どうでもいい感じ。

勤め先で受診する、健康診断の時期が来た。

会社負担の健康診断だから、すっごい簡素。
聞いた話だけど、
立派な大企業にご主人が勤めてて、
その妻も一緒に健康診断、というヤツ。
ものすごいらしい。
奥さん談。
「施設内がホテルみたいで、
クリニックが用意してくれてるガウン着て、診察受けるの!」
半日使って、微に入り細に入り検査検査してくれる、
完全フルコース・人間ドッグだとか。

って。
話を聞きながら、へぇすごいねえ~と言いながら、
内心は正直こう。
「どーでもいいよなあ」

タダでそんな豪華検診が受けられることに、
やっかんでるとか羨望とかじゃあ全然なく。
ほんとに、そういうの、もうなんか。
「どーでもいい」

会社が受診させてくれる、この簡素の簡素なので、もう十分。
四十路も超えに超え、もう、きっとどっか、
普通に悪い箇所出て来るだろうし。
”留意した方がよい”程度のことさえ、知らしめてくれたら、もう十分。
数値とか、状態とか、細かいことはもういいやって。

どっかすごく悪い箇所が何か有ったとしても、
それが今後、うんと痛みを生じたりしたり、
ものすごい不便(例えばずっと下痢とか嘔吐とか)に
なったりしたら、嫌だなあ。
それくらいは思ってるけど。
勤めにくくなるし。
さぞかしダルいだろうし(←倦怠感がかなり苦手派:苦笑)

なんていうか。

片側顔面痙攣を発症して。
完治目指して開頭手術を、思い切って受けて。
でも、たったの1年3ヶ月後、また再発をして。
1万人に1人程度しか発症しない、片側顔面痙攣の症例。
80%~85%は手術で完治するところ、あえなく再発。
この確立たるや。
これを自分の人生と、引き受けずして、もう、どうするっていうか。
全面的に肯定、とかいう前向きなんかじゃなくて。
全面的に降参、というか(苦笑)
あーはいはいもうわかりましたよわかりました。
引き取ればいいんですね、あーはいはい。
てか、引き取るしかもうないんですもんね、はいはい。
そんな感じ(苦笑)

投げやり。
うん。
投げやり。
割と近い言葉かもしれない。
でもそれが正直な気持ちだな。
投げやり。
やけくそ、ほど熱くない(苦笑)


片側の目が、ぎゅーっと引きつる。
手術以前は、ピクピクと痙攣する、が表現だったけど、
術後の再発以降は、痙攣というより、引きつる感覚。
ぎゅーっと、
まぶたが、まるで、
糸か何かで、引っ張り寄せられるような感覚。

ぎゅーっがもう、しょっちゅうなもんだから、眼鏡に替えた。
コンタククレンズはもうよした。
だもんで、アイメークもやめた。
おめめの見栄えにこだわって(笑)
まつ毛パーマなんぞも、かつてしょっちゅうしてたのも、昔話。
メイク自体もう興味がうせた。
申し訳程度に、ぺぺぺぺぺっ。
片側顔面にぎゅーっには、
なんていうかもう、お洒落はいらねえなというか。
しても、気分の底から、盛り上がらん。
そこそこ社会的マナーに則ってりゃそれでもういいやって。
過分な洒落度は無用じゃ。
投げやり。
二十歳みたいに若くなくて良かった(苦笑)


去年の夏、買ったマニキュア。
まだ使える。
今年もこれでいく。
どうでもいい感じ。
ここにも、ある。




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2016-05-29 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

小さく、憂国。

勤め先のランチタイムで。

数歳年下の、主婦同僚さんとおしゃべりをしながら、
もぐもぐしていると、お子さんのお話になって。
以下。
私。
「ふへえー」な話。


お子さんは、この春
ピカピカの小学校1年生になった、一人息子くん。

自転車に乗れない。
逆上がりが出来ない。
ぶらんこがこげない。


「ぶらんこに乗っても、自分でこいで、
どんどん加速をつけてゆらしてく、ってことが、
ぜんぜん出来ないの!」

ふへえーそうなんだぁ。

「後ろから背中を押して、ぶらんこを揺らしてやって。
それからがぜんぜんダメなのよ。
足をホラ、こーんなにして、ぐーって突き出して、
両手でぶらんこをがーって持ち上げるみたいにしてさ。
何度かそんなのを繰り返してったら、ぶらんこ。
どんどん、ぐんぐん揺れるじゃん?
それが、ちっとも、出来ないのよー!」

