川向こうへの向かい方。

近くに暮らす親戚のおとうさんが、
散歩の途中で急に動けなくなったらしい。
親戚のおかあさんが、しょんぼり、そう言って来た。

たまたま、目前が病院だったので、お世話になったという。
大丈夫ー?!と思い、
様子を見にその病院へ駆けつけたら、
親戚のおとうさんは、車いすに座っていた。
医師の簡単な診察のあとの、
処置室へ向かう途中だった。
親戚のおとうさんは、あたしのことが分からなかった。
ぽーっと、していた。
看護師さんに、車椅子を押されながら、
あたしのことを、気にも留めずに、
横をそのまま、素通りしていった。


親戚のおとうさんは、何ヶ月か前も、
散歩の帰り、動けなくなって、道端で尻餅をついていた。
ものすごく太っている人だから、
ちょっとやそっとで、他人がどうこうすることが出来ない。
通りがかりの数人の女性が、お助け下さったそうで、
そのおかげでどうにか自宅まで戻ったという。

親戚のおかあさんは、とても小柄な人なので、
確実に、ひとりではまったくどうにも出来ない。
だから、その一件以来、おとうさんの外出の扱いには、
割と慎重になっていた。
しかし。
ぜんぜん動かないのも良くなかろう。
外出しなさ過ぎるのも、いけないだろう。
そう思って、ちょっとした買い物に、
散歩がてらに連れ出したら、こんなことになった、と言っていた。

難しい…
本当に、難しい問題だと思う。
うんとお金持ちとかなら、
個人的に老人介護警護、みたいな人でも雇えるだろうけど。
一般家庭だと、やはり連れ合いが
始終目を光らせるほか、ない。

親戚のおとうさんは、体はすごく堅牢。骨も強靭。
内臓疾患もなく、血圧だってばっちり安定。
若干の不整脈はあるらしいけど、
年齢はもう、90歳近くだから、そのくらい当然だと思う。

年齢、90歳近く

このどんどん日増しに増すばかりだという、
<ぼんやり>も、もう90年も生きて来てたら、
ある程度はしょうがないものだ、と医者は言うらしい。
そりゃそうだろうなあと、思う。
でも、その”ある程度”の線引きって。
それも、すごく難しいと思う。
誰も、90年もまだ、生きてないから。
分かるわけがない。


親戚のおとうさんの話を、見聞きしていると、
すごく不謹慎かもしれないけど、
川向こうへの向かい方、について、思うようになった。

このおとうさんは、
いったいいつ、どんなふうに、川向こうへゆくんだろうか、と。
そんじょそこらの若者より、内臓は本当に
すこぶるつきの優良らしい。
ただ一点、脳だけが。
脳だけが、圧倒的に、衰えてる。
だから、というか。
だったら、いったい、どんなふうに。
どんなかたちで、川向こうへ旅立つんだろう。

あたしの母に、そう話してみた。
ひとっていったい、どんなふうになるの。

すると母自身、それについて日々思ってる、と言った。
「私の終焉って、いったいどんななのかしらって思う。
でも、だいたいおっちょこちょいだからさ、
転んで大きな骨折でもして、入院しちゃって。
風邪引いて、合併症で肺炎なんか引き起こして、オシマイ。
そんな感じかなあとかって、ことは、思ってるんだけど。
でも、それでも実のところでは、分かってないの。
いったい私は、どんなふうに、彼岸を渡るのかなあって」

かの、石原慎太郎氏も、どこかのインタビューで
ご自身のこの世の去り方が、まだ想像出来ないと言われていた、と母。
「いろんな人生を見て来た人ですら、そうなのねえって思ったわ」と、母。


門松は
冥土の旅の一里塚
めでたくもありめでたくもなし

                   一休宗純


街に門松が、飾られてた。
川向こうへの道のりのことを、ぼーっと。
思うでもなく、思いながら、眺めた。



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2016-12-29 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

片側顔面痙攣とアイデンティティ。

ふと。
ほんとにふっと、思い立って、
ブログのテンプレートを変えてみた。

このブログ記事の主たるものが、
<片側顔面痙攣>である自分、のことだから
まあ、浮かれて、ウキウキハッピー☆なものじゃあない。
けど、テンプレートを検索していると、
あたしなりに「このブログに似合うテンプレートとは?」に
思いが及んだ。

思いを及ばせ、ながら、
パソコンを延々眺めていたら、
近くのソファで、寝転がってテレビを観ている家族が、
何をしているのかと、聞いて来た。
から。
片側顔面痙攣のブログの画面を入れ替えるのだ、と
答えたら。
「そんなの。
なんだっていいじゃん」と、
ふあさっと小さくつぶやいて、またテレビを観てた。

あたしが、片側顔面痙攣に”囚われている”かも、と。
そう想像するのが、家族はつらいのかもしれない、と思う。
家族が、ささやかな分量ながらも、
何かに苦しんでいるという状態は、楽しいことじゃあないと思う。

家族は、ときどきこのブログを読んでる。
たぶん。
でも、何も言わない。
何も言って来ないし、あたしも、何も言わないで、いる。
触れないでおくという何かが、ある。
どことなく、扱いが繊細な感じ。
でも、それでいいと思ってる。

