写真に思うことなど

デジカメのメモリ消去をしようと、パソコンへ移し、
ついでに撮影の写真群の整理をした。

片側顔面痙攣の発症をして以来、
当然だけど、
自分の<顔>が、
真正面からまともに写っている写真は、ほとんどない。

友達と出かけたときに、撮影しているものがあっても、
風景に混ざり込んでの遠めだったり、
顔が比較的近い距離での、撮影のときには、
くちゅっと、こう。
くちゅっとした笑顔を作っては、
右目の半分閉じた具合や、顔の歪みをごまかしてた。

このあしかけ7年強の、写真たちは、
とにかく、あたしにとって、
切なく苦しい思い出が、根底にずっとある。
だから、見るのも何となく気が重く、
そして、辛い。

2012年〇月。
このころはまだ歪みはマシだったな、 とか。
2014年〇月。
この辺りでも、マシなときってあったんだな。
2015年〇月。
ああ歪みが酷かったんだなこの日は。。。

とかとかって。
写真の過去を見ながら、しみじみする。
あたしの、すべての経過がそこにある。
あたしの、ずっとの悲しみもそこに。


本当に過酷な日々だった。
片側顔面痙攣の発症の日々は、
本当に過酷だけしかなかった。

精神的にホトホト疲弊していながら、
よくもまあまともに出勤し続けていたり、
知人と会ったり出来てたもんだよなあ、と思う。
感心する。
同時に、自分で自分のことを「偉いよ!」とも思ったりもする。

このまますべてが過去の物になること。
それだけを、あたしは渾身の気持ちで切望している。

この秋、家族たちと旅行へ行くことになった。
国内旅行だけどね。
姉一家が企画している。
それに両親とあたしも参加することにした。

高齢になって来ている両親は、
飛行機に乗って遠出することは、
もうこれで最後に近いだろうね、と言っている。
特に、母は腰が悪いから、長丁場の移動が難しくなりつつある。
だからほんとに、これが最後の
大・家族旅行になるのかもしれない。

そう思ったら、
カメラを買おう、と考えた。
今あるカメラは古くてもうバッテリーが、持たなくなってる。
機種自体が古過ぎて、部品交換も出来ない。
だから思い切って、買い替えちゃおうか、と。
そして、
顔を近くで写しても”美肌”に撮れるヤツにしようと(笑) 
そんなことを思えるように、なって来た。
ようやく。
ようやく、自由の身になって来た感が、出て来た。

脳神経外科のあたしの主治医に、
退院後最初の診察のとき。
あたしは「暗い洞窟から、恐る恐る外へ出て来て、
眩しい光を感じているところです」と。
そんなことを、主治医につぶやいた。
すると、主治医は、
満面の笑顔でこう言い返してくれた。

「もうとっくに、洞窟から出てらっしゃいますよ」

暗闇だった洞窟から外へ出て、
恐る恐る踏み出して、歩く。
歩き出して、少し日が経った。
振り返ると、長く潜んでいた洞窟は遠くになった。
一番近い村まであたしは辿り着いて、
今、村に居を構え、暮らしを始めた。

ふと、気まぐれに、村のはじっこに立ち、
目をうんと凝らせば、
あの洞窟が、ごくごくほんの少し見える。

あたしは、じき、大きな町へ越す。
洞窟のもうまったく見えない、都会へ引っ越す。
そういう予定で、あたしは今、生きてる。

こんな、感じが、今のあたし。

新しいカメラを買って、秋の旅行へ向かおうと思う。
耳鳴りは残っているけど、それがどうした。
あたしの、泣き叫びたくなってた痙攣は消えた。
解放された。
洞窟は遠いものになった。
あたしは、新しく生きることに決めた。

パソコンの中の、
あたしの歴史みたいな写真群を整理しながら、
こんなことをひとり、思ったりしてる。

秋には、幸福な家族写真を、
うんと、撮影するんだ~ぁ!☆




DSC_5440bb.jpg



※新機種にそれまでには慣れておかねば、
 撮影どころじゃないわいね(笑)