おかあさんなのに、こう。

「なんで出来ないんだろう?って、不思議でもー不思議でー!
うちの息子、大丈夫なのか?!ってすっごい思ったー!」

自転車に乗せても、バランスがちっとも取れないんだそう。
最近の自転車に乗ることへのアプローチ方法は、
昔とは違うとか。

「補助輪ありの自転車でまず走る、のは無意味って教わって。
だから、補助輪なしの、足でこぐタイプの自転車。
それから始めて、自転車というモノに慣れさせる。
そういうのが、イマドキなんだって教わって。
そういうもんかーって。
でも、足でこぐのも、ぜんぜんバランス悪くてうまくなくて。
自分でも乗れないもんだから、つまんないみたいだったの。
だから、補助輪の自転車買ってやったんだけど。
補助輪付いてても、それはそれで、しょっちゅう転ぶのよ。
車輪がちょっとどっかに引っかかっちゃったら、ドテーン!」

自転車自体に、もう興味がなくなってしまったみたいで、
息子君、もはや自転車にまったく触れないのだという。

「でもさ!」と主婦さん。

「でもさ!
結構な人数の子供等が、自転車乗れないのよ!
息子の友達でも、乗れない子いっぱいいるの。
だから、なんかねえ、どーうも、
乗る必要性もみんな感じてないみたいだし、
みんな乗れないもんだから、
自分、乗れなくてなんかちょっと、恥ずかしい、
みたいな気持ちもぜんぜんないの!」


逆上がりが出来ないことも、
ぶらんこがこげないことも、
自転車に乗れないことも、ちっとも恥ずかしいことじゃあない。
でも。
でもでも。
「出来たらちょっと、楽しそうだな」
イマドキの子供たちは、
そんな気持ちにもならないのかなあ???
出来る子が、いいなあとかってことも、
ちょっとも思ったりしないのかなあ???
卑下してるとかそんなふうじゃなくて。
尊敬のまなざしというか。憧れというか。そういうの。
そっから「自分も出来たらいいのにな」と、
密かに、親を監督よろしく、つき合わせて、練習を試みてみる。
みたいな。
そういうの、気持ち、ないのかなあ???

「自分ちの子供だけど。
こんなので、大丈夫なのかなあ」主婦さん。
やあほんとに、ほんとに。
って。
ひとさまのお宅のお子さんのことだけど。
大丈夫なのかしら、ホントに、なんて。
同調しちゃった(苦笑)

”そういう子、いっぱいいる”にのっかり過ぎるのって、
なんかちょっと。
うまくいえないけど、
ちょっと、危険な気がする。

ひとそれぞれ。
もちろん、ひとそれぞれ。
出来ることも出来ないことも、違う。
でも。
大げさかもしれないけど。
ちょっぴり。
小さく、憂国(苦笑)




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2016-05-25 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

加齢の坂道

親戚のおとうさんが、娘さん家族と一緒に、
温泉旅行へ行って来たと、
お土産を貰った。

貰いながら、親戚のおかあさんと立ち話をすると、
行った先の温泉旅館が、あまりにも壮大に広くて、
お手洗いへ行くたび、
おとうさんは、何度も迷子になったと言った。

慣れない場所で疲労するのか、
ちょっと動けば、どこででもうたたねをするので、
おとうさんは、旅館の車椅子を何回も使わせて貰ったと言った。

「毎年、娘家族は、旅行に招いてくれるんですよ」と、
おとうさんが上機嫌で言うと、
おかあさんは「何言ってるの。冗談。
今年が初めてじゃないですか」と言った。

ちょっとだけ気まずくなったから、
「初めてのご招待でも、毎年っていう思い違えは、
双方ハッピーでいいじゃないですかぁ~」と私が言ったら、
「どうせ、どっちにしろ、すぐ忘れるんですから」と、おかあさんが言った。
旅行に行ったことすらも、忘れてしまうような、言い方だった。

