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”べきべき”言うヒト。

話していて「まじめな人なんだろうなぁ」と思う。
あるいは「情熱家なんだろうなぁ」とも思う。

美味しいレストランに出会うと、私に
「絶対美味しいから、お食事に行くべきですよ!」と言い。
国内外問わず、歴史的遺産の名所・旧跡に行くと
「死ぬまでに必ず、見ておくべきところですよ!」と言い。
男女関わらず、素敵な人に出会うと
「きっと得るものがあるから、会うべきですよ!」と言い。

<べきべき人>

悪口でも中傷でもなく、
ココロの中で、その人と話すたび、
<べきべき人>という、私の造語が、頭に浮かぶ(苦笑)

その人だけじゃあなく、
世の中には結構<べきべき人>は、いる。

すべき。
やるべき。
見るべき。
試すべき。
食べるべき。
飲むべき。
行くべき。
聞くべき。

熱い思いでもって、推薦、紹介したいんだろうけど、
そう<べきべき>言われると、
あまのじゃくな私は、結構、ココロが後ろへ、引く(苦笑)

毎日、のろのろ暮らしている私には、
そうそう<べき>事柄に、出会っていない気がする。
気づいていないだけなのかもしれないけど。
でも、そんなに<べき>ことって、
実は、多く、ないような気は、してる。
だから<べきべき人>に会うと、
居心地が悪くなるというか。
おしりがこそばゆくなるというか(苦笑)

『するべき』だ、と言われることから、
私自身、遠くにいたいと、思っている。
それが、もしも、”必然なこと”なら、
私にそれが出会うように、
自然のなりゆきに、まかせたい。
”必然”なら、勝手にそこへ、たどり着くだろうから。


「あのカフェに行った?」
「まだ行ってない」
「行くべきだよ!コーヒー、すっごく美味しかったよ!」

「○○神社、お参りしたことある?」
「ない。いつか参拝したいなと思ってるよ」
「今すぐ行くべき!季節がいいから!」

ものすごーく、シンプルなトピックでも出る<べき>
<べきべき人>は、なんとなく、
生きるのが、たいへんそうな気がする。
少なくとも、私よりは(苦笑)

押し付けず、押し付けられず。

それはたぶん、愛というモノの変形だったり、
思いやりというモノのかけらだったり、するんだろうけど。
私は私の。
気楽に、気ままに暮らしたい。

木々の中を、適当に、歩く。
そんな、感じで。



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2015-08-28 : よしなし雑記 : コメント : 0 :

片側顔面痙攣・術後:花びら占いみたいな日々

花びらを1枚ずつちぎっては。
「すき」
「きらい」
「すき」

そんな乙女なことは、人生今まで一度もしたことがないけど、
リズムの調子が、似てるな、と思う。

片側顔面痙攣のぴくぴくが。
「でた」
「いま、ない」
「でた」
「いま、きえてる」
「やっぱり、でた」

最近とみに「でた」を引いている感じがする。
「でた」
「でてる」
「でてる」
「ちょっときえた」
「でた」
「いまでてる」

耳鳴りは持続力が、ハンパなく強固。
それもこれも、私本体の中身、なんだよなぁと思うと、
本当に、不思議。
精神はふやふやなのに、そんなとこだけ、堅実に、強靭(苦笑)

付き合いきれない。
やってられるか。

なんて思っても、私のカラダ自身のこと。
理解出来ないし、扱い切れないけれど、
誰にもかわって貰えないんだから、仕方がない。
『開頭手術をしたら根治!』と思っていたけど、
その願望を打ち砕かれた、この人生も、すべて
ひっくるめて、私。


夏の終わりの、ちびっこプール。
浮かんでいるのは、スーパーボール。
小さなお子ちゃんたちが、ボールすくいをしていた。
水浸しになりながら。
でも、まだ夏の名残があるころだから、平気。
ぬれたって、すぐに乾く。

夏だから、痙攣が出ちゃう時期、とか。
私の痙攣も、
そんなだったら、よかったのにな。



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2015-08-25 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 6 :