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2018-07-13 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

負けないという強い気持ち

片側顔面痙攣の2度目の手術をしてから、
1年と2ヶ月が過ぎた。

幸いなことに、再手術以来、
憎々しく煩わしい痙攣は消滅している(感謝)

あたしは、痙攣に〝負けない〟という
強い気持ちでもって、
頭蓋骨に穴を開けるような、
大手術への再手術に挑んだ訳じゃない。
そりゃもちろん、煩わしさには負けたくない!気持ちはあったけど。
(この複雑な心情説明は難しいんだけども;苦笑)

病気に〝負けない〟という、
ものすごく強い強い気持ちで、立ち向かっていた方を
あたしは忘れない。


あたしが、片側顔面痙攣の手術で入院したのは、
脳神経外科病棟。
一般病棟の相部屋で、あたしはその方と出会った。

とてもとても朗らかな、チャーミングな女性で、
母と近い年齢の方だった。
毎日、
本当にほんとうーうに、毎日お見舞いに来ていた娘さんは、
あたしと同い年だったし。

先日、その娘さんに電話連絡をした。
ちょうどあれから1年経ち、
経過観察の診察で、病院に行きました。
お母さん、いかがお過ごしですか、と。


これは、
正直に言うと、
かなり覚悟と勇気のいる行動だった。

あたしは、退院してから、
秋口に一度、葉書と、12月初めには
クリスマスにカードを、送っている。
けど、
お返事はどれもなかった。
返事が欲しくて出してたんじゃない。
けど、
娘さんからの代筆葉書か、
或いは、短文メールのひとつだけでもと、願っていた。

連絡することが、怖かった。
でも、術後と退院後、双方1年経ったことで、
区切りよしと決意し、
何度か入院中・入院後、やり取りをしていた
娘さんの携帯電話へ、電話をした。


お葉書やカードや、頂いていたのに、
連絡せずにいて、本当にすみません。

退院して程なく、
その方は、旅立たれていた。

「母の死を、
私は今も全然受け入れられていなくて。
身動きが取れないんですよ」
娘さんは、笑いながら泣かれていた。



入院中、
あたしは、本当にその方と親しくさせて頂いた。
4人の相部屋だったから、他の2名の方々とも
心地よい関係を、作って頂いていたけど、
その方は特別だった。

朝ごはんもお昼ごはんも晩ごはんも、
いつも、出来るものならご一緒していた。
「一緒に食べると、病院ごはんでも美味しいね」と。
その方が何度も言って下さっていたから、
単純なあたしは、すごく嬉しかった。
何よりあたしだって、楽しかった。
病院食ははっきりって、そこまで美味しくない。
けど、確かにふたりで食べると、美味しかった。
だからあたしは、出来る限り、ご一緒した。

ただ、その方の体調が、思わしくない日が多く、
ベッドに横になられている時間がほとんどだった。
だけども、その方は本当に心底、朗らかな方だったと思う。
辛く酷い具合のときでも、
愉快なおしゃべりをなさっていた。

ベッドの向こう側から、起きてらっしゃるときには、
あたしの気配を感じ取られては、
おずおずと話しかけて来られて、
「娘からおやつを貰っているんだけど、
一緒にどうです?」と、しょっちゅう誘って下さった。

その方は、脳神経外科系統のことよりも、
他の病状で、重篤なものがおありだった。
本来ならば、そちらの専門病棟での入院が
先決だったけど、病室が当時満床で無理。
脳内にも、宜しくない腫瘍が出来ているという状況もあり、
まずはそちらからの処置、ということでの、
脳神経外科入室だったんである。

症状は日々刻刻、お辛そうだった。

でも、
「食べないと体力つかないしね」と、
ものすごく努力をして、食事を召し上がっておられた。
主治医や、看護師さん達皆さんからも、
「とにかく、何でも構わないし、
いつでも構いませんから、
食べられそうなときに、食べて下さいね」と
頻繁に言われてらしたから、
それを忠実に守ろうとされていた。

