。
病院というところは、本当に
いろんな感情を生み出すところだと、改めて、思った。


主治医と、数週間ぶりに診察室で会う。
病室で15日間、毎日のようにお会いしていた医師。
その前には、再手術の悩みで、お会いしていた医師。
何だか、うまく言えないけれど、
何だか、すごく、懐かしい人のように、思った。

主治医との面会は、
時間にしたら、もう本当に、ほんの10分程度だった。

その節はお世話になりましたとご挨拶申し上げ、
医師からもやあやあどうもと頂戴し。
それから、診察。
といっても、いたって、シンプルなものだった。

医師に傷口確認を受け、その後調子を聞かれ、
おかげさまで順調だと思う、と答える。
退院時処方されていた、唯一の薬である
1日3度のビタミン剤も、もう要らないでしょう、と言われる。
経過が良いようなので、
次回の診察は半年後にしましょう、と言われる。
「でも、何かあれば、いつでも来て下さいね」と医師。
診察内容は、これのみにて完了。

何か質問があるか?で、医師に尋ねたのは、
耳鳴りのこと。
耳の奥で耳鳴りがうっすらするけれど、
これは再発の予感ではないのでしょうか。
家族にも質問してみたら、
みんな、何かしら音はしょっちゅう鳴っていると。
キーンだとか、ゴーだとか、しょっちゅう鳴っている、と。

「僕も鳴ってますよ」と、笑顔で医師。
「僕もしょっちゅうです。鳴ってます」
そういうものですか。
「そんなものですよ」医師。

あたしは、9年間、痙攣とともに耳鳴りにも、
煩わされて来た。
9年前の、発症前の何も無かった頃の状態を思い出せない。
思い出せないし、分からなくなっている。
そんなものです、に納得して、
自分の体のことを「こんなもんなのか」とは、
なかなか思えずに、いる。

<何の症状も疾病も持たない人でも、そんなものなのね>

これを心底納得するまでには、
あたしには、まだ時間が少し、必要だと思う。


痙攣は、再手術後、1度も発症していない。
今のところ、ビッタリ止まっている。
本当に幸福で、本当に有り難いことだと感激してる。

ただ、1度目の、最低最悪手術のときの主治医が、
「顔の表情をいろいろ動かすと、
また痙攣を誘発するかもしれないから、
あまり動かさないように」的なことを言ったから、
結構それがトラウマみたいに、記憶に残ってる。
今回、再手術のあと、主治医にそれを尋ねてみたら、
関係ないと答えた。
ふつうに暮らして下さい、と言われた。

あたしは、しつこい性質なのだと思う。
なかなかネガで残った感情を、払拭し切れずにいたりする。
片側顔面痙攣の発症は、
いわば物理的な要因が大きい。
そう理解したはずだのに、気持ちがまだついて行き切れない。
半信半疑とか、不安とか、心配とか。

まだまだ、ビクついてる。
だからやっぱり。
こういう感情が消え去るまでには、
あたしには、もう少し、時間が必要。


耳鳴りは、ちょっと有るように思う。
ふつうの範疇なのかどうなのかまでは、
あたしには分からないけど。
術後すぐには感じなかったように思う。
ただ、それは、術後は、
体調回復にのみ、気を取られていたせいかもしれない。

だけど、以前のように、
その耳鳴りの嫌さに、煩わしさに、
絶叫したくなるようなものではない。

それに。
顔面神経と聴覚神経は、ものすごい至近距離で、
脳内に平行して存在している。
あたしは、そこいら辺りが、1度は酷く癒着をして、傷み、
イレギュラーにも、手を施して引き離しているのだから、
ふつうの何も無い人々よりは、どうにか何か<ある>だろう、と思ってる。
こればかりは、仕方が無い。
こればかりは、あたしの運命。
前より断然マシなら、それでよし。


今回の再手術の体験で、
最大に不安を生み出したのは、
術後一番初めは<視界>だった。

手術のすぐあと、視点が定まらなかった。
物が二重に見えるとかではなかったけど、
とにかく左右の目玉が、意思に反してあちこちに動いて。
これは物凄い恐怖だった!
ぐるぐる目が回る手術直後、
あたしの周囲には、主治医に第二医師に、
大勢の看護師さんたちに、家族と。
わんさかいてくれた。
そのみなさんからの、いろんな問いかけや、かけ声に、
あたしは全部、こう答えていたと、はっきり覚えてる。
「目がヘンなんですけど!
目がヘンです!
視点が定まらないんですけど!」 と。

ものすごく困惑しまくってて、
手術の辛さや、傷の痛みも吹っ飛んでたほど。
痙攣は止まってる、そう実感していたにはしていて、
嬉しかったことには間違いないんだけど。
それよりこの目!目が!目がー!と。
医師も看護師さんたちも口々に、さくーっと、
しばらくしたら治まりますよーと言ってくれていた。

そのまま集中治療室で、朦朧とした1日を過ごしたから、
確実なことは言えないけれど、
その視界の不安定さは、1日は残ってた。
これは本当に、恐ろしかった。

このあとの心配ごとは、顔面麻痺だった。
右側半分の顔面に、
特に頬から下方辺りに、1枚何か
薄い薄い紙のようなラップのようなものが、1枚。
ぺたっと貼り付いたみたいな感覚、があった。

筋力も落ちていて、
右側のまぶたが、きちんと開閉しているのか、
分からなかった。
看護師さんにしょっちゅう
「あたし、右目、ちゃんと閉じてます?」
そう聞いた。
閉じてますよ、と一様に答えて貰っても、
感覚がへんてこだった。

歯みがきをしても、右側の口の端から、
水が漏れた。
力がここも、入らなかった。
鏡を見て「イー」をしても、
右側半分が、下がり気味だった。

医師より「顔面麻痺です」と言われた。
ただこれは、まったくの想定内のものだとも言われた。
手術により、顔面神経にやはり傷がつく。
特にあたしの場合、前回の失敗により、
癒着が大変酷かったせいで、引き離す際、
通常以上に傷ついた。
だから、こうなることは想定内だと。

「物凄くべっとり、神経と血管とが、
癒着をしていたのを引き離したので、
正直、もっと酷く顔面麻痺が出る。
そう思ってましたから。
この程度ならまったく問題なし」 と、医師。

そりゃ物凄く酷いケースを見ている医師からすれば、だ。
初体験のあたしには、何もかもが恐ろしかった。
ただ、看護師さんたちどなたもが、
医師と同じようなことを言われていた。
そして、医師も看護師さんたちもみなさん、
「数ヶ月かかる人もいますが、
きっと麻痺は治まります」 そう言っていた。
だから、これは、少しずつ気持ちが受け入れて行けた。

実際、入院中、日々うすーくうすーくだけれども、
麻痺の感覚は沈静化していった。
今では、ほとんど見た目には分からなくなった。
自分としては、ごくごく微弱に、
右目まぶたの開閉が、左より若干弱く感じることと、
右側くちもとが、左側より若干上げ難いと感じている。
でも、それらも本当に、
ごくごくごくごくうっすらと、だけになっている。
(医師には、顔面麻痺はもう無しと言える、と言われた)


病院が、遠いものになって来始めた。
このまま順調に推移してくれることを、切に願う。

社会復帰は、もうすぐ。




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2017-06-25 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

