思うことは、自由。

女優の川島なお美さんが、癌で亡くなられた。

テレビ報道やネットニュースで、連日あったから、知ったけれど、
最後の最期のテレビ出演のときまで、
ロングドレスにメイクに、美しいいでたちでいらしたから、
本当に気力も精神力も、お強い方だったんだろうなぁと、感服する。
年齢がお若かっただけに、見知らぬ私でも、
旅立たれたことは、残念だったと、思う。
ご冥福をお祈り申し上げます。

で。
その後、ネットニュースで、ちらちら見えたのが、
川島さんが癌の治癒を目指して【民間療法】を選択されていた、と。
又聞き(又見?)だから、何とも不確実ではあるけれど、
あちこちであったのが、
”金の棒で、体をこすって、体内の邪気(つまり癌細胞ということか?)を
打ち払う、という療法に注目していた”と。

「そんなので癌が治るわけないじゃん」
という意見もズバズバあったりする中、
「何を信じるかなんて、個人の勝手」
という意見もツラツラあった。

私は、断然、とまでは言い切れないけども、後者派。
思うことは、自由だと思ってる。

ジャーナリストの田原総一郎氏の奥様が、
癌で亡くなる前、
”座るだけで癌細胞が消える・座布団”というものを
100万円出して買ってた、と、
どこかのインタビューで、田原氏が言っていた。
(※2度結婚されていて、奥様お二人共、
  癌でお亡くなりだったそうだから、どちらの奥様のことか、  
  分からないけども)

「そんなので癌が治るはずないんだけどね。
本人がそれが欲しい、そうしたいって言うんだから、
そうさせてやるのがいいと思った」と。


私が片側顔面痙攣になり、
開頭手術をする、と告白したとき、
ものすごく心配をしてくれた、職場の主婦が、
「私が信じてる鍼の先生に相談したら、
”わたしが痙攣を消滅してあげるから、連れておいで”って
言ってくれてるから。鍼灸医院、紹介するよ!」と、
ものすごく誘ってくれた。

でも私は、丁重に丁寧に、真心を込めて、断った。

親切は本当に感動的で、感謝をいっぱい、思った。
けど、私は現代医療の手術を”信じた”(←再発しちゃったけど:涙)
それは、私の執刀医である、脳神経外科医が
「これは、ある神経がある血管を圧迫して起きる、痙攣症状です」と、
明示してくれたことを”納得”したから。
そして「根治を目指すなら、その圧迫を除去するほか、無い」
との説明にも”納得”したから。

ただ。
私のこの、片側顔面痙攣の起きる理由が、そのとき、
もしも「原因不明」だと言われていたら、
その鍼灸医院へ行ったかもしれない。
数回だけでも、と、鍼治療を受けたかもしれない。

痙攣がぴたっと治る。
そう言われたら、私も金の棒で頭部をこすったかもしれないし、
座るだけで痙攣が止まると、紹介されたら、
座布団でも枕でも、手に届く金額だと判断したら、
買ったかもしれない。

いわしの頭も信心から。

思うことは、やっぱり、個人の自由だ。


ただ、少し、立ち止まって思うことは。
座布団を買うのに100万円は大金だし、
金の棒でこすってくれることは、保険適応外になるだろうから、
おそらく、高額治療費がかかると思う。

ただでさえ、何かの症状が出て、
大変な思いをしていたり、しんどい思いだったり、をしてるから、
そこはひとつ、
「おつらいでしょうから、人助けのココロで、全額無料!」
なんてのに、してくれたらいいのにな、なんて、思ったり、する。
ダメ?(笑)

ひとの暖かい思いやりの気持ちから、
穏やかになれたり、やさしくなれたりして、
やまいや症状が緩和されたり、する、かも、しれない。
なんてこと、絶対に無い、とは言えない気がするから。
だって昔から言うもん。

やまいは気から。


私が片側顔面痙攣で、手術・入院していたとき、
相部屋になっていた癌患者のひとりの女性は、
毎日欠かさず、ラッキョウを食べてらした。
癌細胞の消滅に効果がある、と友達が教えてくれたと
おっしゃっていた。
「少しでも良くなればいいなあって思って」と、
せっせと日々、召し上がってらした。
私は、私なりに、毎日毎食、
その姿を見つめながら「がんばってくれ!ラッキョウ!」と、
”ラッキョウ”を、応援した。

思うことは、何だって、どうあったって、自由。


名月を「おまんじゅう」と見立てるのも、自由。
明日、おまんじゅうを買いに行こうと思う。



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2015-09-29 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

すべてがより良き方に。

朝の報道番組を観ていたら、
タレントさんの北斗晶さんが、乳癌になり、
今後闘病に向かう告白をされた、とあった。

元気いっぱい☆大らかで、肝っ玉母さん的な印象の
大人気者でおありだから、
報道も、衝撃ではあるけれど、暖かい声援で満ちていた。
北斗さんに会ったことは、私は勿論無いけれど、同じ気持ちになる。
病と付き合うことの、勇気は、本当に、つらいことだから。
それがどんな病でも、症状でも、だ。