病気に〝負けない〟という、意志。
これが、その方には、
すごくすごくすごく、おありだった。

くちが渇く、とよく言われていたから、
あたしは気付く限り、
給湯室に向かい、お白湯を汲んで運んだ。

娘さんの用意で、
フタ付きコップはもちろんのこと、
小ぶりのおやかんや水筒等、
お白湯を貯めて置けるものが、ベッド脇にはいくつもあった。
あたしは、つねにそれを満たしてあげていたかった。
医療のことは、医師や看護師の皆さんが、
十分手厚いケアをなさっている。
でも、親しくして貰っているあたしにも、
何か出来ることはないか、と思えば、
お白湯を盛大汲んで運んで、常に満たしておくことと、
そして、
ごはんを一緒に頂くこと、だと思った。

寄り添っておやつを食べたり、
ごはんを一緒に食べているとき、
よく、回診の看護師さん達に「いいですね☆」と言われた。
ときには「楽しそうでいいですね☆」とも言われた。
あたしの、今回の2度目の入院生活において、
その方の存在なしには、
入院中の豊かな思いは、ない。
(勿論仲良くして下さった看護師さんのこともあるけど:感涙)

ある日の深夜。
お手洗いに目が覚めて、
洗面所へ向かったとき、
その方のベッドも見た。
いつも大概個別カーテンは開けておられたので、
見る癖がついてた。
さすがに就寝のときには、
閉めてらしたけれど、それでも隙間から見えた。

窓の方を見ながら、
ベッドの上に座り、もぐもぐ。
何か、召し上がっておられた。
お白湯は寝る前に、たっぷり補充してあるから
心配ない。
あたしは、そのうしろ姿をそっと見つめるだけにして、
あたしはあたしのベッドへ、静かに戻った。
こんな深夜にでも、食べる、ということを、
出来る限り努力をして、
頑張っておられた、そのお姿に、あたしは泣いた。

翌朝、朝ごはんをご一緒した。
テーブルの上に、銀紙のゴミがあった。
「昨日深夜に目が覚めましてね。
今なら何か食べ物くちに出来そうだなって、気になってね。
娘が持ってきてくれてた、
クリームチーズ、半分食べたの」
嬉しそうだった。

「食べないとね。
体力出ないし。
病気にも負けちゃうわよね。
だから、夜でも何でも、
食べられそうなときには、食べるの。
元気になったら、
こんなことして太るなあなんて、思うわね」

〝負けない〟という気持ちは、
本当に大事だと思った。
と同時に、とても、切ない、とも思った。
ほんとに、なんていうか。
この感情、うまく言えないけど。

〝負けない〟と、固く強く大きく思うことで、
しんどくなっちゃうことも、有るんじゃないかと思う。
だから、少し逃げ場を持つ。
だから、あたしは、小さな気持ちだけで、いこうと、思う。
なにせ、ヨワヨワだから、何事に関しても。
でも、その方は、ものすごく確固たるものとして、
〝負けない〟気持ちがあった。
気持ちの振り幅は、人それぞれ。
それでいいと思う。
人それぞれ。
個別の別人だから、当然だもん。

片側顔面痙攣という病状について、
幸いがあるとすれば、命に別状はないということだ。
(憎むべき病状だけど!)
この病状に対して、何度もいうけど、
あたしは〝負けない〟強い気持ちで手術に挑んだ訳じゃない。
煩わしさと鬱陶しさに、もう心底、疲弊してしまった。
痙攣に、引きつれに振り回される生活に、
ホトホト精魂尽き果てた。
だから、手術を2度もした。
だけ
だけ、だ。