とうの本人も、ふつうにしれっと、ふつうの苦笑していて。
「最近物忘れが酷くてねえ。
少しも覚えていられんのですよ」と言った。


家に戻って、貰ったお土産を食べながら
(炭酸せんべいと、土地銘菓のおまんじゅう)
家族にこの話を話したら、
「寂しいね」と言った。
強い口調でも、弱弱しい口調でもなく。
ただただ、静かに「寂しいね」と言った。

加齢の坂道は、
いったいどこの辺りから、始まるんだろう。
坂道は、上っているのか、下っているのか。
それすらも分からない。

私もいつか、坂道を歩く。




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2016-05-22 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

ごきげんよう。

よく行くスーパーでの、出来事。

清算を済ませて、荷物台で買い物の仕分けをしながら、
袋へ入れていたとき。
目の前にいた見知らぬ女性(母より若干若いような方)が、
私の顔を見ながら、大きな声で
「あったあ!☆」

私をガン見しながら、そう大きな声で言われたもんだから、
なにごとですかぃ?!と、私、びっくり。

その女性。
一枚のお買い物クーポン券を、
私に向けてガバッと。

「あったあったありました!☆これこれ!」と、満面の笑み。
<500円値引き>

「使っちゃったかなあ。
でもいやまだ使っていない気がするって、
ずっと思いながら、レジでお会計したんですの。
でも本当にどうだったのかしらって思って。
うんとお財布の中、探しましたらね!
ありましたの!☆」

それはそれは良かったですね!と私。

「あなたみたいなお若い方だと、
そういう記憶もしっかりなさってるでしょうけれど、
私くらいの年になると、もう駄目ね。
思い出せないんですのよ。記憶にないの。
ああそれよりも、あなた。
クーポン券自体、気になさらないわよね」

いいえいいえとんでもない。若くもなんとも。
私ももううっすら、目を凝らしたら、
対岸の景色がぼんやり見える。
そんな年齢です。
そして、クーポン券だって、私も駆使です。

「お買い物をするとき、
使いましょと思っていたクーポン券を忘れてしまったら、
すごく残念で、持ってくれば良かったって。
いつまでも悔やみます」と私。

「あらあほんとう?!
500円ですけれどもね、なかなか溜まりませんのよ。
毎日ちょこちょこしたお買い物ですからね。
だからなかなか溜まりませんのよ」と女性。

「ええ本当に。
500円は貴重ですよね。
100円だって、還元されるととっても嬉しいですよね」 私。

「今日は使えなかったけれど、
この次は必ず使いたいわ。
忘れないようにお財布の、分かりやすい所にしまっておきます」女性。

その女性は、とっても朗らかで、くったくのない女性でした。
<500円値引き>クーポン券のお話から、逸れて、
次には、そのクーポンを生かすためには、
午後7時以降にお買い物へ来たら良いのだ、と。
お肉類がときに半額になるから、と。

「そういうチャンス。
使わない手はありませんでしょ?
ああ今日は、牛乳が、あちらのスーパーでは
とってもお安くなっていましたよ。
行かれてみては?」

「それは素敵なお知らせを。
どうもありがとうございます~」
牛乳は昨日どはっと買い求めましたので。
と、ココロの中でつぶやきながら、
こういう人って、昔はもっと、たくさんいたなあって。
そんなことを、ふいっと、思いました。

ちょっとした場面で、ふっと目が合ったとき。
さらり。
ひとことふたこと、言葉を交わす。
ぜんぜん見ず知らずの人だけれど、それでも。
ふっと瞬間。
自分の世界と相手の世界が重なったとき、ふっと。
すれ違うその、一瞬。
言葉の中身は、本当に、どうでもいいようなこと。
とりとめのない、ほんの、小さな小さな、会話。

そう〝会話〟があったなあって。
そう、思いました。

食材を袋へしまい、荷物台を離れるとき。
私は「それではどうも。さようなら」と、その女性に言いました。
女性は、ああこちらこそ、というようなお顔をなさって。

「ごきげんよう」

そう言われて、また朗らかに笑ってらした。

先日”さようなら”という言葉が死滅寸前、なんて、
ネットニュースのフレーズで見ました。
ほんとかな。私はさようなら、駆使ですけど。
”ごきげんよう”は、使いません。
父はよく、別れの挨拶のとき”ご無礼いたします”と言います。
母は”ごめんください”と言っています。

