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何にもないまったく何にもない。

『やつらの足音のバラード』
園山俊二作詞・かまやつひろし作曲


なんにもない なんにもない
まったく なんにもない
生まれた 生まれた 何が生まれた
星がひとつ 暗い宇宙に 生まれた

星には夜があり そして朝が訪れた
なんにもない 大地に ただ風が吹いてた


ムッシュかまやつの歌う、名曲。
シンプルな言葉だけだのに、胸に来る。
歌詞は神々しいまでに美しく、
楽曲も崇高で気品に溢れてる。

しみじみ聴き入っていると、うっかり、泣いちゃう。


片側顔面痙攣の再発を、地味に実感し始めたのが、
今年のはじめ。
1月の中旬ごろ。
それから、今に至る。

それもこれも全部、私の人生。

なんにもないなんにもない 
まったく なんにも ない。


やがて大地に 草が生え 樹が生え
海には アンモナイトが 生まれた

雲が流れ 時が流れ 流れた
ブロントザウルスが 滅び
イグアノドンが 栄えた
なんにもない 大空に ただ雲が流れた


コスモを感じさせてくれる、ムッシュのこの、うた。
私の中のコスモが、どれほど狂ってしまっても、なんにもない。
はなから、なんにもないのだ。
いろんな意味で。
事前も事後も。なんにもない。

ただ、風がふいてた、よりも、
ただただ、美味しく何でも食べられた1年間だったこと。
そういうことに、感謝する。
ことにする。

さよなら2015年。
なんにもない私の1年が、こうして、じき終わる。

また来年。
2016年。


ムッシュのこのうたの最後は、
マンモスがやってくる。
それが、それだから『やつらの足音のバラード』
園山俊二氏は、本当に、天才。




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2015-12-31 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

神様からのギフト。

片側顔面痙攣で、多くの人は、痙攣だけ、みたいだけど、
私の場合は、耳鳴りもある。
それも、結構、強い耳鳴りだと思う。

ずんずん。
ざざざ。
ざあざあ。
どんどん。
どうでもいいけど。擬音の表現なんて。
とにかく、うるさい。やかましい。

痙攣が激しく出ると、
一緒になって、耳鳴りも大音量になる。
一蓮托生。こんなときに使ってもいいのかな。
一蓮托生。
一心同体。これもいいのかしら。
とにかく、痙攣と耳鳴りは、いつも、決まって一緒だ。


痙攣が強く出ると、私の痙攣する側は、
顔の右側。
だから、右目の辺りが、ぎゅっと一瞬狭くなる。

視野が狭まるから、ときおり、はっとする。
一番それを思うのが、自転車に乗っているとき。

痙攣が強く出続けるときは、要注意。
危ない。
というか、危ないことになってはいかん、と思うから、
気をつけて走行するようにしてる。
慎重に。右左右。
後方にも注意を払って。

面倒くさい。

本当に、煩わしい。
ただでさえ、煩わしいのに、ますますもって、煩わしい。
邪魔臭くって、本当にイライラする。

でも、ほんのごく、少しの間、痙攣が治まるときがある。
最近では、痙攣が出ていることがほとんどになって来たから、
思いは逆転してる(残念無念)
痙攣が出ることもある、から、痙攣が治まっているときも、ある、に。

痙攣が治まっているとき。
それが、その自転車をこいでいるときだと、うれしくなる。
危ないことと喜びは、表裏一体(苦笑)

すーっと。
ただただ、前を向いてだけ、すーっと走る。
この爽快感。
ハタ目には、ただ自転車乗ってるだけの人だろうけど、
私の中では「幸せだなあ」に浸ってる。
そういうときがある。
もう、ごく、まれな時間、になっちゃったけれど。

痙攣もなし。
耳鳴りも、ない。
外の、周囲の音だけの世界。

本当に、ぱたっと、痙攣がやむ。
痙攣が完璧に、止まる。
そんなことが、ほんの数分。
ううん。いいや、数十秒。ある。

周囲の音がどれだけしても、静けさを思う。

今、もし私が、どれだけ静寂の土地へ行ったとしても、
痙攣と耳鳴りで、音だらけ。
うるさいなあと思うに、決まってる。
誰も人のいない土地。
何も建物のない場所。
いきものの何もいないところ。
そういう空間へ行ったとしても、
とにかく、私は、私自身の中身が、やかましいから。

それが、数十秒だけ、私の中が、鎮まるとき。
そのときだけ、私は世界の静寂を思う。
感じる。
どれだけ、車のクラクションが鳴ろうと。
子どもたちの、クラブ活動のかけ声がしようと。
ちり紙交換の車が走っていようとも。

どんな神様のことも、私はふだん思って暮らしていない。
どんな仏様のことも、思って暮らしていない。
でも、ときどき降って来る、私の中の静寂は、
どこかの神様がくれたギフト。
そんな気がする。

