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弱腰になる気持ち(再手術への道)

片側顔面痙攣の、開頭手術を、再度受ける。

こう、うっすら決意したのは、ほんの数日前。

時間を作って、パソコンへ向かい、
ネット検索をして、病院をリサーチ開始。
でも。
早くも気持ちは、揺れ動いてる。
いや。
手術をしない、したくないやっぱり、という、
そういうことでの揺れている、ではない。
病院を<選択する>という行為に、
心がザワついてしょうがないのだ。

あたしが前回(と言ってしまおう)の病院を決めたときは、
当然ながら「この病院で、この医師で間違いない」
そう、感じたから、選んだ。
このお医者様に完治してもらうのだ。
根治して貰うのだー

そう思っていたから、
全身麻酔で、頭蓋骨に穴を開ける手術といわれても、
ちっとも怖くなかった。
本当に、怖くなかった。
むしろ、この痙攣とおさらばだあ!☆と、
手術の前日でも、当日でも何でももう、胸が躍るほどだった。

でも、治らなかった。
この残念無念感は、恐ろしい。
今からの、再出発を挑もうと思う気持ちに、影を落とす。
「また手術しても、治らないかもしンないんだよなあ…」
そう思い始めたら、キーボードを打つ手が遅くなる。
じょじょに「どうでもいいや…」の気持ちが、むくむくむく。。。
と同時に、ああこれではいけない!という思いも、沸き立つ。

なんだか、しんどい。

弱腰になっている、と思う。
すごく、弱腰になってる。
いきおいがない。
前回のような、どんどん行く気構えが、薄い。
ガッツがない。
意気込みが、浮かんでは、すぐ消えてゆく。


ネット検索を、近県にも広げてみると、
<素晴らしい実績>そうな、大病院がいくつもヒットしてくる。
そうして、気になった病院のホームページを、覗いて見る。

どれもこれも、大都市の大病院なだけあって、
【紹介状】必須、と画面にでっかく表示されている。
現時点で気になる、上位の1位2位病院へ、
のっそり電話で問い合わせをしてみたけれど、
1位の病院は、電話口でケンモホロロ。
他県からなのですが、そちらを受診させて頂きたく。
ついては【紹介状】がなければ無理か。
そう恐る恐る尋ねると、バッサリ。
「無理ですね」
取り付く島もなかった。
ほんとに、ガッサーッとバッサリで、電話もガチャン。

2位のところは、良かった。
【紹介状】無しの場合での、受診手続きを説明してくれた。
そのうえ、電話を切るとき
「お大事になさって下さい」そう言ってくれた。
泣きそうになった(涙)
これだけで、もう感激してしまって、
行ったことも見たことも無い病院なのに、
ここにしようかと思ってしまったほど(苦笑泣)
心が弱っているときって、本当に
ひとからの言葉ひとつで、どうにでもなっちゃうよなあ。。。

近県の大病院たちは、
口コミで見ずとも、そりゃそうでしょうなあと思う。
「診察待ち時間が、ハンパなく長時間」
「初診まで、予約2ヶ月待った」
「検査も説明も流れ作業に感じた」
「診察後、質問があっても担当医に直接質問出来ない」etcetc…

そういう大病院を、何軒か受診に回るのか…
そう思うだけで、気が滅入る。
いや、滅入っていてはいかん、いかん!
なにせ再手術。
これで完全に、痙攣と離別した人生を送りたいのだ。
送らせて貰いたいのだ!
そういうお医者にめぐり会いたいのだ!!!
だから、くじけていけたらいかんのだ!
なまくらなことではいかんのだ!
中途半端だと、あとで後悔するに決まってるのだ!