北斗さんのブログの紹介も、あちこちでされていたので、
私も拝見してみた。

長いブログ記事だけれど、引き込まれた。
とても冷静に、癌発見までの経緯や現状を記述されていらして。
ご立派だと心底感心した。
そして、もっとも、私が感動したところは、
ご主人の佐々木健介さんへの思いの箇所で。

癌になったひとを、周囲のひとが見守り、支えることで、
患者さんは、ものすごく救いになると。
そして、その支えてあげることは、誰にでも出来る、と。
さらには、そんな風に、身近な親しいひとを支えた、
辛い経験や苦しみも、いつかきっと、
同じ体験をした癌患者さんの、
家族の励ましやチカラに、少しでもなる日がきっと来ると思う、と。

自分の周囲の人々への配慮や、フアンの方へのはもとより、
癌患者さんへの思いやりと、その周囲の方々への気配り。
すごく暖かいひとなんだろうなあ…と、しみじみして、
胸がじんとした。


私が、片側顔面痙攣になって、完治を目指して
開頭手術をしたけど、無念、
また再発中ということで、
このブログは、私の中のあきらめなつぶやきや、
残念なブウブウで、成り立ってる。

芸能人と超・一個人と、立場はもちろん、歴然と、違う。
だから、背負っているものも、もちろん、ぜんぜん、違う(当然!)
でも、
≪病を持つひとへの理解≫は、
自分の症例の辛さから、ずいぶん学んだと、思ってる。
これは、たぶん、私のある意味、
一部、財産なんだろうと、思うようになった(←まだ弱小だけどモ)


≪知る≫ことは、すごく大事だと思う。

出来れば、その≪知る≫が実体験をともなうといっそう、いい。
≪知る≫ことで≪学ぶ≫ことになり、
≪学ぶ≫ことで≪考える≫ことにもつながり、
≪考える≫ことで、その症例についてや
その患者さんに対して≪思う≫ことが出来る。

そんなふうに、思うようになった。

それはたぶん、片側顔面痙攣の手術で完治し損ねて(涙)
再発の事実を実感しているから、いっそう、だと思う(事実には残念だけど)


少し話しはズレるけれども。
たとえば、私の祖母(故人)。

祖母がまだ若く、元気なころ。
祖母の可愛がっていた、独身・姪っこおばちゃんのこと。
「早く結婚しなきゃ、行き遅れになる!」と、
せっせと結婚をせっついて、おばちゃんを苦笑させていた。
でも、おばちゃんは、自分の仕事に打ち込み、
たくさんの友達と楽しく過ごし、両親との関係も幸福。
そういう姿を何年も見ているうちに、
「ああいう人生も、アリかもしれないね」と言うように、なった。
女性蔑視!旧態依然過ぎる発言だ!と、
私を含め、親族の下っ端は、祖母に苦情を呈して来ていたのが、
祖母自身が≪知≫って≪考え≫て、理解出来たんだと思う。

また、バリバリの困った姑代表、みたいだった高齢オバが。
自分のお孫ちゃんが結婚するなり
「早くひ孫を!」と、ヤイヤイ言っていた。
「なかなか子どもが出来ない」と、くどくど言っていた。
そのお孫ちゃんが、不妊治療で苦しんでいると≪知≫ったとき、
オバの様子は、変わっていった。
結婚したら、子どもなんて、気持ちさえ向けばいつでも出来る。
そんな大・困ったババ(←失礼)から、一転。
「女も男も、体はいろいろあるんだね」に、なっていった。

≪知る≫ことは、ひとをかえると思う。
その変わる分量が、大きい小さいは分からないけど。
それでも、ひとをかえると思う。
ココロあるひとならば。


秋篠宮佳子内親王が、高校生の手話大会にご出席され、
開会式のご挨拶を、手話でお話されていた。
それも、素晴らしいスピーチでおありだった。
『手話に対する理解と、聴覚に障害がある方々への理解が
一層深まることを願います。
手話は言葉であり、大切なコミュニケーション手段の一つです』と。
佳子内親王は、いつもたいへん注目をお集めになられるお方なので、
そのスピーチが、いっそう”手話”への認知効果を生み出されると思う。

そして、今回拝見した、北斗晶さんの、乳癌告白の告知。
こちらも、本当に、良い理解を、癌患者を取り巻く
環境やその周囲の皆さんにも、生み出されますように、と願う。

すべてがより良き方へ。
すべてがより良き方へ、向かいますように。


私は、自分のブログの記事に、写真を添付しているけれど、
何気に、貼り付けている花の写真。
どーでもいい私のブウブウ内容記事では、
ちっとも気にならないけど、今回は、気にしてみた。