ああ~ぁぁ~昭和!(笑)

でも、すごく、すごくすごく好きだ。
そういう言葉たち!☆

本屋さんで、ちょっと前、
週刊誌の【サザエさん】特集本を買いました。
昭和も昭和。
バリバリの昭和のはじめのころ。
このころには、スーパーで出会った女性は、
いたるところわんさと、いたと思います。
サザエさんも、しょっちゅう、見知らぬ人と話してます(笑)

込み入ってない。
立ち入ってない。
ただただ、ふっと、言葉を交わす。
ただただ、それだけ。
悪意も下心も何も、何も、一切無し。

見知らぬ人と世界をまみえることは、
何だか最近、ちょっと、怖い気配があることも。
関わり合いたくない。
でも、もうちょっと、昔に戻れたら、
ちょっとだけ、やさしい時間が出来る気がする。

「ごきげんよう」と言ってもらって。
言葉だけじゃあなくて、
やさしい時間も、貰ったなあ、と。
そんなふうに思った、
スーパーの荷物台での出来事。




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昭和。
遠くなったなあ(苦笑)






2016-05-21 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

たくましいなぁ!広島カープ

会社の同僚主婦さんが、家族で広島旅行へ。

「おみやげです☆」と、頂いたのは、
もみじ饅頭の生タイプ。
初めて食べた。上品なお味~
(でも、ボスボスしてるふつうの方が好みだと知った:笑)

と。
こちら。
赤い輪ゴム。
えっとそのう。
ただの輪ゴムだよね?
確かに、赤いけど。でも、その。。。ね???

「実家の両親たちと、広島カープの
野球観戦もして来たんです☆」と。

パッケージには、広島カープのマスコットの絵。
げげっ、これで、カープ・グッズになってる!
すごーい!
商魂たくましい!
広島カープ。
やるなあ!(感心感服)

これを少し貰って帰宅。
黄色いシマシマ好きの家族に見せたら。
「ふつうに黄色の輪ゴムで、
じゃあ阪神タイガース・グッズで販売すればいいのだあ」と。
商魂たくましい、よりも、それじゃなんか、厚かましい、だよ(苦笑)と。

愉快なおみやげ。
ありがとう♪



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2016-05-19 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

母、きりりっ。

両親と外出していて、お昼どき。
歩いている、近くにあったファミレスに入った。

多種多様で、品数豊富の、メニューに驚愕する。
こんなにいろんな種類があるんだねえ!
と。
めったに来ないもんだから、若干、興奮(笑)

各自お昼ごはんに食べたいものを、注文。
の、あとに。
めったに来ないもんだから(←言い訳:笑)
おなか満腹なれど、デザートも注文。
父は、クリームぜんざいを。
私はチョコレートパフェを。

で。
チョコレートパフェが来たとき、
母がひとこと。

「ぱっとしない盛り付け方ね。
センスないわねえ。
もうちょっとどうにか出来るでしょうに」


って、ハッ。
そっかーと。

私は「いただきまあ~す」だけで、
ちっとも見てなかった。パフェの盛り付けなんて。
でも、言われてしげしげ見ると、
なるほど。
たしかに。
ごてっと盛ってるだけだね。

バニラアイスにチョコアイスが乗っかって、
その上にぼてっとホイップが乗ってるだけ。
たしかに、美的感性、希薄。

てか、それよりも。
ひとめ見るなり、のその母の台詞に、
私は、感心した。
なんていうか。「えらいもんだな」と。
私はただ、食べりゃいいだけで、気にも留めなかったけど、
母は見栄えにこだわった。
なんかこう。
「やっぱ、きりっとしてるなあ」と。