あたしも、もしかしたら、いつか、
その方のような、重篤な病気になるかもしれない。
生きることに、関わってくるものに。

そのとき、あたしはきっと、
その方のことを思い出すに違いない。
あの、深夜、病室のベッドの上で、
窓の外の夜明けを見ながら、もぐもぐ。
あの後ろ姿のことを、思い出すとおもう。
そして、
その〝負けない〟スピリッツも、思うとおもう。
果たして、あたしにそんな強固な精神力があるか。
そこが別問題であるにせよ。
かつ、そのさじ加減も、また別問題だけれども。
それでも、その方は、
永遠にあたしの〝負けない〟先生になった。
その方の足元にも及ばないけれど、
あたしもほんの少しだけ、
ほんのほんの少しだけ、
片側顔面痙攣に囚われずいく
〝負けない〟気持ちを、作りたいと思う。


その方と過ごした2週間に、思いを馳せる。
朗らかな笑顔を忘れない。
新盆になられるこの夏。
心からのご冥福をお祈り申し上げたい。



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2018-07-01 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

心の持ちよう

ブログ記事UPが停滞している。

正直言って、片側顔面痙攣について
囚われている、あたしの暮らしっぷりが、
もうイヤになったんである。

再手術のことを少し知ってくれている、知人と先日会い、
少し話をした。
その後どう?と、
知人はあたしの具合を気にかけてくれていたので、
簡潔にさくっと説明をした。

再手術をしてこの間、MRI撮影に行って来た。
術後直後の脳内の状態より、
1年後の今、神経と原因血管の距離が狭まってた。
けど、空間は有る。
触れていない。


こうさくっと話したら、
知人もさくっとこう、言った。
「触れてないんならいいよね」と。

「こんだけ離れていようと(指の幅をガバッと)
こんだけしか離れていなかろうと(指の幅をちょびっと)
要は、触れていなかったら同じだよね」


診察してくれた脳神経外科医も、そう言われていた。
あたしが再手術を決意することへ、
気持ちをうんと後押ししてくれた医師も、そう。
同じことを言われてた。

痙攣が術後出てないこと、
それが良いことのすべて。


片側顔面痙攣の手術をして、
成功した患者さん達のブログを拝読していると、
ほとんどの方々が、ブログ記事更新をなさっていない。
2か月後の様子。
3か月後の調子。
半年後の具合。
あっても、1年後の状態。
これくらいまでで、ほぼ記事更新は終了してる。

「ごく微弱な痙攣は、まだ若干残ってるけど、
こんな程度ならもうぜんぜんO.K.☆」
こういう方が圧倒的。
そうして片側顔面痙攣のことを忘れて行く。

これが、最高の<正解>だと思う。

人生に、正解も不正解もないとは思うけど、
そりゃ一般的な問題のことで。
この片側顔面痙攣の症状について、
手術をして、消滅、あるいは軽減されてO.K☆だと思うなら、
こんな<正解>は無いと思う。
何度も言うけど。
こんな<正解>は無いよね☆って思う。

心の持ちよう。

あたしは昔々の若かりし頃、美術を学んでいた。
制作しているとき、
あたしはよく、その作品の制作完了時について、考えたもんだった。
この作品は、これにて完成。
その感覚があたしには、正直、よく分からなかった。
毎回、制作提出期限が来たから、止めて、提出した。
こんな感じばかりだった。
完璧な完成ってものを、
世に出ている芸術家たちは、見極めているんだろうか。
あたしには、分からない感覚だった。
それでも、完璧を求めたいという願望だけは、残っていたから、
何となくいつも、消化不良の気持ちが、長く残ったもんだった。

あたしは、
止めどきが見つからなかった。
これでよし、を見つけにくかった。
つまりは。
ぐずぐずといつまでもしつこく、
往生際も悪く、
ねちねちと執拗に固執したヤツなのだった。

もっと言うと。
もう少し時間をかけたら、
もう少しマシな作品に仕上がったかもしれん。
それで提出出来ていたら、評価も違ったかもしれん、と。
要するに珍妙な、見栄。
完璧であれば良かったのに、という、歪んだエゴだったと思う。

そんな感じの延長な気がする。
片側顔面痙攣のことだって、そんな気がする。
自分の中の〝完治の完璧〟を求めすぎてる。

術後1年後の今、
たとえ、神経と問題血管の間が、
狭まったとはゆえ、空間は有る。
触れ合っていない。
痙攣症状も、術後まったく発症していない。
手術経過は順調。
どこにも問題が無い。
そう。
どこにも問題が無いんである☆
この今の、どこに気が沈む要素があるというの???