今の時期、美しく咲いている、朝顔。
ふと、この朝顔の”花言葉”が、気になった。
病に関して、あまりにも負だとイカン!
”花言葉”は、よほど歴史のある花以外、
最近の新種など等は、
実は出版社の編集担当や、外注スタッフ等で、
「てきとーに決めてる」と、
真実のほどまでは知らないけども、
作家の誰かのエッセイで読んだことがある。
”花言葉”なんて、無関係だし興味も無いけど、
でも「えっ?マジで?!」と、
割と、衝撃的だったから覚えてる(笑)

ググッてみると。

【朝顔】 花言葉 : 固い絆・愛情

”はかない恋”ってのもあったけど(←イメージの通り過ぎ:苦笑)
ここでは省く。

固い絆と愛情に満ち満ちた、ご家族とご友人、周囲の皆さんと、
北斗さん。
乗り越えられますこと、お祈りしています。



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2015-09-24 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

片側顔面痙攣・術後:もうじき2年。

デジタルカメラは、すごいもんだなと思う。

パソコン内部に落としこんだ数年分の画像を、見ると、
撮影日時まで、きっちり出て来る。
しかも、その色彩は、すこぶるきれいで。
紙にプリントしていた写真とは、大違い。
褪せることなく、ずっと、鮮明。

フォルダの中には、パソコンが勝手に整理整頓してくれた
写真たちが残っている。
家族と会食している楽しい写真や、友人らと遊んだ写真。
もちろん、片側顔面痙攣の手術をする、前後の辺りも、ぜんぶ。

開頭手術をしたのは、2013年の10月3日。
入院したのは、10月1日。

「もうじき、ジャスト2年前になるんだな」

そう思いながら、保存フォルダを開けて見る。
そこには、ありありと入院・手術を受ける私の姿が、あって。
そこには、まざまざと入院・手術を受けた私の姿も、あって。
不思議な気持ちになる。

ものすごく、不思議な気持ちになる。

2年前のちょうど今日のあたりのころ。
入院まであと1週間。
ハンドタオルを買い足したり、
入院経験者から、病室で有ると便利なモノの
アドバイスを受けて、やっぱり、買い物していたり。
約2週間の入院生活だから、
体調次第では、退屈しのぎになるだろうと、
持っていきたい・行こうと思う本や文庫を考えたり。
割と、浮かれていた気がする(笑)

頭蓋骨に穴を開ける大手術をする、ということへの
恐怖心や不安感よりも、
「この痙攣からの解放」を。
ただただそれのみを、最大にして最高の目的・目標にしていたから、
怯える気持ちは、ちっとも無かった。
入院中に着るパジャマの柄を、可愛いなあと、選んでいた。

それから2年後の、今。
あれから2年後の、現在。

残念ながらの片側顔面痙攣の再発に、
なんとも絶妙な具合で、意気消沈しているけれど、
2年前のあのころに、手術で目指す治癒へ向けて、
明るくときめいていた自分を、忘れることはない。

ただ。

ただ、鮮明に残る、数々の写真を見ると、
しんみりする。

悲しい、とも違うし、辛いとも違う。
くやしいとも違うし。
ただただ、しんみり、する。



この病室は、好きだったな。
へんな言い方だけど。
好きだったな。

デジタルカメラの画像は、きっと、
この先も、ずいぶん先の未来でも、
このまま美しい色彩を保って、残るんだろう。
私の、この、しんみりする気持ちも、
たぶんきっと、ずっと一緒に、残るんだと思う。

ただただ、しんみり。



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2015-09-23 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

いろんなびょうき。

ネットニュースなどをふらふら見てると、
人気アイドル氏が結婚~と。
でも私の注目は、そのアイドル氏が体験されていた病気のこと。

【デスモイド腫瘍】
初めて聞いた病名。
良性の腫瘍だとか。
でも、放置しておくとどんどん大きくなってゆくことや、
その出来る箇所によっては、内臓等周囲を圧迫するので
危険なことにもなりかねないらしい。
さらに、聞いたのは、腫瘍摘出しても、
何度も再発をくり返す場合もある、と。

いろんな病気があるのだなあと、しみじみ思う。

この症例は『年間、100万人に2~4人の割合で発症』だともある。
私の片側顔面痙攣が、1万人に1~2人だから、
「私の方はみたいなもんだな」なんて、へんてこに思ったりもする。
でも、それでもやっぱり、何万人に1人だろうとなんだろうと、
自分がなれば、もう、分母の数なんて、関係ない。
ゼロかどうか。
ただそれだけだ。


今年の始め、50歳のうるわしい美しさの中、亡くなられた
女優でモデルさんの、雅子さん、のことも、思い出した。

本当に上品できれいなひとだなあと思っていた、ひと。
美しい透明な水滴がひとつぶ、天空に舞い上がってしまった。
そんなふうに、残念で寂しく思った記憶がある、ひと。

彼女は【サルコーマ(悪性軟部腫瘍)】という病で亡くなられた。
希少ガンだと、報道にあった。
”血液検査でも見つけにくいガンで、
10万人に1~2人の発症程度の、難病”だったとも、あった。