母は若い頃から、割と美意識が高いひとで。
色彩の好みと、組み合わせに、意思を持っていたし、
身だしなみとして、アイロンでぴしーっ。
皺、ゼロ。
白いものはきちんと白く。
黒いものはちゃんとしっかと、黒く。
すすけて来たら、リメイクをして、クッションカバーや
ランチョンマットに。
季節感も大事で、冬場にサンダル(今ではビュルケンなんか、
真冬でもふつうに着用だけど)は
季節感がない、と容認しなかった。
世間のおしゃれとしての認知が向上仕切って、
”どこへゆくのもジーンズ”も、許していなかった。

そんな、母も、高齢になって来て、
そんな、ささやかだけど、いろんな感性に
それほどもうこだわりなく暮らしているように、見えていた。
楽が一番よね。
みたいな。

でも、それでもときどき、
こんなふうに、ものを言うので、
いっしょにいて、小さく、ハッとなる。

こういうハッって、悪くない。
そう思った、午後の、もぐもぐ(笑)




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2016-05-16 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

深読みなしで。

職場の休憩室にあった、どっかの新聞。

お昼ごはんをもぐもぐしながら、書評欄を何気なく読んで、
「ふうむ」となった。
その心は。
「面倒くせえなあ」 (←ザツ:苦笑)

英国作家チャールズ・ラムの随筆集が書評されていた。
<イギリス人のユーモアというのは、こういうものなのだと
授業で教えて貰った>
へえ~面白そう。
ラムはまともには読んだことないなあ。
ちょっと読んでみようかな。
そんなことを思いながら先へ進むと。

以下、ウロ覚え、ご容赦を。

<ラムの人生は、辛く悲惨なものであった。
それでも人生にいつも肯定的であった>
素晴らしい。
<しかし、実際は恐らく、その過酷さから逃れるために、
幸福も不幸も全肯定をしなくてはやってられなかったんじゃないか>
へ。
<そう思うと、ユーモアと全肯定していることが、寂しい。
けれどそれを思うことで、いっそう文章に深みを感ずる>
う。
うぅむ。。。


って。
評論家って仕事は、なんか、面倒くせえな
そう思った。
物事の裏側だとか、物事の側面だとか。
そんな正面じゃない箇所ばっか、突いたりほじくったりしなきゃならん。
研究してるんだからね。
一般的な”表層的”で誰でもが思い描く”表面”の理解なんかじゃダメだ。
それでお金貰ってんだもん。
ちょこっと違うとこ、突いて言わなきゃ、だ。
なるほどねえそういう見方もありますわねえ、が必須だ。
だって、研究して教えて広めてお金貰ってんだもん(←クドい)

でも。
ラムは、もしかしたら、ただ本当に。
本当に、自分の人生とか生き方だとか、暮らしだとか。
そういうものについて、面白おかしく思っていたかもしれないじゃん。
いやあホンットにぼく、悲惨な毎日なんですけど、
でもまあね、なんとかね、くすっ、こんなでも、なんのかんの、
楽しいことも、まあ、あったりしますよ。
そんなふうに生きてたかもしれないじゃん、とね。思うわけです。

てか。
そもそも、どんなに馬鹿みたいにはじけて暮らしている人にだって、
きっと大変で悲しいことって、何個か、あるに決まってる。
それを言うか言わないか。
ラムみたいに、表現方法を持っているかいないかの差だけで。
深読みをすると、どんな人にだって、
いろんなことが、湧き出てくるに決まってる。


むかしむかし、私の若かりしころ。
初めて、英国はロンドンへ旅行に行ったとき。
ひとりでガイドブック片手に、道に迷っていたら、
ひとりの初老男性が声をかけて来てくれた。
見るからに、英国紳士。
三つ揃えのスーツ。しゃきっとした革靴。
帽子をかぶり、新聞を持っていた。
場所が場所だっただけに(大英博物館そばの、ブルームズベリーだったので、
ヴァージア・ウルフ!と、ちょっと勝手に興奮した思い出が:笑)
こういう英国ぜん、とした紳士がまだまだいるのだなあ!なんて。
勝手に妄想した。

紳士は、道案内を説明してくれた。
その英語はとてもスローではっきりとした、口調だった。
完璧旅行者と分かる私にも、分かるように、だったと思う。
拙い英語で御礼を言い、その紳士はそれではと、去って行った。