でも。
案外、あたしにとって、
このブログは、割と大切なものになってる。
誰かに向かって言うでもなければ、
誰かから反応を貰いたいというわけでもなく。
ただ、あたしが思うことを書き散らかしている。
それだけ。
でも、このブログにそぐう雰囲気の画像って
どんなだろう?と、考え出したらとまらなくなった。
「どうでもいいじゃん」とは、思わず、
熱心に何時間もプレート探しに、夢中になった。

<片側顔面痙攣>は、
もう本当に、心底煩わしくて憂鬱になる症状で、
その症状は一生続く。
完治を目指す手術に挑むも、あえなく再発をして、
じき4年。
(来年の1月下旬で、再発4年になる!早いなあ…しみじみ)
もう、この症状がある自分が、あたしになった。
こんなキャリア、ゴミ箱に捨てたいけど。
どうにもあたしから離れない。
だから、もはやこの状態をこそが、あたしそのものになった。
残念無念だけど。
内臓も一緒にがぼっと、ぽっかり、出てしまいそうなほど、
大きくて重たくて、
深い深い深いため息を、つく。

このあたしに合う、画面。
どんなかな。
と。
探し検討した結果、
何も無い、素っ気無いほどに簡素なものを、選んだ。
すごく素敵なデザインだと思う。
ブログのどんな書き手にも、寄り添ってくれる感じがする。
もちろん、あたしにも、寄り添ってくれる気がした。

あたしの気持ちは、日々刻々とゆれる。
ゆれないときもあるけど、でも、やっぱり、ゆれている。
気障りな何かの症状を持っているひとなら、分かってくれると思うけど。

片側顔面痙攣の症状が発症して。
いやだいやだと思いながらも、
もはやソイツは、
あたしの存在をなしえるひとつのファクターになりつつある。
いやだけど。
ものすごくイヤだけど(苦笑)
アイデンティティのひとつ、みたいになって来てる。
すっごく、ヤだけども。(うじうじ)


気持ちがゆれるときも、
それほどでないときも。
怒りが走っているときも、ココロ穏やかなるときも。
あたしは、あたしのアイデンティティを
じわーっと、
文字に染み出させて、ブログの画面に、コボす。
いろんなアイデンティティがあるもんだ。

悩ましい片側顔面痙攣だけど、
これもあたし。
もはや、あたし。
その他モロモロ、いろいろ思うことをダダもれさせている
このブログ。
案外、割と、大切なものになってるんだなあと、知った。

とま。
このテンプレート探しで、ちょいとこう。
あれこれ、思った夜だった。




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2016-12-28 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

女子力って何ンだよ。

12月19日に登場して貰った(あたしの都合勝手に:笑)
勤め先仲良し年下主婦さん。

このお正月、家族が亭主の実家へ戻って、
留守している間に<浮気>をする、ということで、
日々もう夢中。
仕事中に、話題でガンガン放り込んで来る。
いやあたし、ぜんぜん興味ないんだけど。
でも「いけないことをしようと思っています」宣言をしてる主婦さん。
いけないことというものは、どうやら他人に
言いたくて仕方ないモノらしい。

「墓場まで持って行きます」と言っている顔は、上機嫌スマイル。
墓場って意味知ってる?(笑)
って墓場へ入るうんと手前に、
ふつうにあたしへ言ってるじゃんって(苦笑)

主婦 「○○っていう餃子専門店、ご存知ですか?」
あたし 「ああ知ってる~△△市にある有名店だよね~」
主婦 「この前、ダンナと子供たちと食べに行って、
    めちゃ美味しかったんで」
あたし 「あ~そうなんだ~」
主婦 「今度、いけないことする相手と、食べに行こうと思って☆」

”外泊はしない”けど、随分遠方まで足を伸ばす予定らしい。
お身内にバレないよーに、
まあどうぞお好きに(笑)

と。
こんな感じの話題ばかりが続いているうちに、
何度も主婦さんが言う。
「女子力を上げる」

女子力をあげるために、
「昨日からダイエットドリンクを飲み始めたんです~」
女子力をUPするようにと、
「ペディキュアに行って来ます~」
女子力につながるかと、
「年末までに髪の毛切りに行こうかな~」
女子力アゲアゲの道に、
「洒落たワンピースが欲しくって。
買いに行ってみます~」

ってね。
あんまり言葉の前にあとに、
<女子力>女子力というから、
そのどうでも良さに、腹が立って来た。
女子力って何だよ女子力って。
それ、女子力じゃあなくって、
その、お正月に亭主と家族に内緒で、
いけないことするおとこのために、
自分がどうこうしていたいってだけじゃねえのかよーって。
だんだん、どうでも良さに、うん、腹が立って来て、ついつい。
口調もガラッパチになってく(笑)

「てかさ」と、あたし。

「おとこでも女子力高い子っているよねえ。
おんなでも、男子力の強い子っているよねえ。
って、そんなんでいい?
あたし、イマイチ女子力って意味、分かんない」


遠回しに、じゃあなく、
近くからズケッと言ったもんだから、
頭の回転が速い主婦さんは、少し、あっと思ったみたいだった。
あたしがそういう話、どーでもええのんじゃいーと、
思ってるってことに、
ほんの少し、だったかもしれないけど、主婦さん。
ちょっと、気づいたみたいだった。