やっぱり、このときにも、私は、
分母がどうあれ、何万人でも何百万人でもなんでも。
ゼロかそうでないか。
ただただそれだけなんだよなあって思っていた、ことを思い出す。
何千人もなるからしょーがないよね、でもなく。
何億人がなったって、ゼロかそうじゃないかだ。

勤め先の主婦スタッフさんの、お子ちゃんが、
【溶連菌】にかかったから、休みます、と連絡があって、病欠していた。
その病名も、初めて聞いた。
ググッてみると、おとなも感染するとある。
”医療機関の診察日と、その翌日は登校禁止。
抗生物質を飲んで24時間経つと、感染力はほぼ消滅”とあった。

ほんと。
いろんな病気があるんだなぁ。

HIVを初めて知ったときも、驚愕したし、
サーズやノロウイルスでも、毎度仰天する。
エボラウイルスも、吃驚した。
”てあしくち病”という名を、初めて聞いたときは
冗談かと思ったりした。

身近な症状から、聞いたことのない病名まで。
日常には、いろんな病気であふれてる。

だから。
誰がどんな病気になったとしても、それは不思議じゃあないことで。
だから。
誰がどんな病気になったとしても、もう、
私はまったく、驚かない。
ただただ思うことは。

「それも天命」

厳しいような、冷酷なような感じにも思われるかもしれないけど、
でもそれが、私の正直な、感想。
冷たいとかあったかいとかじゃなく。
しいていうならば、あきらめに近い感じ。
しいていうならば。
しょーがないよなあって思う、あきらめ。
病気と闘うとか、病気に立ち向かう、とかの、もっと手前。
「しょーがないよなぁ。だって天命だもの」から始まる。
それからのことは、それからのこと。
そんなふうに、私の中では、病気ってものは、ある。

いろんなびょうき。

そのびょうき、そのものの存在、
それ自体も、なんとなく、天命な気がしてる。



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2015-09-20 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

片側顔面痙攣術後・知らない人には分からない。

数日前からの、首の痛みが、ハンパなく。

朝起きたとき、身動きがとれないほど「ビッシィー!」
痛みが電流のように、走って、困った。

首をしたへ向けることが、最大に難しい。
「イテテテテテ…(汗)」
左右への稼動域も、めちゃ狭い。
「イタタタタタ…(汗)」

職場へ行ってもまともに働けなさそうなことと、
家から近くにある、総合病院の”整形外科”は、
夜診がないこと。
さらには、その日を逃すと、数日休診(診察日が
週3日程度しかない)になること。
を、考えて、もう「今日行くしかない!」と、決意。

職場へ面目ないけれども、休ませての連絡を入れて、
動かぬ首で、自転車へまたがり、一路病院へ!

朝受け付け開始からほどなく、で、診察券を受理して貰ったけど、
診察を受けたのはほぼ正午。
整形外科って、人気の科なんだなあ!と、
感心するやら呆れるやら、の数時間待ちだった。


整形外科にかかるのは、10年ほどナイので、
もちろん、初診の問診票を渡される。

名前。
今日診察へ来た理由。
「その痛みはいつから?」
「レントゲン撮影しても可?(妊娠していませんか?)」
「現在投薬処方されているお薬は、何かありますか?」などなど。
そして。

「何か今までに手術の経験はありますか」

この文言のとき、いつもちょっと、立ち止まる。
片側顔面痙攣で、開頭手術は、してる。
でも、これって、どこまでのときに、記入するのかな、と。

たとえば、眼科を受診しても、こういう質問はよくある。
カラダ全域、つながってひとつのもの、と思えば、
そりゃもちろんそうなんだろうけども。
病気、ということではナイと理解してるから、
乱暴に言っちゃえば「おできを除去したようなもの」的な。
そんな風に思ってるから、
いまひとつ、手術経験として提示するほどのモノなのかしらん、などと。

でも、そう思うのは思うだけで、
もちろんバッチリ記載しておく。


整形外科医に診察を、よーやく受け、
首筋のレントゲン撮影をして貰って、いざ詳細面談。
となったとき。
整形外科医は、もちろん問診票を見るので、
もちろんその記載に、目が留まる。
「開頭手術されたんですか」と。

はいそうなのです。
そう答えると、結構、素人さん的な口調で
「へぇー!開頭手術ですかー」と来る。
本当に、ふつうの感じで。
「で、治ったんですか?」ともふつうに。

「いいえ。残念ながら、再発中なんです」と私が答えると、
そこはお医者様。
「手術前と今では、どうなのです?
変化はあるんですか」
「はい。多少なりともですが、軽減されました」
そう答えると、
「そうですか」


つい。
ついつい私は
「1万人に1人の症例なんだそうです」
そしてさらに、つぶやく。
「逃げ切れるかと思ったんですが、逃げ切れませんでしたけど」
そう言うと、医師はうなづくだけで、何も言わなかった。
良い先生だな、と、思った。
そのくらいが、一番、いい。

医師でも、専門の科が違うと、
まったく知らない世界なんだろうなぁと思う。
整形外科医に”微小血管減圧術”で、施術した、と言っても、
「へぇ~」と言うだけだったから。
門外漢のもちょっと手前、な感じなんだろうけれど。
そんなもんなんだろうなぁ。