忘れてゆくチカラ希望

片側顔面痙攣の再手術後、
煩わしかった、
9年間、悩まされ続けた痙攣と耳鳴りは治まってる。
有難い。
ものすごく、有難い。

でも。
ひとりで家で寝そべっていると、
片側顔面痙攣に囚われ気味な自分に出会う。
いまだに、だ。

9年間日々四六時中苦しんだモノが消えても、
言ってしまえば、心の傷はなかなかどうして。
そうは簡単に消え去ることは出来ないみたい。

右側まぶたの下方が、ピクッとでもすればヒヤッとなる。
今回の病院医師からも、
術後3ヶ月後あたりに、ふわっとまた痙攣が出る人もいる、と聞いてる。
だから、どこかで、この片側顔面痙攣にこだわってしまう。
このピクッが、それの前触れだったりするのかも、とか。

耳鳴りも同じ。
耳の奥から、ゴゴッとかゴーとか、聞こえたら、慌てる。
血圧が急上昇する感じがする。
右目を瞬きすると、薄く薄く微弱に、ゴゴゴッ。
痙攣とは連動していないから、
術前のそれとは違うだろうという思いは持ってるけど。

家族に「耳鳴りみたいなのって、ある?」と尋ねたら、
家族全員「あるさ」と答えた。
キーンという音だったらしょっちゅうあるさ。
ゴーとかいう音はふつうに鳴ってる。
なんて、答えていた。
あたしが、長年苦しまされたものだから、
なんというか。
健常で健やかな人というか。
ふつうの人々には、耳鳴りなんて全然しないんだろうな、と思っていたから、
えーそうなのかあ、と、申し訳ないけども、
ちょっとだけ、一緒なのねとホッとしたりして。

でも、いちいち、ハッとなってしまう。


こんなふうに、
あたしの、自分の片側顔面痙攣体験の過去・現在を
文字に書き散らかしているだけだけど、
手術をされて完治という方々も、これを読んで下さっていたりする。
それは、ご自身は片側顔面痙攣から解放されたけど、
治っていない人、あるいは、進行中の人のことを
気にかけておられるからなのかしら?

あたしだったらどうなんだろう。
そんなことを、ふと思ったりする。

これから先。
術後、1年後。
術後、3年後。
術後、5年後、8年後…

時間が経過しても、
ネットで<片側顔面痙攣>って検索するのかな。
してるのかな。
それほど時間や、月日が流れて行っても、
心のどこかで検索してしまうような何かが、
ずっと残り続けるのかなあ。。。

今はまだ、あたしのこの再手術によって、
ひとまず治まって、消え去った痙攣自体を、
「マジで?」
「マジなのか?」と(苦笑)
完全に受け入れ切れていないから、
先の気持ちのことは、分からない。
ただ、願わくば。
ああそうだ。
あたしって、片側顔面痙攣が有ったんだった。
1度目の手術では悔やみ切れない大失敗!して、
2度目でようやく治して貰ったんだった。
ああもう何年も忘れてたなあ。
って、思ってたい。

入院中、主治医が
「じき、痙攣のあったこと自体、忘れられますよ」
と言ってくれていた。
そうありたい。
そう、願ってる。

今あたしが欲しいものは、
この現状を素直に喜ぶおおらかな気持ちと、
片側顔面痙攣の症状のひとつひとつの、何もかもを
忘れてゆくチカラだ。




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2017-06-22 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 1 :

男と女:脳の違い。

片側顔面痙攣の再手術の病院を決めるとき、
初めての受診で、会った医者が
何だかすごく上から目線なモノ言いで、
やだなと思った。

すごく立派な経歴を持ち、成果もあげている、
そりゃあ立派な医者かもしんないけど。
でも、患者への言い方よ、言い方…と。
結構、正直言うと、悩んだ。

あたしは、このお医者に再手術を委ねるのか。
それとも…?と。

けど。
やっぱり、その病院は各科揃っているし、設備も整っているし、
何より医者たちがなかなかのものだと聞いていた。
だから、そこに入院した。

結果<良>としてなって、良かった。
ほんとに今はホッとしてる(感涙)


で、退院して帰宅後。
ある夜、たまたまテレビを観てたら、
『夫にキレる妻たち』という種の番組があった。
最初は、観るでもなく眺めていたけど、
途中からモニターへ食いつくようにして観た。
そして「納得!」
あたしは、各家庭は悩み持つ夫婦関係について納得、じゃなく、
男女の脳みその違いについてえらく、納得したのだ。

簡単に言うと。
ってうまく言えないけども(苦笑)

1)
妻は夫にいつもイライラしてる。
「悩みを言ってるのに、いつだって無関心!(怒り&嘆き)」
夫はそのイライラの意味が、よく分からない。
「いつも同じこと言ってる。
でも言ってるだけでしょ?
だってもう、自分の中では答えは出てるでしょう?」
だから、わざわざ返事しない。←無関心ではない。

2)
「あのとき、私に酷いことを言った。
(子育てとマイホーム購入のときの、話し合いのときのこと)
態度も、どうでもいい感じの態度だったし、
すごく傷付いた!」と、妻。
もう何十年も前の話だった。
で、夫。
「ぼんやり覚えてるような覚えていないような…
そんなこと言った?」

これらはすべて最新の研究によると、
<男女の脳構造の違い>に所以しているのではと。
そういう番組だったんである。

男の脳みそは感情をつかさどる右脳と、
理論的・論理的に判断する左脳とが、さほど交差しない。
一方、女の脳みそは、右脳と左脳が、多く交差する。
ひらたく言えば、
男性は、だいたいにおいて、感情に左右されないけど、
女性は、だいたいにおいて、感情に左右される。
まあこんな感じ(だったと理解した)

「おぉお!そういうことだったのか!」と、
あたしはひとり、テレビの前で、ユーリイカ!だった。


たとえば今回のあたしの、医者のことだ。

帰宅後、家族のチーム男性に盛大、
医者の上から目線的な物言いがイヤだった、と訴えた。
「名医かもしんないけどさー
なんか、偉そうな感じがしてヤだなあって思った。
もっと悩める患者に寄り添うっていうかさ。
そういうの、あってもいいと思うの」

でもチーム男性の返事は「それって重要?」だった。
「そんなこと、そんなに気になるかあ???
でもさ、名医なんでしょ?
だったら、モノの言い方がどうとかっていう程度で、
その医者を選択肢から除外するのは、ないなー」

そしてこうも言っていた。

「巨大な病院だし、まして評判の医者だから、
年間何百と患者が診察に来るわけじゃん。
こっち側はもちろん、自分だけのことだから必死だけどさ、
医者側にしたら、ワンオブゼムだ。
腕が良いと評判なんだから、その医者でいいじゃん。
言葉の言い方なんか気にする必要ある?」

そして、こう。

「女の人って、今の○○(←あたしのこと)みたいにさ、
あの人の言い方がイヤとか、
あの人の態度がヤだとか、
ちょっと感情的だよね。
男はあんまりそういうの、気にしないと思うけどねえ」

これらの感想は、勤め先の支店長(男性)も
まったく同じことを言ったのだ!
片側顔面痙攣の再手術での入院と、
退院後の自宅療養併せてでの、長期休暇を願い出たとき、
席を立ち際の無駄話で、ちょっと医者選びの相談をしてみた。
そのとき、わが家のチーム男性等と、
同じことを言っていたんである!