あたしは立て続けに言った。

「女子力って限定品じゃあなくってさ。
おとこでも
おんなでも
そんな風な”リキ”高めりゃいいじゃん。
だからさ。
女子力じゃなくてさ。
人間力とでも言った方がえーんでない?」

主婦さんは、なるほどねえ~
なあんて返事してたけど。
伝わってようがいまいが、そんなの関係ねえ(笑)
そんなの、どーでもええこった。
自分の<浮気>へのアプローチを、
いちいち「女子力向上のために」なんて
しゃらくせえこと、言うなっての。
そんなことで、女子を使うなって。

あたしは、うんと若いころ、
友達に連れ出されて。
夜遊びの夜。
生まれて初めて<ドラアッグ・クイーン>なる人々と出会った。
すごく美しい人々だった。
ド派手なメイクに仰天の衣装で、
それらは、まるであたしの好みではなかったけれど、
それでも、得手不得手を超えたところで、
美しいと、思った。

おとこでも、おんなでもあり、
おんなでもなければ、おとこでもない。
どっちでもいいこと。

そして、それから、
ものすごく見た目、マチョボディなおとこなのに、
とっても繊細な心を持つ少女みたいな人にも会ったり、
なよなよしたおとこで「なよなよした女みたい」な、
中身も立派になよなよしてて、
おんな以上になよなよの、男の子にも会った。
なよなよが、女のものだとしたらだけど。
ものすごくあらゆることが男前な心意気の、
すごく可愛らしい外見の、女の子にも会ったし、
男の子そのものの女の子にも、会った。

女子力なんて、ダムワードだ。
自分に言い訳すんなって思う。
てか、いらんもん、まとわせるな、女子って言葉に。
って、思った。
思ったら、とまあ、
とにかく、腹が立った(苦笑)

あたしは、主婦さんのことが愉快な人だから好きだけど、
主婦さんのそのどうでもいいいけない<浮気>行為には、
とにかく、さっぱり興味がない。
てかさ。
もちっと、こそっと、秘めて動けんのかと思う(苦笑)
秘められてこそ、なんか、こう、
部外者も、おぉお、隠微な感じ!ぜひ聞かせてとかって、
ヤらしーい感じがして、ちょっと興奮しちゃうかもしんないけど(笑)
丸出しは、味気ないよ。

とにかく。
とにかく、女子女子言うな。
女子の存在は、そんな、一本調子じゃねえ。
男子の存在だって、おんなじだ。
そうそう、気安く分かるもんか。
言葉で、締め付けるな。
自分のセクシャルな性交を、求めてる行為を、
へんな風にイマドキワードで、正当化すんな。

女子。
男子。
なめんなよ。
性差は、ふたつだけじゃない。

てか。
はあ。
総体的に、つまんない話は、
つまんないなあ(苦笑)




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2016-12-26 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

入院という安息の場所

乳がんの闘病をされていることを
公表された、キャスター&タレントの小林麻央さん。

ネットニュースを、ぼんやり眺めていたら
小林麻央さん<再入院>
そんな見出しが見えて、
まったく見知らぬ方だけれど(当然)胸が痛んだ。

ご病気を公表されて、ご自身のブログでも、
日々の体調不良さや具合など、記事になさっているけれど、
闘病中のこういう<再入院>までのことは、
本当に繊細なことだから、
おおやけの周知となることは、大変におつらいだろうなあと思う。

入院なんて、誰だって出来ることならしたくない。
ましてや、現在日々闘病中のなかの、
再入院となると、本当につらいと思う。


あたしが、片側顔面痙攣で、開頭手術のために、
入院していたとき、
同じフロアの入院患者さんたちは、
脳神経外科での入院か、癌治療の方々だった。

特に、癌治療の方々は、
抗がん剤治療で、入退院を繰り返されていらした。
その多くの患者さんが、
自宅へ戻る日のことを、心の希望になさっていた。

「家に帰りたい」
「家で過ごしたい」

これは、短い期間であっても、
入院していると、本当に。
本当に心のそこから、そう思う。
あたしも2週間の手術・入院で、ほんとにそれを体感した。

「家に帰りたい」
「家に 居たい」

でも。

でもでもでもでも。
入院をしているとき、
自宅では有り得ない”安心感”とか”安堵感”とかが、あった。
看護師さんたちが、いつも見守って下さっていること。
担当医師に、症状についてなど、
何か思うことがあれば、すぐ質問出来る環境。
それから。
心地のよい、一定の湿度と温度。
清潔な部屋に、清潔な寝具類。
きちんと整った日に3度のお食事。

たんてきにいってしまえば、
安静にすることに、専念出来る。
これはもう、本当に自宅では得難い素晴らしい環境だと思う。

不要なインターホンにも出なくて良ければ、
無駄な電話も存在しない。
宅配も受け取らなくていいし、
散々回って来る、無意味で面倒な、
町内会の回覧板だって気にしなくていい(苦笑)

日常の瑣末な一切に、煩わされることなく、
ただただわが身を、安静にすることが出来る。
安静にすることに、徹底的出来る。
これは、本当に、入院という<安息>だと思う。