楽天家の真横に、幸福はあるんだそうだ。
あたしは自分で自分の幸福を、遠ざけてる気がして来た。
自虐にも程がある気がして来た。
ようやく気付いた(苦笑)
だから、もうよす。
片側顔面痙攣について、
囚われていることを、よす。

もちろん忘れることは出来ないし、
もはや、あたしの人生の一部だ。
これはしょうがない、間違いない現実。
だけれども、囚われていることとは、別問題。
そう、ようやく気付いた。
遅いけど(失笑)
あーしんど☆(苦笑)

梅雨の晴れ間の夕暮れ。
真っ赤に染まる空を見上げながら、
「ああ空が揺れないで、見えるなあ」と思う。
ものすごく、嬉しい。
涙が出ちゃうほどに、嬉しい。
足かけ7年間以上苦しかった、
あの痙攣のピクピクと、視界の歪みのことは、
あたしの心を今も捕えて離さない。
けど。
あたしは現実、今、自由になった。
痙攣の悩みから解放され、自由になってるんである。
だから、もうよそうと思う。
にっくき、片側顔面痙攣に振り回される人生から、
離れてやろうと思う。

心の持ちよう。

大らかに行こうと思う☆



再手術の入院中の経過についてなど、
あたしは気持ちが落ち着いたら、
記事にしようと思ってた。
けど、なかなかどうして。
それが心がキワキワした感じで、書くことが出来ないでいる。
でも、いつか書き記そうと思ってる。
それが、お会いしたことのない、
見知らぬどなたかの、悩ましい気持ちに、
少しでもお役に立つといいなあ、と思っているから。
これは、真実の気持ち。

ブログタイトルを、少し変えようと思う。
あたし自身のために☆

ご相談やご質問がもしも、
お有りな方がどこかにおられましたら、
それはいつでもネバマイン☆どうぞ!
たぶん、地球上で一番、
片側顔面痙攣のことで、
ヨロヨロのヨワヨワで、
泣きべそかかされた人物なので(苦笑)
このへっぽこ度は”使える”と思いますので(失笑)


人生って面倒くさい。
いろんなことが、起こる。
希望通りにはなかなかいかない。
悩みは尽きない。
小さな苦悩は、限りが無い。
反面、
幸福は、記憶に残りにくい。
あたしの性格上の問題かもしんないけど(苦笑)
幸せなことは、一瞬のかげろうのよう。
でもそれを持続させられることだって、
きっと出来るはず。
その答えは、
心の持ちよう、だと思う。
だからあたくし。
頑張って、大らかな人になろうと思う☆!(笑)



梅雨の晴れ間。
紫陽花を見て「きれいだなあ」と思う気持ちがある。
あたしは、
だから、
案外、イケると思う☆(笑)



DSC06597@.jpg


片側顔面痙攣の症状で、悩んでおられる皆様。
一緒に乗り越えましょう!
大らかで、参りましょう!☆





2018-06-15 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

Happy go Lucky

久しぶりに、友人とランチを食べた。

あたしが外出したついでに、
出先近くで個人事務所を開設してる友人へ、
気まぐれに、電話。
都合が合って、
会えればハッピー。
会えなければ、まあ、それもそれ。
そんな軽い感じで、電話をしたら、快くO.K.☆

本気で予約とかして、食べに行くよなレストランは、
急なことだし、もったいない。
だから、そこらのカフェテリアでの、ランチにした。



okjko (1)



