自分の未来を思うとき。

自分の未来を思うときって。

そういうときは、だいたいまあ、現状に何か
考えがある状況、のような気がする。
中身は、明るい未来であっても、
明るくなさそな未来であっても。

自宅でひとり、ぼーっとコーヒーなんぞ飲んでるとき、
片側顔面痙攣”自身”も、ホッと一息タイム、のように(苦笑)
痙攣がパッタリ止まっている時間がある。

そのときは、目も両眼揃ってカッチリ、開く。
ほんとにもう、パカッとふつうに開いて。
眼の状態はもちろん、気持ちもすこぶる快適のひととき。
でもそんな時間は長く続かない。
痙攣してるからって、生命に差し障りがないし。
痙攣してるからって、誰にも面倒かけてないし、と思ったりする。
だから、再手術はまあね。
まあね、と思う。
まあねえ。


最近、家族と自転車に乗って外出をしてるとき、
前方を走っていた家族が、自転車を止めて、
振り向いて、私にこう言って来た。
「遅いよー!」

確かに、私の走行速度は遅くなってる。
間違いない。
だって、安全運転を心がけてんだもん。
ていうか。
だって、怖くてスピードが出せないんだもん。

私の”利き眼”は、右眼。
私の片側顔面痙攣の側は、右側。

自転車で走るとき、右側が痙攣したり、
ぎゅーっと歪んで目を閉じ気味になったりする瞬間が、
ちょっと、怖くなった。
朝は朝日のまぶしさで、右側の視界が狭くなるし、
夕暮れは薄暮のぼんやりさに、やっぱり狭まる。
夜はなおさら。
暗闇になると、ふいうちに飛び出てくる
自転車の対向車や、黒い服装の人なんか、
心臓がどわーってなる。
ぶつかったら、と想像するだけで、恐ろし。
だから、ゆっくり走行。
安全第一。

「遅いよー!」と言って来た家族に、
私はしれっと、かつ、ぴしゃっと、答えた。
「痙攣してっから、怖くてスピード出せないんだよ!
利き眼が見づらいってのは、大変なんだよ!」

家族は、ああそうか、すまん、というような
顔をした。
私は家族に、追い討ちをかけた。

「自分が健康体バリバリだからって、
世の中には、不自由なことを持ってる人だって
たくさんいるってこと、
忘れないのがいいよ!」

家族は何も言わず、うつむいてた。

自分自身の性質を、底意地悪いなあと思いつつ、
腹立ち紛れもあいまって、言った。
家族は悲しそうな顔をしたから、
こっちまで悲しい気持ちになってしまった。
だから、もう今後は言わないようにする。(たぶん:苦笑)


こんな会話をしないで済むような未来があるのか。
あるといいよなあと思ってる。




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2016-10-30 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

豊かに生きる。

若いひとが、短い時間だけでこの世を去ってしまうことは、
本当に、悲しいと思うようになった。
加齢効果だと思うけど。

自分より若いひとや、”いきもの”たち。
いきものたちは、盛大長生きしたって、
多くが私の寿命より、はるかに、短い。
だから、同じ。
もしくは、ひと以上に、悲しい。
まあとにかく。
若いひとは、私よりも、うんとうんと長く暮らしてほしいと思う。


すんごい一流企業【電通】社員だった
若い女性が、この世を去ってしまった報道を知って、
ものすごく悲しかった。
報道を見て、涙がにじんだ。
ものすごく、悲しい。
ご本人は、もっと悲しかったに違いない。
切ない。
天空の野原で、清らかな花々を摘んで、
髪の毛に飾って欲しい。
美しく、かれんに、天空で暮らしてください、と
心のそこからそう願う。
どうか、心安らかに、と、ただただそう願う。


私は、へっぽこな会社にしか勤めたことがない。

会社のあった場所は、大きな総合ビルディングの中で。
そこには、ちょっとした一流会社も入っていて。
エレベーターホールなんぞで、そちらの社員の皆さんなんかと
すれ違うたび「一流はやっぱ違うなあ」なんて思ってた。
男性も女性も、みんな、身なりもすっぱり小奇麗だし、
何より、たいがいの人が、行動がスマートだった。
”お先にどうぞ”と道をゆずってくれたりだとか、
”お持ちしましょう”と、大きな手荷物を運んでくれたりだとか。
スマイルもさりげなく、しゅっと。
ああインテリはやっぱ、上品ー