小林麻央さんは、再入院で、
超多忙なご主人や、小さなお子さんともまた離れられ、
お気持ちとしては、さぞおつらいと思うけれど、
でも、ここはもう<安息>を”引き受けて”。
病の身になると、もう”引き受けること”が肝要。
残念だったり、無念だったり。
それは本当に、切ないものなのだけれども。
でも、ここはもう”引き受け”て、
自宅では得られない、十分な安静と静養を
入院先でなさって欲しいと思う。

どうぞお大事に、と。
名もない一般人なあたしだけど、ニュースを見ながら、
そう、思ってます。



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2016-12-21 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

男・女としての分岐点

『下着の分岐点(苦笑)』に登場して貰った(笑)
勤め先の、仲良し年下主婦パートさん。

「可愛い下着、買っちゃいました。
お正月用にって、家族みんなの分と一緒にですけど」と、
やたら、妙な言い回しで言うので、はてな?と
思ってたら。

今度の、お正月もお正月。
ご主人とお子ちゃんたちが、
ご主人の実家へ、先に戻ってて、家族不在の間に、
どうやら<浮気>をする予定らしかった。

主婦さん。
「可愛い、赤い下着を買いましたよお☆」と、ご満悦。
ははあ、そうですカそうですカァと。
分かりやすい~(苦笑)

で。
<浮気>

「何も無かったから、こうして言えるんじゃん」と、
半年程前、ご主人が会社年下同僚女子(独身)と、
二人きりで食事に出かけていた。
事前報告もなく、もちろん事後報告も無かったそう。
だけど何となく偶然に人づてで、主婦さんは、そのことを知ったらしい。
それが、たぶん、今回の、コトのきっかけ。

「主人に問い詰めたら、
”何もないんだったら、おまえだって別に
誰とでも出かけたっていいよ”って言ったから。
ああそうですかそうですかって思って」
と、主婦さん。
行動に出た。
やれるもんならやってみろ的な、ご主人の言い方もどうよ(苦笑)
意地が出りゃ、やりたくなるってのが、人情でしょう。

宴会で知り合った、
友達の友達、だという、1歳年下男性(独身)と、
二人きりで、プチ・市内観光と食事に出かける約束をした、と。
でも「主人には、相手が男性とはまだ言ってません」
そして「可愛い赤い下着、買いました」
そして。
「いけないことしたいなって思ってます」

<おんな>としての、分岐点。
あたしの勝手な個人的見解だけど、
今まで生きて来て、見聞きしてて思うに。
結婚している女で、
こんなふうに言い出す年齢は、
だいたいみんな、40歳前後だ(断定)
子供がいるとかいないとか、関係ない。

以前の職場で<浮気>をしていた、既婚・先輩社員は、
「あたしだって、まだ女なんだから」と言っていた。
そういうことなんだろうと思う。
まだ女。
セクシャルな対象の女として、認識されるということは、
よほど彼女のアイデンティティに関わるんだなあと、知った。

思い起こせば、もっと昔。
あたしがまだ学生時代の、うんとうんと若いころ。
優雅な画廊でアルバイトをしていた。
そのときの女性社員さんたち3名が、
(既婚子供なし・既婚子供1あり・バツイチ独身子供1あり)
特定の年下男性と、それぞれが、頻繁に出かけているのを見た。
「ぎゅっっっっっと、抱き締められたいよねえ」
ひとりがそう言ったとき、残りふたりが、
ものすごく強く「そうそう!そうなのよね!」と言っていたことが、
とても印象的で、覚えてる。
そのときあたしは、なにせまだ10代だったから、
四十路辺りのおねえさんたちのその意見や考えには、
そういうものなのかあ、としか、思わなかったんだけど。
でも、生きて齢を重ねてくうちに、だんだん分かって来た。
彼女たちだけが特別なんじゃないんだなあ、と。
そんな風なこと言う女が、結構いるってことを、知るようになった。
そして、そんな風なことを言う女は、
たいがい、35・6歳から40、1,2歳だってこと。
つまり、イマドキでいうところのアラフォー。

この辺。
女の道の、何かが潜んでそうだと思う(苦笑)

でも、男も同じ。
男の場合は、50歳絡みって辺りで、何かありそう。

知人男性が、経営してる個人デザイン事務所を立て替える前、
しょっちゅう「ああ。熱い浮気がしたいなあ」と、
社内で言いまくっていたらしいけど(苦笑)
社屋立て替えが本当に決まって、動き出したとたん、
ぱたっ!
「パタッと浮気がしたいって、社長、言わなくなったよ。
大金がガバーッと無くなるからねえ。
お金にまつわる心配で、もうエロ心なんかさ、
精魂尽き果てたんだよ(大笑)」

社長、当時50台半ばだったと思う。
資産の大金ブっ込む勢いも、
熱い浮気がしたいという性の欲望も、
えいやーっ!と思って行動に移せるのって、
いろんなパワーが必要だろう。
だから、余程バイタリティの保持なツワモノ以外、
50台はイイトコなんだろうなあって、思う。
その後の成り行きで不足の事態が起きても、
人生、どうにかまだまだ対応出来そうだし(笑)

しかし。
世の中の多くは、
きちんと”男”と”女”してるなあって思う。
感心する。
男であるからには、とか
女としているからこそ、とか。
真面目に性差に取り組んでて。
えらいもんだと思う。いやマジで。