でも。
でもね、と。
でもね。
もうあたしは、じゅうぶん、
この片側顔面痙攣の煩わしさに悩まされ、
再発の憂き目に落ち込んで来た。
だから、こういう浮き沈みの気持ちになったって、いいのだ。
それは当たり前なのだ。
と、思う。
そう、思う。
だから、気が向いたときに、前に進もうと思う。
ただし、親が高齢化しているから、
大きな心配や過度な負担をかけないようにするためには、
ちょっとだけ、急ぐ。
時間は、巻き戻せないから。
程よく気落ちしながら、
程よく気持ちを前に押しやって、進もうと思う。

ちょっと今日は、ブレイク。
また近いうち、これを、
この現状を、ブレイクスルーしたいな。

再手術への道のりは、急がば回れ。
と、つぶやいてみる。
それがたとえ嘘でも。



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2017-01-30 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 1 :

片側顔面痙攣:再手術への道・1

片側顔面痙攣の開頭手術をしたのが、
2013年10月。

痙攣再発を痛烈に実感したのが、
2015年1月。

そして。
片側顔面痙攣の<再手術>を、前向きに考え始めている。
これが今。
2017年1月。
今。


母と、遠方へ外出してたときのこと。
それは、電車に乗って、走行中揺られながら
おしゃべりをしていたときのことだった。
母が、ふっと。
静かに言って来た。
「右目。
つらいの…?」と。

ああ。
ああついにのんきな母親が、口にしたなあ。。。
そう、思った。
なんというか。
何かこう”観念した”気持ち、とでもいうか(苦笑)

「右目、辛いの…?
何度も瞬きしてるし。
また酷く痙攣が出てるの…?」

そうなのよ、母。
そうなの。
緊張しているつもりはないけど、
やはり母とおしゃべりをするときにも、
「痙攣がバレちゃうかな」と、気にしながら話していた。
痙攣が強く出るときには、痙攣のある右側の
顔の角度を変えて話したり、
大きな笑顔にして目を閉じ気味にしてみたり。
母の指摘が指摘をして来た、瞬きをしてみたり。
相手に顔面痙攣が少しでもバレないように、
私なりに創意工夫(苦笑)しているんだけど。
たぶん、相手は分かってるんだなあ、と思った。
≪この人、右目、すごくピクピクしてるなあ≫と。

そのピクピクの原因は、
おそらく多くの人は、眼精疲労なんだろうなと、
思っているに違いない。
あるいは、極度の寝不足とか。
とにかく、疲労から来るピクピクだろうと。
自分にも割とよくある、の”あるある”で。

母は「つらいの?」とまた言うので、
私は「つらいよ」と答えた。

つらいよ。
ものすごくつらいよ。
痙攣してぎゅうぎゅう右目が引きつるのは、
本当につらいよ。
ものすごく煩わしいし、鬱々とするよ。
気が滅入るし、どうしようもなくヤだよ。

そこまで、気持ちの全部は、もちろん
母には吐露しなかった。
けれど、母には正直に「そりゃあつらいよ」と、言った。

乗車している電車はどの車両も、ずいぶん込んでいた。
でもこの電車に乗っている人の中で、
片側顔面痙攣の症状を持つ人は、たぶん、私だけだと思った。
東京ドーム収容人数がいっぱいになったら55000人。
それでも5人、いるかいないかの、この症状。
たぶん、どこにも、そうは、いないよ。

「手術までしたのにね…」と母が残念そうにつぶやいて、
そしてこうつけた。
「申し訳ない」

母に、これを言われることが、私は一番、つらい。
症状をつらいと思う以上に、つらくて、切ない。
母は、なんにも悪くない。
これは、私の持って生まれた運命なだけだ。

「再手術は、怖いわよね」と、母が言った。
ううん。
ううん、怖くはないの。
私は母に、話した。

開頭手術の、再手術自体は何の恐怖もないの。
もちろんあの壮絶な術後の苦しみは、イヤだけど、
でも、それが怖いとは違うの。
私が恐れているのは、
再手術をして、また痙攣がまた再発したらって思うこと。
再手術をしたのに、またもやまたまたまたもや、の
痙攣が再発がしたら。
そう思うときの、その絶望感が、恐ろしくてたまらないの。
また手術までしたのに、
また前とおんなじ。
だったらしなきゃよかった。
これが、最大に怖くて怖くてたまらないことなのよ。