と。
このエピソードを、帰国後、年上の英語が達者な知人に話したら。
「嫌味だよねえ」と言った。
えー?!そうなの?!と、よくよく聞いたら。
「だってさ、それって英語が出来ないバカに向けて、
バカにも分かるように、バカ丁寧に英語を話したってことでしょ。
大英帝国時代の黄金時代の名残でさ、
世界を席巻してた国の言語って意識のヤツだよ。
だから、親切なんかじゃなくて、上からだよ、上から」

そうかあ、そうだったのかなあ、あの初老紳士ー。。。
と。
うんと若い私は、そう歴史を思い知らされて、
軽いショックも味わった。

でも、実は、生まれて初めて海外旅行へいったのが、
18歳のとき(英国ロンドンはそのあと)。
米国はニューヨークで。
当然道に迷っていた(※今もどこへ行っても迷う:汗)
そのとき、近くにいた、若い黒い男子くんふたりが、
声をかけて来てくれたので、もちろん質問。
こちとら英語は、ダメダメのぼろぼろ。
でも、聞きゃどうにか分かるだろ!と、質問挑戦してみた。
ら。
すんごい早口で、何言ってるのかまったく分からなかった。
まったく分からないので「ぱーどん?」と言って、再度言って貰った。
けどやっぱりすんごい早口で、サッパリ分からず「・・・」
そしたら、男子くんが、再度の再度、ババババッと説明してくれた、みたいだった。
ら。
両手をひらひら広げて、一緒にいる男子くんに向かって、
こんな感じのことを言っていた。

「英語がわかんないバカだぜ。
英語なんて、そのベンチに寝転んでるじじいにだって
分かるのに」

とま、そんな感じのことを言った。
ひとはすごい。
悪口だけは、どんな国の言語でも瞬間で、分かるのだ(苦笑)

ニューヨークでは、誰もがみんな早口英語だった気がする。
外国人だと分かる私にでも、ぜんぜん”スロー”は無かった。
ニューヨークだったからかもしれないけど。大都市だし。
みんなメチャ忙しいんでしょう。
でも、黒い男子くんが言ったのが、すべてを表してる気がした。
<どんなバカでも英語くらい分かるはず>

私は、英国初老紳士が、
大英帝国時代の栄華の名残として、
上から下々へ英語指導する態度だったのだ、という知人の見解よりも、
自分の「親切にして貰った」という理解の感性で、ゆく。
単純なほうが、いいや。

ラムはただただ、
ほんとうに愉快な、ユーモアのひとだったかもしれない。
随筆の文面がそういってんなら、それでいいじゃん。
苦労とか、苦節話の向こう側を、推測しないで。
「ああ見えて、あのひと、ほんとはむちゃ苦労人なんだよ」とかって、
ほんと、面倒くせえなあと思う。
誰しも苦労してるって。大なり小なり。
ただそれを言わない、示さないだけで。

深読みなしでゆく。

評論家って、ほんと、なんだかなって思う。
ご苦労様だなって思う。


ラム。
素直に読むぞ~(笑)




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2016-05-13 : よしなし雑記 : コメント : 2 :

たそがれて来たんだなあ。

姪のお友達のおかあさん、から、姉に連絡があったという。

「それほど私は知らないおかあさんだけど、
子ども同士は、ちょっとした知り合いなんだから。
そう無碍にしないで、あーた。
ちゃんと返事しといてよ」と、姉。

面倒くさいなあと思いつつ、はいはいはいはい。
そういう一応の、社会的マナーは、一応、と。

中学校時代の同窓会の、お誘い。

とにかく。
姪を通じての、すんごい遠くのツテから来た、それ。
私の、中学校時代の同窓生、らしい女性から、メールが届いた。
名前を聞いても、まったく思い出せない。
ていうか。
たぶん、相手さんだって、私のこと、
そんな程度の記憶だと思う。
人数集めの連絡なんだろうなあ。
ご苦労様です、と嫌味でもなんでもなく、そう思った。