街中の雑踏でも、静けさはある。





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2015-12-27 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

あこがれは遠く遠く。

ぼーっと、ネットサーフィンをしていて、
ふと遭遇出来た方がいる。

働く若いママさん。
もちろん、キーポントは
”片側顔面痙攣手術体験者”。

かつ、その女性は、同じ開頭手術後、
私以上に術後早く、痙攣が再発されていたご様子。

「あんなにつらい思いまでして、手術をしたのに」と、
がっかりする気持ちは、同じ。
ここまでは、いっしょ。
ここから、が違う。

「まあ、いまさら言ってもしょうがない」と。

すごい。
まぶしい。
達観されている感すらある。
素直に、敬服する。
まっすぐに、感服する。

そして。

再手術という選択肢も、ゼロではないけれど、
でも、完治で挑んだ手術が現在、再発しているのだから、
また同じ結果になるかもしれないし。

ひとまず、くよくよされていない。
これもまた、率直に、尊敬する。

四の五の言わない。
この潔さ。
武士ってこんな感じ?
ソクラテスやアリストテレスって、こんな???

憧れは、いつだって遠くにある。


願いが叶うなら、
今の再発具合は、完治への長い行程のひとつだった。
そう、来年の今頃、思っていたい。

ま。
現実はそんな甘いもんじゃあないの、知ってる。
完璧な、再発のこの具合。
再発を超えている。
今はもう、いち、片側顔面痙攣の患者だ。

街中のクリスマスツリー。
とてもきれい。


憧れは、永遠に憧れのまま。



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2015-12-23 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

対処する方法。

片側顔面痙攣の再発が、がっちりして来て、
自分で編み出した、対処法。

外出先で、ひとと対面しているときに、
痙攣がガンガン出始めたら。

に~~~~~っ

と、笑う。
そのときのさらなる奥儀は、
両目を閉じて、に~~~っとすること。
口角をうんとあげて、両目を閉じて、に~~~っ

こうすると、痙攣が出ていることが、
はぐらかせるかも、と思った。
ときに、適当にうなづいたり、
ときにガハハと大笑いの声をつけたりする、
バリエーションもあり。
対処法の中でも、地道に進化(苦笑)

これを思いついたのは、
ときどき行く小さなカフェの女性店長さんが、ヒント。

その店長は、とっても、シャイ。
いつもうつむき加減で、テレ屋さん。
なかなか目が合わない。
合っても、すっと。ほんの一瞬。
そのひとが、
どうしようもなく、目が長く合ったとき、
両目を閉じて、に~~~~~~っとした。

それを見たとき、
相手をもうこれ以上注視出来ない、になって、の
穏やかな、対処法なんだろうな、と思ったことが、あって。
それが、ヒント。

店長の、その、に~~~っは、可愛らしい。
私の、に~~~っは、どうだか分かんないけど。

私の、に~~~っは、
もしかしたら、あの大口開けた、チェシャ猫の笑いに付け足した、
に~~~っみたいかもしれない。

チェシャ猫みたいに、消えたいときもあるけど。
もう、どうにもやり切れなくて、消えたいときもあるけど。
それでも今、暮らしがあるから、しょうがない。
チェシャ猫みたいに消えないんだから、しかたない。


友達とお茶をしながら、に~~~っとする。

この対処法で、
どうにかこうにか、しばらくやり過ごしてく。
小さな対処法を模索する私。

なんか。
健気(苦笑)




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2015-12-16 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

生活と治療と。

家族の知人で、
小さな店を経営しているのだけれど、
ここ1年間くらい、体調不良で
店の営業がバラついている人がいる。

様々な家庭環境の事情や、子どもの教育問題。
店舗運営についての苦難など、あれこれあって、
精神的に負担で、の、体調不良だと思われていた。

出来るだけ気持ちをおおらかに。
そう努力をして過ごしていた。
けれども、いっこうに体調が改善されないので、
病院で診察受診したら、
特殊な病原菌が体調不良の原因だろうと推察する。
そう提示されたらしい。

病原菌の詳細は分からないけれど、
原因を知ることが出来たのは、幸いだと思う。
特効薬がまだ無いらしいけど、
なんらかの治療は出来るに違いない。
少しでも体調不良が改善されますように。