女の人って、あの人のモノの言い方がイヤだとか。
感情的なこと言いますよね。
でも、男の人はあんまりそういうの、
気にならないと思うけどなー。
上からモノ言われる感じは、そりゃあイヤだけど、
でもその医者、評判いいんでしょ?
だったら、僕なら除外しないですね。
どうせ手術のときしかもう会わないでしょ?
看護師さんたちの感じが良いとか悪いとかの方が、
術後長くなるし大事な気がするけど。
医者の言い方は、別にそこまで気にならないなー」


だもんで。
テレビを観ながらほんとに、驚いた。

数年前に売れてた本で、地図が読めない女とか、ナントカって。
脳みその構造の男女差を指し示すような、本があった。
とにかく、なんとなくはまあ、
男女差ってあるんだろうなーとは思ってた。
ジェンダー論は別として、物理的にというか、生物学的にというか。
でも今回は、実感として、
実体験として、ものすごくソレを痛感した。

脳みその男女差。

なんか。
貴重な経験した気がする。

あたしが、母を初め、姉や女性の友人にしか
相談したり、愚痴をコボしていたら、
今回の医者に執刀して貰う、という判断まで、
相当煩悶したと思う。
もしかしたら、違う医師を探したかもしれない(マジで)
だって、だいたいの女性が、
「上からってイヤよね…
フィーリングが合わない医者に手術任せるのって、
うーん…」 と、こういう反応だったから。
意見を男女平等に聞いといて、良かったー!(安堵)

これからは、世の男性等の行動が意味不明!だとか、
表現方法がわけわからん!だとかって、
怒り心頭したり、バカにしたり(笑)嘆き悲しんだりする前に、
「あ。ちょっと待てよ。
これ、脳みその違いが影響してるかも?」と思うようにしよう。
と、
思った。
勉強になった(笑)




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ちなみに蛇足。

上からモノ言いの評判医師は、大ボス。
今回の再手術執刀の大半は、この大ボスがして下さった(らしい)
けど、あたしの基本的主治医は、別の医師だった。
言葉は悪いかもしれないけど、大ボスの弟子みたいな(笑)
大ボスは現在絶賛後輩育成中、のようだった。
それは本当に大切で肝心なことだ。
うん。

大ボスとは、外来受診でお会いしたあと、
入院中週に1度、大ボスの”一斉回診”があって、
そのときに2度お目にかかった。
「良かったですね。
すごくきれいに治ったね。
うん。
すごくすっきりしましたね!」と、こぼれるような笑顔で
そう言って下さった。
2回とも、そう言って下さった。
有難くて泣けた(感動)

眼光はやはりいつでも鋭い医師だったけど、
当然だけど、まったく悪い人ではなかった(←へんな言い方だけど)
良かった。
出会えて、良かった。
もう余程のことでもない限り、
お目にかかることは無い。





2017-06-19 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 1 :

少しずつ少しずつ。

片側顔面痙攣の再手術に挑んで、
もうじき1ヶ月が経とうとしてる。

手術をしてから約1ヶ月。
退院してから2週間強。

早いような。
そうでもないような、
不思議な気持ち。

術後すぐに感じていた、
顔の右半分にあった違和感。
たとえて言うと、
サランラップのような、薄い何かが
ほっぺたと口元にくっついているような感じ。
痛くも何ともないけど、何かがぺたっとあるような。
そういうのは、入院中にじょじょに消えて行った。

今残っている顔面麻痺の違和感は、
左右のパワーバランス。
右まぶたの開閉のちからは、若干まだ、弱い。
両目をぎゅっと閉じているつもりだけど、
左目のソレより、ちょっとだけ、力の入り具合が弱い。

ただ。
家族に見ててね、と言って、
そのぎゅっ動作を、至近距離で観察して貰うけど、
家族は「うーん、わからんー」という。
その程度になって来た、のは、確か。

あと、これは自分自身で実感し始めているのには、
口元。
歯みがきで、仕上げの、
水を口にふくんで、くちくちゅくちゅぺっのとき、
そのくちゅくちゅの最中、
右端から、水滴がこぼれていた。
ぽぽぽぽぽぽーと。
水の粒が、数滴軽く飛んでいた。
それが、日を追うごとに、そうならなくなって行った。
それは、もう本当に、
ほんとうに、薄皮をはぐような具合で。
数日間は数十滴の、ぽぽぽぽぽぽーだったのが、
数日後には、十滴くらいになって行き、
数日間かけて、数滴になって行った。
そして、ある朝、くちゅくちゅしていても、
水滴がこぼれなくなっていた。

まだ、微弱な麻痺はあるけど、
それでも、
少しずつ、
治まっていっているんだなあ、と実感している。

病院から、退院後もしばらく飲んで下さい、と
渡されているお薬が1個ある。
(幸いとーっても小さな☆錠剤)
主たる内容は、ビタミンだという。
(ネットで見たけど、ほんと、基本ビタミンだった)
ビタミンで、
自然治癒に添って、
傷付いた血管や神経などの回復を促すのだそう。

朝昼晩。
食後に錠剤1粒。

真面目に、飲んでる。
ものすごく真面目に飲んでる。

飲みながら、お薬の在庫数が減って行ってる。
当然。
でも、その減り具合を見ながら、
あたしの、見えない脳内の血管や神経たちに、
思いを寄せる。

がんばれ、あたしの血管たち。
がんばれ、あたしの神経たち。
傷が穏やかに回復しますように。
がんばれ、あたしの中身たち、 と。

四十路をびゅーんと越えて、
体のいろんなところに、ガタガタビシビシ、が
来始めてるのが、分かる。
最近とみに、そう気づく。
でも、と。
でも、40年間以上も、
よくまああたしの体の全部たち、
よくよくがんばってくれているよなあ!
あたしの知らない、
あたしの思いもよらないところで、
ほんとによくまあ、と。
感心する。
そして、ここへ来て、感謝に変わっていってる。

少しずつ、少しずつ、
いろんなことが、穏やかになって行っていることを
実感しつつあるこの数日。
そして、同時に、
少しずつ、少しずつ、
あたし自身の体に、感謝をするという気持ちが
膨らんでってる。

あたしもがんばってるじゃん。
そう、あたしに言いたい。
ありがとね、と、あたしに、言いたい。

この先、何があっても、あたしの体はこの体だけだ。
がんばれ、あたしの体たち。
と。
感謝しながら、暮らすことにする。

そういうことも、
少しずつ、学んでってるさいちゅう。




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2017-06-17 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

点滴と投薬と。

片側顔面痙攣の手術で、開頭しているから、
少なくとも5日間は、感染予防等の観点により、
1日中、抗生剤投与が続いた。

術後最初は、点滴。
抗生剤以外にも、脳内の腫れを押さえる点滴やら、
水分補給の点滴やら、あれこれ。
たくさんあたしに向かって、管がぶら下がっていた。
それが1本減り、2本減り。
最終的に抗生剤だけが続いた。

でも、食事がくちから3食、きちんと摂れるようになり、
医師より、
点滴から抗生剤の飲み薬に切り替えましょう、と言われ、ヤッタァ☆!
1日3回。
錠剤ひとつ。
楽になるぅ☆!