知らない人には、分からない。

私にとって、今となっては、脳神経外科医が、
一番身近な医師になったなぁと思う。
インフルエンザで内科に行っても、
眼科で診察を受けても、
どこででも、初診のときに、記載をする
”手術経験はありますか”

全国のどの病院の脳神経外科医に会っても、
一番、話すことが多く、
それでいて、一番、説明せずに済むんだろうなと、思う。

何だかこう思い始めると、
脳神経外科医が、一番、ホッとするお医者さんになった。
なんかこう、誰よりも”脳神経外科医師”。
懐かしい(苦笑)

ちなみに蛇足。
この首の激痛は「日にち薬しかないですな~」

骨や身体に異常なし。
ただ、首の骨が若干、まっすぐ過ぎることと、
私は姿勢が良いので、衝撃を逃しにくい体型、だとのこと。
まっすぐ過ぎても、骨、良くないらしく。
分かる分かる、でもちょっぴり「なんだよもぉー」(苦笑)

湿布の塗り薬ぬりぬりで、とうぶん過ごす予定(トホホ)



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2015-09-16 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 1 :

まつりごとはよく分からないけども。

政(まつりごと)はよく分からないんだけども。

このところ報道の中心になっている
【安保法案】についての、断固阻止&断固反対!デモ行進のこと。

主催者側発表でも、
警察側発表でもどっちでもいいけど、
その集まった数数万人規模だという、東京。
それをテレビで観ながら、いつも思ってること。

「地元の政治家に、職を賭して”断固阻止”を頼んだ方が
阻止する手段として、早いんでない???」ということ。

政治家さん等も「安保反対!」に「強行採決許すまじ!」なんて、
鼻息荒く、また、ある議員なんか
「お願いだからやめて!」なんて涙ぐんだりもしてるのだから、
そりゃそれ相応の、覚悟はあっての議員職なのではないのかしら。
だから、
だったらば。
反対議員の皆さんに、いったん「反対する!」から「辞職する!」をして、
国会運営を妨害?して、解散に追い込む。
で、それから国民一斉に、審を問う、となる方向に向かわせる。

の方が、何日も何時間も集合して、集結して、叫びまくらなくても、
安保法案阻止する方法として、迅速なんじゃあないのかしらん。

というようなことを、元総理の村山さんが
どこかで言われているのを見たし、
ジャーナリストの長谷川幸洋さんも数ヶ月前、
『プラカードを掲げるくらいなら議員辞職せよ』と
議員の態度について苦言を呈しておられたし。
そんな風に思うのは、ふつーだと思うんだけれど。

デモ行進していると、それだけで何かすごい
アクションをしているように思えるだろうけど、
実際のとこ、安部総理の退陣を真剣に目論むのなら、
やはり、地元議員にヤイヤイ訴えて、
職を賭して廃案に追い込んでくれ!と談判する。
その方が有効だと思うけどなぁ。

有名人の音楽家や作家、芸能人なぞが、
デモ集会に参加してるけど、
あーゆー人々は、基本海外に暮らしていたり、
もっといえば相当エスタブリッシュされた暮らしが確保されてて。
この先のニッポン国の未来に、大きな不安や不満を持っている、
集会に参加している若者や高齢者とは、
はっきり言って、全部違う。

だから、
漫然とした先行き不安の将来や、行く末を、
自分たちの手元に持ってきて、
がっちり手中に収めるためにも、
ここはひとつ、今の現職議員さん達を使って、ひとまず阻止。
それから未来を作ってく、のが、ベターなんではナイでしょーか。

『未来は ぼくらの 手のなか』 by ブルーハーツ

あと。
安保反対と自衛隊の存在そのものとの、
整合性とかも、考え出すとグルグル巻きなんだから。
反対の声だけではなぁ。

なんてぼんやり思ったりしてる。
んで、ぽつり、ここに、ひとり言、つぶやいたりして。



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2015-09-15 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

こわいと思うこと思わないこと。

友達と夕暮れどきから、おしゃべり。
晩ごはんを食べ食べ、くだらない与太話に
花を咲かせて、猛烈に愉快な時間を過ごしていた。

そんな途中で、ふと。
「あれれ?なんか、急に肩こり…」

首を動かすと、ピキーッ!
ぎゅっと刺すような痛みが一瞬、走る。
左肩が激的にこって、痛いような。
でも、首を下へ向けると、その方が痛みが強いような。

うーん。
なんだろう。

で、睡眠。
翌朝も、まだ痛い。
でも昨日よりマシ。
で、時間を追うごとに、徐々にマシになっていっている。

でも、なんなんだろ、これは。

と、痛み軽減に何か効果のある方法はないもんか?と、
ネット検索。
すると、出てくる文字は、おどろおどろしいものばかり!(驚愕)

【急な肩こりは要注意!】
なんで?!
『脳梗塞の疑い!』
マジで?!
『心筋梗塞かも!』
ホントに?!