それに引き換え。
私の会社の人員はどうよ、と。
くだらんヤツばっかしで。
1日中休憩時間みたいにして過ごしてるだけの上層部。
外回りの営業チームで、カップルみたいになっちゃって、
月末の収支さえ合やそれでいいんだよ、と
勤務中にホテルばっかし行ってたバカップル社員。
まじめに、と言わなくても、ふつーうに勤務している人々は
ちっとも評価されない。
でももっと言うなら、
そんな程度の会社にしか所属出来ないのが、自分のレベル。
そう思っては、凹んだ。

でも、この世を旅立ってしまった女性の報道を見ると、
あんな大一流企業で、
あんなくだらん台詞をいう人物なんかがいるのか、と驚いた。
と同時に、
てきとーなアホアホ会社って、
ある意味気楽なのか、と思ったりした。
アホアホ部署に所属して、
てきとーに勤めているだけだったら、
倒れるほど働かないから、ある意味自由かもしれない。
なんて、アホアホ立場から、そんなふうに思ったりもした。
アホアホ低俗さに、それでもやっぱり、
そこはそれなりに凹む日はあるけれども。
でも、倒れないで暮らしてる。
ただ、
それが<豊かな生き方>かどうかは、分からないけども。


私がまだ若かったころ。
本当に若かった、19歳のとき(まぶしいー!)

ちょっとしたご縁あって、
とある美術サークルの、手伝いをすることになった。
生徒さんは、だいたい定年前か定年後の年齢。
美術を愛する皆さんは、どなたもみんな、穏やかで上品だった。
年齢がそうさせているのではなく。
趣味に遊ぶ、完成された優美な人々、というか。
でも、とても環境のよい場所で、美術製作が出来るところだったので、
20代や30代の生徒さんも、大勢参加されていた。
穏やかですこぶる幸せな、美術サークルだった。

製作時間の途中と、終了後に、いつもお茶の時間があった。
茶道の先生や、活花のお師匠さんなども生徒さんにたくさんいたから、
お茶の時間は本当に素晴らしいものだった。
お茶やお茶うけのお菓子などは、そんな皆さんたちが、うんとたくさん、
随時自由に持ち寄ってくれていて、
手伝いをする若い私は、心底楽しみだった(食い意地魔王)

文化サロン。

まさに、まさにそんな感じだったと思う。

そんな中で、最高に素敵な女性がいた。
誰からも慕われ、人気者とはこういうひと、と思うような。
朗らかに笑い、おおらかにおしゃべりをする。
その人が用事か何かでサークルを欠席されたら、
その回はほんとに、味気なくなったほどの、ひと。

文楽を最高に愛し、お能や狂言も大好き。
歌舞伎を観劇することも日常で、
いつもサークル内で、特別に仲良しの皆さんで、
歌舞伎鑑賞のときは、漆塗りのお重の
お弁当を作って、持ち寄っていたり。
文化と食事を、あますところなく、楽しんでらした。

その人と、サークルの終わりに、
最寄駅まで、大勢で歩いて帰っているとき、
ふと、若いころの私は、単純に、青く、若かった。
「お仕事は何をされているんですか?」と、のんきに聞いた。
今ではそんなことは聞かない。
プライバシーとかそんな意味は若干で、興味がない。
そのひとのことは、職業ではあんまり、関係ないってことを、
年とって、分かって来たから。
でも、若いころは聞いた。
だってそのとき、19だもん。

「清掃夫」

え?

「清掃よ。
ビルのお手洗いとか、床とか。
掃除する人よ」



人生って、素敵だな。
そう、知った19歳のころだった。



うねうねと、面倒くさいほど曲がりくねった人生を送って、
今までどうにか暮らして来て。
アホアホな会社にしか身を置けない自分の低脳さに、
情けない気持ちになったり、
今もなおしてるけれど、
でも、心の疲れ切ったとき、
ときどき、今も、その女性のことを思い出したりする。

豊かに生きるってことは、
そのひとのすべてを、表してる。

19歳のころの私の、その出来事は、
今も、私の、大事。



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旅立ってしまわれたかのかた、
心よりご冥福をお祈りもうしあげます。





2016-10-19 : よしなし雑記 : コメント : 2 :

年をとったと思うこと。

『 いつの間にか僕らも 
  若いつもりが歳をとった
  暗い話にばかり
  やたら詳しくなったもんだ 』 
 
  すばらしい日々 by ユニコーン

愛犬の散歩をしているとき、ふと出て来た、うた。
奥田民生さんのこのうたは、
気持ちいい感じのユルさと同時に、
深いところの、心の深淵を感じさせてくれる。
音楽はまったくといっていいほど、聴かない私だけど、
このうたはとても好きだ。