と。
大喜びしたのも、つかの間。
その錠剤の粒を見て、げげっ。
「…で。。。
でっかい。。。。。(沈黙)」

あたしは、ふだん、
まったくサプリメントなど、飲まないし、
風邪のときに、顆粒の葛根湯を飲むくらい。
と、何が言いたいのか、というと、
つまり、あたしはお薬を飲むということが、苦手。
食物ならバンバン、口に放り込むんだけど、
薬となると、別。
くちも喉も、胃袋もやんわり、拒否(苦笑)
「飲めない」

あんまり上手に飲み込めなくて、
いつもちょっとだけ、困ってしまう。
ただ、最近の薬の幸いは、錠剤だと大概、小粒なこと。
パッと口に入れて、お水でごくっと。
1度で流し込めるサイズの、小粒。

それが。
それが医師の手配で、看護師さんから渡された
抗生剤の錠剤は、見事なまでに時代とかけはなれた大粒
それも結構な巨大さだった。

「の。。。
飲めない。。。(汗)」

いやしかし!
これを飲まずして退院なし!
というか。
これを飲まずにおれば、また点滴になる!

せっかく体に入りっぱなしだった針も抜け、
すかっと清々したところ!
薬飲むくらい、なによ!
と、頑張った。
あたしなりに、頑張った丸1日。
1日3回。朝昼晩、頑張った。

けど、翌朝。
朝食後のお薬のとき、ゲボーっ(←尾篭で失礼)

飲めない飲めない、という思い込みも大きかったと思う。
でも、飲めないと思っているから、
錠剤が喉に詰まるんだもん!(涙)
詰まってるから、お水で流し込まなきゃ!と、
慌てて追加水分補給するも、逆効果。
今度は水芸みたいにどぴゅーっ!ゲボっ。

ベッドシーツを少し汚してしまったので、
申し訳ないけど、看護師さんに連絡。
朝のシーツ交換の係りの方の気配がしてたから、
あたしのも交換して貰いたいのですが、と。

すると、看護師さん。
いつもは笑顔のキュートな職業乙女ちゃん、と思って
見つめていたけど、
その可愛い手には、あの錠剤が!
「もどしちゃった分のお薬です。
ハイ、これ。
もう一度飲んで下さいね☆」

このときはもう、必死に懇願をした。
もどしちゃったけど、水分だけ!
水しか出てません!
固形のものは何も出ていませんでした!
朝食で頂いたお味噌汁のしるだけです!
固形物は出ていません!(ひたすら懇願)

「本当ですかァ?」と看護師さんは、疑いのまなこだった。
本当も本当、本当ですですです!!!
看護師さんはしぶしぶ(苦笑)信用してくれて、
何とか再度の投薬は勘弁して貰った(汗)
※本当に水分だけしか、もどしてませんから!


で。
看護師さんにまず相談。
お薬の粒が大き過ぎて、あたしには飲み込めない。
半分に割って飲んでも良いか。
あるいは、違う錠剤の薬に変更して貰えないか。

看護師さんは迅速に対応してくれて、
薬剤師さんがすぐ来てくれた。
けど、結局は「先生にご相談してからお返事しますね」

結果、半分に割ってくれた錠剤が、昼食後に出た。
けど、それでもじゅうぶんでっかい。
でっかい半分が、4個になっただけとも言えた。
「4回、飲むのか…」
絶望的な気持ちにすら、なった。

で、ものすごく頑張って、
ものすごく精神統一とか、精神集中とかして、飲んだ。
まるで修行。
ヤーッ!と、気持ちが立ち向かえるときまで、
待って飲んだ。
4回。
苦しい時間がものすごく長く過ぎた。。。

で。
もう一度結果、点滴になった。

看護師さんに、薬剤師さんに気にかけて貰い、
「どうしても飲めない」と話したら、
医師にまた迅速に連絡してくれていて、
夕方医師の回診の際、
「夕食後からまた点滴に戻しますか?」と言って貰った。
ので、泣く泣くだけど、点滴へ再度戻して貰った。
医師から「点滴に戻して欲しいという患者さんは
少ないですけどね(苦笑)」と若干笑われちゃった。
けど、飲めないんだもん!(涙)

看護師さんも薬剤師さんも、
その薬はいまどき珍しいくらいに大粒だ、と言っていた。
「確かにねえ。大きいですよねえ」
昔から普及している抗生剤だそうだけど、
最近の薬のように、小粒へと改良はされていないという。

さらに言うと、
あたしが薬品アレルギーがあるから、
その錠剤になっていることも、分かった。
大多数の患者へ一般的に使用されている抗生剤では、
あたしが以前アレルギー(蕁麻疹)が出ていて、
それを避けるために、の、ソレだった。
泣く(涙)

薬剤師さんに質問。
あたしが蕁麻疹が出たのは、もう随分昔の話。
年齢も過ぎたし、体調も変わったかもしれないから、
再度その一般的な薬品を飲んでみる。
そういうことは無理なんでしょうか?
たとえば、鯖寿司なんかで蕁麻疹が出た人でも、
また数年後に食べてみたら平気だった!ということもあるし。

答え。

「一度アレルギーが出た薬品を、
あえて再挑戦するというような、リスキーなことは普通しません。
アレルギーとして、体内で認識されてしまったものは、
おそらく何度飲んでも、
何らかのアレルギー反応は出るかと思います。
確かに年齢や体調により、反応は変わるでしょうが、
やはりそこは、避けて別の手段を考えます」

そうですか。
まあね。
そうですよね。。。

看護師さん。
「言い出すと、アレルギーと断定するのは、
実はとても難しいです。
たとえて言われた、鯖寿司の蕁麻疹反応にしても、
もしかしたら、初めからその鯖が傷んでいたのかもしれない。
食べた方が体調不良だったから、なのかもしれない。
いろいろな事情が重なって出たのかもしれない。
でも、同じ鯖で再度食べ直してみることは不可能ですし、
同じ体調や状況で再挑戦してみることは、出来ません。
なので、一度でもアレルギーが出たものは、
出来るだけ避ける。
これが良いのではないでしょうか」

ごもっともでございます。
はい。。。


1日だけ、点滴の針が抜けて、また針を入れ直して貰った。
そのときの看護師さんの悪口を言うわけじゃないけど、
あんまりうまくなくて、3度、挿すのを失敗された。
お詫びはいっぱい言って貰ったけど、
さすがに4度目をされるときは、悪いけど
はっきり誰か違う人に、と願い出よう、
そう思っていたら、看護師さんみずからが取り止めてくれた。
後から違う看護師さんが来てくれて、
改めて針を差し込んでくれて、
心底ホッとした。

錠剤を飲むことが苦痛で苦痛で、飲み込めない。
点滴はもちろんそりゃあイヤだけど、
投薬なら1日3回。朝昼晩。
点滴は、1日2回。朝10時と夜10時。
パックのサイズも小振りだから、
ゆっくり投与されるものだけど、せいぜい40分。
もう、断然あたしは、こっちだと思った。