でも。
母が、ぽつっとこう言ったとき、
私の気持ちに、小さな明かりが灯った気がした。

「でも、あなたはまだ若いのよ。
じゅうぶん、まだ若くて、
まだこの先、じゅうぶん人生もまだあるのよ。
このつらいまんまで?」

つらいまんまで<いいの?>とまでは、
母は言わなかった。
でも、私にはこの、つらいまんまで<いいのか?>と、
聞かれていると、感じた。

<このままでいいの?>
いや。
いや、よくない。
ちっとも、よくない。
いいわけがない。
でも四十路もばーんともう越えてるし。
もしも私が20代とかの若さだったなら、惜しい。
30代だって、もちろん惜しい。
でもまって。
40代だって、
50代だって、まだこの先の人生はまだ、あるはず。
私の寿命がどれまでかなんて、もちろん分かるわきゃないけども。
でも、まだ今ならまだあると思う。
いつかは、死ぬ。
いつかは死ぬけど、それまで、
死ぬまでの年月、このままでいいの?
いや、イイ訳ないと、思ってる。
てか、
母にそう言われて、
イイ訳ないよなあって、思った。

こうパソコンに文字を打ち込みながら、
右目がぎゅうぎゅうしている。
こんにゃろめ!
勝手に痙攣しやがって!(怒)
許可なく痙攣すんな!(憤)


再手術を、いつか、しようと思う。

決めた。
しようと思う。

病院探しをしようと思う。
同じ病院ではもうやらない。
これだけは確定してる。
執刀医に悪口はないけど、治して貰えなかったという
無念さの感情が、再受診の邪魔をする。
それに、当時「再発したとしても、再手術は難しい」
というような、消極的なことを言っていたし。
そこでの再手術に挑む気持ちは生じない。

病院探し。
再手術だから、ある意味、執刀医の言うことは正しいだろうと思う。
再手術を積極的に引き受けてくれる医者は、
そう多くいないと思う。
それでも、探してみようと決めた。
決めたんである。
探してみる。
どうやって???
まずはこの時勢だから、ネット検索から始めてみる。
前回のときももちろん、始まりはそこからだった。
ただその前に、実家からそう遠くないこと、を重要視していた。
高齢になって来ている両親が、
きっと毎日見舞いに来てくれるはず。
だから、少しでも負担をかけないようにと。
出来るだけ近く、交通の便の良い病院を、と思って探した。

でも、今回。
2度目は違うようにする。
一人で入院を頑張る。
近県も視野に入れる。
ただし、たくさん病院のある大都心・東京までは行かない。
術後気がかりなことが起きても、相談したいことが発生しても、
やすやすとは、私の地方から、東京までは出かけられないから。
だから、近県。
電車で1時間以内程度の近県なら、
勤めを休んで午前中受診も行ける。
ゴッドハンド的なことを言われているお医者も、気に留めない。
これを言い出すと、まあどの病院で
どの脳神経外科医でも、同じなんだけど。
<運命>

父の知り合いで2人。
足が悪くなって、となりの県にいる名医に、かかった。
足の手術ならあの先生。
そう大評判のゴッドハンドな、お医者。
たっての希望で手術を依頼し、何ヶ月間にも及んで順番待ちもした。
結果、2人とも、症状が変わらなかったという。
再診したら、その名医医者に、
「あなたには、痛みに耐える辛抱が足らないのです」と一蹴されたという。
気持ちの問題かよ、おい、という。
でも、名医と選んで行ったのは、自分たちだから。
治る患者はたくさんいるのだから。
だから<運命>
大きな、大きな、
どうしようも自分では出来ない、大きなもの。
持って生まれた<運命>
変えようも出来ない。
陳腐な小説や、軽々しい啓蒙作家は
しょっちゅう言うけど。
「運命は努力で、自分しだいで変えられる」
変えられるかバカもん。
仕事先のことや恋や結婚のことなんかで、
もうなんかと言う、言っちゃう、
仕事や恋愛のことなんかで、いちいち<運命>運命いうな。
大袈裟に、そして、簡単にそう<運命>を使うな。
自分で選んで、変えられることに<運命>を使うな。
自分ではどうにも出来ない、
自分ではどうすることも出来ない、
どう頑張っても、どう抗おうにも何も手立てがない。
本当に自分の意思ではどうにも出来ないことのときにのみ、使え。