英国作家ヴァージニア・ウルフの小説
『オーランドー』があたしは好きだ。
細かいことを言えば、
この小説を下敷きにした映画『オルランド』が、ラブ。

  「決して老いてはならん。
  その若さを持ち続けたなら、おまえとおまえの子孫に
  この屋敷を授けよう」

主人公は、エリザベス一世の寵愛を受けた、眉目秀麗なる青年貴族オルランド。
彼は、彼であったけれど、あるとき女性に転生する。
そして女王の言葉通りに400年の時を超え、生き続ける。

しれっと、説明もなく、
なぜかある日を境に女性性に生まれ変わって、話はどんどん進む。
それも勿論スゴイところなんだけど、
400年近く生き続けるってのも、これまたスゴイわけで。
しれっと女になって、恋も仕事もじゃんじゃんしてく。
結婚もしたり、出産もしたり。おかあさんになってく。
でも、最高にスゴイところは、
オルランド自身「男でも女でも、自分は自分。
何も実のところ、変わらない」と言うところ。
そこが、一番、スゴイ。
スゴイ感動した。ゴイゴイス!(←ダイアン。わかる人には分かるギャグ;笑)

映画の最後の場面で、
かつて男だった頃の、少年オルランドが過ごした、
懐かしい邸宅を、
女王がオルランドへくれてやろう、と言っていたその邸宅を、
遠くから眺めている。
400年近く生き続けている、女性オルランド。
彼女の横には、小さな娘がひとり。
オルランドが、バイクにまたがり、
外からじっと、今の邸宅を、静かに眺めている。
そのときのオルランドの姿は、一見すると、
男性なのか女性なのか曖昧なのだ。
男性のように見える女性なのだ。
その場面は、それはそれは本当に美しい。
物語としては、かつ、とても、切ない。

その場面を見たとき、その静謐なる美しさに感動しながら、
「ああ。
男でも女でも、どっちでもいいやっていう生き方は、
すごくいいな」って思った。
オルランドには、性差においても、年齢においても、
分岐点がひとつもなかった。
それが、すごく心地よかった。
すごく昔の映画なんだけど、
若い頃観といて良かったなあと思う。
そんな、大事映画の、ひとつ。

分岐点を決めるのは、自分。
こだわって何かに範疇を決めちゃうのも、自分。
分岐点を決めるのは、自分。
それはたぶん、男でも女でもなく。
年齢だけでも、立場だけでもないと思ってる。



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2016-12-19 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

さかさま・まさかさ。

子どものころから、割といろんな
<いきもの>と一緒に暮らして来ているので、
<いきもの>好き。

それも、どちらかというと<無類の>と
つけてもいいかもな~と思うくらい。

特に、やっぱり身近な”犬猫”には、心、寄せる。
それも、バリバリに。
バリバリバリに(笑)


愛犬をなでなでしながら、
暇に任せて、
ほんわか<いきのも>サイトを
パソコンでネットサーフィンすることが、楽しくて、
ここしばらく、好んでしていた。

荒涼とした荒地をツーリングしていたバイカーが、
偶然、箱に入れられて、捨てられていた子犬に出会う。
見捨てておけず、拾って戻り、家族に。
めでたし☆

寒空の下、ダンボール箱の中に、
雨に濡れて震える、生後まもない子猫を発見。
連れて帰って、保護。
里親探しをして、暖かい家庭に。
ハッピー☆

って。
うんうん、もうもう、よかったよかった、と思いながら
そんな記事を読んでいたけど。
ふと。
「最初に捨てた、下劣なヤツさえいなけりゃ、
犬猫たちは辛い思い知らずで、暮らせてたんだよな」に気づいた。
視点を変えて見ると、おいおいおいおい。
単純に、ああ幸福になれよ☆!と
感動してたのが、まさかのさかさまな気持ちに。

うーん。。。
だよね、だよねだよねえ。
気がついちゃった。
気づくの、めちゃ遅いけど。

へんてこな言い方だけど、
”愛護”と”虐待”って、表裏一体なんだろうと思う。

もう20年は昔になるから、
今では事情もかわっただろうと期待してるけど、
英国人の友達に会いに、ロンドンへ行ったとき。
それはちょうどクリスマス前のころだった。
友人宅には、エアデールテリア風のMIX犬君がいて(可愛かったあ)
とても大切にされていた。

英国の素晴らしい、緑豊かな公園が、
友人宅の目の前にあって(羨ましかったあ)
一緒に愛犬のお散歩へ行った。
そのとき、公園ですれ違う犬たちを見ながら
ふと英国人の友人がこう言った。

「これからクリスマスプレゼントにって、
子犬がたくさん買われて、プレゼントされるのよね。
で、クリスマス休暇中、その子犬を可愛がるわけ。
でも、休暇が済んで、日常の暮らしに戻ったら、
ロンドンって、忙しいからねえ。
子犬、育てるの無理ーってなる人が多いのよ。
だから」

だから?