オープンスペースで、食事可能なので、
気まぐれにずいぶんそこで、食事をした。
15日間も入院していて、
体調が落ち着いて来て、
オープンなところでに何度か座ってもいたら、
何人かの入院患者さんたちと、顔見知りになる。
朝食なり、夕食なりを、ともにすることも、しばしば。

で、食後のお薬を見るでもなく見ると、
みなさん、ものすごい分量を飲んでらした。
看護師さんたちが手分けをして、
各患者へ完全、確認後の手渡し。
そのとき「これが○○のお薬で、これが○○のお薬」と、
ひとつずつざくっと言いながら、渡してゆく。

たった1粒でわーわー言っているあたし、
情けない(でも飲めない)
相部屋の奥さんが「ぐぐっと飲まれたら平気ですよ」
などとご指導下さる。
「私なんか、ふだん、サプリメント飲んでるんですけど、
1日6粒って言われてるの、いっぺんに全部飲んじゃう。
結構大粒だけど、面倒くさいから6個まとめてますヨ」

横から別の奥さんも。
「私も何個かまとめて飲みますね。
3つか4つは。
何回も分けて飲んだら、
水分だけでお腹膨れちゃうでしょ。それヤなの」

つわものぞろいなのだった。。。


点滴がいい場合と、そうでない場合とあるのだと思う。
相部屋のもうおひとかたは、
ずいぶん体力低下されているご様子のときは、
点滴投与されていたけれど、
少し改善がなされて来たら、
飲み薬で、と切り替えられていた。
うがった見方かもしれないけど、
点滴にすると看護師の負担も増える。
時間管理とか、点滴バッグの入れ替えとかもろもろ。
あたしだって、術後2日間ほどは、
深夜2時ごろ点滴バッグの入れ替えがあった。
でも、飲み薬になれば、その負担は減る。

また、飲む、という行為は生きるチカラだ。
飲み薬は、その活性化にも繋がるだろう。
そして、家族からの要望も、深刻にあった。
患者さんの娘さんが、
自宅に戻ってもお薬なら飲むだけだけど、
点滴から離れられなくなったら、
そのときが大変なことになってしまう。
だから早く、飲み薬になって。
そう、カーテン越しに、おかあさんへ訴えていた。
(聞こえてしまうから、聞いていたけど…
ものすごく切なかった)

点滴か、飲み薬か。
患者の立場は、いつだって悩ましい。
薬の形状ひとつでも、事情が変わって来る。

いろんなことを、考えた日々だった。


点滴の針を挿し損ねられた箇所は、
ずいぶん長い時間、腕に青あざみたいにして、残った。
押すと痛んだ。
でも、勉強になった痛みだと思った。
この痛みは貴重なものだと思い直した。




DSC06109q.jpg


保護シールのせいで、
ハンドクリームもまったく塗れず、
手の甲、しわくちゃ。。。





2017-06-13 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

医師を選ぶということ

これはあたしの
完全な個人的体験談と個人的見解、ということを
まず明確に明記しておく。



痙攣と耳鳴りをともなう、
言葉にならない煩わしさと苦しみを味わって来た、
足かけ9年。
それが、再手術によって、おさらば出来た。

朝、目を開けたとき、天井が揺れないこと。
人と話をするとき、顔が歪まないこと。
ものを食べるとき、目が閉じてしまわないこと。

9年間もあった症状が消えたことに、
あたし自身が、まだ馴染めていない。
不思議で仕方がない。
もっと言えば、不安でもある。
とにかく、何せ9年間も!あったんだから。
そして何せ、悪夢の、
まったく治らなかった1度目手術を体験しているんだから。

この幸福が、ただただ永遠に続きますように。
将来起きる・かもしれないという、
気持ちが凹むだけの、無益な憶測はやめようと思う(←努力は必要)
ただただ今のこの、痙攣と耳鳴りが消滅して、
あたしに平穏な、揺れも歪みもない、平穏な世界が
また戻って来たこと。
それだけを今、心から喜ぼうと思ってる。


今回手に入れることの出来た幸福は、とにかく
<医師を選んだこと>
これに尽きると思う。
<病院を選んだこと>も、勿論同格に大事。


あたしの1度目の大失敗手術は、
”手術中、あたしの首筋から筋肉組織を削ぎ取って、
それを神経と血管の接触部位に挟み込む”というものだった。

当時医者の手術前説明のとき、
「自分の体内物質を挟むから、拒絶反応が出ない。
だから異物を挟むより安全なのです」
そう言った。
あたしは単純だから、そりゃそうだろうなあと思った。
ただ。
同席していた家族がふと、
「そんな厚さで良いんですか?」と聞いた。
すると医者は
「数ミリでも接触部位は離れたら、それでいいのです」
そう答えた。
そしてもうひとつ。
家族が
「肉片ということは、いつか溶けませんか?」
そう質問していた。
ああそうか、とあたし。
ステーキだって焼肉だって、肉。
焼いたり胃の中でだったりで、消化されてゆく。
でも、医者。
「大丈夫です」

ぜんぜん大丈夫じゃなかったじゃん!!!
(激怒)

術後再発どころか、
ハナっから無意味だったんじゃん!!!(激高)

さらには、
神経と血管を激しく癒着させただけに加え、
新たに無念の脳挫傷まで残して!!!


・・・。
と。
思い出すだけで怒りでカラダが震える。。。。。。
でも、もう過去の話過去の話。。。。。。(←気持ちを落ち着かせるための呪文)


今回再手術をするにあたり、
2軒病院を受診し、
トータル4名の脳外科医と面談した。

あたしは、今度こそは治りたい!と切望していたから、
医師には、今までの経緯と症状を知って欲しいと、
覚えている限りを克明に明記した、手紙を書いて持参した。
診察前に、
脳神経外科受付で、あるいは
診察室の前で看護師さんにその旨伝えた。
病院側は、どちらでも快く
「では診察までに、先生に読んでおいて頂けるよう
お預りしておきますね」と、言ってくれた。
事実その通りになっていたから、
あたしの今までと今の事情を、事前理解して貰えた。
(もっと言うと、前回の手術時のデータがあれば
なお良かった、のは当然分かっていたけど、
何せ、前回手術を受けた脳外科が消滅していた!うえ、
その病院側は、何もかものらくらだったから、貰えなかった。
まったくの手抜き病院だ!:怒)

1医師) 「筋肉組織を挟み込む???
      うーん…聞いたことがない方法ですねえ」
2医師) 「筋肉組織を挟み込む。
      昔あったと、どこかで聞いたことがあるような…」
3医師) 「筋肉組織を挟み込む。
      十数年前には、確かに一時期あった方法です。
      でも今もされていることは、私は聞いたことがないです」
4医師) 「筋肉組織を挟み込む??!!
      もうとっくに、再発リスクが高いということが分かっているから、
      まともな脳外科医なら、
      誰もいまどきそんな施術やりませんよ!」


かつて過去になされていた、
再発リスクが激高い施術法を、同じ脳外科医でも
〝よくよく知っている医師〟と〝まったく知らない医師〟がいたこと。
これは今回、学べた本当に良きことだったと思う。
知らない医師に再手術をして貰うより、
知っている医師にして貰いたい。
そう思った。
あたしの、せっかくまたあの激痛と苦しい、
頭蓋骨に穴を開けて、実際の今の脳内を見て貰うとき、
前回の施術法を知っている医師の方が断然イイに決まってる。
「ああコレだね、ココだね、やっぱり筋肉組織が癒着してるね」と、
分かってくれる医師が、イイに断固、決まってる。