片側顔面痙攣・術後:手術の方法に思うこと

片側顔面痙攣の手術は
≪微小血管減圧術≫という術式だという。
片側顔面痙攣の原因の、神経に対する血管圧迫を
取り除く手術法。

でも、ネット検索をすると、その中でも方法はさまざまあった。

神経と血管の間に、テフロン製の綿を挟み込む方法が、
今まで?のもっともポピュラーなやり方らしい。
最近では、神経と血管を、引き離してテープで固定する、という
方法が「一番再発の可能性が低い」術式(らしい)と、
説明している病院を、いくつも見た。

私の手術を頼んだ脳外科医師からも、
手術方法は、さまざまある、と事前説明を受けた。
「脳内を見て、最善の方式を取らせて頂く。
それでよろしいか」
そんな感じのことを最終的に言われて、私も同意した。
まな板の上の鯉。
その場その場で的確だと思われた判断に、
患者側としては、もう、どうあれ、お任せするしかないんだし。
信じて、すべて「お願いします」

結果、私は、その執刀医師独自の術法になったらしい。
私の首の辺りの筋肉組織を、
ごくわずかに切り取って、挟み込んだ。

「ご自身の組織なので、拒絶反応が出ない。
挟み込んで癒着をしても、よって、困らない」

そんなふうな説明を事前にも事後にも、聞いた。
でも。
でもあとから考えると、それは果たして「よかったの?」

テフロン素材をはさむことは、最近ネットでしばしば
「術後、ズレてしまうこともあるので、しない」という
病院のHP説明で、見かける。
術式にも、流行があるのが、世の常だろうと思う。

私の執刀医は
「脳内はつねに水があって、水の中に脳が浮かんでいるような感じ」
イメージとしては「売っているお豆腐みたいなものと想像してくれたら」と。
なので、なるほど、水がたぷたぷしている中だと、
何か挟んでもそりゃ、動くかもしれないなあ、と。

でも、それなら、テープで固定して留める、のだって、同じでは?
水がたんまりの中で、いつまでもがっちり、
テープで固定なんて、出来るものなの???
しかも、そのテープを固定するのは、”合成化学薬品のり”
悪名高きフィブリノゲン素材のようだけど、
ちょびっと使用程度なら問題なし、な扱いらしい。
大丈夫なんだろうけど、でも、そこまでほんとに”大丈夫”なのか?

などなどなどなど。

全国、いろんな病院HPを見るにつけ、
湧き出る地味な疑問や、素朴な分量の、不安感。

の中でーの、私の、執刀医師の独自手法。
って、あとからのあとからのあとから思うと、
「ほんとにソレで良かったのかしらん」のココロ。

まあ。
まあその方式で、
執刀を受けた、ほとんどの患者さんが”完治”しているのだから、
確立された方法なのだろうと、思う。ホントに、思う。

ネットの中から、偶然知り合うことが出来た、
同じこの片側顔面痙攣で、
同じ病院で、同じ医師による、同じ手術でもって、
「すかっ!と完全完治!☆」になった方を、
私は知っている。

ようは、ようするに。

私が再発をしたばっかりに、執刀医師への
「ほんとにソレで正解だったのー???」が、生まれて来たのだ。
本当にその方法が、最適で最善だったのー?の、
疑惑(苦笑)の念が生まれだし、
本当に、本当に、がどんどんさかのぼり始める。

本当にその手術方法でよかったのか。
本当にその医師でよかったのか。
本当にその病院でよかったのか。

成功していたら、まったく考えもしなかった、濁った感情が、
日が経つにつれ、じんわり沸いて出て来る。
あんなに、手術前は信頼しきっていたのに。
手のひら返しとは、まさにこのことだな、なんて思ったりする(苦笑)

いつか。
いつの日か、もしかしたら、再手術をする気持ちになるかもしれない。
分からないけど。
でも、そのとき、また同じ病院で執刀を受けるか。
それとも、他府県を超えて、病院と医師を
新たに捜し求めるのか。
【病院ジプシー】という言葉を、聞いたことがあるけれど、
自分はそうはならない、とは、言えない気がする。
こと、片側顔面痙攣の再手術に関しては。