姉から言われたとおり、
きちんと、マナー遵守。
丁寧にお断りメールを返信しておいた。

って。
最近、次から次へと、同窓会のお知らせが来る。

私は、元来友達が少ないから、こんな程度の
お誘い連絡で済んでいるけど、
きっと交友関係の広かった人なら、もっと多いに違いない。

だって。
親戚の、一回り年上のおねえさんは、も~しょっちゅう。
頻繁に、同窓会なるものに参加してる。
結婚して遠方に越して暮らしてるのに、しょっちゅう会うもん。
「同窓会で戻ったんだ~」とおねえさん。
「え?ついこないだも同窓会じゃなかったっけ?」私。
「ああ、あれは中学校のときの、クラス会。
今回のは、中学3年生のときの同窓会。
来月には、小学校全体の同窓会があるよ」
とま、こんな感じ(笑)
小中高大。
これ以外にも、部活の。サークルの、と頻繁。
時間と都合の合う限り、参加しまくってるおねえさん。

分かる、ような気がする。
おねえさん。
たそがれて来たんだなあと(笑)
人生、たそがれて来てるんだろなと。
過去を懐かしむ。
たそがれ。
もちろん、悪いことじゃない。


ほとんど見ず知らずの人々と集うカタチになる、
同窓会なるものに、私はぜんぜん興味が無い。
けど、こんな私も、
「あのこはいったい、今頃、どこでどんなふうにしてるのかなあ」
そんなようなことを、ふと、思うようになった。
私も、たそがれて来てるんだと思う(苦笑)

むかしむかし。
すっごく仲良しだった、あのこや、あのひと。
男子でも、女子でも、どちらでも。
しょっちゅう一緒に食事をしたり、映画を観たり。
夜更けに待ち合わせて、夜通し過ごして。
朝焼けの中を、遊び疲れたカラダで、ぐだぐだ歩いて帰った。
遠くまで、出かけたりした。

思い出すのは、恋をしていた相手じゃなく、
友達だったひとびとのこと。
今頃、どんなふうに、暮らしているのかなって。

疎遠になったこと自体には、
何の意味も無い。
ただ、本当になんとなく、
ただただ、会わなくなっていっただけ。
それだけのこと。

でも、そんなことを、ふと思い出したりするのも、
人生、たそがれて来たからなんだろうなと、思う。
でも、きっと、もう会わない。
断固会わない、ではなく、ただただ、しれっと会わないだけ。

と思っていたら、おねえさん。
「もうあと15年もしたら、あなたも同窓会、行くわよきっと」って。
ただただ単純にすべてが<懐かしい!>と、思うんだ、と言った。
たそがれ切ってる(笑)

私は、すごい天邪鬼だけど、
私も、走馬灯がほとんど目前、みたいになったら、
同窓会、参加して<懐かしい!>するのかもしれないなあ。
おねえさん、予言してるから(笑)


たそがれ【黄昏】
夕方の薄暗い時間や、夕暮れ。
或いは、盛りを過ぎて終わりに近づくころ。


書籍やなんかで、江戸時代の時代考証を読んでは、
「なんか、ついこの間のことじゃん」と思う感覚が、ある。
昔が、年を重ねれば重ねるほど、近くなって来る。
<懐かしい!>過去。


もうちょっとしたら、私も、たそがれー信じられーん。
人生って、ときどき、
こんなふうに、地味に、吃驚する(苦笑)





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2016-05-09 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

ひとを思いやるということ。

こどもの日の今日。

ニュースで<くまモン>がようやく活動再開、と。
ん?
<くまモン>休業してたの???

見ると、熊本のあの災害を思って、
活動を自粛していた、と。
でも、こどもの日の今日。
被災地の保育園を、慰問に訪問、と。

うーん。。。

個人的意見だけど。
被災されてしまって、
心沈んでいる人がいるからこそ、活動、ではダメなの?と。
<くまモン>が登場するなり、
保育園児たち、大歓喜!に見えた。
<くまモン>ダンスを、めいっぱい、くまモン、踊ってた。
こどももみんな、楽しそうに腰めいっぱい、ふりふり!
それは、被災したら、とたんに、
<くまモン>は自粛すべき”不謹慎”なものになったというの?