この友人には、
片側顔面痙攣の発症についてと、
2度の開頭手術のことは、話している。
けど、
この友人は、至極サッパリした性格だから、
片側顔面痙攣の症状について、
今までの間だって、
特段質問も無かったし、
今回2度目の手術の成功についても
(今のところ!この先も継続、どうか頼むぞ!)
特別、改まった賛美や歓喜、賞賛も無し。
まあとにかく、そんなふう。
とにかく至極、何事においても、あっさりとしてる人物。

久しぶりに会ったもんだから、
簡単なランチでも、ずばーっとおしゃべり。
くだらない話ばかりに終始して、
「いつもあとから思い出しても、
何あれだけ長時間、話したか、
内容まったく思い出せないよねえ!(大笑)」と、言い合う。

片側顔面痙攣の痙攣で、
顔が歪んでいたときでも、
この友人は、気にしないでいてくれた。
あたしは、だから、
いつでも、それまでのとおり、
バカ話ばかりをすることが出来たし、
もしかしたら、
家族以外で、痙攣や引きつりのことを、
気にせず会えていた、唯一の人かもしれない。
かもじゃないな。
唯一の人だ。
だから、あたしには、とっても有難い存在なのだった。

その日は季節外れの大雨の午後で、
街中あちこちが、雨水で溢れ返っていた。

こんなときに誘い出されて、面倒だったねえ!
悪かったね!
最悪の日だね!
あたしだったら、電話あっても断ったよ(笑)
最悪の日に外出なんて、
そもそもこんな日に、あたし、用事自体、
最悪だったな!

そう何度も最悪と意味なく言っていたら、
自分でも何だか最悪な気分になった。
普段なら、最悪だとか最低だとか、
そういうワードは、思い浮かばないんだけど。
でもとにかくその日は、最悪のドシャ降り、
最悪の大雨の日だった。
だからたぶん、つい出まくったんだと思う、最悪ワードが。

あんまり悪い言葉を使いたくない。
と、思ってる。
言霊。
悪い何か、引き寄せそうだから、
発しないようにしてる。
けど、出るときゃ、出る。
くさくさしてるときには、どうでも、出ちゃう。

けど、この友人は、
あっさりしてる分だけ、そういうことも、無い。
「こんな日もあるわさ」

そうそう、と。
友人がバッグから、何かを取り出した。

「誘いの電話のとき
大雨の日の、用事の外出になって、
もー最悪ー!って言ってたからさ。
これあげる」 と。

「Happy go Lucky☆」

世界的名作の児童小説
『チャーリーとチョコレート工場』を模した、
板チョコだった。

ちょっと前に、イベントで大量販売されてるときに、
大量購入してたんだ。
残ってたからさ、1枚あげる。

Happy go Lucky : 
  のんきに。 楽天的に。 成り行きまかせに。


あたしには、こうだ。
今無いものに、思い憂いても意味が無い。
今無い痙攣に、いつかまたかもと、思い憂いても、意味が無い。


おもちゃみたいなチョコレートだったけど(笑)
案外これが、美味だった。

有難う、友人。


Happy go Lucky



okjko (2)





2018-05-27 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 0 :

手術後1年目検診結果・ 2

来年同日同時間に、術後2年目の
MRI撮影をして、診断しましょう。

これを決めて、診察終了という近くのとき、
真横の診察室から、ひょこっと、
この病院での再手術覚悟決意を
させて下さった医師が、顔を出してくれた。

「どう?その後。元気?☆」

こちらの医師は、本当に朗らかな方で。
この朗らかさが、
どれだけ患者の救いになっているか、分からないと思う(感動)

あたしは診察を終え、
この先生とお話がしたい、と思い、
この機会を逃すとお会いすることが難しい!と、
先生の診察が終わるのを、外の待合で待機した。
患者さんが退室されたそのときを逃すまいと。