同じ医師の方が、前回の手術の内容の把握もバッチリだから
安心、と思うのか。
はたまた、違う医師の新たなる見解や見立てに、期待する方が良いのか。
手術方法も違うところで、違う状態にして貰う方が、
理想に描く、完治へ近づくことが出来るのだろうか。

同じ症状での手術を、二度三度と受ける方も、
世の中には、いらっしゃるでしょう。
みなさん、そのときの決意は、どうされているんだろう。


喫茶店で、本を1冊片手に、コーヒーを飲む。
本の世界に埋没しているときは、何も思わない。
けど、ふっと。
ふっと顔をあげて、窓の外なんぞを見渡すとき、
なんとなく、
なんとなく、ぼんやり、
そんなようなことばかり、考える自分がいる。



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2015-08-19 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 2 :

片側顔面痙攣:はじまりのころ。

片側顔面痙攣。

これの出会いは、4年前までさかのぼる。

何だか右目のまぶたが、しつこくぴくぴくするなぁ。。。
そう思って日々過ごすことが多くなっていた。

でも、こういうピクつきは、例えばパソコンのし過ぎなどの、
眼を酷使しての、眼精疲労から来る症状だったり、
精神的ストレスから来る症状だったり、と広く言われているし、
私の友達や家族でも「なるなる、それ~」と。
周囲でも体験者が多く、特別気にもしないで、いた。

しかしこれが、一向に治まる気配がなく。

じょじょに気持ちは「もしかしたら、何か病気かもしれない」
そう感じるようになり、インターネットで検索魔王になった。

そして、出会ったのが『顔面麻痺』とか『顔面痙攣』
初めて見た”病名”だった。

私は日頃コンタクトレンズ使用しているので、
眼科には3ヵ月後とに検診にゆくので、何度も眼科医に質問した。
何度も、数ヶ月に渡って、してみた。
「先生。ひつこいようですけど、まぶたが、しょっちゅうぴくぴくするのです」と。
すると眼科医の答えはいつも決まってこうだった。
「気にしすぎ!」

眼科医は苦笑しながら、優しく諭すように、こう答えたのだった。
「あのねぇ。ネット検索をすれば、誰だって立派な”病人”になりますよ。
検索なんてしたら、誰だって、何かの症状と似てるって思うんです。
あんまり検索も、どうかと私は思いますけどねぇ。
何度も言ってますけど、気にしない。気にするから、またぴくつくんです」と。

それで、そのとき、私はついに「眼科医の範疇ではないんだ」と知った。
そして「脳神経の病院へ診察にゆこう」
そう思ったのだった。
その時点で、発症の始まりから、ゆうに1年は過ぎていた。


脳神経科のある病院を、2軒受診した。
CTを撮影して、診断の結果、出た病名がこの『片側顔面痙攣』だった。
「根治治療を目指すなら、脳外科手術のほか、手は無い」とも言われた。
薬や注射の治療は、私は、まったく考えなかった。

手術をするか、しないか。
それだけだな、と思った。

●頭部の頭皮を15センチ程切開をして、頭蓋骨に500円玉強の穴を開ける。
 内視鏡で、神経と血管の触れている部位を探して、
 そこへモノを挟み込む。(それで触れないように、する)
 また、頭蓋骨を戻してフタをして、頭皮を縫合して、終了●

全身麻酔で、施術時間は約5時間前後。
入院の日数は、個人差があるが、約2週間、と。

脳ミソは簡単に言うと”髄液”という液体の中に、浮かんでいると。
脳外科医は「売ってる、お豆腐をイメージして貰えたら(笑)」と言った。
なので、頭蓋骨に穴を開けるので、当然その”髄液”はモレ出す。
漏れることと、あと、手術のときに、小脳に触れるそうで、
その小脳に触れることとで、術後、ものすごい嘔吐とめまいと頭痛に
3~4日襲われるという。

「この病気は、命に関わることではないので、医者の方からした方がいいなど、
強く手術を勧めることはありません。
ご本人さんの希望次第です。
何歳であっても、手術が怖いからしません、とおっしゃる患者さんもいれば、
80歳代でも、煩わしいから施術したいとおっしゃる方もいます。
でも、もし、手術をと思う方がいたら、体力のある若いうちに、ということは、
私としては言いますね」
そう、脳外科医は、撮影した私のCT映像をみながら、そう言っていた。