やはり。
やはりやはりやはり。
日々の努力と勉強。
刻々と移り変わってゆく現状の把握。
そして、過去の、研究。
これらをたゆまなくしてくれている、であろう、医師。
お医者のことは、素人のあたしには分からない。
だから、想像しかないけど、でも、そう思わせてくれる医師。
そういう医師に、出会いたい。


あたしが今回、再手術を決めた医師(及び病院)では、
持っている見解として、こうだった。

≪片側顔面痙攣の手術において、
クッションや綿などを挟み込んで置いて来る、という方法はしない。
将来的に、再発するリスクが高いと判断しているから。
どうあってもという場合にのみ、一部使用することもゼロではない。
が、極力避けたい。
もし、クッションや綿を挟むことがあるとしても、1割以下。
当医院では、
神経と血管が接触している部位を探し、
血管を移動させ、引き離したのち、安全な場所に固定する。
その固定時に、人工のり・あるいは人工接着剤を用いて来る。
この方法の方が、再発するリスクは低いと判断している≫


再手術を決意して、受診をした2軒とも、
医師からの、この説明はほぼ同じだった。
ついでになるけど、検索魔王と化して
ネット検索をしていてときに見た(読んだ)
高名な脳外科医の意見も、これとほぼ同意するものだった。
だから、
今の、施術でベストと思われる見解は、こうみたいなのだと、
あたしは理解&認識してる。
もちろん。
クッションや綿を挟んだ人が、全員再発する分けではないと思う。
抜群の効果でもって、痙攣が消滅し、
永続的にそれを保持出来る人も、たくさんいると思う。
でも、現時点において、あたしもベストだと信じた方法で
再手術したいと、思った。
この先は、また違う方式がベスト、になるかもしれない。
けど、それはまた別の、話だ。
あたしの今の話じゃあ、ない。


片側顔面痙攣で、開頭手術を考えるとき、
決断するときは、本当にいろんなことを
自らも研究してから向かうのがいいと思う。

質問すること。
分からないことは説明して貰うこと。
ちゃんとした医師なら、ちゃんと聞いてくれるし、
ちゃんと話をしてくれる。
メリットとデメリットについてや、
リスクの有る無しなど、ちゃんと話してくれるはず。
だから、こちら側もしっかり研究して向かうこと。
これが、手術の成功への秘訣だと思う。
と同時に、結果がどうあれ、
自分自身が選んだ道だと、納得出来ること。
納得出来る。
医師に対しても、病院に対しても納得する。
もしかすると、これこそが一番の大事かも、しれない。

1度目のときのあたしは、それが欠けてたと猛省してる。
あたしみたいなことに、もう
どなたもなられないように、と、切に祈る。
良い医者は必ず、いる。
必ず☆!



この広大に広がる大ビル群の中で、
この片側顔面痙攣に悩んでいる人は、
おそらくほんの数名だけなんだ。
そう思うと、本当に無意味に、ぼーっとなった。
この”感じ”は、一生忘れない気がする。




DSC06092mm (1)





2017-06-11 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

母に、感謝する。

2度目の、
今回の片側顔面痙攣での再手術入院は、
ひとりで、した。
2週間分程度の荷物を、バッグに入れて、
ひとりで、向かった。
(ちなみに、退院もひとりで済ませた)

この症状の幸いなことをあげるとすれば、
生命に危険をおよぼす病ではないということ。
だから、家族に付き添って貰わないと、どうにも、
ということがない。
だから、ひとりで、向かった。


手術する日まで、2日間。
事前検査入院をした。

体重測定や採血。
再度のCT撮影があったり、麻酔科の医師との面談があったり。
術後すぐに入室する、集中治療室への案内があったり。
もちろん、執刀医との面談もあったり。
(手術について、再度の、いっそう詳細説明があった。
画像を用いて、1時間近くは話をしてくれた)

看護師から呼び出されることに、
確定した時間がないから、部屋で真面目に待機していた。

病院内にある簡易スタンドや、コンビニなんぞで、
ジュースでも買って来て、飲んでてもいっこうに構わないけど、
浮かれた気持ちがまったくないから(あたりまえ)
慣れない病室でも、じっとしていられた。

家族が。
特に、母が、ずいぶん気にしているだろうな。。。
入院した部屋から、窓の外を眺めながら、
しょっちゅう、そう思って過ごした。


今回入院した先は、家からほど遠い場所にあった。

大失敗をした地元の、家からごく近くにあった病院は、
ハナッから眼中に無かった。
近県にある巨大な病院を、選んだ。
もうじゅうぶん高齢者になっている親には、
あたしのことで面倒をかけたくない。
そう本当に強く、そう、思って決意をして、
この遠方の病院を選んだ。

けど。

母は、
自分の都合の許す限り、見舞いに来てくれた。
大丈夫だからもういいよ、ほんとよ、と言っても、
母はにこにこしながら、
家にいても心配だから、と言って、来てくれた。
顔を見ているだけでほっとするから、と来てくれた。

あたしが入院していた時期は、
季節はずれに異常な暑さで、
具合はどう、来たよ、と、
微笑みながら病室に現れる母のほっぺたは、
いつだって、真っ赤だった。
面目なくて、心底、切なかった。


何にもない田舎からバスにゆられ、
人でぎゅうぎゅう詰めの電車に乗りかえて。
母は腰が悪いのだけど、車内は混雑しかないから
きっとずっと、座れずにいたと思う。
それでも。
大都会の大きな雑踏にまぎれて、
母はあたしに会いに来てくれていた。
人ごみが苦手で、信じられないほど方向音痴で、
地図を書いて渡しても、
それを玄関に忘れて出たりする、母。


白い日傘をさし、
おでこの汗をぬぐいぬぐいながら、
1度では渡り切れないような、巨大な交差点を
急ぎ足で歩いている母の姿を、思いながら、泣いた。
母に、大都会の誰も、肩や背中にあたりませんように。
母が、信号がかわると慌てて、転んだりしませんように。

申し訳なさと、有難さに、泣いた。


母へのこの感謝の思いは、一生続く。
ずっと、あたしは、持ち続けてゆく。


病院の部屋からの眺め。
街の明かりは一晩中だって、消えなかった。
大都会のこの景色は、
あたしをずっと、感傷的にさせた。




DSC06092mm (2)


余談。

父も見舞いに何度か来てくれたけど、
「おれが行っても用がないよなあ~」ということと、
リタイア後から始めた、無農薬自家農園での
野菜栽培と、
同じくリタイア後から頼まれまくっている、
自治会やらなんとか後援会やらの役員業務に、
日々勤しみ倒している、父。