「頭蓋骨に穴、開ける人なんて、そういないよねえ」と私が言うと、
母は大笑いした。
笑ってくれるとうれしい。
「それが2度も、頭蓋骨に穴開けるなんてさ。
もっともっといないよね」

2度、頭蓋骨に穴を開ける<運命>が私の運命なら。
受けてやろうじゃあないの。
と。
へっぴり腰で、ちょっと、そう思った。
弱腰で、ちょっと、そう思い始めたところ。
だから『再手術への道』
道のりの入り口に立ったばっかり、のところ。
道がいくつも見える、ような気がしてるところ。
さて、どうするか。
幸いなことには、この片側顔面痙攣では、
命までは死神にも必要としない症状だから、
たちまちにどうこう!ではない。
それが幸いなことだと思う。

病院探し。
医師との相性検討。
手術入院の日程調整。
会社上司への相談。
店長へも職場を休職する相談。
家族への報告。
愛犬への、報告(これが最大に悲しい…)

ロード・トゥ・片側顔面痙攣・再手術

私の人生は、
たぶんまだちょっぴり、続いてゆくと思うから。



近所に咲いていた、たぶん蠟梅。
きれいだと眺める右目が、
いつか痙攣のない目であるようにと、願う。



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2017-01-27 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 1 :

季節で治るという妄想。

勤め先の、若い女子同僚ちゃんが、
「あかぎれになって。
痛くて痛くて」と言った。

ほら、と両手を見せて来たので、見ると、
なるほど、可愛らしい指先が、
どの指も、ギスギスと、赤く切れに切れていた。

「寒い時期は、もう必ずこうなるんです。
春が来て、暖かくなったら、治るんですけどねえ」
血行が良くなると、ずんずん治って行くらしい。

いいな。
そういう<治る時期>というものがあって。
必ず、みたいにあかぎれにはなるけれど、
それは寒い時期限定。
年間を通じて<治る時期>は必ず来るんだ。
いいなあ。
なんていうことを、いちいち、そう、思ったりする。
もう。
いちいち、だ。

何もない時期と、どうになる時期がある。
それだけでも、すごく羨ましい。
ってもう、本当にそんなことまでにも、思いがゆく。

「この痙攣って、真冬の頃だけ、出ちゃうんだよねえ」
なんて。
雪解けのころが来たら、痙攣は消える。
また冬まで出ない。
季節や気候しだいなんだよねえ。
なんて。
妄想。
通年通じて、片側顔面痙攣、出てるから。
春だって、夏だって。
休んでる間、ないし。
現実逃避の妄想でもしなきゃ、やってられない。

立ち向かうには、やはり、手術しかないのかあ…
はぁ。。。。。。。。(←猛烈に深い落胆のため息)

近県の良さそうな脳神経外科のある病院なんかを、
ため息つきつき、
ときどき、強く何かを思うでもなく、ぼんやり、
ネット検索したりしている。

無意味な、時間が流れてゆく。



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2017-01-23 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

片側顔面痙攣と世の情報。

ときどき、本当に退屈しのぎみたいにして、
ネットで検索をしてみる。

<片側顔面痙攣 再発>
<片側顔面痙攣 再手術>
<片側顔面痙攣 ブログ>


これだけ世の中の情報が、
ネットの中で、日々刻々と、世界中から
さまざま取り扱われているというのに、
片側顔面痙攣での情報は、数年前から止まったまま。
更新もなく、書かれたっぱなしの、まま。

なんでかなあ?