今<くまモン>は使用料金フリーだと聞いた。
熊本県は本当に今、大変の事態だから無理でしょう。
県庁の職員さんも市町村の役場の皆さんも。
だから、どこか違う県とか会社とか企業とかが、
偽でも<くまモン>製作でもして、
もっと多くの保育園とか幼稚園とか、慰問して回るのってどうなんだろう。
偽者でもなんでも、少しでも<くまモン>に似てるのが、
100<くまモン>くらい増殖して、あちこち、出現するの。

朝「おはよう」くまモンに、さっき会ったよ、とか。
夜「おやすみ」くまモンに会って、
おやすみって言ってくれた、とかっていうの。
どうだろう。
なんか、ちょっとだけでも、うれしくなると思うんだけど。

あんなに地元で愛されてるキャラクターが、
元気出してねって目の前に来てくれたら、
ちょっとの間だけでも、元気出るかもしれないのに、と思った。

でも、たぶん
実際そういうことを、誰かがしていたら、
”不謹慎”話題が浮かぶんだろうなあ、とも、思った。
企業とかがしたら”売名行為”とか、言われるのかも。

ひとのことを、思って、
思いを寄せることでも、なんかこう、
最近、難しくなったなと、思ったりした。

難しい世の中に、あんまりならないのが、いいなあ。
もう、それ自体が、難しいのかな。

なんか。
しゅんと、なるなあ。。。




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2016-05-05 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

穏やかにいきたい。

穏やかにいきたい。

の、いきたいは
<行きたい>でも
<生きたい>でも
<逝きたい>でもなんでもいい。
穏やかに、いきたいなあ、と最近よく、思う。
疲れてンだろうなあ、と思う。

会社の直属の上司(女)や、数人の先輩(女性年下)の口調が、
いつも、あまりに高圧的で酷い。
それがたとえば、的確な指導だったと、
10000万歩ゆずって、納得したとしても、
その居丈高な物言いには、辟易する。
もっとふつうに言えないの?
もっと、穏やかに、言うことはできないの?と
しょっちゅう、思う。

こんなことを、家族にぶうぶうコボしたら。

「ひそかにボイスレコーダーとかで、
その上司とかのその口調を録音して、
本人に聞かせたら、
たぶん、本人が一番驚くんじゃないかなあ」と言った。

そうかなあ。
そうなのかなあ。

「たぶんね。
えっあたし、こんな威圧的なモノの言い方、してるんだ!
なんて。
一番自分自身が驚くんじゃないかなあ。
たぶん、ヒトなんて、そんなもんなんだよ」と、言った。


知人とお茶をしたとき、会話の流れで浮かんで、
この話をしたら「そのとおりだよ!」と、知人。

「私の友達で、心理療法で家族問題について
取り組んでるのがいるんだけど。
子どもが酷い引きこもりになっちゃって。
でも”私のどこがいけないんでしょう”って言って嘆いている
育児問題で悩むおかあさんなんかに、
気づかれないように、子どもさんとの会話を録音して、
それをあとから公開したら、
おかあさん本人が一番衝撃を受けるケースが、多いんだって」と言った。

「こんなモノの言い方を、私はしていたんですか!ってね。
上司らみたいに、高圧的だったりするひともあれば、
押し付けがすごいヒトもいたりするんだって。
それをまずは自分で、知って貰うことなんだって。
そういう治療法、あるらしいよ。
だから、家族が言ったことは、すごいよ。
間違ってないよ!」

やるなあ、私の家族(笑)

自分のことは、自分ではよく分かっていないのかもしれない。

思えば、自分の声も、そっかあ、と思う。
ハンディカムなんぞで、家族が身内(子ども)の
動画撮影してるときなんかに、
ふいに入り込んだ声を聴いて「これ誰???」と思ったりする。
「え?あたし?!マジで?」
こんな声してンだーみたいな。

でも。
自分を知って、変わることが出来るひとと、
それが出来ないひととが、いると思う。

結局、うねうねと、
自分を知る、知らないで過ごす。
自分を知る、気がつかないで過ごす。
自分を知ったけど、変わることまでは
深く動くことが出来ないで過ごす。
結果。
差し引きすると、トータル、
自分のことは、自分ではあんまり、わかンないまんま、
な気がする(苦笑)


穏やかに、いきたい。


自己完結でゆく。
しか、
ないな、こりゃ。
と、思ったりしてる。
まったくもー(苦笑)




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2016-05-03 : よしなし雑記 : コメント : 0 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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