父のこののんきさが、
また、あたしにとって、良かった。
これも、また、ある意味、感謝。





2017-06-09 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

再手術で学んだことなど。

片側顔面痙攣の再手術をした。

このことの私・日記的なものを文字にしよう。
と、思っているけど、
まずは、と。
まずは、今回の再手術で
あたしが知ったことを、覚えている間にまとめようと思う。

尚、これらの内容は、
あたしを執刀してくれた医師による見解であることと、
あたし個人的見解であることを、ここに明記しておく。



今回の再手術で、
あたしが一番〝納得〟というか〝驚愕〟したこと。
それはズバリ。
この憎たらしい片側顔面痙攣を、
<発症しやすい人>という原因が、
最近少しずつ明らかになって来ている、ということだった。

片側顔面痙攣の症状を発症した患者の、
頭部を研究している医師によると、
頭蓋骨の下方のとある骨の大きさが、
発症していない人と比べると小さいのだという。

骨の部位名は失念してしまったが、
分かりやすくいうと、首の真上あたり。
医師はもっと簡易に「頭蓋骨の受け皿みたいな場所」と言っていた。
世に言う、頭の形が絶壁、というものとはぜんぜん異なる。

「それは単に後頭部がぺったんこに見えるというだけ。
片側顔面痙攣を発症しやすいのではないか、という患者さんの
頭の形は、それとは違います。
頭蓋骨の受け皿のような部位が、普通より小さい、というか、狭い。
これが最近の研究している医師より、指摘され始めています」

なんか。。。
絶句してしまった。

本当に自分ではどうにも出来ない、
持って生まれた<さだめ>だったんだな。
そう、改めて強く、思い知った。

「例えとしてどうかなーとも思いますが」と、執刀医。

「例えばね。
同じ3LDKの間取りでも、すごく広いなあと感じる間取りと、
設計によって、
何だかギュウギュウしてて狭いなあって間取り、あるでしょう?
その狭い間取りに、物を入れたらますますギュウギュウするでしょう?
狭いなあというところに、ギュウギュウ詰めだから、
物同士が、つい接触してしまう。
そういう感じ、とでもいいますか」

「さらには、
もともとから、血管と様々な神経との間が狭い方とか、
隙間というか、
フィールドがもともとから狭い患者さんとか、おられます。
なので、
開頭して実際頭の中を見て、
どうにも完全に引き離せない、という方も、
残念ですが、おられるのが現実です」

なるほど。。。
先生。
イメージとして本当によく理解出来ました、と。
そしてこれは、イメージだけではない。
現実なのだろう。
たぶん、あたしのその頭蓋骨の部位は、
家族の誰よりも、
片側顔面痙攣を発症していない大半の
世の中の人々よりも、
たぶん、小さいサイズなんだろう。
こればかりはもう、逃れようのない現実なんだろう。

医師は『だから』という接続詞は使わなかったけれど、
「片側顔面痙攣を1度発症した方が、再発、ということは、
なぜか不思議に、おうおうにして、あるのです」と言った。
先生。
不思議でも何んでもないですよね。
頭蓋骨のとある部位が、だって、小さいんだもの。
そもそもの発症のリスク自体が、高いんだもの。。。

恐ろしいことを、考える。
だったら、左側も…???
この先将来において、あたしの左側も発症するかも???

・・・。

こんな負のイメージは、持たないで、おこう。
今はただ、冷静に、この今を受け止めるように、する。

それから。
シンプルにそう言って来ていた片側顔面痙攣の【再発】
あたしの場合、1度目の大失敗の手術後、
たちまちに【再発】していた、と言って来たけど、
医師によると、正しくは≪未治癒≫というのだと。
あたしの場合、手術によっての処置が未処置だった。
なので、治っていないから≪未治癒≫
なるほど。
とっても、納得。
だから。
≪未治癒≫なのだから【再発】とは言わない。
とにかく、1度目の手術ではあたしは≪未治癒≫なのだった。

【再発】の定義も難しいと、知った。

医師は「1年程経て、処置を施した箇所が
また何らかの事情で接触してしまっていたなら、
再発と呼べるかもしれません。
が、
その箇所はきちんと処置がなされた状態で、
また痙攣が起きたとしますと、
考えられることは、
他の違う血管等が触れて、症状が出ている。
こういう事情が一番、考えられる事態です。
なので、正確に言うなら、それは【再発】ではないのです」

なるほど。
これも、ものすごく、納得。
【再発】の中身も、深い。

では、先生質問です。
処置をきちんと施した部位がまた
神経と触れてしまった、と分かったとします。
これはどうして、そうなったのでしょうか。

医師・談。

「顔面神経等から引き離した原因血管が、
一般的な血管の太さよりも、太い方っているんです。
のびのびしていた元の場所から、
ぎゅーっと無理矢理引き離したものだから、
元の場所へ戻ろうとするチカラも、そういう血管は、強いのです」

先生。
もう、いちいち、納得です。。。
つまりはもうとにもかくにも、
自分ではどうにも出来ない世界の話だという、こと。


ただ、幸いなことというか。
医師から、聞いた幸いだと思ったことには。
あたしの血管の太さは「いたって普通です」で、
あたしの脳内のフィールドの広さも
「素直な広さがあって、処置しやすい脳内であった、と言えます」
そして、こうも。
「見れば分かる典型的な片側顔面痙攣の、状態というものでした」と。

だから、あたしの不幸はやっぱり、
1度目の病院と医者選びでの大失敗、ということだった。
最初から、この病院で、この医師団で手術をして貰っていたら、
こんな辛く苦しい年月を過ごさずに済んだんだ!!!(怒号)

1度目の執刀医は、手術後の説明で、
あたしにも、家族にもこう言っていた。
「顔面神経に原因血管がらせん状に絡まっていて、
大変込み入った状態でした。
引き離す処置も、絡んでいた分、狭く大変難しいものでした」と。

このことは、家族もよくよく記憶していたので、
今回の執刀医にも、苦情を陳情するような思いで、伝えた。
あたしと家族の持つ、どこにもやり場のないいわば、恨み節だった。
だって、あまりにも何もかも、説明が真逆過ぎるんだもの!!!(呆然)

今回の医師はたいへん立派でスマートな医者だったから、
そういう恨み話には、乗ってくれなかった(当然?)
ただただ穏やかに、
前回の手術のことは、他医院でのことであることと、
その手術に立ち会っていないから、何とも言えない。
そう、繰り返していた。
ごめんなさいね、先生。
ちょっと、言いたかったの。
割り切ることの出来ない、忘れ切れない、愚痴たちなのよ。。。
(もう何度言っても、しょうがないことなんだけど…嗚呼・切ない…)


「この片側顔面痙攣は、子どもさんは発症しないのです」と医師。
やはり、動脈硬化が大きく機縁しているらしかった。

加齢は逆らえない。
いや。
加齢逆らえないし、
あたしの受け皿的部位の頭蓋骨のサイズも、逆らうことが出来ない。
1万人に1人、いるかどうかの、この片側顔面痙攣。
その発症は、あたしそのものだったんだな。
そう、思う。
そう、改めて、深く、知った。



再手術の入院のことは、
追って日記的に書いてゆくつもり。
と。
何度もこう言っているけど、
作業をし始めてみて、分かった。
気持ちがまだ少し、落ち着いていないから、
克明に思い出すことが、ちょっと、息苦しい。

煩わしかったこのあしかけ9年間と、
再手術までの3年半程の、煩悶と苦悶が、まだ息苦しい。
ゆるゆると呼吸が出来るように、きっと、なるはず。
そういうときが来たら、しゅるっと、書く。
全部、あたしの身の上に起きた、全部を、書く。
そんな感じで、ゆこうと思う。