犬の散歩というものは、ただの<散歩>じゃないなと思う。
最近そう、分かって来た。
ただの散歩じゃない。
自分の生きている”時間”のことを、分からせてくれる行動だと思う。

散歩中によく会っていたおじいさん。
最近まったくお会いしない。
年齢は90歳をゆうに超えてらした。
ちょっとお目にかからないでいると、
私に、
「お風邪でも引いてられるのかなあと、
気にしていましたよ」などと、いつも言って下さる。
感動する。
ひとに気にかけて貰っていたと知ると、本当に嬉しい。
暖かい方。
こちらも、ものすごく暖かい気持ちを頂く。
有難いなあと、ものすごく思う。
そのおじいさんと、最近、まったくお会いしていない。
愛犬とぶらぶら歩いているときに出会った方だから、
たぶんあの辺に住んでらっしゃるだろう、と
推測するだけで、お名前もご住所も存じ上げない。
お元気でおられるのか。
すごく、気がかり。

また。
愛犬のことを、こよなく可愛がって下さる、女性。
私の住む町内から、いくつか離れた町の、
でも犬の散歩でよく前を通る銭湯へ、
1日おきに通っている、と言われていた。
母親より一回りくらい年下かな、と勝手に思っている、
そういう年齢らしき、方。

愛犬に会うと、ポケットから1個、おやつを下さる。
「おやつ、あげてもいい?
ジャーキーなんだけど。
うんと小さく切ってあるの。ほんのひとくちサイズによ。
最近ね、ワンちゃんでも、ダイエットとか
アレルギーとか事情があるでしょ。
だからおうちの人に聞いてからじゃないとね」と、
とても配慮下さった、優しい方。
その女性にも、最近まったくお会いしていない。
お一人でお住まいだと言われていた。
この方も、どこに暮らしているのか、存じ上げない。
ただただ夜の7時頃、銭湯の近くの道で、すれ違う。
ただそれだけだから。

いつも会えるものだと思っていた。
でもいろんな事情から、会えなくなることを、知ってゆく。

体調不良。
家の事情。
環境の変化。

愛犬と散歩をしながら、
そんなことを思いながら、歩く。

こどもの頃は、そんなこと、考えもしなかったこと。
年をとったんだなと思うこと。

それもこれも、
私にとっての、すばらしい日々だと、思いたい。



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お達者でいらっしゃいますように、と。
今思うことは、ただただそう。





2016-10-16 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

円形脱毛症ご対面(驚)!

日々のドタバタですっかり放置していた、
散髪へ行って来た。
2ヶ月と1週間振り!
美容室は、大好き。

美容師さんとはもうずいぶん長年のお付き合いだから、
私はサロンに行って、椅子に座るだけ。
こんな感じが希望、というイメージを持参しない限り、
美容師さんにおまかせ。
今回もあ~スッキリ。
かつ、お洒落に仕上げてくれました☆

で、ここから。

自宅に戻って、ご満悦で合わせ鏡で、
NEWヘアスタイル鑑賞、をしたときのこと。

首筋から後頭部の3分の1程度、
高校球児にも負けぬ1ミリ~3ミリのグラデーションにて、
バリバリーッとバリカンで、刈り上げている(←モードです:笑)
それをしげしげ眺めたい~♪と、
髪の毛を持ち上げてみると、ふと。

「んんん?!あれっ?ハゲてる?!」

小指の爪ほどの大きさで、若干、地肌が透けて見えている箇所が1個!
げげげーっ!
これが世に言う<円形脱毛症>なのでは!!!
ガーン!

と、慌てて美容師さんへ電話!
すると、美容師さんも驚いてた。
「えっ?そんなのありました?どこに???」と言って、
えっえっえっ?!状態。
ほら、片側顔面痙攣で出来た傷痕跡あるでしょう?
あの縦長ラインから、ちょっと左横の上の辺りにあるの!
これ、いわゆる<円形脱毛症>かしら?!
「えーっそれは拝見させて頂かないと、お答え出来ませんけれど…!
えーでもすみませんでした、なんか。
ごめんなさい、ぜんぜん分からなかった!
気づかなくてすみませんー!
良かったらいつでも結構なんで、またぜひ一度
見せて下さい、その箇所」と、美容師さん談。

髪の毛をカットしてるとき、毛を束ねては、
あちこちピンで留めているけど、
その都合如何で、気がつかれなかったんだろうなあ。
(まあそれくらいの小さいサイズ、とも言えるか)

でも、人生初めての初体験の、この現象。
合わせ鏡で、必死の目を凝らして見ると、
小さいサイズなれど、触れると、地肌がツルリとしてる、と思う。

家族に見てもらうと「うーん。確かにハゲてっかも」
やっぱしかっ!!!
ガーガガーン!