「休みのあとには、田舎に向かう道路とかに、
好きなところへお行きーって。
子犬、捨てる人、結構たくさん、いるんだよ」」

友人宅のその愛犬は、元保護犬だった。
猛烈な動物”愛護”の人でも、何でもない友達だけど、
20数年前には、もう英国では十分に、
<保護犬・猫>を引き受ける、という意識が、あった。
英国で、ペットショップでの犬猫展示販売は、
少なくともあたしは、見てない。
それでも、クリスマス休暇のあとに、
そんな形で、そんな意識で、
英国でも、犬猫を捨てるヤツがいるのか…!
なかなか衝撃的な話だったから、忘れられない。

まさかのさかさま、だった。

動物愛護バリバリの国だと思っていたけど、
裏と表がそこには深くあったことを、知った体験だった。
ただまあ、それでも。
それでもなお、日本よかマシ、なんだろうけど。

クリスマス前のこの時期が来ると、
毎年、英国人友達の何気なく言った、
そんな言葉を思い出す。

こんなの言っても無意味かもしれないけども。
世界中の犬猫に幸福を、と、
クリスマスに願う。
もっと言うと。
世界中の。
地球上の生けとし生きる<いきもの>たちに、
幸多かれと、祈る。
<いきもの>の中に、にんげんも、もちろんいる。

さかさまはいらない。

Very Merry Christmas.
星に願いを☆



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2016-12-14 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

下着の分岐点(苦笑)

勤め先の、仲良し年下主婦パートさんと、
「最近もう、可愛い下着、買ってないよねえ」と
話が出た。

若いころは、ブラとパンツ、上下必ずセット。
したのパンツは、型違いで2~3枚購入したり。
お気に入りのブランドが、あたしも有ったし、
主婦さんは、海外メーカーの洒落たヤツがお気に入りだった。

「シーズンごとに買ったときもあったなあ」 あたし。
「んも~分かりますぅ!
そのシーズンの柄とか可愛かったら、
色違いで、お取り寄せとかまでしてましたよぉ」 主婦さん。

それが今じゃあ、あたしはほぼ、無印良品一本やり(苦笑)
いつも同型が在庫されてるから、買うのも、めちゃ便利。
上下でも、煩わされないで済む気楽さ。
主婦さんは、今はほぼユニクロだという。
中身は同義(苦笑)

「若いころはさ」 あたし。
「とっさに、誰かと、万が一もしも、
あんなことやこんなことが起こっても、
まあまあ耐え得るなっていう、大丈夫な下着だったけど、
今じゃもうダメ」

「分かりますー!」 主婦さん。
「下着が表に透けないようにって、
味も素っ気もないババ茶色しかもう、持ってないですよぉー」


あたしの、うんと年上の知り合いが
言っていた言葉を、ふと思い出した。

「そこそこちゃんとした下着にしとかなきゃ
ダメだよ。
だってさ、たとえばさ。
急に、道端でバッタリ倒れたとき、
救急車で運ばれたりなんかしたりして。
そのとき、目もあてられないよな、ズルズルの
ヨレヨレ下着だったら、
救命されながら、病院でカッコ悪いじゃん!」

見られて困る。
見られてもイイ。
色恋用にと、心配りをしていた、昔のころ。
そりゃもうすさまじく遠い昔話になって、
今では別の意味での、見られて困るとイイになってる(苦笑)

人生っていろいろ、大きく小さく、分岐点があるけど、
下着についても、あるもんだ(苦笑)



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2016-12-10 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

ねばまいん方式

あたしが多感な子どものころ、
<ビョーキ>という言葉が大流行してた。

この間発表された『流行語大賞』より、
もっと日本全国、老いも若きも、知っていたし、使ってたと思う。
<ビョーキ>
ちょっと尋常ではない状態だとか、
ふつうではない行動だとか、そういうの、を
感じさせる人に対して、ネガティブに使ってたような、記憶がある。

今の2016年現在だと、
たぶん、大問題になって流行るどころか、
大バッシングにあう言葉だろうなあ。


あたしは自分のことしか知らないから(当然)
よく分からないけれど、
ときどき<ビョーキ>になる。
気持ちが元気なときは、思いもよらないけど、
体調不良(ずばり生理前や、風邪、疲労がたまってる)の
ときなんぞに、ふいっと、なる。

片側顔面痙攣の、痙攣から来る、顔の引きつれのことや、
歪みのせいで、右目がしぼんで、見難くなるときとか。
ふだん、然程気にしないで済んでることも(←半ば諦めてるから)
体調不良のときは、ものすごくイライラする。
どうにもこうにも、落ち込むことも、ある。
とにかく、何をしてても、心がそこへ行ってしまって、
うんと気が滅入る。
<ほとんど ビョーキ>
たとえば勤め先で、瑣末なことに追われ、
精神的に疲労困憊してしまうことも、現代社会。
生きてりゃ、ある。
そんなときも、なる。

<ビョーキ>が出ると、どうしようもない。

「来年の今頃には、
次期町内会の役員選出の会議に、出席要請が来て、
強制的に有無を言わさず、
町内会会長か副会長のどっちかの役目を、突きつけられるんだ…」
親がもう十二分に超高齢になっている今、
そして町内全体高齢者しかいない現状、
もはや引き受けざるを得ない…
断ることができない環境…
ものすごい外圧…
という、1年も先のことを思い悩んで、
今から悶々としたりする。
来年の今頃には、なんていう不確定といやあ
不確定な未来のことなのに、だ。
でも、その日は必ず来るんだもん!(泣)
考え出すと、止まらないこれ。
<ほとんど ビョーキ>