「症状の進行具合は、人によります。
早く進行して、痙攣が酷くなる方もいれば、5年後でも然程変わらないままの方もいます」とも。

痙攣が酷くなると、始終痙攣のある側の眼を、閉じてしまいがちになったり
(そうなると車の運転など、支障が出るし、危険)
片側に顔が引きつり上げれたようになったりして、
明らかに表情に歪みが出るようになる。

そうなると、今度は「ひとに会いたくない」という気持ちが、生まれ出す。
「どうしたの、その顔?」と言われたくないなどから、
対人恐怖症的になり、鬱病になる人も。
精神的ストレスは、これはもう、ぴくつき痙攣を体験している者には、
大なり小なり不可避なことで、たいへんにゆゆしき事態。


私は幸いなことに、症状の進行がゆっくりだったようで、
誰にも何も、指摘を受けたことがなかった。

ただ親しい友達にこの詳細を告げたとき、
「あぁそれで。眼がぴくぴくしてるなぁって思ってたけど、
疲れ眼なんやぁって思ってたよ!」と言われて、とても納得された友が、ひとりだけ。
なので、きっと多くの人は「自分もなるなるそれ~」みたいな思いで、
黙殺してくれていたのだろうなぁと思う。

それからさらに3年。

痙攣する頻度は増え、痙攣するときに、同時に
”ザーッ”というような、耳鳴りもするようになっていった。
また、口を尖らせると、レモンを噛んだときのように、
片目がきゅーっと縮むようにもなった。
口元を動かすと、眼も同時に動く、というようなことが
少しずつだけど、増え、
小さな不便、小さな不愉快が、少しずつ募りだした。

でも、脳外科の手術なんて恐ろしい。。。。。
頭蓋骨を開けるだなんて!!!恐怖映画みたいじゃないの!!!
後遺症とかも、もちろん想像し出すと切りなく、怖い!!!
そう思って、踏み出せず、踏み出そうとせずに過ごしていた。

決意をしたのは、友達のアドバイスからだった。

ワタシのこの、症状を知っている、友達が、ふとしたときに、
「手術どうするの?」と聞いてくれて。
そしてこうも言ってくれたから。
「もし、いつかするかもって思っているなら、今の方が良いと思う。
家族も今ならみんな元気。
でも、そのうちきっと家族の誰かが、入院とか、どうにかなって来るよ。
そうなると、人手も要るし、体力も気持ちもしんどいと思う。
だから、するなら今のうちだと思う」と。
そう言われてしごく「納得。」

何というか。

『闘病』という文字のような、病気や症状と闘う意識で
今回ようやくの入院・手術を決意した訳ではなくて、
私の場合、この病を、仕方なく『受け入れた』もしくは『引き受けた』
そんな感じが適切だったと思う。

執刀を選んだ脳外科医の言葉にも、大きく影響を受けている。

診察をしてくれた担当医に、私は当時、こう言った。

「例えば右手と左手の長さが、ちょっと違う人っていますよね。
眼の大きさだって、足のサイズだって右左少し違う人も居る。
そういうことと同じでね。
あなたの脳の中の神経のある位置と、近くを走る血管の蛇行の具合が、
触れてしまう位置関係だったってこと。
ただただ、そういうこと。
この片側顔面痙攣になった理由や原因は、ないのです。
それだけなのです」

そう医師が言われて。
それを聞いたときから「あぁ。きっといつか、私はこれを
”受け入れるとき”が来るだろうなぁ」と。
そうぼんやり思い、そして、そう話してくれた医師に、執刀を頼んだ。
それが、今から1年と10ヶ月前のこと。

入院する病院と執刀医に、身を任すだけで、
その日を待つ、になったときのことは、忘れられない。
いろんなことを”引き受け”決め始めたら、
本当に爽快な気分になっていた。

ああ懐かしく、輝いた日々よ…(苦笑)



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2015-08-17 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