1万人に1人弱、という発症率と言われた症状だけど、
もうちょっと新規参入情報あってもいい気がするんだけど。

開頭手術の内容も、40年以上
画期的に変わった感じもなさそうだし。
血管と触れている神経との間に、小さく何か挟むか、
少しだけ引き離すかだの、手術方法。
触れてさえいなけりゃ、痙攣は出ない分けだから、
それはそれでいいんだけど、
でも、もっとこう。なんていうか。
ぜんぜんうまく言えないけども。
さすが2017年!進化したな!みたいな。
宇宙に向かって、エレベーターでも作り上げようかというような
時代なんだから。
なにかこう、ちょちょいのパみたいに手術。
出来ないもんなのかなあ。

デジカメで撮って来た写真の数々を、
ちょっと整理したとき、見た、昔のあたし。
若かったなあという、回顧的懐かしさよりも、
<片側顔面痙攣・発症前>と
<片側顔面痙攣・発症後>にのみ、分かれて
写真群を見つめている自分がいる。

最近めっきり、写真なんて、写ってない。

最新情報っても、何にも変わんないのかな。
世の中は動いてるみたいなのにな。




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2017-01-13 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 5 :

症状と向き合うこと。

半年振りくらいに、縁戚のおねえさんに会った。

おこたに入って、真正面。
やあやあどもどもなどと、5分程おしゃべりをしたのち、
おもむろにおねえさんが、言った。
「右目、どうしたの?」

ああねえ。
やっぱりねえ。
あたしの右目の辺りばかり、見てるなあと思ってた。
片側顔面痙攣の、引き攣りが、強く出てたから、
率直に、そりゃあ「どうしちゃったの?」と出る人は出るだろうな。

おねえさんは続けて「ものもらいでも出来てるの?」と言った。
痙攣で右目がギュウギュウしてたから、
まぶたが腫れて、上から被さってるみたいに見えたんだと思う。
なるほど、と。
ものもらいか。
そう指摘されたら、何だか妙に、内心納得したりした。

ほかに親戚もいたから、
いえいえこれは片側顔面痙攣と言ってですねえ、
病気ではなくて、症状なんですけれどもね。
脳内神経が血管に触れていて、
そのせいでこのように痙攣が起きてですねえ。
などと、説明タラタラするつもりも、状況でもなかった。
だからさくっと、
「疲れたときとか、こんな風に痙攣するんですよお」と
答えておいた。
それを聞くでもなく耳にしていた親戚たちは、
ああね、そういうことあるよねえ、うんうん~で、
あたしのその話題は、つるり。終わった。

でもあたしの気持ちは、ちょっとだけ、動揺していた。
ひとの顔みて、顔面に痙攣が強く見えたら、
そりゃ誰だって気になるよなあ、とか。
真正面に座ったら、やっぱりバレるもんなんだなあとか。

バレる。

症状が、バレる。

自分でそう思いながら、でも
「バレるって何だよ、バレるって」とも思った。
悪いことした訳でも無いのに、バレるって何だよって。

<病気>というものは、ものすごくマイナスイメージがある。
負の印象がすごく、強い。

たとえば、会社でしょっちゅう風邪を引く人がいるけど、
そういう人って、影で悪口言われたりしてる。
自己管理が甘いとか。
まあそう言われたら、確かにそうかもしれないって人も
いる。
夜更かしばかりの不摂生してそうだとか、
いつも吃驚するほど薄着とか(苦笑)
でも、もともと体調が繊細な人だっていると思うんだけど。
とにかく、体調不良ってのは、負の大代表。
社会はだいたいにおいて、
すこぶる健康体で、いつだってはつらつとした人が、一番良いのだ。