ところで、ふと。

個人経営者が、体調不良で営業休止になると、
生活のすべてが止まってしまう。
これは、本当に、まさに死活問題といえる。

家族で愛用していた料理店が、
この前行ったら、閉店してしまっていた。
張り紙には『長期病気療養につき 閉店します』

その点大企業に勤めていたら安心だろうな。
ちょっとした期間の入院休養なら、
社員保障でカバーして貰えたり、追っての補助金もあるかもしれない。

でも、それも、治療完治の見通しがあったらば。
見通せていたら、仕事を休むことへの申し訳なさだとか、
会社や職場への迷惑かけてすみません感だとか、薄くて済む。

ただ、あんまり長期休養だと左遷とかありそう(←イメージ)
部署の配置換えとか。
大企業は、やはり何となく、フル回転で勤められる人材に限る。
そんなイメージ。

ちょっと話はずれるけど、
とある、大人気・女性下着メーカーの女性社長。
4人のお子さんを持つ、パワフルお母さん。
で。
あるインタビュアーの人の記事で。
「4人とも父親が違う。
結婚はせず、シングルマザー。
親しい友達をベビーシッターに雇い、
ものすごく丁寧に育児を手伝って貰っている。
自分は仕事に打ち込む。
これが出来たのは、ずばり”自分が社長だから”」

なんとも、明快なインタビューに、ため息が出たのを覚えてる。
なるほどねえ!と。

家族とこんな話をしながら、出た結論。

「20人くらいの信頼出来る社員がいて、
会社運営もほどほど程よく出来てる、個人の会社。
そういうとこの社長が、一番、
長期入院、長期療養しやすいんじゃない?」

どんなひとにも、体調不良というやつは訪れて来ることがあって。
それも、不意打ちに、やって来たりして。
生活は、大なり小なり、変わる。
そして、治療。
治療も、ほんのちょっとで済む場合はいいとして、
長期に渡って入院したり、たとえ通院であっても、
周りになにかしらの負担は頼んでしまうことが多い。

私の持つ、片側顔面痙攣は、
通院も投薬も何もない。
けど、最近とても”病”とか”暮らし”について、
思いいたる。
何もこれは、高齢者だけの話ではないよなあ。
そう、思うようにも、なった。

来世は、20人くらいの規模の会社事業主になって生まれよう。
もちろん、信頼関係をよく築くことの出来る、社長で。

クリスマスに、そう、願おう(苦笑)



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2015-12-09 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

笑って過ごす。

会社のうんと年下同僚ちゃんと、ランチをしているとき。

「昨日、いとこの結婚式だったんですよー」
あら。
それはそれはおめでとうございます。


結婚式は、いい。
小さなハッピーがたくさんあって、とっても、いい。


閑話休題。

”幸福”という日本語の文字がもつシアワセは、
ときどき「あーハイハイ。わかったわかった」みたいな
面倒くさい重さみたいなものが、あるときもあって(←天邪鬼なもんで:笑)
でも、英語のHAPPYになると、
ふわふわサクサクしてる軽やかさがあるというか。
音も文字も。
単に思い込みの問題だけど。


「素敵な結婚式だった?」私。
「いやーもーそれがー聞いて下さいよー」Aさん。

A 「結婚式場が○○県のはしっこだったんで、
  家から父の車で、片道3時間かかったんですよ」
ふんふん。
 「もー遠かったー行くだけでへっとへとでしたよー」

まあまあそう言わないで。
シアワセないとこ見るの、いいじゃないの~
A 「でも、いとこっても、ぜんぜん知らないいとこなんですよ。
   親戚付き合いがほとんど無かった家だったんで。
   初めて見るくらい、知らないいとこなんですよー」

まあまあそう言わないで。
特別にきれいな格好するのも、めったとないんだし~
A 「それが、着物着たんですけど、着付けが酷くて。
   締め付け感がハンパなさ過ぎて、
   気分悪くなっちゃってー」

まあまあそう言わないで。
美味しいお食事食べただけでも、と思えば~
A 「そんなー食事なんてまともに食べてないんですよー
   着付けがメチャクチャ苦しかったんですもん。
   食事どころじゃなかったですよー」

まあまあそう言わないで。
風光明媚な場所へ行ったんだから、
景色も少しくらい見たでしょう。
A 「そんなの見えませんでしたよー
   行きもへとへと、帰りは挙式の疲労感でもっとヘトヘト。
   景色を見る余裕なんて、なかったですよー」

まあまあ。。。
まあまあそう言わ。。。
そう言わないで。。。と、言える要素がもう見当たらなかった(苦笑)


むかしむかしむかし。
ある旅行エッセイか何かで。

とあるアメリカ人夫婦が、
イタリアはローマへ旅行へ行ったときのこと。
ローマ駅(JRみたいなところ)に到着して、ほどなく。
ちょっとした隙間のうちに、旅行カバンとトランクが盗まれてしまった。
(※当時ローマ駅は、窃盗がものすごく多発していたそう。
 きっと今は改善されていると思う。ローマの方、お気を悪くなさいませんよう) 
すると、そのご主人が、こう言った、と。