片側顔面痙攣・術後:可が減り不可が増え。

先日<可もなく 不可もなく>という記事を
書いてから、今で10日程。

なんとなく、日々募る思いは。
<可が減り 不可が増え>
というような、感じ。

じわじわじわじわと、痙攣が、じわじわ、ねばっこく、
地味に頻発するような、気がしてきた。

手術以前ほどではない。
これは、まだ、実感として、本物。
ただ、痙攣の”質”が、変わったように思う。

手術前の痙攣は、もう出ずっぱり。
自由気ままに(苦笑)好き放題に、痙攣出っぱなしだった。
でも今は、水面下で、ずっしり揺れているような。
強制的に痙攣を、上から押さえつけているような、痙攣というか。
痙攣は”表面に出たい”んだけど、壁が邪魔をして
”外へ出られない”といった感じというか。

強い頭痛薬を飲んだから、酷い痛みは治まっているけれど、
でも、何となく地味に、鈍痛。

そんな感じの、痙攣が、ずっと、続いている。

何も考えず、無表情で、じーっとしておけば、
痙攣の方も、じーっとしている。
だけど、モノを食べたり、大笑いしたり。
アイラインを引く・マスカラを塗る、で
目や口を尖らせたりすると、ぴくぴくぴくぴくぴく。

”「手術と同等。
もしくはそれに近くならないと、再発とは言わない」
お医者さんから、そう言われた”
そんな文言を、どこかのどなたかの記事で
読んだ記憶があるけど、それは正しくないと思う。
患者からすれば。
手術をした側からすれば。

「確かに、痙攣がまたしている」

そう思えば、それは再発だと、私は思う。

ただ、手術前と手術後の違いをあげるとしたら、
今後、この再発を、どう受け止めるか。
その一点だと思う。


痙攣が始まると、酷いときは、視界がゆがむ。
まばたきとは違う形で、目がしばしば、して、
目を閉じてはいないけど、痙攣で揺れるせいで、視界も揺れる。
私の痙攣は、右側。
左側の視界はクリアー
でも右側の視界は、ガタガタと揺れて、ゆがむ。
そのときの、目の見える世界のバランスの悪さが、
本当に、悲しくなる。

「頭蓋骨に穴まで開けたのにな」

仕事をしながら、ゆがむ。
食事をとりながら、ゆがむ。
おしゃべりをしながら、ゆがむ。
大げさに言うと、私だけ、世界が、ゆがんでいる。
右目と左目の世界の、不均衡に、無念が募る。

ふだんは、めったに食べないけれど、
コンビニに行って、サラダを買った。
暑い時期らしく、さわやかな鶏のさっぱり味サラダ。
ドレッシングに、すだちを絞って頂く。

2013年10月は、猛烈に酷い残暑のころだった。

入院している私への、家族のお手製差し入れ食事に、
ふとしたときに、このサラダもあった。
季節の定番商品のようだった。
病室で食べたそれは、パサパサしていて、
ちっとも美味しくなかったけれど、
それでも、その後も何度か食べている。
なぜか。
それは「懐かしい」から。

手術後、病室で、どれだけ痙攣が頻発していようとも、
それらはすべて”根治”への、道のりのひとつだと信じていたから、
深刻には気にならなかった。
もちろん、手術後パッ!と、痙攣すべてが消え去る人もいるらしいので、
そうでなかった自分に、ふつうに凹んだりもしたけど。
それでもやっぱり”根治”を、信じていた。

退院後にそのサラダを食べるとき、いつも、病室と直結していた。
「あの病室で、食べてた」と。
治る気持ちで、いっぱいだった、病室で。

翌年の暑い時期にも、やっぱり1度、食べた。
去年のころは、ほぼ痙攣が消滅していたから、
ますますただただ”懐かしい”病室の思い出サラダな、だけだった。

今年もコンビニの陳列台に、そのサラダはあって。
ひとつ買って、食べた。
相変わらず、野菜はパサパサしていて、美味しくない。
鶏もポソポソしている。
付け合せのすだちを、あのころと同じように、またひとしぼりする。
「懐かしい」
あのころと、同じ味。
でも、あのころとは、違う痙攣を感じながら、食べている。

いつか、頭蓋骨にまた、穴、開けるのかな。
私は、いつかまた、手術をする決意を、するのかな。

誰か、教えてほしいよなぁ。

なんて。
ぼんやり思ったりしている。



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2015-08-15 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 4 :