という意識が、あたしにもあるから何だよね。
ため息が出ちゃうのも、
こうして症状について逡巡しちゃうのも。

開頭手術を、再手術して、
”完全なる健康な人”っぽく、なるのが、いいのかな。
なんて、ふっと思ったりした。
いらぬ様々なストレスから開放されるのは、違いない。
手術は、この片側顔面痙攣では、完治への道のりだ。
でも。
でもあたしは、それを求めて手術したのに、再発してる。
2度目の手術で、完全完治出来る保障は、どこにもない。
それでも手術するのか。
手術、あれ、ほんとうに壮絶に、辛かったんだよねえ。。。
今度こそってので、絶対の絶対に治るんならいいけど。。。

<症状>が出ると、人前だと、結構ヤになる。
「ピクピクしてるけど、大丈夫?」とか言われると、
ますますヤになる。
でも、その”ヤになる”ヤは何か、と考えると、
「健康そのものでない自分のカラダがヤ」なんだなと思う。
人様にこれこれこうなんです、と体調不良である
<症状>を持っていることを、言うのがヤなんだと思う。
って。
あたしもやっぱり、健全でないことには、
負の印象を持ってんだなあと、知る。
なんで、健康でなければ、ひとにエクスキューズしたくなるのか。
それこそが、やっぱり、負の印象があるせいだ。

あたしには、人前で、
右目が痙攣しまくっているとき、卑屈になってる。
卑屈にならないで、どうにか、いられないかなあ。
「顔、痙攣してるけど、どうしたの?!」と聞かれたら。
あるいはもっと。
じーーーっと、顔面を見つめる人がいたら。
「ああこれね。
痙攣してるでしょう。
もーヤなんですけどねー
片側顔面痙攣っていう症状なんですよー
もーねーヤでしょー」
なんて。どんな場所でも。
誰にでも。
さらーっと言えるようなあたしになりたい。

難問。

ああーなあんにもなかった
数年前に戻りたい。

って、これ。
一番ダメなやつ。
もう。
ヤ。

症状と向き合うってのは、
ほんと。
しんどくって辛くって。
ヤ。



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2017-01-08 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :

シミ?イボ?それとも?!

年をとるのは、別に嫌でも何でもないけど。
でも、だんだんいろんなことが起きるなあと思う。
これがいちいち”劣化”や”老化”のせいで、
引き起こることばかりだから、
そこのところは、ため息が、やっぱりちょっとは、出る。

まだほんのつい数日前に、気づいたのが、
右の頬にある<シミ>が、かゆいってこと。

はじめは何の気なしに、ほっぺたを、ポリポリ。
時期外れだから、まさか蚊にかまれた、とは思わなかったものの、
何かの虫刺されか。
あるいは、吹き出物が化膿でもして来てるのか、と思ってた。
ぷくっと若干、膨らんでいるし。
まあそんな感じで、
鏡を見ないでポリポリしていた。

で、ふと。
ポリポリし直すとき、手近にあった手鏡で
そのかゆい場所を見ると、なんとそこは
長年ある<シミ>の場所!
えーっなんでー?!<シミ>がかゆいのー???

もちろん、その後パソコンにて検索。
すると状態と様子からかんがみて、結果。
【脂漏性角化症】とかゆうものでは、なかろうか、と。

以下、こんな感じであった。

【脂漏性角化症】
 イボのように盛り上がりを伴っているシミのこと。
 老化現象による良性腫瘍のひとつ。
 40代前後で発生することが多いが、20代で発症することもある。
 「老人性イボ」などとも呼ばれている。

【原因】 
 発生する原因は、遺伝的要因によるものが多い。
 紫外線を浴びやすい顔や首、腕等の皮膚の老化が考えられる。
 この他、ストレスやホルモンバランスの乱れ、摩擦による刺激など、
 他のシミと同じような原因から発生するが、
 そのシミを放置し
 年齢を重ねることでイボのように変化してしまうことが多い