いや…見るんじゃなかった。。。


若いころは”病気”になることが、こわかった。
生意気なタチなので、知ったかぶりと強がりで、
「死ぬことなんてこわくもなんともないよ」と公言していた。
でも、実際の胸のうちはそうとも言えなくて。
実は小心者だから、
ちょっと頭痛が酷いだけで「すわっ!脳卒中の前触れ?」
ちょっとめまいがするだけで「げげっ!心臓発作の前兆?」
びくびくと数日、ひとり密かに怯えるだけで、
病院へゆく、などということはしなかったけど。
でもそれでも、内心、びくついて過ごしたりしていた。

今は違う。

”病気”になることは、自然の摂理に近いと思っている。
加齢にともない、カラダのどこかがガタピシしてくるのは、
もう、宇宙の法則と同等だと思ってる(宇宙を勉強したことはナイけど)

おんぎゃあとこの世に生まれ落ちて以降、
何十年と毎日、秒単位でこくこく。
休むこと一切無しに、使いに使っているカラダだもん。
どんどんヨレヨレのガッタガタになってゆくのは、必然でしょう。

だから”病気”になることは、こわくない。
もっというと、今ならほんとに、死ぬことも、こわくない。
(家族とあの世とこの世に離れることには、泣けて来るけど!)

ただ、今。
イイ年になって来た、今。
”病気”になって、周りの人に
心配や迷惑をかけること。
それが、一番、こわい、と思うようになった。

家族の悲しむ顔は見たくないし、
友達に切なく思われることも、つらい。
働いている先にも、面倒をかけるのは、面目ない。

そういうことのほうが、こわい。

たとえば、両親が、どこか不調をつぶやいたときは、
心底心配になって「病院へ検査に行って!」という。
診察を受けてくれ、と頼む。
それはただただ、単純に、親の命が気がかりでたまらないから。
失ってなるものか!と、ただただ単純に思うから。
こわい。

たとえば、職場で、同僚の誰かが体調不良のとき。
穏やかな気配で「病院に行ったら?」という。
でも、中身は親へのソレとは違う。
正直、心配、という感性は若干弱めで(苦笑)
「アータが休んだら、周りが背負い込む仕事が増えるじゃんカ!」とか、
「てめーが休養する分、どんだけこっちが動かにゃ
ならんと思ってんだ!」というような、職場環境の不均衡さへの、
思いがウエイト重し(苦笑)
「いやぁ平気ですー」なんて言おうもんなら、憤慨気分になる(苦笑)
を、オブラートにくるんで、
いやいやホント駄目よ心配なのよ、というように、病院行きを強く勧めてる。
実は、他者にコワイ、自分(苦笑)


病気はもう、どうでもいい。
ただ、親しいひとに、悲しまれること、
それが、今はただ、悲しい。
そして、それこそが、一番、こわいと思うこと。

今夜はお風呂上りに、バンテリン塗って寝てみよう(苦笑)



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2015-09-14 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

片側顔面痙攣術後・何でもないときにこそ

お化粧の最中。

マスカラをつけるとき、口もとを、
つんと前へ突き出しながら、鼻の下を伸ばす。
そのときに、右目まぶたがぴくぴくぴくぴく。
アイラインをひくときは、大丈夫。
鼻毛処理(苦笑)のときは、ダメ。痙攣。

状況次第で、痙攣が出たり出なかったり。
手術後、経過のうちに、
痙攣する・しない、が、細分化。
(一時期は、ほとんど痙攣自体、消滅してたけど。
幸せのころ:涙)
不思議なもんだと、つくづく思う。
これが良くて、これがダメ、な理由が知りたいよ。

口を閉じて、何もしていないとき、は、だいたい穏やか。
でも、勤務中等で、緊張したりする場面にいると、ぴくつく。
これはまさに、血圧のなせる技なんだろうなァと、理解している。
血圧上昇にともなって、血流の強さが、
痙攣を引き起こす神経へ伝わり、振動を発症させる。
だろうな、と思ってる。

でも、じゃあふつうのときは?

テレビをただボッサーと眺めているだけのときでも、
ぴくぴくするときもあるし、
惰眠の昼寝をしてるときでも、痙攣することも。


不思議。

ただ、全般に「肝心なときに、揺れる!(苛々)」と感じていて、
それが腹立たしい。
マスカラを塗るのは、真剣作業!
少しでもズレると、まぶたが汚れるじゃん!と。

仕事中でもそう。
慎重に職務遂行中なのに、痙攣すると気がそがれるじゃないの!
「あー揺れ出したー」って、集中力が途切れるじゃん!