片側顔面痙攣・術後:思い出すことなど

片側顔面痙攣の術式は、
≪頭蓋内微小血管減圧術≫というらしい。

◎頭皮を切開して、頭蓋骨に500円玉強の穴を開ける。
 硬膜を切り、ついで髄膜、くも膜下を切り、ようやく脳に到達。
 【ひと】として生きるために重要な存在の”脳幹”のそばにある
 神経と、小脳などに触れながら、とある神経を接触して圧迫しているであろう、
 接触部位を探し、触れないように、処置を施す。◎

頭蓋骨に穴を開けるので、小脳や血管が空気に触れるため、必ず、腫れる。
これはもう絶対、腫れると、執刀医から事前説明で、聞いた。
腫れるので、必ず術後に、めまいや吐き気などが、起こると言っていた。
本当に、そのとおりだった。
ただ、4~5日しんぼうすれば、必ず収まると。
それも、本当にそのとおりだった。

「処置は、こちらが部位の状況を見て、最適だと思ったことをとらせて貰いたい」と医師。

「場所が場所なだけに、こちらとしても、最大限の慎重さで、挑みます。
術後も負担の極力無いように努力します。
でも、ただやはり、ひとがする行為ですし、手術ですから、何が起きるか分からない。
そういうことも、十分理解をお願いしたい」と、執刀医は神妙な口調で、言っていた。


この片側顔面痙攣の手術で、せっかく頭蓋骨にまで穴を開けたのに、
結局、原因が分からず終了したという例も、あるとも話があった。

手術は無事成功したのに、痙攣が治まらなかった例も、ある。

術後数年経過してのち、また再発する例も、ある。

接触部位を見つけて、処置をしたのに治らず、
再度手術を受けたら、その処置の奥の奥側にも接触部位があった、例も、ある。


いろんな、いわば残念・症例の例題を、たくさん示された。
つまり、どの道筋をたどっても、
9割は成功するけど、1割程度は残念なことになるのだ、と。
それは、どうあっても、の、絶対・黄金比率のようだった。

残念なことには、なりたくないなぁ。。。
そう思いつつも、私は、医師の説明を聞けば聞き進むうち、
何だかすごく、不思議な気持ちになっていっていたことを、覚えている。

何をどう置き換えても、90%の成功と10%の無念がある。
それはどこまで行ってもそうなのだ。
こうなったときコレをして、9割成功、1割残念。
またそれを…と、どこまでも、90%と10%が、ついて来るのだ。

何だか”マトリョーシカ”みたいだなぁ。
そう思った。

大きな”成功マトリョーシカ”の中に、小さな”残念マトリョーシカ”があって。

その”小さな残念マトリョーシカ”を開けると、
そこにはまた次の”小さな残念マトリョーシカ”が収まっている。
またそのマトリョーシカを開けると、10%の確立で、
”残念マトリョーシカ”があるのだ。

そうやって、マトリョーシカを開ける、90%と10%の世界。
小さなマトリョーシカがあるのを見たとき、
それをまた開けるかどうか。
もし開けたとして、もしそれをどんどん開け続けててゆくと、
マトリョーシカは、どんどん小さなサイズになってゆき、
ミクロのミクロのミクロのミクロになってゆく。
最終的には、それは【点】になって、
最終の最終の最後には【無ゼロ】になる。
その【無ゼロ】っていうのは、ふっと消えるのかな。

あぁーなんかすっごく、コスモを感じるわぁ。。。
宇宙。。。。。。

って。
現実には、のんきに、そんなこと思っている場合かってんだ!(苦笑)
だったのだけど。

でも。

そんな、マトリョーシカにコスモを感じながらも、
「この先生に頭蓋骨に穴、開けて、手術して貰って。
して貰って、治して貰うのだ!」という、
ものすごく前向きな希望に、満ち満ちていた。

手術前の、その希望に溢れていた頃と、
手術をして直後の、吐き気や鈍痛に襲われていたときでも、
「治る方へ向かって走り出したんだ」と、
しんどくても、やっぱり、前向きだった。

なんか、懐かしいなぁ。。。。。
今となっては、まぶしい、思い出。。。。。


痙攣が再発している今。

片側顔面痙攣という症例に、また向き合うことになっている。
その重さは、正直いって、以前より、重い。

手術のことを全般、思い出すという行為と、
現在の痙攣再発を直視する行為との間に、差がなくなっている。
要するに、私は、片側顔面痙攣から、
逃れられなかったのだから、同じこと、というような。

今も昔も、痙攣に、向き合っている。
手術しようが、しまいが、とはでは言わないけれど。
今も、昔のまんま、痙攣と、向き合って暮らしている。



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2015-08-08 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

片側顔面・術後:麻酔科医師に今さら感服!