「素晴らしい!
 これでローマが私のものになった!」と。

荷物を何もかも盗られて、こんなことを言える人こそ、素晴らしい!
と、すごーーーく感心、を超えて、感動した記憶がある。
こうありたいものだなあ!と、つくづく感服したのだった。

Aさんも、10個のなんだかなあがあっても、
1個くらい、でもアレは楽しかったよなあ~
よかったよなあ~くらい、持てたらいいのにね。

ちょっとくらい、笑って、過ごす。

その方が、たぶん、生きていきやすい
(↑行き・やすい。生き・やすい)と思う。

と、ランチをしながら、そうぼんやり感じていた私なのだった(苦笑)




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2015-12-03 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

真ん中を歩いてゆくということ。

少し年上の親戚男子。

祖父が比較的若くして、脳溢血で倒れ、
長く、家族中で、自宅介護をしていた。
祖父が彼岸へ渡った、その直後、祖母が倒れた。

祖母も長く療養をして、ずいぶん長く介護をして、
穏やかな最期を看取るころ、今度はまさかの、母親が、
とある癌で、緊急入院。
1年程入退院をくりかえしてのち、川の向こうへ旅立った。

母親の旅立ちを見送り、半年が過ぎたようなころ。
父親がこれ、違うとある癌が見つかり、2年程。
よりよき治療法や、よりよき病院を探しているうちに、
すっと、遠くへ行ってしまった。

親戚男子は、ずっと法事ばかりをしていた。

次は「俺がいつか、だな」と思っていたという。
それが。
次は、自分の妻が、倒れた。
現在無菌室に入院をして、治療方法を確定したところだといっていた。
やはりとある癌、らしかった。

妹が、再婚をした。
若いうちに結婚をして、若いうちに別れている。
実質、初婚みたいなものだけど、婚姻の痕跡は残ってるから。
再婚相手は、ある癌の治療中だといっていた。
治療中だと知っていたけど、気にならなかったといっていた。
年上の男性で、20歳年上だという。
惚れちゃったんだから、しょうがない、と。
好いている同士だから、幸せだろうと思う。

親戚男子が、こういっていた。

「1年間、まるごとその年が、穏やかだった年がない」
記憶にもう無いという。

子どももまだ小さい。二人いる。
妻は、治療を始めたばかり。

「俺もいつか、少しは穏やかに暮らせる日が来るのかな」



片側顔面痙攣で、痙攣が頻繁に戻って来て、
耳鳴りも、ざんざん、耳の奥で、ものすごく、うるさい。
開頭手術をしたことは、1ミリだけ、しなかったより、まし。
そんな程度な気がしてる。

言葉に出来ないような、残念な感情と、
言葉にしてはいけないような、苛立った気持ちがある私。

どこもかしこも、
なんともないカラダの人が、正直、羨ましいと思う。
なんともない人々は、私の中の、うえ。
次元が低ーい、なんともなさであるけれど。
でも。それでも、うえはうえ。
でも。
うえをみても仕方が無い。


でも。
命に特段、影響の無い、これを、
もしかしたら、親戚男子の妻は、うえに思うかもしれない。

向こう側の川岸にいってしまった、親族たちからしても、
命を削ることなく暮らせる私のことを、
「そんなのぜんぜんまし」と、苦笑しながら、うえに思うかもしれない。

孔子が”中庸”がよろしい、と言っていたらしい。
でも、
「最近ちょうど中庸に暮らしているひとを、あまり見かけなくなってしまった」
とも言っていたようで。

あるひとから見れば、私はうえで。
あるひとから見たら、私はした。

真ん中の基準は、すごく、むずかしい。
真ん中を歩いて行くということ。
それが、一番、難しい。
孔子もそれを十分分かっていたからの、中庸だったと思う。
偉そうにいってるけど私。
でも、孔子は、片側顔面痙攣でも無かっただろうし、
どんな癌でも持っていなかったと思う。
だから、やっぱり、それはちょっと、机上の空論っぽい気がする。
机上の哲学というか。机上の思想というか。
憧れる、ド級インテリゲンチャでは、もちろん、あるのだけれど。

真ん中の歩き方は、難しい。
真ん中の位置を探ることも、難しい。
真ん中って、いったい、どこ?


親戚男子にも、きっと、穏やかな時間はあったはず。
今までの暮らしの中に、きっと。
妻との出会い。
子どもたちとのふれあい。
親きょうだいとの親密さ。

真ん中は、いつだって、あやうい。
でも、真ん中だと思い込んだら、真ん中になる、かもしれない。
それが出来たら、孔子並み思想家だろうけど(苦笑)

喜びにも、真ん中があって。
悲しみにも、怒りにも、辛さにも、なんにでも、真ん中はあって。

今のこれが、真ん中だと思い込んで、ふらふらゆく。
もう、それしかないなと、思ってる。




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2015-12-01 : よしなし雑記 : コメント : 2 :
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Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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