などと。
などと、自分自身に対して、馬鹿ヤロウ!と罵ったりしてる(苦笑)
怒りの先が、ちっとも決着しない相手だから、
よけい、腹が立つ。

片側顔面痙攣。
なんかこう、むぎゅっと取り出して、
(イメージは、大ぶりな、モツァレラチーズのかたまり)
「こいつめ!コンニャロ!てめー!」と、
ポカスカ殴って、ビシバシ引っ叩いて、
どっか遠ーくの、海の真ん中まで船で運んでって、
「おさらばじゃーっ!」と、捨ててやりたい。

と。
こんなことを考えているときは、痙攣、出ず。
ココロに反して、とっても、穏やか。
なんじゃこりゃ(苦笑)

開頭手術をして、完治せず、再発を実感中の今。
何でもないときにこそ、
「手術をして良かったよね」と思いたい。
なんともないときがあるのは、手術したおかげと思いたい。
っていうか。
思うように、する。
ことに、する(笑)

何でもない景色でも、
結構きれいだよな、と思うヒトがいい。



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2015-09-13 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

暮らしの中の落としどころ。

仕事上で知り合った人のご主人が、
バセドウ病だと聞いた。

「主人は、健康のためにって、ジョギングを始めたんです。
そしたら、どんどん体重が減って、
みるみる痩せたんですよ。
さすがジョギングは、効果テキメンだなあって
主人は喜んでいたんです。
でも、会社の健康診断で、検査に引っかかって。
それで、バセドウ病だったって。分かったんですよ」

めきめき痩せた原因は、バセドウ病がきっかけだったのだと。
今はお薬を服用して、体調は良いのだという(良かった)

友達の友人という形で、知り合った人は、
橋本病なのだ、と言われた。

あるところで会食があるので、誘ったら、
体調が良ければ参加したい、という答えだった。
そのときに、橋本病のことを話してくれた。

「季節の変わり目あたりが、つらい日が多いなあ。
梅雨前とか。
体のダルさが、もう、物凄いって言えば
分かって貰いやすいかも」

その人は、お薬は服用していないという。
飲めば、随分ラクになるらしいのだけど、
その人は、かなりの強い意志をもって、
投薬拒否の心を持っている(感じがした)

「ダルいときは、ひたすら家でゴロゴロして治す。
これでやって来たし、これでやって行くつもり」


夏の、汗をよくかく時期になると、
なぜかアレルギーが強く出る人もいる。

冬が来たら、両手の指全部が、ガサガサの、
あかぎれだらけになって、酷い出血をする人がいる。

花粉症がきつくて、秋からずっと
春へ向けての予防投薬を、服用している人がいる。
(年間半分近い月日を、そのためにのみ、服用してる)

めまいが頻繁におこる人。
貧血がしょっちゅうある人。
偏頭痛の酷い人。
「焼肉を食べたら、必ず絶対に下痢する」人。

なんとなく、みんな、
それぞれが、暮らしの中で、
「こんなもんデショ」の、落としどころをもって、暮らしている。

高齢になると、もっと「こんなもんデショ」は増えるんだろう。

膝が痛い。
目が見えにくくなった。
腰に激痛。
指でも腕でも肩でも、関節炎。

誰しもがゆく道すじは、だいたい似てるんなら、
そこへたどり着くまでの道順も、
案外似てるのかもしれない。
その道が、とてもなだらかな人なのか、
急勾配のある道を歩む人なのか。
そんな程度の違い、なのかもしれない。

落としどころに、優劣はない。

たぶん(←ややまだ弱腰:苦笑)



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2015-09-09 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

片側顔面痙攣・術後:未来の方向。

片側顔面痙攣の、開頭手術をして、
来月の10月で、ちょうど2年になる。

痙攣の再発を感じたのは、今年の1月。
術後、1年と3ヶ月間のあいだは、
痙攣のことを、ほとんど忘れて暮らすことが出来た。

私の執刀医は。

「2年間程度は、痙攣が出たり出なかったりを繰り返して、
収束に向かう方が、結構います。
なので、少なくとも、2年間位は、経過観察で行きましょう」
と、入院中も、退院後の面談の際にも、しょっちゅう言っていた。
そういうものなんだろうな。
そう、思って術後、痙攣が出ても、そう思って、過ごした。

「2年間の間に、痙攣が出なかったら、
完全完治と言えるでしょう」とも、執刀医は言っていた。

でも、私はどうやら、残念。
逃げ切れなかったみたい。

痙攣が出たり消えたり、の繰り返しではなく、
”痙攣が出て” ”しばしば、消えることも、ある”
そういう具合に、なってしまった。
ハァァ…(無念)

完全なる再発の予兆を、感じたとき、
執刀医を再受診した。
そのとき、執刀医は、こう言っていた。

「再手術をすることは、いつでも出来ます。
ただ、私の意見としては、今では、まだ、ない。
まだ、痙攣が治まる可能性は、ないとは言えないと思うからです。
もう少し様子見で、どうでしょうか」と。

それには、私自身、違う意見として、同感した。
残念ながら、私の感覚として、
痙攣がこのあと、収束して完全に消える、とは、思えない。
なぜなら、数ヶ月前よりは、確実に発生の頻度は、増しているから。
ただ、今ではない、の同感さは、
手術前よりは<若干の痙攣の軽度>程度だけれども、を、
感じているから。