片側顔面痙攣の手術は、もちろん、全身麻酔での施術。

麻酔といえば、歯医者さんで、親知らずを抜いたときに
受ける程度の経験しかない。
あ、あと、鼻カメラを入れたとき、喉に麻酔をシュシュッと。
その程度の体験のみ。

開頭手術のとき、入院時に、すぐ、
麻酔担当医師にも面談をした。

実は、私の片側顔面手術の手術日は、変更があった。

最初の入院&手術の予定日は、11月○日だった。
それが、手術執刀日をみずから決めた執刀医から、
決めた翌日、携帯電話に留守番電話が何度もあって。
着歴が、何度も何度も。
平日は勤務、と話していたことと、
執刀医から直接電話?!と、やや緊張しながら、
休憩時間に折り返しの連絡を、した。

ら。

「麻酔担当の○○先生が、急用でその日留守になってしまった。
麻酔はその先生じゃあないと、ダメなのです。
私はとても信頼しているので、○○先生の麻酔でないと
施術をしたくない。
なので、先生と一緒に執刀出来る日に、変えて欲しい」と。
そういった変更内容の、緊急電話だった。

私も、職場上司等へ、休み希望の相談をして、
許可を得たところだったので、びっくり&安堵(セーフ!)
執刀医がそうまで言うのなら、そうした方が良いに決まってるから。

入院したとき、相部屋の皆さんが、
「麻酔って大事ですよ!
へたくそな先生の麻酔だったら、
麻酔が切れた後が、もーしんどくてしんどくて大変ですから」
そうおっしゃっていた。

何せとにかく、初体験だったので、
そういうものだろうな、という認識程度だったけれど、
執刀医のこだわりと、
入院患者さん達のご意見とを足すと、
施術のときには、相当重要なことなのだろうと、思った。

麻酔担当医師は、面談のとき
「手術後、つらくならないように、
うんと慎重に、麻酔をしますからね。
安心して下さい」
そう、穏やかに、でも、きっぱりおっしゃっていた。
眼鏡の似合う、小柄な、でも優しそうな先生だった。

「凄腕なんだろうなあ」

そう思うばかりだった。

そして、もちろん術後はまったく、苦痛なし。
気分の悪かったことなどは、全部手術のためだと思われた。
(何せ頭蓋骨に穴を開けたんだもの!)
相部屋の皆さんに、
「○○先生の麻酔で良かったですね!」と、
術後もやっぱり、言われた。

麻酔と手術は、一心同体!(なんだな、と、知った)

で、先日。
とある、動物病院の獣医さんを特集した番組を観ていて。

大事故に遭ってしまった、生まれたてみたいな子猫。
まだ、うんと幼い。でも、ものすごい大怪我。
獣医師は即、手術を決断。
で、施術を始め、無事終了したとき、
「麻酔バッチリ!」と、自画自賛されていた。

体の小さい、しかも衰弱している、そして大怪我の子猫に、
全身麻酔は相当負担がかかるらしい。
それで、麻酔の分量が、重大。
その難題を、獣医師は、見事やり遂げたと。

それを観ていて「あっ。やっぱり麻酔は難問なんだ!」と。

執刀してくれた、脳神経外科の担当医も、
もちろん凄いことだけど、
手術に、患者には直接は”見えない・感じない”麻酔。
でも、実は実に、最大にして最高に、難関なものなのだ、と。

麻酔担当医とは、手術前に面談(説明)で
お会いしたことと、手術当日にお会いした。
あとは、術後「具合はどうですか」と、問診に
来て下さったことが、翌日に1度。
それきり。

看護師さん達にも、退院のとき、
麻酔科医師にもお礼を申し上げたいと、お聞きしたけど、
麻酔科の先生は、普段、施術の無い日は、
違う病棟に詰めているので、
看護師さん達も「めったに用がない限り、お会いしないんですよ~」

本当に、影の仕事人!麻酔担当医!