・・・。。。
劣化劣化って。
老化ってなんども言わなくっても…

片側顔面痙攣の発生も、同じ。
40代からが多い。
まあこっちは、1万人に1人くらいの発症という、
激レアな症例だけど。
それでもやっぱり、キーワードは40代~。
中年ってことだ。中年。

幼いころや若いころには、様々な変化は
たいがい<成長>と呼ばれたものだけど、
今やそれらはほぼ全て<老化>という言葉に
取って代わってる。

なんだかねえ。
失笑しちゃう。
ただ生きて暮らして来てるだけなのにね。
どんどん人生の終焉に向かってってる。
こんなふうに、
いろんなことがひとつずつ、低下して、脆弱になってゆくのだなあ。


目下の懸案は、皮膚科選びだ。

以前貰った、一覧表を、引き出しから引っ張り出した。
かかり付け(という程利用はしてないけども)の
最寄の、そこそこ規模・総合病院の〝外来受診案内表〟を見ると、
なんと!最近各種”科”の、診察日が減ってる!

いや、正確にいうと”内科”は充実して、
そのかわり?”眼科”だとか”整形外科”だとか、
そして”皮膚科”だとかが、診察日が減った。
しかも、平日の1日か2日間だけ。
さらには、午前中診察のみとかになってる!
こんなの、勤め人には、なかなか通院出来ないじゃんー!

で。
知人に相談してみたら、
駅前のそこそこ規模総合ビルの中に、
皮膚科があって、そこなら夜診もあるよ、と。
しかし。
すごくピッカピカの新品皮膚科で、
なんだか、美容系の香りが若干する。
うーん。。。

最寄の総合病院は、古くてオンボロ。
診察時間も、不便。
待ち時間は長く、もちろん予約なんて制度なし。
だけど、バリバリに正しき”病院”で、料金も、安い。

最新皮膚科は、とにかくピカピカ。
駅前で利便性もバッチリ。
診察時間は、多く、
かつ、2度目からは予約可能(しかもネット予約も可)
でもH.Pを見ただけだけども、料金設定が、やや曖昧。

うーん。。。悩ましい。。。

しかし、案外<皮膚科>って、近所にない。
それが、現状、一番知ったこと。
ああ、そりゃあ
<劣化>や<老化>の次に、だけど(失笑)

ポリポリしないように、気をつけながら、
こんなふうに、とりとめもなく、
ぼんやり<皮膚科>のことを、逡巡してる。
こんなふうになることが、
これから加齢するに従い、
ますます増えてくんだろうなあ、とも、
思いながら。



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2017-01-07 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

いけしゃあしゃあとした人になる。

【お歳暮:日頃お世話になった方々に感謝の気持ちを込め、
      今後とも宜しくお願いしますという
      気持ちを込めて贈り物をする習慣】
とある。

年末、小さなお菓子を贈答用に準備して、
勤め先で、お世話になった、と思った方々へ、
”日本一小さなお歳暮” (笑)と称して、贈った。
直属の上司には、贈っていない。
だって日頃”お世話”してるのは、あたしの方だから。

有給休暇を取得したいと、事前に(3ヶ月前に!)
相談しているにも関わらず「だめ」で終わらせながら、
自分は自由自在に、取る。

機嫌が良いときと、頼みごとがあるときだけは、
猫なで声で、柔らかな物言いで。
それ以外は基本、怒鳴り散らし、終始威圧的に過ごしてる。

こんな馬鹿馬鹿しい上司のもとで、
日々働いていられるのは、周囲の人々のおかげ。
あと、
この上司のそんなこんなな態度は、
あたしにだけ向けられたものではなく、
社内の人物全員に向けられていることだ。
あたしの残念は、直属の部下である、ことで、
それは本当に残念無念だけども、
この最低な態度は、全員に対してだから。
そこは、あたしが勤めていられる、気持ちの、大きなポイント。