で。
10分程待ったとき、患者さんが出て来られ、
扉が開いたその瞬間、あたしは先生に手を振った。
すると先生は、快く「どうぞ~」と
患者さんのいない診察室へ手招きして下さった。

「その後調子、どう?
痙攣、ぜんぜんわかんないね☆」 と朗らか先生。


ご無沙汰しております、その節は本当にお世話になりました。
とあたしは誠心誠意、真心込めて、そう申し上げた。

先生のあのひとこと。
MRI画像を観ながら、
「僕は、再手術をしてみる価値はあると思います」
そう言って頂いて、覚悟を決めた。
だから、今あるあたしは、先生のおかげともいえる。
本当に有難う、先生!☆


でもね、先生。
今ね、1年後の画像観て頂いてね、
術後より幅が狭くなってる。
そう診断受けたんです…(涙)

そう、落胆めいた口調で言うあたしに、
先生はやっぱり、
朗らかな声で、
おおらかなことを言って下さった。

「でも離れてるんでしょ?
触れてないんでしょ?
だったら、いいじゃん☆!」


先生…
明るく存在していて下さって有難う…!☆

症状や病気に悩んでいる患者にとって、
凹んだり落ち込んでいたりする患者にとって、
医師の大らかさは、
本当に真実、救われる。
何よりも、何にも交換できない、救いになる。

さらにもう1年後、また診察して貰うことになりました。
また、その時はお世話になります、と、あたし。
先生はうんうん、と笑顔でうなずいてくれた。

そして、あたしは続けた。

先生の大らかな言葉の後押しで、
私はこちらでの再手術を決意しました。
本当にありがとうございました!
そして、この片側顔面痙攣で悩んでいる人は、
本当に大勢います。
先生の明るさは、大きな勇気になると思いました。
本当にどうもありがとうございました!(感謝)

「悩んでいたり、不安なことがあれば、
いつでもおいで。
毎週この日は、必ず診察してるから☆」


相談出来る、
信頼申し上げることの出来る脳神経外科医師が
ここにおられる。
そう思うことで、あたしの心は助けられる。
感謝しかない☆(涙)


本当は、
心底真実を言うと、
本当に、医師から<卒業>のハンコを貰いたかった。
「バッチリ距離が保たれ、
空間が大きく保持されていますよ。
何の心配も問題も不安も、
これにて一切無くなりましたね!
おめでとう、
これであなたの片側顔面痙攣は消滅しましたよ!
ご卒業おめでとうございます!」

そう言って、病院とさようならしたかった。
でも、そうでないところで、病院とまた繋がっていく現実が出た。
こればかりは仕方がない。
でも、引き継いで下さった医師と、
朗らか先生とが言って下さっている、
「神経と血管は触れていない。
空間は有る」

この言葉を頼りに、
もう1年、
頑張ろうと思う。

って言いながら、帰宅後、やる気がまったく出ず、
居間で壁に向かって、寝転んだまま何時間も過ごした(苦笑)
疲労困憊したようで、グーグーそのまま寝込んでしまった。

でも。
病院の診察の後、
会いに行った母が「良かったわね」と、
感動して泣いたので、
あたしも悲しまないでいようと、思うようにする。

母と父には、医師からの言葉をそっくりそのまま伝えた。
心配性の権化な父は、正直、落胆していた。
正直「全部バッチリ完了だったら、なお良かったのにな…」と、
思ったことを、つい出た、という感じで、言っていた。
素直なわが父(苦笑)
もっとオブラートに包んでよ(苦笑)

母も、おそらくそう言いたかったに違いない。
けど母は、グッと堪えた(苦笑)
そして、こう言った。

「今ある現状を喜ぼうよ!ね☆
痙攣は出てないんだから、
良しとしようよ、ね!☆」


精一杯の、母の思いやりだと思う。
母、有難う!☆
父も、サンキウ(苦笑)