美容師さんは
「そういう状態の方は、結構、いらっしゃいます。
でも、必ず毛は生えて来ますから。
一番良いのは、ほっといて、気にしないことです」と言われた。
うーむ、ほっとくのかぁ…
大丈夫なのかしらん。
これよりもっとサイズが大きくなったり、しないのかなあ???

「頭皮のサイクルはだいたい3ヶ月なんです。
だから、3ヶ月前辺りに、なにか大きな
ストレスになるようなこと、おありでした?」と、美容師さんに聞かれた。

うーん、ストレスかぁ。。。
〝ストレス〟と言われて、指し示すものがあるとしたら、
そりゃもう、完全に断然に、片側顔面痙攣の引き攣りだ。
そりゃもう、朝晩問わず、私のココロを牛耳って離さない。
でも、それなら慢性的なストレスだ。

3ヶ月前ねぇ…
真夏真っ盛りのころ……(←遠い記憶をたぐり寄せてみる)

いややっぱり、特別思い当たらない。
勤め先の、瞬間で無差別に怒りやすい上司や、
気分屋の先輩社員らのことは、毎日のストレスだし。
猛暑に辟易して、気温に怒り心頭してたのも、
毎年してることだし(←無意味なんだけど、しちゃう)
うーん…
ちょっと多忙続きと、遊び過ぎで、
慢性的寝不足&睡眠不足は、ずっと、
その頃かそれ以前から、このところ続いてる。
それかなあ。。。
うーん、わからん。。。


2ヶ月前。
美容師さんは、酷い鼻づまりの声をされていた。
「風邪を引いてから、中耳炎になっちゃったんですよー」と、嘆いてらした。
今回も、そのときのまんまの声だったので、聞くと、
「いったん治ったんですけど、また鼻づまりになってるんですー
これはいったい何なんだーって思ってるんですが、
秋の花粉症かなあって。
それよりも、今、首が痛くて痛くてー」
あらそうなんですか、それは大変で、と聞くと。
「ネット検索しまくって、探した名医、みたいな
整形外科に行って診察して貰ったら、
レントゲン撮影の結果、首の骨がズレてたんですよー」

その美容師さんは、たいへん美しくスマートで、
そして、まだまだうんとお若くて。30歳とほんのちょっとだもん。
でも。
「どっっっこも何も問題のない健康体でいることって、
至難の業ですよねえ」
と、真剣に、
心底、という感じで、言っていらしたことが、忘れられない。
見事な鼻づまり声で(苦笑)
そして、体調不良をなぐさめあう
”高齢茶飲み友達”みたいですねぇって、笑い合った(苦笑)

ネット検索してみると<円形脱毛症>は、いくらでも
キーワードで浮上して来る。
Q&Aでや、病院のサイトや、個人ブログ等々。
でもすごく不思議。
不思議なもんだなあと思う。
”ストレス”が<円形脱毛症>を引き起こしやすい素因だとしたら、
私の思い浮かんだストレスなんて、へみたいなものだろうと思うんだけど。

例えば、友達で、壮絶な大騒動でもって、離婚を成立させた人がいる。
すんごいストレスフルな日々だったろうと、想像出来る。
会うと、げっそり頬がコケていたり、涙もろくなったりしてた。
でも<円形脱毛症>にはなってなかった。
環境が劇的に変化でストレス、ということも。
結婚相手の仕事の都合で、数年毎に
見知らぬ外国を引越ししまくっている友達も、
「へろへろになるー…」と嘆きつつも<円形脱毛症>は無縁。
失職した人も。
異動した人も。
転職した人もいるけど、誰も<円形脱毛症>なし。
ものすごいストレスフルだろうと思うんだけど。
どゆこと?????
やっぱり。
わからんー。

家族はまったく他人事のんきさで、
「ぜんぜんどっからも見えない場所だし、どんまい
ネットの中でも
「お医者は”見ない・触れない・気にしない”が大事という」とあった。
くだんの美容師さんも同じ。
気になさらないで、ほっとくのが一番です」