こんなふうに、あとからあとから、
じわぁっと、思うことが、浮かんだりする、手術のこと。
入院のこと。
退院のこと。
看護師さん達のこと。
病院でお世話になった皆さんのこと。

入院・手術では、二度ともうお会いしたくないけど、
そうじゃないときでなら、一度くらい、
お茶でもご一緒をして、おしゃべりに興じてみたい。
(執刀医には、ふつうに外来で受診すれば、いつでも会えますけど)
特に、麻酔科の先生。
お礼かたがた、そしてもちろん、
今さら感服しまくっているこの気持ちを、お話したい。
なんてね。

なんでも、どんな世界でも、
縁の下の力持ち、は、すごいのだなあ。



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2015-08-07 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

片側顔面痙攣・術後:可もなく不可もなく。

片側顔面痙攣の頭開手術をして。
でも、残念ながらの【再発】を、実感している日々。

病院へ、執刀医師へ再発の相談をしに行ってからこちら。
痙攣発症具合としては、どうにも変わっていない感じで、推移。

可もなく不可もなく。

手術以前ほどは、痙攣していない。
けど、
手術後しばらくの頃のような、
「完治して行っている」と思っていたほどの、消滅もなし。
微妙に、痙攣。
四六時中、頻繁に痙攣多発というほどでもなく、
しかし、さりとて、といった具合。
耳鳴りが、私の場合強いから、
煩わしさは、他の方より、大きいだろうと、思ってる。
まぁ、言い出したらキリが無い。
とにかく、答えとしては<手術をしても「再発した」>なのだから。


医師の言っていたとおり、顔面痙攣は、
寝不足だとか、体調不良だとか、そういう事象とは
まったく接点が無く、
痙攣の機縁はつねに、精神状態のように思う。

軽度の痙攣は、もぅ気にしないとしても、
酷い痙攣があるときといえば。
急ぎで、込み入った仕事が入ったとき。
会社の大嫌いな上司と、話すとき。
初対面の人と、会話するとき。
あるいは、うんと親しい友達と、おしゃべりの際、
がっちり真正面の直近で、顔を突き合わせているとき、などなど。
血圧と関係しているんだろうな。
緊張をしたら、血圧が上昇する。
そう思うし、また、それを実際体感しているとも、思う。

出来るだけ、出来るだけ、心穏やかに過ごすこと。
出来るだけ、出来るだけ、のんびりやり過ごすこと。


まぁ、こういうことが、一番、暮らしの中では、
難問だったりするのが、難点なんだけど。

眼鏡をしていると、少し、気が紛れる。
おしゃれだったり、個性的だったり、
色合いがはっきりしているモノだったり、
フレームの方へ、他者の視線が行きやすいと思うから。
眼鏡のレンズの、その奥の、
私の眼や、そして、その付近のピクつきなど、
フレームで、カモフラージュ出来ると、思っている。

「眼鏡だと、なんか格好つかないー」なんていう気持ちは、皆無。
もう若い娘でも、女子高生でもないし(←太古の昔のこと:笑)
コンタクトレンズで、おめめパッチリ☆
マスカラもびしっとつけて、アイラインもくっきりひいて、
とにかく、零れ落ちそうなおめめ演出をして、キラキラ~なんて。
何もせずとも、よし。
眼鏡は、とにかく、便利で、ラク。
精神衛生上よろしいので、=少しは痙攣も安らぐような気がしている。

加齢をすることで、楽になってゆくことも、ある。
苦笑してしまう。
けど、案外それもいいもんだとも、思っている。



0731p.jpg



暑過ぎて、疲労困憊です。
年を重ねて気楽になることは、なるけれど、
体力と気力の方は、もーガッタガタのヨッレヨレ。
空の青さに感動をした頃よ、サヨウナラってなモンす(苦笑)





2015-08-03 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 4 :
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2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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