あたしの今回の執刀医は、
個人的な手応えだけれども、と言っていたのが、
「この片側顔面痙攣を最初に発症してから、7年。
この辺りが、順調に治すことが可能な年月、という気がしています」と言っていた。

「長年に渡って、雨水だのに、
1滴ずつでも、地面に落ちていると、大きく深く穴が掘れるでしょう。
血管もそれと同じなのです。
長くずっと当たり合っていると、深く傷付け合いもするし、
深く凹みなども生じます。
だから、7年以内くらいが、手術の決意は重要かもしれない。
そう思っています」

あたしの、幸いは、まだあるとしたら、これもそうだと思う。
最初の発症から9年間、経ってしまっているけど、
医師は「間に合いました」と言ってくれた。
「ずいぶん悩まれたと思いますが、
思い切られて、良い決断だったと思います」と言ってくれた。

先生と出会えたことも、あたしの、幸い。


前回の大失敗手術の施術では、
あたしの首筋の筋肉組織を、問題部位に挟みこんで来た。
そのせいで、今回の再手術は長引いた。
そのせいで、血管と神経がべっとり激しい癒着を起こしていて、
それを切り離す緻密な作業をして貰わねばならなかった。
そのせいで、1度目だったなら無用であったはずの、
顔面神経にも多大な傷がついてしまい、
あたしは術後、若干の、顔面麻痺が出ている。
(脳挫傷まである!もーああ恨みは募る!!!)
麻痺としては、たいへん軽度らしいけど。

状態は、右目まぶたの開閉が、左に比べて弱いこと。
右側の口元の締りが、左に比べて弱いこと。
つまり、右側顔面の筋力が弱い。
そういう状態になっている。
(だからか、視界の見え方もちょっとだけ、違和感がある)

口角が上がりにくい。
歯磨きすると、右側から数滴、水滴が落ちちゃう。
お風呂でシャンプーするときに、
右目を注意していないと、ごく微量に水が入ってしまう。
こんな具合。

ただ、これらは、まったくもって、医師らは気にしなかった。
「想定内です」と、まったく。
むしろ「正直に言うと、
癒着が酷かったので、傷も付いているから、
術後の麻痺は、もっともっと深刻に出るかもと思っていました」と。
あたしより以上に酷い麻痺が出る人は、
ときにまぶたが下りない、開いたままになるらしかった。
それでも、ときが経てば、大概の人は治るらしい。
「治る速度は人それぞれです。
3ヶ月かかる人もいれば、4ヶ月かかる人も。
でも、神経の傷が治まっていけば、終息すると思いますから」

落ち着いてゆきましょう。
焦らずにゆきましょう。


今回、再手術をして、
あの憎い憎い、ただただ憎悪しかない痙攣が、治まった。
四六時中鳴っていた耳鳴りも、治まった。
幸運なことに、今のところ。
今のところ、と言ってしまうのが、9年間の苦しみゆえ(苦笑)
軽度に残されたこの顔面麻痺は、
あれらの辛さに比べりゃそんなもの!、という感じ。
微妙に怖くはあるけれど(←弱虫だもんで)
でも、医師等を信じて!☆


入院中、
抗生剤の投薬(錠剤)に点滴から切り替わったとき、
胃腸の不調にたちまち悩んだ。
(泣く泣く点滴に戻して貰った:涙)
そのとき、内臓はぐるんぐるんしているのに、
「ああチョコレートパフェが食べたいなあ」
そう思っていた。

自宅療養中の今、
歩いていける近所に、洒落たカフェなんか1軒もないから、
古く、ひなびた喫茶店へ行った。
初めて入ったその店で有った、
バナナサンデーなるものを注文した。
生クリームは偽物のホイップで、ちっとも美味しくはなかった。
けど、別の意味で、美味しかった。
15日間の切ない入院中で、食べたかったものだったから。

入院中の自分自身を思い出しながら、食べた。
美味しくない・美味しかった。




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2017-06-06 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :

退院しました☆

退院しました


片側顔面痙攣での、再手術入院期間15日間。
長かった。
でも。
そうでもなかったような。

これはあたしの、
完全なる個人的体験と
個人的見解と
個人的感想
 なので、
誰にでも等しくこう、とは言えないし言わない。
けれど、
あたしに起きた事実と現実は、本物で、真実。

今回の再手術で、
あたしは、術後、ばちっと
痙攣も耳鳴りも、治まっている。
あれほど煩わしかった、右顔面の痙攣。
ぎゅうぎゅう、右目と口元が四六時中引き攣れていた、痙攣と、
まばたきをするたびに、あたしの耳の奥で鳴って、
鳴り止むことがほぼ無かった、耳鳴り。
これらは、ばちっと、消滅している。

歪んで見えない世界。
ざざざと、無意味な音を立てない世界。
今回の再手術で、
執刀医らに、取り戻して貰った。
あたしのもとへ、取り返して貰った。

正直、今はまだ半信半疑で、怯えているところ。
これは本当の世界の話なんだよね?と。

でも本当なんだよな、と分かることも、同時にある。
大きな傷口がピシッとときどき、痛みが走ること。
そして、前回の大失敗手術の悪・痕跡として、
〝脳挫傷〟があるということが、発覚したこと。
※(これは今後大きくもならないければ、消えもしない。
  悪影響も幸い起こさないエリアに生じていたらしい)
前回の大失敗手術のせいで、
顔面神経と、聴覚神経に、原因血管が
大変酷く”癒着”を起こしていて、
それらを引き離す際、それぞれが傷ついたせいで、
今、ごく軽度の顔面麻痺が、若干出ていること。
※(これは時間をかけてゆっくり沈静化するらしい。
  医師らにとっては、完全に想定内のもので、
  何にも気にならないらしかった。医師っていろんな意味ですごいタフ!)

勤め先には長期休暇を申請している。
時間はある。
この今回の手術について、思い返す、という言葉はまだ早い。
けれど、
忘れないように、
忘れないうちに、
記録のように残しておきたい、という気持ちがある。

どんどん書いてゆくつもり。
個人的見解・感想・体験だけど、嘘は無い。



入院した日も、晴天。
退院した日も、晴天だった。

歪んで見えない花を見るのは、9年振りだと思う。

1度目の手術をしたのは、2013年10月。
再発に悩み始めたのは、実は術後数日後。
重篤な再発を実感したのは、2014年1月。
そして、再手術を決意したのが、2017年の年明け。
今度こそ完治!を目指し、
病院探しを始め、決め、再手術に挑んだ。
それが、この5月。

へっぽこのヨレヨレなあたしだけど、
それでも人生はある。
あたしなりの世界が、また戻って来た。

歪まない花を見て、
しみじみして、少し、涙が出た。





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ご声援をお寄せ下さった皆様。
本当にどうも有り難うございました!☆


再手術にご興味のお有りな方々に、
私の体験が何かほんの少しでも
お役に立てばいいなあと思います。
ご質問なども、もし頂きましたら、
私なりの個人的感想で良ければ、お答えしたいと思います。


本当にどうも有り難うございました!





2017-06-01 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 15 :
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Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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