そのうち生えて来ます、毛。

みんなそう言うので、まあそうかと思い直して。
コーヒーでもいっぱい。

しかし。
人生ってのは、いろんなことが起きてくるな。
子どものころは、
暮らしの範囲も狭いし、経験も浅いし、何も知るすべもなかったし。
いろんなことが起きてくるな、と知ったぶん、
おとなになったんだなあと。
それは、良くもある。
でもちょっぴり、寂しくも、あるな。
ピーターパンくらいだわ、永遠の子どもって(苦笑)

しょーがない。
付き合いましょう。
では。
初めまして、円形脱毛症。
でも。
お付き合いの別れは早く、スカッとしたいもんです。
腐れ縁、ごめんで(苦笑)




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2016-10-06 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

術後ジャスト3年。

この2016年10月1日で、
片側顔面痙攣の手術入院の日から、ジャスト3年が経った。

3年前の今の頃のことは、ものすごくよく覚えてる。
いつもぼーっとして暮らしているのに、
この頃のことは、すごく、すごく覚えてる。

3年前の今の頃。

やたら残暑が厳しく、10月だのに、夏日が連日続いていた。
入院している病院は、常時一定温度で整っていて、快適だった。
そんな中、毎日日に3度、見舞いに来てくれた両親の顔が
いつも汗まみれで、真っ赤だったことが、忘れられない。

開頭手術をする前も、した後も、希望に満ちていたことも忘れない。
希望って、キラキラなもんだなあ。
自分自身で、にやけてしまうほど、希望に満ちた気持ちでいっぱいで、
キラキラ輝いていたと思う。
「手術をして、完治するのだ!
この煩わしくてうっとおしくて、面倒くさい、
この痙攣とおさらばするんだ!☆」

手術をして、退院をしたとき、
私はショートヘアだったから、
ド級にインパクトのある傷口が、丸見えだった。
執刀医が手術しやすいように、なかなか大胆に刈り上げて、
頭の3分の1程が、丸ハゲになっていた。
でも、私は誇らしかった。
髪の毛なんてすぐ伸びる。
傷口なんてすぐ小さくなる。
そんなことより、
そんなことなんかよりも、私はこの嫌で嫌でたまらなかった、
片側顔面痙攣から開放されるのよ!
そうなの、コレそれの証なの。
そのときの痕跡。
でも、これのおかげで、これからスッキリするんです~
ららら~☆
そう思っていて、本当に、傷痕も、愛おしかった。

勤め先でもしばらくの間「凄い傷ー!キャーッ」と、
ほとんどホラー映画の主人公扱いされたけど(笑)
それもとっても面白かった。
何もかもが、キラキラ。
輝いていた。
<希望>って、すごいもんだと、つくづく思う。


術後1年3ヶ月で、敢え無く<希望>は木っ端微塵。

手術の痕の窪みも、触れると、切ない。
「おまえ、治らなかったね」
傷口はもちろん時間とともに治ったけど、その奥。
「おまえ、治らなかったねえ」
本当に、残念。


デジタルカメラのおかげで、3年前の入院中の写真とか、
退院後の写真とか、すべて、のんきに、残ってる。
パソコンの中に、のんきに、残ってる。
見ると、胸の底がしんとする。
けど、私の貴重な体験だから、消滅させるつもりはない。
希望に満ちた、写真たち。
3年前の私。
遠いような、でも私。
くっついてる。


3年前の、開頭手術をして、
退院して帰宅してすぐ、愛犬と散歩にいった。
退院は朝一番にした。
タクシーで自宅まで戻ったとき、
だからまだまだ、朝だった。
そのときの、写真。
すごい晴天の朝だった。
夏日の。
10月半ばだったのに、異常気象的、夏日の日。

このときの、この写真の木は、自宅近所の空き地に植わっていた。
今はもう無い。
いつだったか伐採されていた。
いつだったか、覚えていない。
ただとにかく、この日のこの退院した朝は、
眩しい程の晴天だった。

術後すぐの穏やかな痙攣とともに、見上げていた青空。
この痙攣はもうじき消え去るから、と、私もキラキラしていた朝。
青空に負けてなかった、希望キラキラ。

残念。
再発。

青空は、いつ見ても青空。
3年前も、今も。
きれいなもんだと思う。



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2016-10-01 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 6 :
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Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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