<ビョーキ>という言葉が大流行していたころ、
戸川純さんという、役者さんであり歌手の女性がいた。
おとこもおんなも、紋切り型のアイドル全盛期の時代。
戸川純さんは、
個性的な声と、独創的なファッションで、異彩を放っていた。
CMやドラマとかにも、比較的出演されていて、
子どものあたしは、とても気になるひととして、
当時ちょっと気にして、雑誌のインタビューとか、
追いかけて、よく読んだ。

そのときの一文を、あたしなりに、覚えてる。

小学校のころ、強迫観念みたいなものが強くあって。
たとえば、階段をのぼるとき、
2歩のぼっては、1歩またおりて、
2歩あがってはまた1歩さがって、を
繰り返さないとダメだった。
「自分でも、何でこんなつらいことをしなきゃ
いけないんだろうって、
泣きながら階段で、毎日それをしてました」

昔は<ビョーキ>だけだったと思う。
流行語だけの意味・だけじゃなく、世間の常識的にも、
医療界での説明でもなんでも。
”花粉症”というワードすら、当時は無かった。
どれもこれもみんな”アレルギー”のただ一文字だった。
”ハウスダスト”も”シックハウス”も何も何も、無かったころ。
気持ちの病は、たいがい”ストレス”で片付けられてた。
そういう時代。

人気モデルの栗原類さんが、自身の障害を本にされたという
記事をどこかで、読んだ。
そのときの文言で、たしか、
「冷蔵庫に、いつも同じ場所に、
オレンジジュースが置かれていないと、
気になって気になって仕方が無くて。
外出先からタクシーで帰宅して、
いつもの位置へ戻したこともある」
みたいなことがあった、と思う(たしか)。

知り合いの息子くんで、
自分の真横に、大好きな大好きなとある1冊の本を、
必ず広げて置いておかなきゃ、気がすまない、という子がいる。

親戚のおとうさんで、
毎週土曜日の早朝には、必ず絶対の絶対に、
家中雑巾がけをすると決めて、生きている人がいる。
たぶんもうそれは50年間は、続いてると聞く。

『イエペは ぼうしがだいすき』という外国の絵本。
デンマークの絵本。
イエペくんは、お気に入りの茶色い帽子をいつもかぶっていて。
朝ごはんを食べるときとお風呂のとき以外は、
いつもその帽子をかぶってる。
イエペくんの”個性”として、暖かく見守る周囲のおとなたち。
なんて素敵なの、と胸がじいんとなる。
ルパン三世の相棒、次元だって、帽子がなきゃ生きてゆけない。

いろんな<ビョーキ>がある。
この現代では、それはものすごく
微細に細分化されているし、されてゆく。
細切れになってなってなってゆく<ビョーキ>たち。
専門家が出て来て研究したり、
それぞれに”名前”がつけられる。
そういうことが、全部まるごと、良いことなのか、
マズいことかなのかは、分からないけど。

あたしの<ほとんど ビョーキ>も
細かくちぎってちぎってちぎってちぎって、
ぱあーっと飛ばしたい。
そう思うときだって、そりゃああるさと。
≪ねばまいん方式≫と命名しようと思う。
来年のことを思い悩んだりして、
鬼に笑われたりしても、そういう日もあるんだと、鬼にも言う。
簡単に笑わないでよね、と。
いろいろあんのよ。
ねばまいん。
いろんなこと。ねばまいん。



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2016-12-05 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

開頭手術で逞しくなった・かも

爪が、剥がれた。。。。。。

いったあああいいいーーーッ!!!


生まれて初めて、爪が剥がれたーあ!(痛)
いててててーっ!!!
そして、なっかなかの流血ーーー!!!(卒倒)

居間で、ごろんごろんしているときのこと。
インターホンが鳴ったので、
はあいと、起き上がり、
飛び出してゆこうとしたとき、
足元に、パソコンの充電コードが絡まり!
あっ!と、カーペットの上でつまづいて、
ガッ!
小指の爪が引っかかって、、、、、
いったーーーぃ!

見ると、爪が、ぐーらぐら!
は、剥がれたーーー!!!(激痛)

慌ててティッシュで小指をくるみ、返答するも。
結局インターホンの呼び出しは、新聞の勧誘。
もーっ!バカーッ!
紙類の新聞はもう読んでいないから、即お断り。
(古新聞が、あっという間に溜まるのが面倒だから)


「女性は血を見ても平気。見慣れてるから」
そんな馬鹿げた言葉を、子どものころ、どこかで聞いたことがあるけど、
んなことあるか!
おんなでも苦手なものは苦手じゃい!
と。
ティッシュにつく血の赤さに、気持ちがふらふら…
初めての衝撃体験に、妙な汗も滲んで来る。
「・・・」
ものすごい、無言。
そして、何も考えられなくて、ソファに横になって、じっとした。


・・・・・・・・



パソコンついてるし、こんな場合どうしたらいいの。
と調べたら「病院いけ」

はい、分かりましたそうですよね、、、で。
足は激痛なれど、意識はふつうにあるので(当然だけど)
最寄の病院へ電話をした。

その日は午後から完全休診で、病院は、無人。
でも<救急>番号に連絡をしたら、
相談を受け付けてくれて、急患外来で診察して貰えることに!
ああ、どうも!
どうもありがとうございますーっ!!!(感涙)
初めての爪が剥がれた事態に、もう動揺してたから、
大感動で、いっぺんに気持ちがしゃんとした(笑)