診察の翌日のあたしは、
片側顔面痙攣のことについて、
はっきり言って、1日中囚われて過ごした。
これが本当に、無事卒業証書を受理していたなら。
本当に、見るものすべてが輝いたと思う。
空気も澄み、
この世のすべてに感謝して歩いたと思う。
けれど、心に曇りがひとつ残った診察には、
また心配と不安が付きまとうことになった。
けど、医師の離れている、触れていない、にも思いを寄せる。

あたしのこの片側顔面痙攣への、ぐるぐるした感情は、
いったいいつになれば完全消滅するんだろう。

気持ちの大きな人は、もうこれで十分消滅してるんだろうけど、
とにかくあたしは、世界屈指、有数の小心者。
苦労と悩みを、すぐに手放さない。
これ自体、あたしの悪いところ。
分かってるけどねえ…


痙攣は、1年間出ていない。
手術後、ひやりとしたことは何度か有ったけれど、
でも、実際問題として、
痙攣は1度も発症していない。
引きつりも無い。
この事実をのみ、
あたしは信じて生きていくようにしよう。
この決意は、
なかなか小心なあたしには、厳しいものなんだけどね(泣笑)


片側顔面痙攣の症状で、悩んでおられる皆様。

私個人の個人的意見で、ご承知頂きたいのですが、
片側顔面痙攣の症状は、
手術をすることで、
かなりの高確率で完治出来ると思います。
再手術の私より、1度目の方なら相当の完治率だと思います。
手術する以外は、完治は有りません。
幸いなことに、この片側顔面痙攣は、
命に別状は有りません。
なので、どうぞご自身のご納得行く
病院と医師をお探しください。
必ず治して下さる医師はいます。

東洋人の中年以降の女性に、
発症する確率が高いそうです。
事実はいろいろ有ります。

医師に診察をして頂く前に、
事前勉強をお勧め致します。
知ることで、質問もでき、
納得いく範囲が広がるからです。
どんどん医師に相談、質問なさってください。
真摯に医師は応えて下さると思います。
またそういう医師をお選び頂きたい。
手術は、信頼関係が心底重要ですから!☆

多くの、悩まれておられる方々に、
私のこのブログが少しでもお役に立てば、幸いです。

私のライフワークみたいになって来ました、
この片側顔面痙攣。
本当に憎い憎い、
この世のすべての罵詈雑言を当てはめたいくらい、
憎むべき存在です。
どうにかして、消滅させてやりたいです!(憎悪)

強く、前向きな気持ちで、
この片側顔面痙攣に立ち向かう、
というものではなく、
泣きべそかきながら、
私は弱腰で、
しくしく涙目で、取り組んでいます(涙)
でも、これも私の人生なのですもの。
しょうがない。
こればかりはしょうがないです(涙)

真実のことを言うと、
母が生きているうちは、
再・再手術はもうしたくないです。
母の辛い顔を見るのが辛いから(涙)
母の心配する姿をもう見たくない(涙)
なので。
もしももしももしももしももしももしも、
再・再発となってしまったとしたなら(ヤだけど!)
何年先になってもいいから、
母がこの世にいない世界で、決意し直したいです。
それだけが、今の私の願いです。
(母のさよならもヤですけど!!!)

片側顔面痙攣の症状に悩める皆様。
一緒に頑張りましょう!
私は目一杯涙目ですけど!!!



青空は、のんきに、美しい青空です。
あたしの真に平穏な心で、
いつの日か、
こんな青空を満喫したい。

1年後の再検査は、
こんな感じで過ぎたのでした。

今のあたしに必要なもの、
それは朗らか先生みたいな、
大きな、明るさ!




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2018-05-22 : 片側顔面痙攣のこと : コメント : 5 :
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lou.c

Author:lou.c
2013年10月、片側顔面痙攣で開頭手術を受けました。煩わしかった痙攣から解放された☆と思いきや、術後約1年数ヵ月後、また魔の痙攣が始まりました…
この症状について、さらには病というモノなどについて、さらにさらにはいろいろよしなにごとを書き綴りたいと思います。

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