今年は、この馬鹿馬鹿しい上司に対して、
慮ったりしないでゆく。
気遣いをしたり、配慮したり、
察したりしない。
空気も読んだりしない。
注意を受けることがあれば、
「あらっ?そうでしたかあ~」だとか
「あれっ?それはすみませえ~ん」だとかでやり過ごす。

いけしゃあしゃあとしたヤツになることに、決めた。
今年2017年度の目標は、これ。
のうのうとしたヤツになる、でもかまわない。
これでいく。


米国次期大統領になる人物を、ひとつの例題にあげ、
かつ、EU離脱をした英国のことや、
さまざまな排斥運動等に揺れにゆれている欧州について、
年の暮れの、どこかの報道番組で、
「全世界的に、利己主義的意識が強まっていると感じる」
なんて分析コメントを言っていた。

そんなの、鶏が先か・タマゴが先か、だと思う。
周囲へ配慮してくれる・する人がいることを、
まったく感じない連中がいて。
感謝こそすれ、と感じない連中がいて。
配慮する側がもう、そういうことに疲弊しちゃって。
こりゃもう配慮することないぜ、になるのは、
これ人情なんじゃねえのと思う。

お互い様とか、譲り合いの精神とか、
化石みたいに、博物館に展示されるものになった。
今はもう、テキトーに主張するのがいいんだ。
主張してももう、誰も尋常でない扱いはしない。

勤め先のパートさんのご主人の話。
レンタルショップで映画DVDを借りてて、
延滞している、とショップから電話があった。
ご主人も奥さんもすっかり忘れてたという。
見れば返却期限を大幅に超えてて、
なっかなかの金額の延滞料金が発生していた。
ご主人。
「電話して来るなら、さっさとして来いよ!
だったらこんな高い延滞料金、払わないで済んだだろ!」
こういうのを逆ギレというんだろうなあ。
それもすこぶる正統派のヤツだろうな(苦笑)
でも、結果、延滞料金は半分に変わったという。
店側が「こちらにも言われてみれば落ち度が」ということで、
料金折半、で”手打ち”したという。

いけしゃあしゃあとしたご主人だと思う。
あたしが今年ぜひ見習いたい人物だと思った(苦笑)

知人が、PTAの会長をしていて、
去年中しょっちゅう愚痴をコボしてたのが、
「あの人は分担しないでいいんですか?!」と
意見されること、だった。

たとえば。

朝のこどもの通学路に旗を持って立って、
こどもを見守る交通係。
役割分担しているのに、いつも来ない奥さんがいる。
こどもマラソン大会の運営でも、そう。
バザーの運営でもそう。
運動会の運営でも、校内清掃の運営でも、なんでも。

いつも一定。
同じ人物たちだけが、動き回っている。
(あたしの体験した、町内会でも同じだったなあ!)
時間をやりくりして、どうにか、と出席してくれる人々は、
いつだって、同じような人々。

でもそういう人の中から、やっぱり出て来ちゃうのだ。
「いつもあのお宅は不参加ですけど。
それで許されるんなら、私だってやめたいですけど」

申し出て苦情を言うのも、勇気がいると思う。
それを押しての、苦情だから、重い。
悩むと思うし、そこにいたるまでずっと遠慮があったに違いない。
でも、そんな苦労を乗り越えて、
いけしゃあしゃあと、何も手伝いもせず、
のうのうと、平気でいられる奴等って、いる。

でも、結局は、それでも、
誰かがやらなきゃダメなんだよね。
でも、それはいつだって、配慮する側なんですかってこと。

我慢のしどころや、
辛抱にも限度ってもんがある。

利己主義の利己主義の利己主義の中でも、たぶん、
配慮する人って、いると思う。
どこまでいっても、キング・オブ・いけしゃあしゃあが、強い。
勝つ、とまでは言いたくない。
これも、人情。
てか、まだ、誰かどこか、信じたい気持ちがあるから。

だけども、心を鬼にして(苦笑)
いけしゃあしゃあとしたヤツになる。
これがあたしの、本年度の目標。



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2017-01-02 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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