いろんなネットサイトを見ていると、
開頭手術(微小血管減圧術)の成功率の内訳説明で、
【手術による症状消失、
または改善がみられる割合(手術成功率)」は80~90%】

というような表記の病院等が、多い。
プラス、ご丁寧な所では、
【残念ながら全員に完治をもたらすわけではない】と、あることも、しばしば。
全力100%の完治・治癒ではない。

私は、手術を受ける前、受けた後、
もちろん<症状の消失>を目指していた。
そうは、ならなかった。。。
でも。
でも、よくよく考えると、
もっと言うと、よくよく”少しでもよい方へ”考えると、

<改善が見られる>

これならば、あたらずとも遠からじ、的な落とし所が(苦笑)

完治、は無理だったけれど、
痙攣の改善は、見られる、程度の、成功は、ある。
そこを、
その一点を拡大解釈すれば、
私のこの今の状況でも、
ひとまず・成功、のうちに入る、のかも、しれない。
おおらかに、おおらかに、意識を持てば、だけど(苦笑)


執刀医が、再受診のとき、こうも言っていた。
「2度目の手術は、正直いって、リスキーです」と。

1度目の開頭のとき、医師としては「くまなく見た」と。
「怪しそうな箇所は、くまなく見ました。
実際、痙攣がほとんど治まっている期間もあったし、
今も、痙攣が無いときもある。
ということは、この手術は、成功していると言える訳です」

私の場合。
術後の説明のとき。
脳幹近くの太い神経組織の周囲にある、
くも膜が、年齢の割りに硬くなっていた、と言われた。

「神経の近くのくも膜が、例えて言うなら、
すりガラスのように、硬くもろくなっている箇所が有りました。
それも血管と併せて、神経に触れないように、除去しておきました」
(くも膜って、一部を切り取っても平気なんだ?!と、
妙に感心&驚愕した記憶アリ)

くも膜が硬くなるのは、加齢にもよるそうだけれど、
そもそもの体質(毎度おなじみ:苦笑)にもよるとも、言われた。

今回、片側顔面痙攣の再発には、
「もしかすると、月日が流れて、
またさらに近くのくも膜が、そう、硬くなって、
前回とは違う箇所の神経に、あたっているのかもしれません。
あるいは、それが、血管にあたり、
それが血管を押して、神経にあたるようになっているのかもしれない」


「再手術はもちろん、出来ます。
ですが、1度目のときに、怪しい所を確認して処置したのだから、
2度目のときは、いっそう込み入った箇所に、原因があるはずです。
なので、探し当てることは、正直、1度目より、難しくなります

「開頭手術をしても、結局原因を見つけられなかった、という
事例も、正直、あります。
探したけれども、見当たらなかった」

こればかりは、しかたがない。

こればかりは、しかたがない、と、医師は、そう言っていた。
それはそうだろうと、思う。
だからこその、成功率100%でないのだから。


痙攣の完全消滅。

これは、何度も言うけど、私は当たらなかった。
はずれ。
そう、ハズレてしまった。
1万人に1人という、片側顔面痙攣には当たった。
大当たり。
いや、違うな。
これだって、十分過ぎる、ハズレ。
その成功手術にも、ハズレ。
どんだけの確立で、ハズレを引き当ててるんだろう。
なんて思うと、その見事なガッカリさに、泣けてくる(苦笑)

でも<改善が見られる>には、まだ少し、足がかかってる。
片足の先っちょくらいは、足が乗っかってる、と思う。
(思う、というか、思いたい、かもしれないけど)
それが、いつ、足が完全に外れるか、私には分からない。
外れたときに、さて、どうするか。
それは、そのときにならないと、それも、私には分からない。

ただ、分かっていること。
それは、
きっといつか、その答えを出すときが、来る、ということ。

片側顔面痙攣の手術で、完治した人には、ない、
この感情と、この体験を、とどめおくべく、
ここに書き記してゆこうと、思ってる。
いつか、答えを出すときまで。
それから、新しい答えを出してからも。
たぶん、一生涯、私は片側顔面痙攣と共に生きてゆく。
残念だけど。
無念だけど、しかたない。

このまま痙攣再発の症状が、悪化して、
強まっていったら、
私は別の病院も、受診しようと思っている。
”病院・医者ジプシー”にならない程度に。

私の、未来の方向が決まっているのは、
今は、ただ、それだけ。


約2年前。

手術を終えて、退院したとき、
これは、自宅近くで撮影した、花と空の写真。

このときは、まだ、
髪の毛で隠し切れなかった、
大きな大きな切開傷跡が、頭に、あった。
痙攣も、まだまだ、出ていた。
でも、そのときの痙攣は、
確かに収束へ向かう気配、を、感じる
完治への希望ある、痙攣だった。

この撮影をしたときの、私は、
この青空のように、晴れ晴れとしていたのを、覚えている。
これは、私の、過去のこと。

未来に待つ私の未来が、
少しでも、このときみたいに、
少しでも、晴れやかだといいな。



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2015-09-04 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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