病院で、診察して頂く。

これって、本当に心強い。
こんな安心感は、何ものにも変えがたいと思う。

救急患者として、診て貰うのに辺り、
病院へ向かう前、
先生と看護師さん等に不愉快な思いをさせてはならぬ、と、
顔を洗い、口臭マナーに歯磨きをし(笑)
少々白粉をはたいて、自転車ブっこいで、飛んでった。


この病院は、そこそこ規模の総合病院。
わが家は、少々のことなら自宅で安静。
とにかく寝て治す、を信条に、
病院へはほとんど行かないのだけど、
こちらには、何度か風邪や皮膚科などでお世話になってる。

受付で名前を伝え、待合室で待機した。
その間も、足の小指は、じーぃんじん。
「ああ痛いよぅ…(えーん)」

爪は、根元を残して、ぐらぐらしてた。
ネットで治癒法を見たとき、
【事と次第では、爪をはがす】とあったので、
ずいぶんドキドキ。
剥がすとしたら、
麻酔なんかなしで、剥がすんだろうな。
痛いだろうなあ………
なんて思いながら、長椅子でじーっ…

で、ふと。

「片側顔面痙攣で、
開頭手術をした、翌日とかの
切開部分のじいんじんの、あの痛みに比べたら。
ぜんぜんマシだろな」


なんか、片側顔面痙攣での
いろんな体験は、
こんな感じで、あたしを確実に、逞しくさせてくれてる。
こんなとき、すごく、そう思う。
改めて、そう、気がつく。
だから、あの体験は、やはり
あたしの人生の糧になってるんだと。


病院は、明るく電気が点いていて、ちょっと驚く。
まだ時間が早い、夕方だったからかもしれない。
受付カウンターを始め、フロアにも思っていた以上に人がいて。
でもやっぱり”関係者以外 不在”みたいな。
病院だけど、ちょっと違う。
一般外来の、内側、みたいな感じ。

通路の向こう側を、病院食の晩御飯を乗せた
大きなカートが、通り過ぎて行った。

「懐かしい…」

なんというか。
懐かしかった。
今から、晩御飯なのね。
この病院は、ちょっと時間が遅いね。
今夜のお献立は何かなあ。

あたしが入院していたとき、
お給仕のお手伝いをして下さっていた、
病院関係者の方の、お顔を思い出す。
お茶足りてます?
そのままトレイ、置いてって下さってかまいませんよ。

行き交う、忙しそうな看護師さんの皆さん。
白衣を着ている方々。
何かの先生かと見る。
なんか。
何もかもが、懐かしく思えた。
入院中は、あたしは、皆さんから
お姫様のように、扱って貰っていた。
あんなに大事にして貰ったことって、
人生、後にも先にもない気がしてるくらい。

片側顔面痙攣の手術は、
術後の経過とかはバッチリ、だったけれど、
敢え無く再発してしまった(落胆)
でも、それでもやっぱり、
あのときの入院は、あたしの人生の紛れもない一部だ。
だから、いつでも、思い出す。
こんなふうに。
思い出す。

看護師さんたちは、本当に有難い方々だ。
お医者さんも、本当にその存在に感謝する。
病院は、安全で安心出来る、悩める体調の人々のサンクチュアリ。


本日の、救急患者対応のお医者様が診察して下さった。
処置室で、剥がれた爪の先を除去してくれて、
念入り消毒。
止血のパッドをフィルムで巻き付けて下さり、終了。

お大事に、と送り出して下さった、
若くて優しい先生と、朗らかな看護師さん。
適切な処置をして頂けて、心底安堵した。
(本当にどうも、ありがとうございました!)



病院では、いろんな迷惑をかける。
周辺に。
関係者のみなさんに。

ときに、お手洗いにもひとりで行けないし、
ゲボだって突然吐いちゃう。
待合では、とにかく辛くて、
人目もはばからず、長椅子に横たわることもある。
入院していたら、急な体調変化に
ナースコールとかまで使わせて頂いたりもする。
暖かい言葉や、叱咤激励とかまで、貰ったり。

そういう、いろんな面倒をかけながら、
明日にいろんなものをつないでゆく。
それは、素晴らしく良いこともあるし、
ときにそれが、悲しいこともある。
けど、確かに何かを、暖かくつないで貰う。
病院って、そんな気がする、ものすごい、場所。

片側顔面痙攣が、残念無念。
また再発して、痙攣のある煩わしい暮らしを送ってるけど、
こんなふうに、病院は、あたしの中で
感謝と大事、になっている。
これは、紛れもないほんとう。

あの手術経験は、うん。
やっぱり、残念結果だけど、
総合的には、イイんだと、思ってる。

剥がれた爪が、完全に元通りになるまで、
約1ヶ月くらいかかるらしい。

足の小指なんて、
ほんのごくごく小さなカラダの一部なだけだけど、
いざこう傷んでみると、すごく違和感と、不自由さを感じる。
そしてまた改めて、
すこやかであることの有難さを、感じた。

人生って、なんでも、学べるんだなぁ。




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しかし、イテテテテーッ!(涙)





2016-12-02 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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